『エンゲルス「反デューリング論」に学ぶ』より

 

 

第一一講 哲学⑦ 自由論

 

一、デューリングの法学

プロイセン支邦法

 デューリングは、「私の本来の専門研究はほかならぬ法学であった」(一六六ページ)と称し、大学での三年間に加えて、「さらに三年間裁判の実務にあたっていたあいだにも、とくに法学の科学的内容を深めることを目的とする研究をつづけた」(同)として、法哲学に関し、並々ならぬ自信を示しています。
 これまでにみてきたように法という上部構造は、土台である経済的諸関係によって規定されています。当時のドイツはまだ近代的な統一国家ではなく、半封建的な領邦諸国家に分裂しており、そのうちの一つがプロイセンでした。
 プロイセンも一九世紀のはじめまでは絶対主義的専制国家でしたが、一八〇七年から一八一五年にかけて、フランスの占領下にあって、フランス革命の影響を受けたシュタインとハルデンベルクによって、農奴制の廃止、居住の自由、職業選択の自由、ツンフト規制の廃止など上からの民主的改革がおこなわれ、一定の近代化が進行します。
 しかし、法の整備はきわめて遅れ、一七九四年に制定された「プロイセン」(民法、商法、手形法、海上法、保険法、刑法、教会法、公法および行政法をひとつにまとめたもの)が適用され、その主要部分は統一ドイツ誕生後に生まれた一九〇〇年の民法典制定までその効力を保っていました。
 この支邦法は、「商品生産社会の最初の世界法」(全集㉑三〇六ページ)であるローマ法に、プロイセンの「小ブルジョア的で半封建的な社会」(同三〇六~三〇七ページ)状態に照応する法を付加した、「法律的にも劣悪なもの」(同三〇七ページ)でした。
 エンゲルスは、この支邦法を「まだまったく革命前の時代の遺物」(一七三ページ)である「家父長的専制主義の法典」(同)だといっています。
 新しく誕生した資本主義社会のブルジョア法は、徹底的にたたかいぬかれたフランスにおいて、フランス革命の産物として登場しました。
 「ブルジョア大革命のあとでは、ほかならぬこのローマ法を基礎として、フランスののようなブルジョア社会の典型的な法典をつくりあげることもできる」(全集㉑三〇七ページ)。
 一八〇四年のコード・シヴィルにもとづいて一八〇七年に制定されたのが、いわゆる「ナポレオン法典」であり、これが資本主義諸国の近代民法の先駆けとなったものです。
 その後ナポレオンは、民事訴訟法典、商業法典、刑事訴訟法典、刑法典をつぎつぎに編纂し、その全体が広義のナポレオン法典と呼ばれています。

デューリングの法学知識

 では、デューリングの法学的知識はといえば、「今日ではイギリスでさえかなりよく知られているローマ法を別とすれば、彼の法学知識はもっぱらプロイセン支邦法に限られている」(一七三ページ)のであって、時代錯誤もはなはだしいものなのです。
 いやしくも法学の専門家を自称するのであれば、七十年も前に誕生した、しかし当時としては最新の体系化された近代法である広義のナポレオン法典を研究したうえで発言すべきなのは当然のことです。
 しかしデューリングが例示する「ラサール裁判」からすると、「フランス大革命の社会的成果に立脚し、この成果を法学語に翻訳している唯一の近代的=ブルジョア的な法典、すなわち近代フランス法を、デューリング氏はまったく知らないのだと、確認しないわけにはいかない」(一六八ページ)のです。
 これだけでもデューリングの大ボラ吹きが判明するのですが、さらに法的、道義的責任論の根拠という法哲学上もっとも重要な問題についてのデューリングの議論をみてみると、ここでもヘーゲルの剽窃と極度の浅薄化がみられるのみで、何ら独創的な考えは存在しません。

 

二、自由と責任

自由と責任

 第九講でも、簡単に自由と責任の問題を論じましたが、あらためてここで詳細に検討してみたいと思います。
 エンゲルスは、「道徳と法についてちゃんと論じようとすれば、いわゆる自由意志の問題、人間の責任能力の問題、必然性と自由との関係の問題にゆきあたらないわけにはいかない」(一七四ページ)と述べています。
 この文章を読んだだけで理解できる人は少ないでしょう。というのもその理解のためには、少なくともヘーゲルの『法の哲学』に関する知識が必要とされるからです。
 法的、道義的責任を問うためには、行為者に自由意志の存在することが前提となっています。未成年者や精神障害者のような自由意志をもたない人格についてはそもそも法的、道義的責任を問題にしえないのです。というのも、責任とは行為者への非難可能性であって、行為者に自由な意志があり、法と道徳という社会規範にしたがって行動することができたにもかかわらず、あえて行為者が社会規範に反する行動を行為者の自由意志で選択したところに責任の問題が生じるからです。自由意志が欠けていたり、存在しなかったりする人格には、社会規範にしたがって行動するか、それともそれに反する行動をするのかを意志決定する自由がないから、責任も問えないと考えるのです。つまり責任とは、自由な意志をもつ人格に対する非難可能性であり、自由な意志のないところに非難可能性は存在しません。
 刑法上「原因において自由な行為」というカテゴリーがあります。酔っぱらって車を運転して事故を起こすことを知りながら酩酊して事故を起こした場合に、果たして責任が生じるのか、という問題です。責任は、行為時における意志が問題になるのですが、運転手が行為時には酩酊していて心神喪失していることからすると、責任はないということになりそうです。しかし原因行為となった飲酒の時には運転手に自由意志があったのですから、その飲酒と事故との間に因果関係があれば、それは「原因において自由な行為」として責任が生じる、と考えられているのです。このカテゴリーのなかに、責任は自由意志のもとではじめて生じるということが示されていて、興味深いものがあります。
こうして責任論を論じるためには、自由論を論じなければならなくなってくるのです。

自由と必然 

 それでは、いったい自由意志とは何を意味しているのでしょうか。また果たして、人間には自由な意志があるのでしょうか。
 一八世紀初頭に、人間の意志は自由か必然かという哲学論争がありました。一方の自由論とは、人間は自然の客観的法則に拘束されない自由な意志をもつとする立場であり、他方の必然論とは、人間の意志は客観的法則に依存し、拘束され、支配されているから自由ではなく、必然なのだとする宿命論、決定論の立場でした。人間はそのDNAによって支配されているというのも、現代的な決定論の一つといえるでしょう。
 この問題に決着をつけたのがヘーゲルであり、ヘーゲルは自由と必然とを対立物の統一としてとらえることによって、はじめてこの論争に決着をつけたのです。
 こういう予備知識をもって、エンゲルスの先の文章を読めば、法と道徳が自由論に関わる問題だということを理解していただけることでしょう。
 それでは、以下『法の哲学』によりつつ、自由とは何かを検討していくことにしましょう。

三段階の自由

 自由な意志の展開として、自由の問題を必然との関係でもっとも包括的に論じたのが、ヘーゲル『法の哲学』です。
 ヘーゲルは、まず、自由とは意志決定の自由であるとしたうえで、自由を必然との関係でみた場合、より低い段階からより高い段階へ三段階に分けて論じうるとしています。
 第一段階の自由は、形式的自由です。自由な意志は、客観世界を前にして、何かをやろう、やりたいという「衝動・欲求」としてあらわれますが、あれこれの欲求のなかで、これをやろうと決定する意志が形式的自由です。いわば内心において、あれこれのなかから一つのものを決定し、選択する自由であり、この形式的自由がブルジョア民主主義としての自由(思想・良心・表現の自由など)です。これを形式的自由とよぶのは、対象となる客観の法則(必然性)を全く考察することのない、単なる偶然性に委ねられた形式的な選択の自由、恣意的な決定の自由でしかないからです。
 重要なことは、この形式的自由も、自由な意志の本質的構成部分をなしているということです。
 「特に重要なのは、意志にかんする偶然性を正当に評価することである。人々はしばしば意志の自由という言葉を単なる恣意、すなわち偶然性の形式のうちにある意志と解している。確かに恣意は、さまざまの決定をする能力であるから、その概念上自由なものである意志の本質的モメントではあるが、しかしそれはけっして自由そのものではなく、形式的な自由にすぎない」(『小論理学』一四五節補遺)。
 ブルジョア民主主義革命において、形式的自由が基本的人権として規定されたことは、人類の歴史上きわめて重要な意義をもっていたといわなければなりません。しかし同時にこの形式的自由は、「自由そのもの」ではなく、客観世界の必然性にふりまわされ支配される不自由さをもっています。すなわち、「内容からすれば真実で正しいものを選ぶ場合でさえ、気が向いたらまた他のものを選んだかも知れないという軽薄さを持っている」(同)のです。
 第二段階の自由は、普遍的自由または必然的自由です。これは、形式的自由と異なって、対象となる客観的事物のなかの法則、必然性を認識し、この必然性をふまえて意志決定する自由です。言いかえれば、事物のなかの普遍性、必然性という法則性を認識し、この法則性にもとづいて選択する自由、合法則的に決定する自由なのです。
 したがってこの段階の自由は、「気がむいたらまた他のものを選んだかも知れないという軽薄さ」を止揚した、より高度の自由ということができます。
 「恣意を揚棄されたものとして自己のうちに含んでいる本当に自由な意志は、その内容が即自かつ対自的に確実なものであることを意識していると同時に、それが自分自身の内容であることをも知っている」(同)のです。しかし、ヘーゲルはこの必然的自由には、必然性を利用する自由はあっても、まだ必然性そのものの支配をまぬがれえないという不自由さをもっているとして、真の自由である概念的自由に移行するのです。
 第三段階の自由である概念的自由は、自然や社会の必然性を変革する自由です。ヘーゲルはここに動物界と人間界とを区別する決定的基準があると考えています。動物も与えられた環境の必然性、法則性を認識して、ある程度合法則的に活動しなければ、環境に適応して生きていくことはできません。しかし動物は基本的には与えられた環境の枠内で生きていくだけであるのに対し、人間はその自由な意志をもって与えられた自然的・社会的環境をより良いものに作りかえることができるのであり、ヘーゲルはそこに最高の自由を見出したのです。
 ヘーゲルは、必然性とは、「他のものによって制約されない自己関係」(『小論理学』一四七節補遺)であり、「必然は盲目である」(同)といっています。つまり必然性とは、客観世界が「他のものによって制約されない」鉄の法則性をつらぬくことによって、人間を「盲目」的に支配するものであり、その意味で、必然性は人間にとって全く「不自由な関係」(同)でしかないのです。
 人間は、必然的自由の段階では客観的事物の必然性を認識し、その必然性にそって合法則的に、自由に活動することはできても、まだその必然性の支配から逃れて自由になることはできない不自由な関係にとどまっています。この不自由さは形式的自由のように客観的事物に盲目的に支配される不自由ではありませんが、客観的事物の必然性に支配されるという点では同様の不自由さをもっているのです。
 例えば、資本主義とは、利潤第一主義という本質から、一方の極における富の蓄積と、他方の極における貧困と労働苦の対立とを生みだすものであるという必然性を認識し、貧困の原因をとらえることができます。
 しかしこの必然的自由の段階では、資本主義が貧富の対立を必然的にもたらすことは認識しえても、その必然性に支配される状況から抜け出すことのできない「不自由な関係」におかれたままになっているのです。
 「概念は必然性の真理であり、そのうちに必然を揚棄されたものとして含んでおり、逆に必然性は即自的には概念である。必然性は、概念的に把握されないかぎりにおいてのみ、盲目なのである」(同)。
 概念的自由とは、客観世界の必然性を認識したうえで、その必然性を揚棄してその事物の「真にあるべき姿」(概念)をとらえる自由です。この概念的自由により把握された概念を理想として掲げ、その実現をめざす実践により、事物を「真にあるべき姿」に変革しうるのであり、これをヘーゲルは「理想と現実の統一」としてとらえているのです。
 「概念は必然性の真理」とは、概念は必然性を止揚し、その客観的事物の「真にあるべき姿」という真理においてとらえるものであることを示しています。また、「必然性は、概念的に把握されないかぎりにおいてのみ盲目」とは、概念を把握しないかぎり、客観世界の必然性に盲目的に支配されることを意味しています。
 以上、ヘーゲルの三段階の自由論をみてきましたが、この見地は、基本的にはマルクス、エンゲルスに継承されながらも、なお問題も残しています。次にそこを検討してみることにしましょう。

マルクス、エンゲルスの自由論

 第一講でお話ししたように、『反デューリング論』はマルクスとエンゲルスの事実上の共同著作というべきものであり、ここにおけるエンゲルスの自由論も同様に考えるべきものです。この自由論の箇所のみをエンゲルスだけの見解であるとして、マルクスの自由論(『資本論』⑬一四三四~一四三五ページ/八二八ページ)と区別すべきであるとする根拠は存在しません(拙著『ヘーゲル「法の哲学」に学ぶ』補論参照)。
 エンゲルスはまず、「ヘーゲルは、自由と必然性の関係をはじめて正しく述べた人である」(一七五ページ)として、ヘーゲルの自由論を継承したことを明確にすると同時に、「自由は、必然的に歴史的発展の産物である」(一七六ページ)としてヘーゲルと同じ自由論の段階説に立っています。
 しかし、自由を必然との関係で論じながらも、ヘーゲルのように三つの段階に明確に区別せず、事実上第二段階の必然的自由のみを自由ととらえるという制約をともなっていました。
 「自由は、夢想のうちで自然法則から独立する点にあるのではなく、これらの法則を認識すること、そしてそれによって、これらの法則を特定の目的のために計画的に作用させる可能性を得ることにある」(一七五ページ)。
 これは、「自由とは必然性の洞察である」(同)とするものであり、自由を第二段階の必然的自由としてとらえているのです。
 となると、第一段階の形式的自由はどうなるのでしょうか。エンゲルスはこれに続けて次のように述べています。
 「無知にもとづく不確実さは、異なった、相矛盾する多くの可能な決定のうちから、外見上気ままに選択するように見えても、まさにそのことによって、みずからの不自由を、すなわち、それが支配するはずの当の対象にみずから支配されていることを、証明するのである」(一七六ページ)。

マルクス、エンゲルスの自由論の問題点

 ここには、大きく三つの問題があります。一つには、形式的自由は自由ではないとされていることです。「したがって、意志の自由とは、事柄についての知識をもって決定をおこなう能力をさすものにほかならない」(一七五~一七六ページ)とされることにより、「事柄についての知識」をもたずして意志決定される形式的自由は、意志の自由には含まれないことが明確にされます。
 ここから実は、ブルジョア民主主義革命の産物である基本的人権としての自由権(思想・良心・表現の自由など)と科学的社会主義の自由論をめぐる、長い、ある意味で不毛の論議が展開されることになったのでした。
 ブルジョア的な自由と社会主義的自由とは異なるとの議論は、ソ連・東欧における自由と民主主義の抑圧を社会主義的自由の見地から肯定する議論にもつながるものでした。柳田謙十郎は、真の自由は社会主義のもとでえられるとした『自由の哲学』(青木書店)を出版しましたが、ソ連の人民抑圧体制が顕在化するなかでこれを絶版とし、一九七五年一二月「社会主義と自由の問題」を脱稿しながらも、なお理論的に整理できないと考えたのか、刊行を断念しました。科学的社会主義の立場にたつ秋間実は、一九七五年「マルクス主義哲学的自由論の課題」(『科学と思想』同年一月号)において、エンゲルスの自由論(自由Ⅰ)と「政治的権力との対抗関係のなかで基本的人権として立ちあらわれる市民的諸権利の内容をなす諸自由」(自由Ⅱ)とを区別したうえで、「自由Ⅰと自由Ⅱとを統一的に――あるいは、すくなくとも連関させて――つかむことを可能にする哲学的自由論を打ちたてることが課題になっている」ことを指摘しました。
 この問題への回答は、エンゲルスの自由論の限界への批判を展開すると同時にヘーゲルの自由論への回帰によってのみ可能となるのです。
 日本共産党綱領では「社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが、受けつがれ、いっそう発展させられる」と規定されています。これは、科学的社会主義の自由論は、当然にも形式的自由を含むことを意味しており、ヘーゲルの自由論をその基本精神において継承したものということができるでしょう。
 二つには、エンゲルスの指摘する自由には必然的自由と概念的自由とが、明確に区別されることなく使用されており、外的自然の利用と外的自然の支配とが同レベルの自由として論じられているという問題があるのです。
 すなわちエンゲルスが、自由とは自然法則を認識し、「これらの法則を特定の目的のために計画的に作用させる可能性を得ること」(一七五ページ)という場合、その自由とは、法則にしたがって自然を利用するというものですから、必然的自由を意味しています。エンゲルスが例示する「摩擦火の創出」(一七六ページ)や「蒸気機関」(同)の発明も「自然力にたいする支配力」(同)というより「自然力の利用」というべきものですから、このような必然的自由の例ということができます。
 これに対し、エンゲルスが「自由とは、自然的必然性の認識にもとづいて、われわれ自身ならびに外的自然を支配する」(同)という場合、その自由は、「自然的必然性の認識にもとづいて」、この法則性をつくりかえ、「われわれ自身ならびに外的自然を支配する」ものですから、概念的自由を意味しているといえるでしょう。
 エンゲルスは、第三篇「社会主義」第三章「生産」において、社会主義を次のように展望しています。
 「いままで人間を支配してきた、人間をとりまく生活諸条件の全範囲が、いまや人間の支配と統制に服する。人間は、自分自身の社会的結合の主人となるからこそ、またそうなることによって、いまやはじめて自然の意識的な、ほんとうの主人となる」(五〇六ページ)。
 これは、社会主義とは資本主義の貧富の対立という必然性を止揚して、概念的自由を実現することにより、「生活諸条件の全範囲」が「支配と統制に服する社会」ということができるでしょう。その後に続く、「必然の国から自由の国への人類の飛躍」(同)という有名な命題も、「必然的自由から概念的自由への人類の飛躍」と読みかえることができるでしょう。ここでは、「外的自然を支配する」ことを概念的自由の意味で用いています。
 このように、エンゲルスは、自然の利用と自然の支配とを混同することにより、必然的自由と概念的自由とを明確に区別していないのです。
 もっとも、エンゲルスも自由論を論じたのではない別の箇所では、この両者を区別しています。すなわち、資本主義のもとで、人間はブルジョア的経済的諸関係という「外的な力」(五五六ページ)によって支配されていると述べたうえで、「たとえブルジョア経済学がこのような外的な力の支配の因果関係をいくぶん洞察する道をひらいたとしても、実質上はなんにも変わらない。……たんなる認識だけでは、たとえそれがブルジョア経済学の認識よりもいっそうすすんだ、いっそう深いものであっても、社会的な諸力を社会の支配に服させるには足りない。そのためには、なによりもまず一つの社会的行為が必要である」(同)として、必然的自由では足りず、概念的自由にもとづく生産手段の社会化により、「外的な力」の支配が可能となるとしています。しかしこの区別が自由論にいかされていないのです。
 三つには、こうした混同により、必然的自由は、まだ必然性に支配されるという不自由をもっているにもかかわらず、エンゲルスはそれを真の自由であるととらえる制約をもっています。
 すなわちエンゲルスは、「外見上気ままに選択する」(一七六ページ)形式的自由は、「まさにそのことによって、みずからの不自由を」(同)証明するのに対し、「事柄についての知識をもって決定をおこなう能力」(同)は、この不自由から解放されているととらえてしまうのです。ここには、ヘーゲルのいう概念とは「真にあるべき姿」であることを正確に理解しえなかったエンゲルスの限界が示されています(詳しくは、拙著『弁証法とは何か』一粒の麦社、参照)。
 エンゲルスはヘーゲルの文章を、「必然性が盲目なのは、それが理解されないかぎりにおいてのみである」(一七五ページ)として引用し、人間は必然性を理解しない限り盲目であるが、必然性を理解し、認識することによって自由になるものと理解しています。
 エンゲルスの引用文だけを読むと、そう理解できなくもないのですが、先にも引用したヘーゲルの文章は、エンゲルスの引用文とは異なって、次のようになっています。
 「概念は必然性の真理であり、そのうちに必然を揚棄されたものとして含んでおり、逆に必然性は即自的には概念である。必然性は、概念的に把握されないかぎりにおいてのみ、盲目なのである」(『小論理学』一四七節補遺、傍線は高村)。
 ここでヘーゲルは、概念的自由と必然的自由との関係を論じているのです。必然性は盲目的に人間を支配するものですが、人間は必然性の認識をつうじて、必然性を止揚する「真にあるべき姿」(概念)を認識する概念的自由に到達することにより、必然性の支配から抜け出して真に自由になることができる、という意味に理解すべきものです。
 エンゲルスは、概念の意義を正確にとらえきれなかったところから、「概念的に把握されないかぎり」という箇所を「理解されないかぎり」と読み取り、全体の意味を取り違えてしまったのです。そこから、一方では必然的自由は、まだ外的自然の必然性に支配される不自由さをもつことに気づかず、他方では、概念的自由こそ必然的自由のもつ不自由さを克服し、「われわれ自身ならびに外的自然を支配すること」(一七六ページ)による真の自由であることを明確にしえなかったのです。
 マルクス、エンゲルスの自由論にはこのような限界があり、ヘーゲルの自由論に立ち返って科学的社会主義の自由論を構築する必要があると考えるものです。

「デューリングの自由論と歴史論」批判

 デューリングも、法的、道義的責任論の前提には、自由意志があることを認め、この問題に関し、「二つまでも解答をもって」(一七四ページ)いますが、いずれも「ヘーゲルの見解を極度に浅薄化したもの」(一七五ページ)にほかならないのであり、論議に値しないものです。
 ヘーゲルは、先に述べたように法的、道義的責任の根拠を、普遍的意志と特殊的意志の対立においてとらえました。行為者が彼の自由な、しかし特殊的意志にもとづいて行動し、それが普遍的意志としての法、道徳に抵触するときに、法的、道義的責任が生じると考えたのです。
 これに対しデューリングは、普遍的意志を「合理的な洞察」(一七四ページ)に、特殊的意志を「衝動」(同)におきかえ、「自由とは、洞察と衝動との、分別と無分別との平均」(一七五ページ)であると、不消化かつ不正確な議論を展開しました。
 もう一つは、責任論の根拠としての自由を「意識的動機を感受する能力を意味する」(同)ととらえ、この能力にもとづいて「反対の行為も可能であることが知覚されているにもかかわらず」、違法、不道徳な行為にでるところに責任が生じるというものです。ここでも責任論の根拠は、自由な意志決定にあるとのヘーゲルの命題を剽窃しながらそれを押し隠そうとするために、ヘーゲルを「極度に浅薄化」したものにならざるをえなくなっています。
 次にデューリングの歴史論をみておきましょう。
 まず、人類のこれまでの数千年の歴史は、「たいして重要なものではない」(一七八ページ)としています。人類の認識の弁証法的発展に目をつぶるデューリングらしい評価です。エンゲルスは、この数千年の歴史は、「つねにきわめて興味ぶかい歴史上の一時代であることを失わないであろう、……なぜなら、この時代は、それ以後のいっそう高度な発展全体の基礎をなすものだから」(同)と批判しています。
 他方で、デューリングは、数千年ないし数万年後の人類からみると、「そのころには太古と評価されるであろうわれわれの時代」(同)と当時の状況をとらえています。
 エンゲルスの皮肉たっぷりの批判は次のとおりです。
 「よりもよってこの太古の終結時に、はなはだしく『遅れている』『退行的な』われわれの世紀の精神的に未熟な幼稚さにもとづいて発見された、究極の決定的真理、変わることのない真理、根底的な見解を用いて、このきたるべき幾千年また幾千年にたいして指図をあたえるというのは、とにかくひどく奇妙な時機の選び方をしたものだ」(同)。
 これまでの歴史を批判し軽蔑することは、当代のデューリングの「究極の決定的真理」なるものも、後の世代からすると批判し軽蔑する対象でしかなくなるのは当然のことです。そこに気がつかないデューリングは、「哲学上のリヒャルト・ヴァーグナー――といっても、ヴァーグナーほどの才能のない――ででもなければありえないこと」(一七九ページ)なのです。ヴァーグナーはドイツ最大の歌劇作曲家ですが、大ぼら吹きで有名だったようです。