2004年 講義

 

 

第14講 教養・欲求の体系

 

1.特殊から普遍へ

● 市民社会は、特殊と普遍の分裂態

● 特殊から普遍への移行(§186)

 ・特殊性(主体的自由の権利)は、普遍性との一体性において「おのれの積極
  的現実性の権利をもつ」(同)

 ・しかし、この一体性は、普遍に強制された一体性であって、自由としての一
  体性ではない

 

2.陶冶(教養)(§187)

● ヘーゲルは、人格の陶冶(教養)を、自然性から自由への前進、特殊性から普
 遍性への前進、人間解放の道程とみている

 ・自由な意志は、「恣意の克服」(§15)、「あらゆる制限と特殊的個別性の
  揚棄」(§24)

 ・ 善の洞察の権利は、「主観的な教養に属する」(§132)

 ・義務においてこそ個人は解放されて実体的自由を得る」(§149)

 ・諸個人の「意志のはたらきと行動とを普遍的な仕方で規定」することは、
  「彼らの特殊性のなかの主観性を陶冶する道程」(§187)

 ・「陶冶としての教養とは、その絶対的規定においては解放であり、より高い
  解放のための労働」(同)

● 教養の獲得は、「厳しい労働」(同)

 ・特殊性が、労働と陶冶により普遍性の形式を獲得することによって「無限に
  対自的に存在する自由な主体」(同)となる

 ・個人の発展--「社会主義・共産主義の社会の構成員となる、人格的に自立
  し、豊かな個性と能力をもった自由な人間自身が、社会の資本主義的発展の
  時代をつうじて準備される」(一五回大会)

 ・主権者の自覚は、真にあるべき普遍性(人民の一般意志)を「厳しい労働」
  をつうじて身につけることから生まれる

 

3.欲求の体系

① 市民社会の構成(§188)


② 経済学とは何か(§189)

● 経済法則の探求 ──「有限性の圏への理性的本性の映現」(同)

● 大量の偶然事をつらぬく必然的なものの発見


③ 欲求の仕方と満足の仕方

● 動物は「一面的に生産するのにたいして、人間は普遍的に生産する」(全集
 ㊵ 437ページ)(§190)

● 人間は、市民社会のなかで、はじめて「具体的存在者」(§190)となる

● 欲求の無限の多様化(§191)

 ・欲求は作り出される ── 生産のための生産

● 特殊から普遍へ(§192)

 ・商品所有者として、相互的関係に入る

 ・商品交換をつうじて、普遍性の契機へ

● 普遍から特殊へ(§193)

 ・普遍性の契機は、商品生産の手段と方法を規定する

● 普遍性と特殊性の相互作用のなかから、同等性の欲求と特殊性の欲求とがあら
 われてくる
 
● 社会的欲求には、普遍的意見にしたがうという自然必然性からの解放の契機が
 ある(§194)

 ・自然状態の人間は自由ではない(ルソー批判)

 ・自由は精神的なものが「おのれを自然的なものから区別し、おのれを自然的
  なものに反射させることのうちにのみ有する」(同 註解)

● 欲求の無限性(§195)

 ・欲求の無限性は、一方で奢侈、他方で依存と窮乏の無限の増大

 ・窮乏が相手にするのは、自由な意志(の外在化としての所有)であるから、
  「絶対的に頑強」

 ・キニク派 ── 奢侈と窮乏の対立の産物


④ 労働の仕方

● 労働による労働手段と労働生産物の発展(§196)

● 理論的教養と実践的教養(§197)

 ・労働によってえられる実践的教養 ── 対自然、対人間関係の普遍性の獲得

● 分業(§198)

 ・分業は、労働を単純化し、生産性を高め、機械を人間の代わりに


⑤ 資産

● 普遍的資産(§199)

 ・社会的総生産物は、家族共有財産と同様、市民社会を支える

 ・各人は、各自の教養と技能によって社会的総生産物の分配にあずかる

● 分配論(§200)

 ・諸個人の特殊性(教養、技能、資産)が分配の不平等を生みだす

 ・平等生の要求は、「空虚な悟性のなすこと」(同)── ルソー批判


⑥ 職業身分(§201~§205)

● ヘーゲルには階級的観点はなく、市民社会を支える身分的区別としてとらえる

 ・実体的身分 ── 貴族、農民

 ・反省的身分 ── 手工業者、工業家(資本家と労働者)、商人

 ・普遍的身分 ── 軍人、公務員

● 職業選択の自由(§206)

 ・どの身分、職業を選択するかは、主体的自由の権利(主体的特殊性の原理)

 ・主体的特殊性(経済活動の自由と市場経済)は、「市民社会のあらゆる生動
  の原理」(同)

 ・「理性によって必然的に存在するものは、同時に恣意によって媒介されなけ
  ればならない」(同)── 市場経済と計画経済の統一

 ・自由は、特殊性と普遍性の統一にある

● 労働が具体的人間を創造する(§207)

 ・一定の職業をもつことにより、個人は「現実性をおのれのものとする」(同)

 ・労働者階級の実直さと誇り- .労働者階級の歴史的使命

 ・労働者において道徳は固有の場をもつ

 

4.生産と分配

① 日本共産党の未来社会論

● 未来社会の中心問題は、生産手段の社会化

 ・レーニンの二段階発展論は、生産物の分配方式のちがいによって社会発展を
  区分(社会主義と共産主義)するものとして否定

 ・未来社会は、「社会主義・共産主義」

● 生産手段の社会化の形態についても、生産物の分配についても、青写真主義を
 とらない


② 史的唯物論における生産と分配

ア)生産が分配を規定する

●「生産が、そして……生産物の交換が、あらゆる制度の基礎であり、歴史上に
 現われるどの社会においても、生産物の分配は、それとともにまた諸階級また
 は諸身分への社会の区分は、なにを、どのようにして生産するか、そして生産
 されたものをどのようにして交換するかによって決まるという命題である」
 (「空想から科学へ」全集⑲ 206ページ)→分配の問題は階級と身分の区別を
 生みだす

●「俗流社会主義は、……分配を生産様式から独立したものとして考察し、また
 取り扱い、したがって社会主義を、主として分配を中心として叙述することを
 受けついだ」(「ゴータ綱領批判」全集⑲ 22ページ)

イ)資本主義的生産と分配

●「それらの事実上の社会的生産手段への転化がやってきた。しかし、この社会
 的生産手段と生産物は、それまでどおり個々人の生産手段と生産物であるかの
 ように取り扱われた」(「空想から科学へ」全集⑲ 210ページ)

● 資本主義の基本矛盾は、社会的生産と資本主義的取得(資本主義的分配)

 ・つまり生産は社会的になったが、生産手段が個人的所有であるから、取得
  (分配)も搾取と階級を残した個人的な取得

● 社会主義は、この矛盾を解決し生産手段を社会化し、社会的生産と社会的取得により階級を廃止する

ウ)搾取と階級の廃止は、分配における不平等の解消を求めるもの

● フランス共産主義は、経済的不平等の解決を求めて生まれた

 ・フランス革命は政治的平等を一応実現したが、経済的不平等は残したまま

 ・ 経済的不平等の解決を求めてバブーフの陰謀(バブーフ共産主義)やパリコ
  ミューン

 ・共産主義は「ほんとうの自由、ほんとうの平等」(全集① 530ページ)を求
  めて登場

● 社会主義・共産主義の社会は、「真に平等で自由な人間関係からなる共同社
 会」(新綱領)

 ・この平等は、政治的、経済的、社会的平等を意味し、経済的平等とは社会的
  総生産物の分配における平等を意味する

エ)綱領と分配論との関係

● 綱領で未来社会を論ずるにあたっては規定的要因である生産様式(生産手段の
 社会化)を明記するだけでもよいかもしれない

● しかし、「真に平等な」共同社会を綱領に明記している以上、未来社会の分配
 論の真にあるべき姿、つまり「真に平等な」分配とは何かを議論しておく必要
 はある

オ)「ゴータ綱領批判」の位置づけ

●「ゴータ綱領批判」では、社会主義・共産主義の第一段階で、「能力に応じて
 働き、労働に応じて受けとる」、第二段階で「能力に応じて働き、必要に応じ
 て受けとる」との分配論を提起している

● 不破氏は、「ゴータ綱領批判の読み方」(前衛2003.10)において、分配論を
 扱った「ゴータ綱領批判」(1875)を批判

 ・『資本論』やエンゲルスのコンラート・シュミット宛書簡と矛盾し、青写真
  主義に傾いている

 ・マルクスは、論文発表後死ぬまでの八年間、エンゲルスは死ぬまでの20年
  間、二段階分配論にふれず ──「単なる試論ではないか」

●「ゴータ綱領批判」は、科学的社会主義の古典中、分配論について本格的に論
 じた唯一のもの

 ・二段階社会発展論に結びつけるのは問題としても、二段階分配論としての意
  義はある

 ・エンゲルスは、ドイツ民主党が、1890年エルフルト綱領制定にあたって、
  15年間党内部にとどめておいた「ゴータ綱領批判」を発表
 ・「単なる試論」ではなく、マルクス、エンゲルスの公式の分配論としてとら
  えるべき

カ)分配論をめぐる、マルクスとヘーゲル

● マルクスは、「労働に応じて受けとる」のはブルジョア的権利の名残であり、
 真にあるべき分配は、「必要に応じて受けとる」ことにあるとしている

● これに対しヘーゲルは、真にあるべき分配は、「労働に応じて受けとる」とい
 う特殊性の原理にもとづくものでなくてはならないとの立場をとっている

 ・これは、ヘーゲルが、特殊性の原理こそ「市民社会のあらゆる生動の原理」
  とすることに由来

● 日本共産党の未来社会論は「市場経済を通じて社会主義に進む」、「社会主義
 的改革の推進にあたっては、計画性と市場経済とを結合させた弾力的で効率的
 な経済運営」にある

 ・市場経済を残すことは、価値法則にもとづく需要と供給の調節機能を残すこ
  とであり、したがって、労働力についても価値法則が働くことを意味してい
  る

 ・となればヘーゲルのいう「労働に応じて分配」が真にあるべき分配「真に平
  等な」分配ということになるので_はないか

● いずれにしても、マルクスとヘーゲルのいずれの分配論をとるべきか、試論と
 研究が必要な課題

 

*次回第15講は、第209節から第256節まで。