2003/07/01 講義

 

第6講 政府と人民主権

 

1.政府とは何か

● 政府は、執行権をもつ

 ・政府は人民の一般意志を立法化したものを執行

 ・立法権は、「行為をしようと決める意志、」、執行権は「行為を実行する
  力」(83ページ)

●「政府は主権者の公僕にすぎない」(84ページ)

●「政府は主権者と混同されてはならず、主権者のしもべでなければならない」
 (60ページ)

 ・人民と主権者との間の「1つの仲介団体」(同)(88ページ)「主権者から
  委ねられた権力を、主権者の名において行使」、「委任もしくは雇い入れ」
  (同)

 ・「主権者は、この権力を、すきな時に制限し、変更し、取りもどすことがで
  きる」(同)

 ・「人民は、好きなときに、彼らを任命し、また解任しうること」(140ペ
  ージ)

 ・「政府がみずから、何らかの専制的な、勝手な行為をしようとするやいな
  や、全体の結合がゆるみはじめる。」(88ページ)
  →「人民を政府の犠牲にするのではなく、いつも進んで政府を人民のために
   犠牲にすること」(89ページ)

 

2.政府は不断に主権に対抗しようとする
  (120ページ)

① 良い政府と悪い政府

● 政治的結合の目的は何か――「構成員の保護と繁栄」(118ページ)

● 保護と繁栄を示すもっとも確実な特徴は人口(同)
 ・人口増加の政府は良い政府、人口減少は悪い政府(120ページ)


② 政府は不断に主権に対抗

●「遅かれ早かれ当事者がついに主権者を圧迫して、社会契約を破棄するときが
 来る」(同)

 ・政治体の死は「避けがたい内在的な悪」(同)

● 国家解体の2つの場合(123ページ)

 ・「統治者が、もはや法律(一般意志)にしたがって国家を治めることなく、
  主権を奪いとる場合」(同)――「簒奪者」
 ・「政府の構成員が、団体としてしか行使してはならない権力を、個々別々に
  奪いとる場合」(同)


③ 人民の抵抗権・革命権

 ・「政府が主権を奪いとるやいなや社会契約は破られ、一般の市民はすべて、
  当然かれらの自然的自由に復帰し、服従を強制はされても、義務づけられは
  しなくなる」(同)

 ・アメリカ独立宣言「連続せる暴虐と簒奪の事実が明らかに一貫した目的の元
  に、人民を絶対的暴政のもとに圧倒せんとする企図を表示するにいたると
  き、そのような政府を廃棄し、自らの将来の保安のために、新たなる保障の
  組織を創設することは、かれらの権利であり、また義務である」(『人権宣
  言集』114ページ)

 ・抵抗権、革命権の保障されない人民主権は、絵に描いた餅普通選挙権にもと
  づく民主共和制のみで人民主権ということはできない

 

3.国家機関との関係で、
  主権はどうすれば維持しうるか

① 直接民主主義の原則

●「人民は集会したときにだけ、主権者として行動しうる」(127ページ)

●「主権は代表されえない」(133ページ)

 ・「人民の代議士は、だから一般意志の代表者ではないし、代表者たりえない
  彼らは、人民の使用人でしかない」(同) ・「代表者という考えは、近世の
  ものである。それは封建政治に、すなわち人間が堕落し、人間という名前が
  恥辱のうちにあった、かの不正でばかげた政治に、由来している。」(同)

 ・「人民は代表者をもつやいなや、もはや自由ではなくなる。もはや人民は存
  在しなくなる」(136ページ)

● 直接民主主義への批判

 ・「ルソーの政治理論の最大の欠陥は、ゆうまでもなく、直接民主制に固執し
  たことにある。そのために彼の理論のうち原理的部分をのぞいた技術部分
  は、現代にあってはほとんど意味を持たない」(恒藤武二『ルソー研究』
  157 ページ)

● 再批判

1)ルソーの直接民主主義は、原則として理解すべきもの

 ・少なくとも、地方自治体においては、直接民主主義は最大に尊重さるべき

 ・国政においても、直接民主主義は、国家機関へのリコール、重要な国政問
  題、外交問題に関する人民投票として生かすべき

2)ルソーは間接民主主義(代議制)そのものを否定したのではなく、間接民主
  主義によって、人民の一般意志の代表者ではなく、一般意志が踏みにじられ
  ることを批判したもの

 ・「(イギリス人民が)自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が
  選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう」(133
  ページ)
 ・「人民の代議士は、だから一般意志の代表者ではないし、代表者たり得な
  い」(同)

3)したがってルソーは、人民の代表者は一般意志の忠実な執行者(立法権、執
  行権のいずれについても)でなければならないことを明らかにしたもの

 ・立法者についてはのべながら、立法府については言及していないのは片手落
  ち。しかし、立法府を積極的に否定したものではない

 ・「人民の代議士」は「人民の使用人でしかない」

4)国家機関による一般意志執行の保障

a)重要法案についての住民の承認

 ・「人民が自ら承認したものでない法律は、すべて無効であり、断じて法律で
  はない」(133ページ)

 ・1793 年憲法――立法院で可決された法案は、ただちに地方公共団体に送
  付、40日以内に過半数の県で10分の1以上の異議があると、すべての県の集
  会による人民投票

 ・重要国政、外交行為に関する人民投票の制度化

b)リコール権

 ・憲法15条「公務員を選定し罷免することは、国民固有の権利である」
   →これが法制化されていないことが問題
 ・パリ・コミューン――コミューンの議員や裁判官などすべての公務員の罷免
  権を保障

c)公務員の賃金を労働者なみに

 ・パリ・コミューンの経験――これによって、国家機関の一員となることが利
  益となるのではなく「全、体の奉仕者」となる義務を引き受けることに

 ・「すべての真の民主政においては、行政官の職は利益ではなくして、重い負
  担」(152ページ)

d)一般意志を形成し、その実践をもとめる人民の独自組織が必要となる

 ・それが、労働者階級とその政党の役割。プロレタリアート執権の任務

 

4.直接民主主義と間接民主主義

① 直接民主主義は、人民主権の土台をなすもの

● 人民の一般意志は、至上にして単一の意志(国家統治の主権意志)として形成
 されるものだから、労働者階級の政党を導き手とし、情報の公開と全人民的討
 論をつうじてのみ形成されるのであって、それは、代表者によっては形成され
 得ない

●「人民が十分に情報をもって審議するとき」「つねに一般意志が結果し、その
 決議はつねによいものであるだろう」(47ページ)

 ・ルソーが「徒党をくむ」ことを否定しているのは、労働者階級の未成熟の状
  態を反映

● 一般意志は、国家機関をその指導下に置くものとして、国家機関の外に、人民
 の組織と運動をつうじて形成されねばならない


② 間接民主主義は直接民主主義を補完

● 間接民主主義(代議制、代表制)は直接民主主義を補完するものであって、直
 接民主主義が間接民主主義を補完するものではない

 ・「代表されるものが、みずから出ているところには、もはや代表者は存しな
  い」(130ページ)

● ルソーの「人民の使用人」は文字通りの意味ではなく、代表者は、つねに人民
 の一般意志を考慮して行動すべきという、規範的意味に理解すべきもの

● 憲法15条2講に「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者では
 ない」というのと同じ意味

 ・全体の奉仕者――人民の一般意志への奉仕者

 ・一部の奉仕者――人民の特殊意志への奉仕者

 

5.ルソーからヘーゲルを経て
  マルクスの思想の系譜

① フランス革命を思想的に準備したルソー

●「社会契約論」は、アンシャン・レジームの批判と人民による革命を訴える書
 物として受け入れられた

 ・ジャン・ポール・マラー(1743~93)(フランス革命で、最下層の労働
  者、農民からなるサン・キュロットを指導)
  ―― 1788年、パリの街頭で「社会契約」を朗読して人民の決起を促す
 ・ロベスピエール(1758~94)――ルソーに心酔し、ルソーの思想を継承し
  たジャコビニズムを唱えた

● 革命の開幕とともに、ルソーの影響力はにわかに増大し、「一般意志」「社会
 契約」は革命家の日常用語に

 ・1789年の「人間宣言」――「オムとシトワイヨンの権利宣言」と題し、
  「人間は自由なものとして生まれ、かつとどまり、また権利において平等で
  ある」と「社会契約論」の冒頭の文を引用

● ロベスピエールが主導権を握って、ルソーの影響は本格的に

 ・1793憲法は、はっきり人民主権と普通選挙を規定し、リコール制、国民投票
  などの直接民主主義

● 反革命により、復古主義に回復しブルジョワ民主主義革命として落着(「空想
 から科学へ」参照)

 ・ルソーの思想は、パブーフ、ブオナロッティなどフランスの社会主義・共産
  主義(未来形)として引きつがれる


② ヘーゲルによるルソーの継承・発展

● フランス革命とルソーの思想は、ドイツ観念論哲学に甚大な影響を与えた

 ・カントは、ルソーを読んで「人間の真の価値をさとった」

 ・シラー「ルソーよ、あなたはこの地上のためにつくられた人ではなかった
  ……あなたはあまりに立派すぎた」

 ・ヘーゲルは、フランス革命にみられる自由の思想を生涯賛美し続けた

● ヘーゲルにおけるルソーの継承・発展

 ・ヘーゲルの「法の哲学」は、ルソーの「社会契約論」の批判のうえにたっ
  て、「自由論」を基本とする国家論として展開

 ・ヘーゲルは、ルソーを観念論的政治論として批判

 ・ヘーゲル『歴史哲学』で「人間が逆立ちをして、すなわち思想の上に立っ
  て、現実を思想にしたがって建設する」(エンゲルス「ヘーゲル教授のこの
  ような公安に害のある変革学説」全集⑲ 187 ページ)

 ・ヘーゲルは、イギリス経済学を研究して、フランス革命の「自由論」も近代
  社会の経済法則が生みだしたことを明らかに。「自由な個人は市民社会の息
  子」(238節)
  ――家族、市民社会、国家という全体的関係の中で自由の実現を


③ ルソーの思想は、ヘーゲルを媒介してマルクスに

● ルソーに始まるフランス社会主義の思想は、マルクスをゆさぶり、その理論的
 探究に向かわせた

 ・共産主義を空文句にさせないためには、ルソーやコンシデランの著書、とり
  わけプルードンの著作の、長年にわたる研究が必要(全集① 121~125ペ
  ージ)

 ・プルードン(1809 年~ 1865 年)――ルソーの影響下にあったプルードン
  は、資本主義社会のいっさいの悪の原因が商品変換のなかにあると見て、こ
  れを「正義」の理想にもとづく無償の信用および交換銀行によってつくりか
  えようとした――「哲学の貧困」で批判

 ・マルクス――クロイツナハ・ノート(1943年7月~ 8月)でルソーの国家論
  や憲法論の研究

 ・ルソーの「政治的国家」は、「いたるところでそれの観念的な規程をそれの
  実在的な諸前提との矛盾におちいる」(全集① 381ページ)

● マルクスはフランス社会主義をつうじて、ヘーゲル批判、経済学の研究に向かう

 ・「『アルゲマイネ・ツァイトゥング』との一論争で、私のそれまでの研究で
  は、フランスの諸思潮(社会主義・共産主義)の内容自体についてなんらか
  の判断をあえてくだすことはできないことを、率直に認めた」(全集13巻
  6ページ)

 ・この課題の解決のための最初の仕事がヘーゲル法哲学の批判的検討

 ・ヘーゲルは18 世紀のフランスにならって、「物質的な生産諸関係の総体」
  を「市民社会」の名に総括しているが「この市民社会の解剖学は、経済学の
  うちに求められなければならない」(同6ページ)
  →以後資本論の準備に入る