2003年 講義

 

 

第1講 「法の哲学」と科学的社会主義

 

1.ヘーゲルの時代

① ヘーゲルの生きた時代(1770~1831)

● フランス革命(1789~1799)
   ── ナポレオンの軍事独裁、ナポレオン戦争(1799~1814)
   ── ウィ―ン体制(1814~1815・フランス革命を一掃し、絶対主義体制へ
  の復帰)
   ── フランス7月革命(1830)

● フランス革命の影響を受けてドイツでは哲学革命(カント、フィヒテ、シェリ
 ング、ヘーゲル) ── ドイツ古典哲学、その頂点に立つヘーゲル


② ヘーゲルとフランス革命

● 学生時代フランス革命に熱狂して「自由の樹」を植え、革命歌を高唱

● フランス革命は挫折したが、ヘーゲルは生涯フランス革命のかかげた自由の精
 神に共感し、その理想の現実化をもたらす哲学にとりくんだ(革命の哲学)

●「最近の25年間、世界史がこれまでにもった最も実り豊かな年月、われわれ
 にとって最も教訓に富む年月」(民会論文1817年)

●「人間はここにはじめて思想が精神的現実界を支配すべきものだということを
 認識する段階にまでも達したのである。この意味でこれは輝かしい日の出で
 あった」(『歴史哲学』㊦ 311ページ、岩波書店)

● フランス革命はルソーの哲学から生まれた。ヘーゲルは「法の哲学」という
 「思想」によるフランス革命の完成(精神的現実界の支配)を意図した

 

2.科学的社会主義の源泉としてのヘーゲル

① 源泉とは何か

● 源泉とは後の理論の重要な構成部分となる理論の萌芽が先の理論の中に存在し、その弁証法的発展をつうじて後の理論が誕生した場合の先の理論

● 源泉を探究することは、後の理論の構成部分を明確にすること

② 源泉としてのヘーゲル弁証法

●「ヘーゲルの体系ではじめて、自然的、歴史的、精神的世界の全体が一つの過
 程として、すなわち不断の運動、変化、転形、発展のうちにあるものとして示
 され、またこの運動や発展の内的な連関を明らかにする試みがなされた」(全
 集⑳ 23ページ)

●「弁証法がヘーゲルの手のなかで受けた神秘化は、彼が弁証法の一般的な諸運
 動形態をはじめて包括的で意識的な仕方で叙べたということを、けっしての妨
 げるものではない」(全集a 23ページ)

● しかし、科学的社会主義の源泉となるのは、ヘーゲル弁証法だけなのか、『法
 の哲学』は源泉にならないのか、は研究課題


③『法の哲学』と科学的社会主義

a)「経済学批判序言」(全集⑬ 6ページ)

●「私を悩ました(経済問題の)疑問の解決のために企てた最初の仕事は、ヘー
 ゲルの法哲学の批判的検討」

●「私の研究の到達した結果」は、「法的諸関係ならびに国家諸形態は、それ自体
 からも、またいわゆる人間精神の一般的発展からも理解されうるものではな
 く、むしろ物質的な諸生活関係に根ざしているもの」

●「諸生活関係の総体をヘーゲルは、『市民社会』という名のもとに総括してい
 るのであるが、しかしこの市民社会の解剖学は経済学のうちに求められなけれ
 ばならない」

b)「フォイエルバッハ論」(全集)

●『法の哲学』は「プロイセン王国の国定哲学の位にまでまつりあげられていた」
 (同 269ページ)

● しかし、ヘーゲルの「重苦しい退屈な文章のうちに、革命がかくれている」
 (同)

●「現実的なものはすべて合理的であり、合理的なものはすべて現実的である」
 という命題のなかには、「人間の思考と行為とのすべての結果の窮極性にたい
 し一挙にとどめをさした」ヘーゲル哲学の「真の意義と革命的性格」とが秘め
 られている(同 271ページ)

● ヘーゲル哲学の「保守性は相対的であり、その革命的性格は絶対的である」
 (同 727ページ)

●『法の哲学』の結びでは、「絶対的理念」は「身分代表制君主制」という「有産諸
 階級の制限された穏健な間接的支配という形で実現される」――「徹底的に革
 命的な思考方法を使って非常に穏健な政治的結論が生みだされる」(同 273
 ページ)

● 体系という「無理なこしらえもの」は、「彼の仕事のわくであり、足場であるに
 すぎない。むだにここに足をとめず、もっと深くこの巨大な建物のなかにはい
 りこんでいってみると、そこには、今日でも完全に値うちのある無数の宝があ
 る」(同 274ページ)

●『法の哲学』は、「形式は観念論的であるが、内容は実在論的である。法、経
 済、政治の全分野が、ここには道徳とならんで取り入れられている」(同
 291ページ)

●「国家すなわち政治体制は従属的なものであって、市民社会すなわち経済的諸
 関係の領域が決定的な要素である。ヘーゲルも採用している旧来の見かたで
 は、国家が規定的な要素で、市民社会は国家に規定される要素である、とされ
 ていた」(同 305ページ)


④ 『法の哲学』は科学的社会主義の源泉となりうるか

● 国家と市民社会をはっきり区別し対立するものとしてとらえることにより、史
 的唯物論への道をきりひらいた

● 市民社会(資本主義社会)を分析しそれがもつ、自由を生みだし、自由を否定
 する矛盾、人倫的結合と分離の矛盾、を明らかにした

●「無数の宝」としての、個人の尊厳、自由、民主主義論

● 国家と市民社会との対立を止揚する役割としてのポリツァイとコルポラツィ
 オ―ンの現代的意義

●『法の哲学』において「相対的な保守性」と「絶対的な革命的性格」がどのよう
 にあらわれているのか、また何故そうなっているのか、を解明する

● マルクス、エンゲルスは、その史的唯物論にもとづき、国家が市民社会によっ
 て規定されるという国家の本質を明らかにし、ヘーゲルの見解を批判したが、
 逆にヘーゲルは、国家の真にあるべき姿は、市民社会を規制すべきものとして
 とらえることにより、資本主義の枠内での民主主義的改革に光をあてることに
 なった
 ⇒こうしたことを問題意識としながら、ヘーゲル哲学の革命的性格を学びと
 り、『法の哲学』のなかの宝探しをつうじて、それが科学的社会主義の源泉と
 なりうるのか、なりうるとしたら、どの構成部分の源泉となるのか、を一緒に
 学び、研究していきたい

 

3.『法の哲学』(1820)とは何か

① 『法の哲学』は、ヘーゲルとその弟子の合作

● ヘーゲル自身が書いたのは「はじめに」「法の哲学要綱」
(本文と註解 ── 一次下がりの文)のみ

● それに後日編集担当のガンスが、ホトー(1822/23)とグリースハイム
 (1824/25)の講義録の一部を「追加」として補充

●『法の哲学』の講義は、全部で7回(正味6回)
 *1817/18、1818/19のヴァンネンマンの講義録は、「自然法および国家学に関す
 る講義」(尼寺義弘訳、晃洋書房)として
 *1819/20の氏名不詳者の講義録は「ヘーゲル法哲学講義録1819/20」(ディー
 ター・ヘンリッヒ編、牧野広義他訳、法律文化社)として
 *1824/25のグリースハイム講義録は「法哲学講義・ヘーゲル」(長谷川宏訳、
 作品社)
 →これら講義録に、ヘーゲルの検閲を考慮しない本音が「法の哲学」よりもよ
  り明確に語られており、こうした新資料の発掘によりヘーゲルの再評価が生
  じている
  ── ここに保守性と革命的性格の統一の秘密の一つがある


② 『法の哲学』とはなにか

● エンチュクロぺディー(ヘーゲルの哲学体系)の一部をなすもの
 第1篇論理学
 第2篇自然哲学
 第3篇精神哲学
 第1部主観的精神
 第2部客観的精神(法の哲学)
 A 法
 B 道徳
 C 人倫
 第3部絶対的精神

● ヘーゲルの精神哲学と『法の哲学』
 *精神とは人間の実体=主体であり、その基本的性格は自由
 *客観的精神は、自由の定有(現在化)を産出する精神
 *法の哲学の大きな特徴は、個人の自由を実現する共同体を自由な意志の展開
  としてとらえることにある ── このモチーフはルソーの社会契約論に学んだ
 もの

● レヒト(法、権利、正しさ、正義)
 *人間が自由な意志をもって生きていくうえで人間相互の関係、社会、国家の
  真にあるべき正しさ(正義)とは何かをとらえようとしたもの
 *人間が共同体の一員として生きていくためには、正しさ(正義)が求められる


③ 『法の哲学』の弁証法的構成と内容

● 序文 ── 哲学は理性的なものの根本を究めるもの(概念を把握)。
     理想と現実の統一
 緒論 ── 『法の哲学』の対象となるのは、実定法ではなくて、法の「概念」
 第1部(抽象法)── すべての人間を抽象的な人格として尊重し、他人の人格
     を損なわないという適法性の立場(即自的個人)
 第2部(道徳)── 自己のうちに良い意志をもって生きる(善く生きる)とい
     う当為の立場(対自的個人)
 第3部(倫理)── 個人が善く生きるために共同体としての家族、市民社会、
     国家の真にあるべき姿を探究する概念の立場(即かつ対自的個人)

● 第3部倫理(人倫)の構成と内容
 *倫理とは、共同体のなかで、個人が自由に善く生きるという理念
 *倫理の弁証法
 第1章(家族)── 家族愛をその精神的紐帯とする即自的な共同体
 第2章(市民社会)── 誠実(信義誠実)をその精神的紐帯とするが、
     内部に対立をもつ展開した(対自的な)共同体――欲望の体系
 第3章(国家)── 愛国心を精神的紐帯とする即かつ対自的な真の共同体
    (最高の共同は、最高の自由である。国家は自由の現実体でなければな
     らない)

 

4.本ゼミを真の共同体(倫理)に

① 時間配分(18:30~21:00)

 ・講義(18:30~19:15)45分
 ・休憩(19:15~19:20) 5分
 ・講義(19:20~19:50)30分
 ・休憩(19:50~19:55) 5分
 ・討論(19:55~20:40)45分
 ・感想、質問、意見のまとめ文作成(20:40~21:00)20分

② 討論による講義の弁証法的発展を実現するために、是非予習をし、疑問を
  もって講義にのぞんで欲しい

③ まとめ文のなかで、質問、疑問を提示し、講師が次回に回答することで、
  実質的ゼミナールにしていく

④ 講師と受講生の緊張関係で真の共同体(倫理)をつくりあげ、広島から
  新しいヘーゲル像の創造を

 

5.テキストと参考資料

① テキスト

●『法の哲学』(世界の名著35 ヘーゲル、あるいは中公クラシックス版)

● 平均すると1回で25ページ程度進行しなければならない

● 次回は「序文」を終える予定


② 参考資料

●『ヘーゲル用語事典』(未来社) ── 単なる事典ではなく、ヘーゲル哲学の基
 本概念の意義、内容を主要著作の構成と関連させてつかむのに便利

●「ヘーゲルの生涯と思想」(岩崎武雄、世界の名著『ヘーゲル』所収)
 ── ヘーゲルを全体として学ぶのに是非読むべき参考書

●『ヘーゲルの法哲学』(加藤尚武、青土社)── ちょっとひねった解説書だ
 が、分かりやすさはある。但し肝心の第3部が軽視されている

●『ヘーゲルを学ぶ人のために』(加藤尚武編、世界思想社)── ヘーゲル哲学
 全体の概要を知るのに便利

●『ヘーゲルの人倫思想』(小林靖昌、以文社)── 科学的社会主義の源泉とし
 てのヘーゲルの位置づけを探るうえでの反面教師として有益

●「法哲学講義・ヘーゲル」(前掲)── ヘーゲル最後の講義ノートであり、講
 義としての完成度高く、ノートとしても最も詳細

●「ヘーゲル国法論批判」(全集① 233ページ~)(カール・マルクス)

●「ヘーゲル法哲学批判序説」(同 415ページ~)(カール・マルクス)