2006年8月8日 講義

 

 

第5講 有論 ①

 

1.第1部有論の主題と構成

● 今日から「論理学」の本論に

● 論理学の課題は、「自分自身との一致という意味における真理」(24節補遺
 2)

 ・「自分自身との一致」 ── 自分自身の真にあるべき姿(概念)との一致

 ・哲学は、「表象を概念に変えるもの」(3節)

● 論理学は即自的な(未展開な、潜在的な)概念が、対自的概念、即かつ対自
 的概念へと展開していく過程を体系的にとらえたもの(83節)

 ・有論 ── 「即自的概念にかんする理論」(同)。表面的な自分自身との
  一致にかんする理論。事物の表面的な認識にかんする理論

 ・本質論 ── 「概念の対自有と仮象にかんする理論」(同)。自分の内部
  で対立する二つの側面に展開された自分自身との一致にかんする理論。事
  物を本質と現象(仮象)との関係でとらえる認識にかんする理論

 ・概念論 ── 「即自かつ対自的概念にかんする理論」。対立する二つの側
  面を統一した、自分自身の真にあるべき姿との一致にかんする理論。事物
  の真にあるべき姿をとらえる理論

● 一つひとつのカテゴリーの意味、内容を理解するだけでなく、弁証法的な思
 惟形式(ものの考え方)そのものを学んでほしい

● 有論の構成(85節補遺)

 ・A 質、B 量、C 限度

 ・すべての事物は、固有の限度をもった質と量の統一として存在している
  ── それを分解して質(肯定)量(否定)限度(肯定と否定の統一)

 ・質 ── 「有と同一の規定性」(同)。或るものを「現にそれがあるとこ
  ろのもの」(同)にするもの

 ・量 ── 「有にとって外的な、無関係な規定性」(同)。質でないもの
  (「揚棄された質」98節補遺2)

 ・限度 ── 「質的な量」(85節補遺)「すべての物はそれに固有の限度を
  持っている」(同)

● 有論は、「直接的な、感覚的な意識」(同)から生まれる思惟形式であり、
 最も貧しい、最も抽象的な形態」(同)

 

2.A 質

● 質は、さらに有(肯定)、無(否定)、成(肯定と否定の統一)に分かれる

 ・すべての事物は運動、変化する ── それが成

 ・成を分析すると「有および無が一つのもののうちに不可分のものとしてあ
  らわれていること」(88節)が認められる

a 有(86~88節)

● 「有」とは「純粋な有〔あるということ〕」(86節)

 ・単に「ある」というのは「純粋な思想」

 ・はじめをなすものは、「無規定で単純な直接態」(同) ── 「規定には
  すでに一つのものと他のものとが必要」(同補遺1)

● 純粋な有は、無規定、無内容なものだから「無」(87節)

 ・有は無である

 ・有と無とは、区別であって区別でない(87節補遺) ── 「すべての区別
  の場合には常に、区別されたものを自己の下に包括する一つの共通のもの
  がある」(同)。商品の価値量を区別するのは抽象的人間的労働という共
  通のもの

● 有と無の真理は両者の統一としての成(88節)

 ・「有無の両者のうちに確かな意味を見出そうとする衝動」(87節)が、論
  理を展開し、真理としての成に到達する

 ・成は有と無の「直接的な対立」(88節)の「統一」(同)

 ・「思弁的規定を理解するためには、統一は、同時に現存し、定立されてい
  る差別のうちで把握されなければならない」(同)

● 生成(無は有である)、変化 、発展(ここに有ってここに無い)、消滅(有
 は無である) ── 成は事物の運動を示すもの(同)

● 成は、有と無との「自己のうちにおける動揺」。これに対し、定有は「自己
 のうちに動揺を持たぬ統一」(同) ── 定有は事物の相対的固定制を示す
 もの

 ・成は「最初の具体的な思想」(88節補遺)「最初の概念」(同) ── 事
  物の真理をとらえた「最初の真実な思惟規定」(同)。有と無とは「空虚
  な抽象物」(同)

b 定有(89~95節)

● 定有とは、有と無の対立としての成から生まれた「肯定的な成果」(82節)
 (89節)

 ・対立・矛盾を消極的なものとしてではなく「肯定的に理性的なもの」(82
  節補遺)を生みだすものととらえる(82節)、弁証法の「最初の実例」

 ・定有のうちで「有および無の直接性が消滅」(89節)し、有と無との関係
  (媒介)によって矛盾が定立され、かつその矛盾が揚棄されて「自己との
  単純な統一という形式」(同)のうちにある ── 「有の形式のうちに定
  立されている成」(同)

 ・定有は、有と無とが定有のうちにおける「モメントであるにすぎないよう
  な統一」(同)

イ)定有とは規定された有(90節)

● 定有は規定された有として「質」をもつ

 ・「質」とは「或るものが現にあるところのものであるのは、その質によっ
  てであり、或るものがその質を失うとき、それは現にあるものでなくなる」
  (同補遺)もの

 ・質は「有と直接に同一な規定性」(同)であるのに対し、量は「有に外的
  な規定性」(同)

 ・「定有するもの」は「或るもの」(同)

● 規定とは線引きによる他者の否定であり(91節補遺)、「質は本質的にただ
 有限なもののカテゴリー」(90節補遺)。線引き(区別)されるところから
 生まれる有限性 ── 「あらゆる規定は否定である」(91節補遺)

 ・定有のモメントとしての有(肯定性)は、「即自有」であり、定有の「実
  在性」(91節)となる

 ・定有のモメントとしての無(否定性)は、「向他有」(同)であり、「定
  有の幅」(同)をなしている(紐は、糸でもなければ、綱でもない)

ロ)定有は有限であり、可変的である(92節)

● 定有の有限性は、定有の「限界、制限」(同)をなす

 ・限界は矛盾を含む(同補遺) ── 限界は定有の実在性をなすと同時に、
  他方で定有の否定性をなす

●「或るもの」は、限界によって「或るもの」であると同時に、限界において
 「他のもの」となっているという矛盾をもつ ── この矛盾により「或るも
 の」は、限界を「制限」ととらえ、制限を越える「当為」により自己を揚棄
 する

 ・定有は、有限なものであるがゆえに「自分自身のうちで自己と矛盾し、そ
  れによって自己を揚棄する」(81節補遺1) ── 矛盾の積極的な成果、定
  有の有限性が可変性をもたらす

● 有限とは何か

 ・「有限とは終わりを持つもの、存在しはするが、他のものと連関するとこ
  ろで無くなり、したがって他のものによって制限されているものである」
  (28節補遺)

●「或るもの」は、限界において「自己を超えて追いやるところの内的矛盾」
 (同)をもつのであり、この矛盾によって、「有限なもの(定有はそうした
 ものである)はすべて変化をまぬがれない」(92節補遺)

●「或るものは他のものになる。しかし他のものは、それ自身一つの或るもの
 である。……かくして限りなく続いていく」(93節)

 ・この変化は悪無限 ── 有限なものは揚棄さるべきであるから、揚棄しえ
  ないという有限なものの「無力」(94節補遺)を示すもの

ハ)定有から向自有に(95節)

● 定有の変化は「悪無限」(無限進行) ── 「有限と無限の対立を克服しが
 たいものとする二元論」(同)

 ・二元論は、有限と無限とが限界において接すると同時に区別されるととら
  えることにより、無限を有限なものに変えてしまう ── 有限な或るもの
  は、有限な他のものと接し、かつ区別されるのみであって、無限なものに
  接し、かつ区別されるのではない

● 真の無限とは何か

 ・真の無限を「有限でないもの」(94節補遺)とするのは、「真の無限に到
  達しようとする」「不幸な中間物」(同) ── 単に「有限なものの無限な
  交替」という悪無限を否定しようとするにとどまるもの

 ・真の無限とは、或るものが他者に移行することによって「ただ自分自身と
  関係する」(95節)こと

 ・自我は無限な思惟により、自己否定をくり返し、他者に移行しながら自己
  同一を保ち、「自分自身と関係する」真無限

 ・思惟も真無限 ── 「無限な思惟あるいは思弁的な思惟」(28節補遺)は、
  有限な諸規定に立ち止まらず、「それらを最後のものと考え」(同)ない。
  思惟は、自己の限界をなす他のものに関係せず、自己自身のもとにある
  (同)

 ・真の無限(真無限)は、有限と区別される無限ではなく、有限のなかにお
  ける無限(有限と無限の統一)

 ・真無限としての有が「向自有」

 ・「有限者の真理」(同)は、向自有における「観念性(理念性)」にある

c 向自有

イ)向自有は一者(96節)

●「自分自身への関係」(同)として「他者を自己から排除」(同) ── 「他
 者への関係および移行を免れた」(98節補遺2)定有

 ・自分のうちで自己を揚棄する「無限な規定性」(同)として「完成された
  質」(同)

● 定有はその否定性において拡がりをもつのに対し、向自有はその否定性にお
 いて自ら尖っていく ── 無限に自己否定をつうじて発展していく

● 定有は実在性、向自有は観念性(同) ── 「観念性の概念は実在性の真理」

ロ)向自有は、多(97節)

● 一者は、自己を否定(反発)して、「多を定立」(同)する

● 反発は牽引に転化する ── 反発したものも一者の自己否定であるから、反
 発は一者に牽引されて、向自有を尖らせる

ハ)「質」から「量」への移行(98節)

● 完成された質としての向自有は、自己の否定性としての反発・牽引をつうじ
 て、一と多となる(有としての規定性は揚棄される)

● かくして質としての有から、「量としての有」(同)への移行である

● アトム論の原理は、「多という形態における向自有」(同補遺1) ── 多の
 相互の関係を「単なる偶然」(同)としてとらえている点で正しくない

● カントが「物質を斥力と引力との統一」ととらえたのは正しい ── しかし
 その概念を論理的に導き出していない欠陥がある(同)