2003/04/22 講義

 

 

第1講 科学的社会主義の源泉としてのルソー

 

1.ルソーの略歴と業績(資料1)

● ジャン・ジャック・ルソー(1712〜1778)

●「フランスの啓蒙思想家、作家。革命的な小ブルジョアジーの思想家として活
  躍し、フランス革命を思想的に準備した一人」
 (新日本版『社会科学総合辞典』)

●主著
 『人間不平等起原論』(1755)
 『社会契約論』(1762)
 『エミール』(1762)
 『新エロイーズ』(1761)
 『告白録』(1782〜89)


2.人間不平等起原論と社会契約論の相互補完関係

●『人間不平等起原論』でフランスの絶対君主制(アンシャンレジーム)を批判
 し、『社会契約論』で「真にあるべき政治」を探求

● ルソーの平等論(エンゲルス『反デューリング論』全集⑳ 144 ページ以下)
 野蛮状態の平等――「冶金と農業」による生産力の発展が不平等をもたらす
 ――社会契約にもとづくより高度の平等
 →「抑圧者は抑圧される。それは否定の否定である(同146 ページ)

●「ルソーのこの書物には、すでにマルクスの『資本論』がたどっているものと
  瓜二つの思想の歩みであるだけでなく、個々の点でも、マルクスが用いている
 のと同じ弁証法的な論法が多数見いだされる」(同)
 →「この書物」とは、『人間不平等起原論』のことだが『社会契約論』もふま
  えた評価。


3.ルソーと科学的社会主義


① レーニンの「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」
  (レーニン全集19)


 ・3つの源泉の一つに「フランス社会主義」
  ←エンゲルスの『空想から科学へ』
   モレリ、マブリ空想的描写サンシモンフーリエ空想的社会主義
  ※ルソーは「フランス社会主義」には含まれていない


② 『空想から科学へ』(資料2)


●「近代の社会主義は、……その理論上の形式からいえば、それは、はじめは、
 18世紀のフランスの偉大な啓蒙思想家たちが立てた諸原則を受けついでさらに
 押しすすめ、見たところいっそう首尾一貫させたものとして現れる」(全集⑲
 186 ページ)

●「フランスできたるべき革命のために人心を啓発した偉大な人物たち」には当
 然ルソーも含まれる。
 「理性国家、ルソーの社会契約」
 「かつてルソーは、ポーランド人にたいして、マブリはコルシカ人にたいし
 て、最良の政治的世界を立案した。この偉大なジュネーブ市民(ルソー)…」
 (全集④ 371ページ)


③ 科学的社会主義の運動における人民主権論の継承発展

● ブルジョアジー指導下のフランス革命は、ルソーの人民主権論を歪曲して、
 「国民主権」に(1791年憲法)

 ・主権者は人民ではなく、抽象的存在としての国民(ナシオン)

 ・人民は主権者ではないから、参政権なし

 ・主権を行使するのは、国民代表のみ

 ・1791 年憲法「国民は委任によってしかそれら(権力)を行使することがで
  きない」

● 人民(プープル)主権論を復権させたジャコバン憲法(1793年憲法)

 ・ルソーの人民主権を体現

 ・バブーフ――人民主権にもとづく人民権力によって共産主義社会を実現しよ
  うとする。

 ・空想的社会主義者の一部(ブオナロッティ、ルイ・ブラン、ブランキ、コン
  シデラン)は、人民主権と結合して社会主義を展望(杉原泰雄『国民主権と
  国民代表制』161ページ、有斐閣)

● イギリスのチャーチスト運動(1836-44)

 ・人民主権論にもとづく普通選挙権運動

 ・政治的平等のみならず、社会的平等まで要求するにいたり、科学的社会主義
  の運動と結合

 ・「民主主義、それは今日では共産主義である」(全集② 639 ページ)
  民主主義=政治的・社会的平等

 ・「チャーチストの集会は、共産主義的な祝祭であった」(同652 ページ)

●『共産党宣言』(1848年)

 ・「労働者の革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級の地位までに高め
  ること、民主主義をたたかいとることである」(全集④ 494 ページ)
  →この場合の民主主義も政治的社会的平等

●パリ・コミューン(1871年)

 ・人民主権の採用

 ・人民にすべての公務員の選定・罷免権

 ・公務員に労働者なみの賃金
  →歴史上初の「労働者階級の権力」、
   「あれがプロレタリアートの執権だったのだ」(エンゲルス)

●ユーゴ、ポーランド、ルーマニアなど、東欧諸国における人民共和国憲法
 (『人権宣言集』岩波文庫)

 ・「すべての権力は人民に発し、人民に属する」(ユーゴ)

 ・「人民権力」(ポーランド、ルーマニア)


④ 日本における人民主権論と科学的社会主義

● 中江兆民「民約訳解」(1887年)で「東洋のルソー」と呼ばれた

● 兆民の一番弟子が幸徳秋水--片山潜などと1901年に社会民主党(日本最初の
 社会主義政党)創立

● 堺利彦(幸徳秋水と「平民新聞」発行。日本の社会主義、共産主義運動の指導
 者)
 --兆民の「思想を発展させて、社会主義まで到達させたのであった。然しそ
 の発展は自然の道程であった」としてエンゲルスの『空想から科学へ』の冒頭
 の文を引用(『明治文学全集⑬ 中江兆民集』筑摩書店 416ページ資料3)

● 日本共産党と人民主権

 ・綱領草案(1922年)において人民主権の立場から「君主制の廃止」「18歳
  以上のすべての男女にたいする普通選挙権」を要求

 ・日本国憲法制定時(1946年)に「国民の総意が至高なもの」という政府案
  に対し、主権在民の原則明記を要求し、現在の国民主権原理に

 ・現在「人民こそ主人公」は「科学的社会主義の魂」と主張


4.本講座の課題

① ルソーの政治思想は、なぜ科学的社会主義の理論に継承され、
  発展させられることができたかのかを、明らかにする


● エンゲルスのいう「偉大な人物」の「諸原則」とはいったい何か。それは科学
 的社会主義の理論にどう受けつがれ、発展させられているのか

● 数ある「社会契約論」のなかで、なぜルソーの社会契約論が絶対君主の批判に
 とどまらず、資本主義社会の批判としても生命力を持ち続けることができたの
 か

● ルソーの人民主権論とプロレタリアート執権とはどう関連するのか

● ルソーのいう自由と民主主義は、近代民主主義のとらえている自由・民主主義
 をどう乗り越えているのか

● ルソーのいう「真にあるべき政治」「社会契約の国家」と社会主義・共産主義
 とはどう関連するのか

● ルソーの弁証法と史的唯物論とをその人間論、社会・国家論においてどのよう
 にあらわれているのか。
 ⇒こうした問題を通じて「近代民主主義の父」ルソーは、なぜ近代民主主義を
  越えて科学的社会主義の父になりえたのか、を明らかにする


② ルソーの再評価を通じて、科学的社会主義の理論をより豊かなものに
  発展させる


●人民主権論のみならず、人間解放の理論としての『社会契約論』

 ・ルソーに学ぶ、個人の尊厳と自由・民主主義

 ・人間主義(ヒューマニズム)の科学的社会主義の確立を