2003/05/20 講義
第3講 ルソーの社会契約論①
1.前回講義のまとめ
① ルソーの社会発展観は、史的唯物論に接近するもの
(「マルクスと瓜二つの思想」エンゲルス)
● 生産力の発展を基盤とする社会発展は同時に、階級対立と社会的不平等をもた
らした。
「ルソーは不平等の発生を一つの進歩と見るのである。しかし、この進歩は敵
対を含むものであった。それは、同時に一つの退歩であった」(『反デューリ
ング論』全集⑳ 145ページ)
● 国家を社会発展の過程で誕生した階級支配の機関として正しくとらえている
● 生産手段の私的所有を階級対立と経済的・社会的不平等の根源ととらえてい
る。
・ルソーの批判は、アンシャン・レジーム(旧体制=封建制国家)の批判にと
どまらない。
・ルソーの疎外論は、ヘーゲルを経てマルクスの「疎外された労働」(全集
㊵430ページ)に継承=発展させられている
● 階級対立と社会的不平等を克服する方向を、社会契約に基づく社会として展望
している。
② ルソーの限界
● 人類の発生を原子論的個人ととらえている。
● 国家と社会の明確な区別がない(とくに『社会契約論』42ページなど)
――ヘーゲルが『法の哲学』で批判し、その見地はマルクスに継承されている。
● それゆえ、国家・社会を有機的(特殊と普遍の統一)かつ構造的(全体と部分
の統一)にとらえることはできなかった。
――マルクスの「経済的社会構成体」概念がそれを可能に。
● 政治の問題を、国家・社会の土台ととらえた。
「あらゆる事物は結局、政治によって左右される」(『告白』、『社会契約
論』224ページの「解説」にも引用)
――政治は上部構造であり、経済が土台。政治は土台に限定されつつ、相対的
に独自の役割をもち、土台に反作用
「法的諸関係ならびに国家諸形態は、それ自体からも、またいわゆる人間精神
の一般的発展からも理解されうるものではなく、むしろ物質的な諸関係に根ざ
しているもの」。それゆえ「市民社会の解剖学は経済学のうちに求められなけ
ればならない」(マルクス『経済学批判序言』、全集⑬ 6ページ)
2.社会契約論の意義
① 王権神授説への批判として
● 絶対君主制を権威づける王権神授説
・「権力はすべて神に由来する」(『新約聖書』)
・王権への絶対服従を人民に求めるもの
● 台頭するブルジョアジーによる絶対君主制批判の武器として社会契約論登場
② 社会契約論とは
● すべての社会や国家は、個人の自由意志にもとづく契約によってつくり出され
たとする思想。
● 代表的人物として、グロチウス、スピノザ、ホッブス、ロック、ルソーがいる。
・生まれながらに自由で平等な個人が、それぞれの主体的意志をもって、社会
契約を結び、国家・社会を形成する(自然法思想に基づく理論)という点で
はほぼ共通している。
・自然法思想――実定法に先立ち、実定法を規制する超越的価値を持つ普遍的
な正義、法が存在するという思想。反封建闘争のイデオロギー的武器に(観
念論的な思想)。
・「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によ
って、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由およ
び幸福の追求の含まれれることを信じる」(「アメリカ独立宣言」)
・天賦の権利――自然法にもとづく権利
・絶対君主制への批判として、一定の進歩的な役割を果たしたが、観念論的な
自然法思想に基づく、一種のフィクションにすぎない。
● 科学的社会主義の国家論(国家の起源論、本質論)の登場により、社会契約論
はその歴史的使命を終えた。しかし、現在でもブルジョア法学では生きながら
えている。
● しかし、ルソーの社会契約論とホッブス、ロックのそれとはには大きな隔たり
があり、ルソーの社会契約論には、他とは違う生命力がある。
3.ホッブス、ロックの社会契約論
① トーマス・ホッブス(1588-1679)の社会契約
● ピューリタン革命を背景に生まれた市民社会の理念をはじめて体系化
『リヴァイアサン』
● 人間は生まれながらにして、自由・平等であって、生存のために一切の行動を
なしうる権利(自然権)をもつから、各人がその権利を追求することにより
「万人の万人に対するたたかい」という自然状態。
● これは自然権の否定となるため、あらゆる手段を利用する権利を放棄して、社
会契約を結び、主権を制定して国家が生まれる。
● 主権は各人の自然権を保障するから、人民に対して絶対的な力を持つ。
● 他方、各人の自己保存権も絶対であり、主権と衝突せざるをえない。
② ジョン・ロック(1632-1704)の社会契約
● 生まれながらの自由・平等を主張し、絶対主義の否定。
● 私有財産の起源は労働にあり、所有権の確保をもって政府の任務とする。
● 政治は人民の同意のうえに行われ、政府は人民の信託をうけたものにすぎず、
所有の侵害に対しては抵抗権(革命権)を行使。
→アメリカの独立宣言、フランス革命に思想的に大きな影響
③ 両者とも、初期のブルジョア的市民層の要求を反映
●「平等は、けっきょく法のもとでのブルジョア的平等になってしまったことを。
もっとも本質的な人権のひとつとして宣言されたもの――それはブルジョア的
所有権であった」(『空想から科学へ』全集⑲ 187ページ)
●「国家からの自由」という消極的な自由にとどまる
● ルソーの社会契約は、この制約をうち破るものとなっているかが検討課題。
4.ルソーの社会契約論
① 自然法思想にもとづく自由・平等論を否定し、
人類の本質から自由・平等を探求
● ルソーと自然法思想
・自然法批判――「彼らはみな形而上学的な原理の上にこれを打ち立てるの
で、われわれのあいだでさえも、こららの原理を自分で発見することはおろ
か、これを理解しうる人もほとんどないほどである」(『社会契約論』29
ページ)
・「それが法であるためには、その法の強制を受ける人の意志が承知の上でそ
れに服従しうるものでなければならない(同30 ページ)
● 人類の本質を原始状態にさかのぼって探求――不平等起源論(第2講参照)
・自由・平等論を、ホッブス、ロックのような自然法思想という観念論ではな
く、人間の類的本質という唯物論的見地からとらえた
② ルソーは人間の本質から出発
a)自由(人間の本質その1)
● 動物のあいだで特別に人間を区別するものは、知性ではなくて、むしろ彼の自
由な能因という特質である」(『起原論』52ページ)
●「この自由の意識において彼の魂の霊性が現れるのである」(同)
b)平等(人間の本質その2)
●「みんなが同じ食物を食べ、同じように生活し、性格に同じことをしていた」
「人と人との差異が、自然の状態においては社会の状態よりもいかに少ないも
のであるか」(『起原論』81ページ)
●「自然状態において不平等はほとんど感じられない」(同83ページ)
③ 人間の本質を、原始状態の考察から、
自由・平等(民主主義)ととらえることは、科学的に見て正しい。
● もっとも、自然法思想の影響もある「人間は平等で自由に生まれた」(『社会
契約論』16ページ)
● エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』は、古代社会が「定式化されなか
ったとはいえ、自由、平等、友愛」であったとしている。
● 発生史における人類が、人間の本質である(本質とは「過ぎ去った有」)
● マルクスも、人間の本質を「自由な意識的な活動」と共同社会性(自由と民主
主義)としてとらえている。
・「自由な意識的な活動は、人間の類性格である」(全集㊵ 436ページ)
・「人間の本質は、人間が真に共同的な本質であることにある」(同369ペ
ージ)
④ ルソーは、私有財産にもとづく階級社会を、
自由と平等(民主主義)の疎外態としてとらえている。
・ルソーの疎外論は、科学的社会主義の理論にとりこまれるべきもの
・自由と民主主義は人間の本質的欲求でありながら、階級社会では疎外されて
いる
⑤ ルソーは、疎外からの回復として、社会契約国家をとらえている。
a)階級的社会状態と偽の社会契約のもとで自由と平等は奪われる
●「人間は自由なものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれてい
る」(『契約論』15 ページ)
● 不平等の進歩(『起原論』121 ページ)
第1期(法律と所有権) 富者と貧者
第2期(為政者の設定) 強者と弱者
第3期(専制的権力) 主人と奴隷
b)上の状態は、自然法に反する(同130ページ)
●「多数の人々が飢えて必要なものにも事欠いているのに、ほんの一握りの人た
ちには余分な物がありあまっている、ということは、明らかに自然法に反して
いる」(同131ページ)
●「この第3期の時期が不平等の最後の段階であり、……ついには、新しい諸変
革が政府をすっかり解体させるか、またはこれを合法的な制度に近づけるにい
たる」(同121ぺージ)
c)真の社会契約へ
●「人民は、(支配者が)人民の自由をうばったその同じ権利によって、自分の
自由を回復する」(『社会契約論』15ページ)
● 社会契約という「合法的な制度」にもとづく「正当で確実な何らかの政治上の
法則がありうるか」(『契約論』14 ページ)の探求
● 社会契約による自由と民主主義の回復との見地は、社会契約国家と社会主義、
共産主義への接近を示すもの
● 自由と平等は、社会契約によって、どのように実現されるのか、またなぜ、ル
ソーの平等論は「社会主義運動においていちじるしい扇動的な役割を演じるこ
とになった」(『反デューリング論』全集⑳ 107ページ)のかを探求すること
が次講の課題となる
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