2007年1月23日 講義

 

 

第16講 概念論 ④

 

1.主観と客観

① 主観と客観

● 主観も客観も「規定された思想」(192節)

 ・したがって「それらを自分自身を規定する思惟にもとづいて」(同)示さ
  ねばならない

●「主観」と「客観」の概念が定着するまでに長い歴史

 ・アリストテレスの自然学 ── 主観と客観を明確に区別せず、運動の原因
  の1つに「目的因」

 ・ガリレオの実験による「目的因」の批判→これを機に、物質的世界観が
  確立

● デカルトの二元論

 ・近代哲学の真の創始者 ── 神学からの独立

 ・一切を疑い「我思う、故に我あり」から出発

 ・神は無限実体、有限実体には、「レース・コーギタンス(思惟実体)」と
  「レース・エクステーンサ(延長実体)」とがあるとの二元論を主張

 ・この二元論は、近世哲学の「基礎」となり、やがて思惟実体は主観、延長
  実体は客観とよばれるように


② 二元論は真理ではない

● 古い二元論は、客観を恐怖と信仰の対象としてとらえた(194節補遺1)

● デカルトの二元論は、客観から「目的因」を一掃し、すべて「機械論」とし
 て説明されるように

 ・機械論的物質感は、物質を、センスレス、ヴァリューレス、パーパスレス
  なものとしてとらえることに

 ・主観(精神)と物体(客観)との間の絶対的な区別に

● 資本主義のもとでの自然科学の発展は、デカルト的二元論のうえに、物質世
 界優位論、科学万能論を打ち出す

 ・科学の対象となるのは、センスレス、ヴァリューレス、パーパスレスな物
  質の世界のみ ── したがって自然科学に価値観を持ち込んではならない
  (「自然科学の没価値性」)

 ・社会科学はセンス、ヴァリュー、パーパスに関わる人間の生き方、行為の
  あり方を対象とするから、厳密な科学の対象になりえない

 ・ましてや、価値、道徳、倫理において真理はありえないから、知識の対象
  にすらならない ── 価値・倫理の「非知識性」→資本主義の利潤第一主
  義のもとでは、拝金主義と「儲かりさえすれば何をしてもいい」という価
  値観が独走する

 ・労働者の使い捨て、性の商品化、産軍複合体制、核兵器、地球環境破壊

● 二元論に3つの誤り

 ・1つは、人間の生き方、行為のあり方に真理はないとすること(すべてを
  「価値観の多様性」で片づけてしまう)

 ・しかし、価値観は多様でありうるが、そこに真理がないわけではない ──
  それが概念

 ・2つは、人間のより善い生き方こそ、世界の根本目的であって、客観世界
  はその為の手段にすぎない ── 資本主義は、この目的と手段の関係を逆
  転させる

 ・3つには、人間がより善く生きるために、客観世界も概念にもとづいて変
  革されねばならない


③ 主観から客観への移行

● 有論、本質論から、主観的概念へ

 ・ヘーゲルは、『大論理学』で、有論、本質論を「客観的論理学」、概念論
  を「主観的論理学」とよんでいる(『小論理学』では使っていない)

 ・有論、本質論は、有、定有、現存在、現実性など客観に関わるカテゴリー
  を取り扱ってきたが、ここまで「客観」の言葉は使用していない

 ・現実から概念への移行のなかで、はじめて、「主観的概念」(163節)で
  あり、「概念は主観性そのもの」(192節補遺)としてとらえられる

● 推理をつうじて「概念の自己外有が揚棄される」(192節)

 ・推理をつうじて概念の諸モメントの区別は揚棄され、概念は、その統体性
  を回復する

 ・概念は、その統体性を回復することにより、単なる主観的な「自己外有」
  を自己の制限としてとらえ、これを打ち破ろうとする

 ・「主観性そのものが弁証法的なものとして、自己の制限を打ち破り、推理
  を通じて客観性への道をひらく」(同補遺)

● 主観から客観への移行は、ヘーゲルの絶対的理想主義を示すもの

 ・プラトンのイデアではなく、エネルゲイアとしてのイデア

 ・イデアは、「われわれが勝手に実現したり、しなかったりできるような無
  力なものでもなく、絶対的に活動的なものであり、現実的なものである」
  (142節補遺)

 ・主観的概念は、絶対的に現実に移行する力をもつ ── 「真理は必ず勝利
  する」


④ 客観は概念の実現

● 概念の実現が客観(193節)

 ・統体性を回復した概念の実現されたものが客観であり、客観は「直接的な
  統一」(同)として規定されている

● 客観は「具体的で自己のうちに完結している独立的なもの」(同)

 ・これまで議論してきた、定有するもの、現存在するもの、現実的なものは、
  すべてこの客観の統一性に包摂される

 ・物質世界には統一性があるからこそ、そのなかの法則を探究しうる ──
  統一性がなければ法則性もない

● こうして客観のカテゴリーが定立されることにより、あらためて、概念は客
 観に対立する主観的なものとして規定されることになる(同)


⑤ 概念の客観性への移行

● 概念の「客観性への移行もまた、現存在および現実性への移行と比較するこ
 とができる」(同)

 ・本質から現存在へ、内的なものから現実性への移行は、「十分顕在的にな
  っていない概念」の客観への移行

 ・「客観は、……自分自身のうちで普遍的な統一であり、……諸々の統体と
  しての諸区分を含んでいる」(同)

● 概念は、「エネルゲイアとしてのイデア」として客観へ移行

 ・概念そのものの一面性を「客観へ移っていくことによって」(同)揚棄
  する

 ・概念と客観との同一性は、「即自的に同一であるというような平凡な同一
  性」ではなく移行による同一性の実現

 ・アンセルムスの「神の存在証明」は、概念と客観の即自的同一性を根拠と
  するもの

 ・有限な事物は、概念の移行した客観に一致しないからこそ一時的存在にす
  ぎない

 

2.「B 客観」

① 主観と客観の弁証法

●「客観は直接的な存在」(194節)

 ・客観は、単に「存在するもの」として区別を揚棄している

 ・同時に「諸区別へ分裂し、その各々がそれ自身統体」

●「客観は、多様なものの完全な独立と、区別されたものの完全な非独立との
 絶対的な矛盾」(同)

 ・ライプニッツのモナド論

● 古い二元論は、客観に対する「一種の迷信と奴隷的恐怖の立場」

 ・客観(自然)の持つ威力にひれ伏し、「万物に神やどる」とする

● 科学・哲学の任務は、主・客の対立を「思惟によって克服することにある」
 (同)

 ・「客観世界からその未知性をはぎとり、……われわれの最も内的な自己で
  ある概念へ還元する」

 ・ここに、ヘーゲルの「概念の生成論」が示されている

 ・主観と客観の関係はあくまで弁証法的 ── 対立物の相互移行、相互浸透

 ・客観から主観(概念)へ、概念から客観への反覆による理想と現実の統一


② 機械的関係、化学的関係、目的的関係

● エンゲルス ── この3区分は「その時代にとっては完全だった」(全集⑳
 575ページ)

 ・機械論 ── 物体運動

 ・化学論 ── 分子、原子の運動

 ・有機論(目的論) ── 両者の統一による生命体の運動→ニュートン力学
  を前提とした区分

● 物質世界の階層性

 ・物質世界は階層ごとに独自の法則をもち、下部階層の法則が、それぞれそ
  の上部階層の法則を根拠づけて、物質世界の統一性を証明している

● 現代の区分

 ・量子力学 ── マクロの世界

 ・機械論、化学論 ── 原子・分子の世界

 ・凝縮系物理学(超伝導など) ── 多数の原子の凝縮した世界

 ・有機体論 ── 生命体の世界