2004年 講義

 

 

第15講 市民社会から国家へ

 

1.司法活動

① 権利能力の主体から基本的人権の主体へ

● 所有権を中心とするブルジョア民ê 主主義の諸権利を守り、諸権利の普遍性の
 威力を示すのが、司法活動

 ・司法活動は、市民社会の問題 ── 権利が具体化されるのは、市民社会におい
  て

 ・分業と交換は、商品を媒介に、人間と人間との関係(権利義務の関係)を生
  みだす

● 市民社会の主体は、普遍的人格

 ・第一部においては、主体は抽象的権利能力の主体 ── 人格の相互尊重をいう
  のみ

 ・市民社会の主体は、具体的な基本的人格の主体 ── フランス革命の人権思想
  から生まれた主体

● 主体的自由の原理は、近代と古代の転回点

 ・「思想によって正当とされていないものは、どんなものでも認めない」(序
  文)、という「偉大な我意」

 ・主体的自由の権利は、基本的人権をもつ普遍的人格として現実性を獲得
  ── 未来社会を担う人格

② 司法の問題点

● 法律と訴訟をつうじて、特殊的意志にたいする普遍性が実現される(§210~
 §228)

●「訴訟当事者たちの自己意識の権利(§228)

 ・裁判における自己意識の権利は、主体的自由の契機

 ・訴訟当事者が、訴訟の添え物にされてはならない

 ・「一種の外国語である専門用語を使って、専門家は、当事者を「一種の奴隷
  状態に」

● 裁判による普遍性の実現は、個別的

 ・この普遍性を市民社会全体に

 ・「司法活動」から「福祉行政と職業団体」に

 

2.福祉行政と職業団体

① ポリツァイとコルポラツィオン

● ポリツァイ

 ・都市国家(自治組織)の内政

 ・今日的にいえば、地方自治体の社会保障政策

● コルポラツィオン

 ・都市の商工業身分の職業別組織

 ・今日的には労働組合

② 社会保障の権利

● 欲求の体系のもとでは、個々の生計と福祉の確保は、偶然的

 ・「個々人の生計と福祉の保障が ── つまり特殊的福祉が、権利として取り扱
  われ実現されることを要求する」

● ヘーゲルの福祉行政は、社会保障と生存権の先駆的役割を示すもの

 ・これまでは、1912年ロシア社会民主主義労働党全国協議会での、労働者保険
  の提案が嚆矢とされてきた(レーニン全集⑰ 489ページ)

 ・1917年ロシア革命で失業保険と疾病保険--その後社会保障は資本主義国に

 ・ヘーゲルの見解は、資本主義社会での社会保障を個人の権利として認める画
  期的なもの--社会保障はヘーゲルの名と結びつくべきもの

 ・第二部道徳での福祉を求める権利(幸福追求権)は、市民社会における福祉
  行政によって現実のものに

● 福祉行政は、横暴な恣意への規制(§232)

 ・形式的に合法な恣意が、他人に損害や不快を及ぼすとき、実質的に不法であ
  り、福祉行政の立場から刑罰

 ・大企業への民主的規制 ──「 ルールなき資本主義」から「ルールある経済社
  会」へ

● 福祉行政の内容

 a)社会基盤整備の公共事業(§235)

 b)生産と消費の矛盾の緩和(§236)

  ・生活必需品の価格規制

  ・フランス革命、ジャコバン独裁の「最高価格令」

  ・ 公共事業による失業対策

 c)市民社会の責任(§237、§238)

  ・家族の任務の引き継ぎ

  ・義務教育(§239)

  ・浪費者への後見(§240)

 d)貧困対策は、重大問題

  ・ヘーゲルは資本主義の二大矛盾(失業と貧困)に正面から立ち向っている

  ・富と貧困の蓄積は必然的だから、貧困対策を偶然的慈善事業にまかせるこ
   とはできない

  ・大衆の零落は、人間の尊厳を失った賎民を生みだす→「いかにして貧困を
   取り除くべきかという重大問題こそ、とりわけ近代社会を動かし、苦しめ
   ている問題」(§244 追加)

  ・具体的貧困対策

  ・生活保護も、働く機会の提供も、問題あり

  ・世界商業と植民政策に→不十分として職業団体に


③ 職業団体

● 職業団体は、「第二の家族」

 ・成員には、技能の資格が求められ、成員の生計は、技能に応じて保障

● 職業団体による、貧困、賎民対策

 ・成員としての誇りは、賎民の倫理的要因を除去

 ・貧困が受ける援助も、互助の精神にもとづくものであって自尊心を傷つける
  ものではない

● 職業団体から国家に

 ・職業団体の目的は、制限されているから普遍的目的をもつ国家に移行する

 ・国家は、家族と市民社会の統一

 ・しかし、現実の世界では「国家は最初のもの」

 

3.福祉行政と職業団体の現代的意義

① 市民社会の矛盾

● ヘーゲルの市民社会は、資本主義的経済社会

 ・特殊性の原理--個人の主体的自由に立脚した経済活動の自由と市場経済

 ・主体的自由は、「市民社会のあらゆる生動の原理」(§206 註解)だが他方
  で貧富の対立を生みだす

● 福祉行政、職業団体は、資本主義の矛盾の緩和、解決をもたらすもの


② 資本主義の民主的改革

● ヘーゲルは、失業と貧困という二大矛盾と取組み、全般的社会政策を訴えてい
 る

● 市民社会(財界・大企業)の責任を認め、一定の規制を加えて、資本主義の民
 主的改革を

● 民主連合政府の「ルールある資本主義」とも重なる


③ 個人と国家の中間団体

● 科学的社会主義の未来社会論

 ・「国民が主人公」の人民主権国家

 ・治者と被治者の同一性を実現する中間団体としての「プロレタリアート執権
  (労働者階級の権力)」--人民の統一戦線

● ヘーゲルの福祉行政、職業団体は、統一戦線の一翼を担う中間団体として位置
 づけうる

 

*次回第16講は、第257節から第259節まで。