2003/05/06 講義

 

 

第2講 ルソーの社会発展観

 

1.エンゲルスの指摘の意味するもの

① ルソーのめざした「理性の国」

●「いまではわれわれは知っている。この理性の国とはブルジョアジーの国の理
 性化にほかならなかったということを。……平等はけっきょく法のもとでのブ
 ルジョア的平等となってしまったことを。最も本質的な人権のひとつと宣言さ
 れたもの--それはブルジョア的所有権であったということを。そして理性国
 家、ルソーの社会契約はブルジョア的民主共和国としてこの世に生まれでた
 し、またそのようなものとして生まれでるよりほかはなかったということを」
 (『空想から科学へ』全集⑲ 186ページ)

●「理性国家は完全に砕けさった。ルソーの社会契約は、恐怖政治時代として実
 現」(同189ページ)


② 近代民主主義の父、ロックとルソー

ア)ジョン・ロック(1632 - 1704)

● イギリスの経験主義(経験論)の代表的哲学者

● 1688年の「名誉革命」を支持して書かれた『統治論』(1690年)が有名(岩
 波文庫『市民政府論』は2つの論文のうちの後半部分)

● 社会契約論の立場から、生命、自由、財産を自然権として主張し、また人民主
 権論を展開して、抵抗権の理論を提起--アメリカの独立宣言にも影響

イ)ロックとルソー

● ロックは労働を媒介とする所有権を絶対化して、ブルジョアジーの要求を反映

● ロックは一面では労働が人間の自己表現であり、自分の労働にもとづく労働生
 産物を取得する権利が根本的権利であることを認める(マルクスも同様)。し
 かし、他方で資本主義的私的所有(搾取の手段としての「生産手段の所有」)
 をも絶対化してしまった。

● 所有権の不可侵性は、労働者を抑圧し、工場立法を阻止するための理論的根拠
 に

● これに対してルソーは単にアンシャンレジーム(絶対君主制)の批判にとどま
 らず。私的所有が搾取と階級対立をもたらしたことをも批判。資本主義社会そ
 のものの先駆的批判者。

● ルソーの「社会契約国家」は、階級対立を止揚した「真にあるべき国家」を
 「理性国家」として追求したもの--ブルジョア民主共和国を展望したもので
 はない。

ウ)近代民主主義の父

● ロックもルソーも近代民主主義の父といわれている。

● ロックは、イギリス革命、ルソーはフランス革命の理論的指導者としての役割
 を果たす。

● しかし、ロックの思想は名実ともに資本主義を支える理論として、近代民主主
 義の父と呼ばれるにふさわしいが、ルソーの思想は、近代民主主義を超え、社
 会主義、共産主義を展望しうるものになっている。

● エンゲルスの『空想から科学へ( 』『反デューリング論』)の文もそのような
 ものとして理解すべき

 ・エンゲルスがルソーの思想を「マルクスの『資本論』がたどっているものと
  瓜二つの思想の歩みがある」(全集⑳ 146ページ)と述べていることに注目
  すべき

 

2.ルソーのとらえる社会発展論と
  社会契約の位置づけ
  (『人間不平等起原論』から)

① 自然状態

● 人間を動物から区別するものは、「自由の意思」にもとづいて、自己を発展さ
 せる能力(52、53ページ)

●「森の中をさまよい、器用さもなく、言語もなく、住居もなく、戦争も同盟も
 なく、少しも同胞を必要ともしない」(80ページ)

●「みんなが同じ食物を食べ、同じように生活」(81ページ)
 ――自然の不平等が存在するのみで、社会的、政治的不平等は存在せず


② 自然的社会状態(真に世界の青年期)

● 最初の革命の時代(90ページ)

● 自己発展能力にもとづき、生産技術の発展、言語、住居(90ページ)
 ――共同社会生活の開始(91~95ページ)

● 私有財産は誕生するが、まだ搾取は存在しない(90ページ)
 ――原始共産制の社会に相当

● 原始状態と階級社会の中間に位置して「もっとも幸福な、そしてもっとも永続
 的な時代」(95ページ)――真に世界の青年期(96ページ)


③ 階級的社会状態(「もっとも恐ろしい戦争状態」)

● 第二の革命

●「一人の人間が他の人間の援助を必要とするやいなや、またただひとりのため
 に2人分の貯えをもつことが有効であると気づくやいなや平等は消えうせ、私
 有」が始まり、「奴隷制と貧困」が見られるようになる(96ページ)

●「冶金と農業」とは、この大革命を促した2つの技術(同)

●「人びとを開花し、人類を堕落させたものは、詩人にとっては金と銀である
 が、哲学者にとっては鉄と小麦である」(97ページ)

● 土地の私有(99ページ)――政治社会の真の成立(85ページ)
 →不平等の拡大(100ページ)

●「以前は自由であり、独立であった人間がいまや無数の新しい欲求のために、 ……その同胞に屈従し、……その奴隷になっている」(101ページ)

●「一方では競争と対抗意識を、他方では利害の対立と、つねに他人を犠牲にし
 て自分の利益を得ようというひそかな欲望。これらすべての悪が私有の最初の
 効果」(102ページ)――私有財産による階級対立

●「支配と屈従」「暴力と掠奪(りゃくだつ)」(102ページ)

●「富める者のほうでも、支配することの快楽を知るようになると、たちまち他
 の一切の快楽を軽蔑した。…ひとたび人肉の味を知ると、他の一切の食物を見
 すてて、以後は人間を貪り食うことしか望まないあの飢えた狼のようなもので
 ある」(102ページ)

●「生まれたばかりの社会はこの上もなく恐ろしい戦争状態に席を譲った。
 ……堕落し、悲嘆にくれる人類は……みずから滅亡の前夜に臨んだ」(103ペ
 ージ)


④ 仮の社会契約(国家の成立)

●「富者は、必要に迫られ」て「自分の敵を自分の防御者にす」る「別種の制度
 を彼らに与え」た(105ページ)

 ・単純で煽(おだ)てに乗りやすい人びとを唆(そそのか)すために「団結し
  よう」「弱い者たちを抑圧からまもり、野心家を抑え、そして各人に属する
  ものの所有を各人に保証するために」(同)――国家の成立(富者にとって
  「都合のよい制度」)

●「この社会と法律が弱い者に新たなくびきを、富める者には新たな力を与
 え」、「以後全人類を労働と隷属と貧困に屈服させた」(106ページ)

⑤ 真の社会契約へ

●「身分と財産との極端な不平等」から「専制主義」が生まれる(126ページ)
 ――アンシャンレジーム批判

●「これがすなわち不平等の到達点」であり、再び個々人は「無」としてすべて
 平等になる(同)

 ・「徳なき名誉、知恵なき理性、幸福なき快楽」(130ページ)

●「ただ力だけが彼を支えていたのだから、ただ力だけが彼を倒させる」(127
 ページ)
 ――革命のよびかけ(「自然法に反する」(131ページ))

● 社会契約――「各構成員の身体と財産を共同の力のすべてをあげて守り保護す
 るような結合の一形式を見いだすこと。そうしてそれによって各人がすべての
 人々と結びつきながら、しかも自分自身にしか服従せず、以前と同じように自
 由であること」(29ページ)――私的所有と階級対立を止揚したところに社会
 契約の社会(国家)

 

3.ルソーの社会発展観は、
  史的唯物論に接近するもの
  (マルクスと瓜二つの思想)

● 生産力の発展を基盤とする社会発展

● とくに私的所有と階級対立を経済的社会的不平等の根源ととらえているのは卓
 見

 ・ルソーの批判は、アンシャンレジーム批判にとどまらない

 ・そこから「社会契約」国家は、階級対立を止揚するものとして展望されてい
  る

● しかし、ルソーの社会発展観は、歴史的事実に裏づけられたものではなく、全
 体としては観念論的な歴史観にとどまっている

 ・国家と社会の明確な区別なし――ヘーゲルが『法の哲学』で批判

 ・社会を、土台と上部構造の関係で構造的にとらえることができない

 ・階級的視点と階級闘争の見地は、存在しない

● 第3講で、「社会契約」とは何かを検討