『ものの見方・考え方』より

 

 

第一三講 現代日本はどんな社会か

 

「戦後レジーム」

 これまで、人間とは何か、国家、社会とは何か、資本主義から社会主義への移行の必然性などを学んできました。
 この講座は「中小業者のものの見方・考え方」と題されていますが、前置きが長くてなかなか本題に入らないじゃないかと思われているかもしれません。しかしこれまでの講義をつうじて、外堀から内堀を経て、いよいよ本丸へ攻め込もうとしているところですので、もう少しの辛抱です。最後は天守閣にまで攻めのぼりますので、ご期待ください。
 さて今回の講義は、私たちが攻め込むお城が一体どんなお城なのかを概観しようというものです。
 ここからは、民商・全商連の機関紙・誌をつうじて、ふだん皆さんが学習しておられるところなので、話はグッと身近になってきますし、分かりやすくなることでしょう。
 私たちの生活している現代日本の国家、社会の本質を理解するためには、第五講でお話ししたように「本質」は過ぎ去った有ですから、一九四五年の日本の敗戦にまでさかのぼってみなければなりません。
 戦前の日本は、ドイツ、イタリアと手を組んで、世界の五十数ヵ国の反ファッショ連合軍を相手に侵略戦争をたたかい敗れました。
 連合軍の対日占領政策を示したポツダム宣言には、これからの日本が二度と戦争をしない平和で民主的国家となることへの期待が込められており、こうして九条をもつ平和憲法が制定されたのです。
 安倍元首相は、口をひらけば「戦後レジームからの脱却」と言っていましたが、日本の「戦後レジーム」とは平和で民主的な国家にほかなりません。
 しかし、日本を占領したのが、戦後の世界支配の野望に燃えるアメリカであったところから日本の運命は大きく転換していきます。サンフランシスコ平和条約によって、日本は占領状態から脱却し形式的には独立国となりますが、日米安保条約によりアメリカの事実上の占領状態、アメリカの五一番目の州とよばれる従属国となってしまいます。
 アメリカは、一方でポツダム宣言にしたがって解体した三井、三菱、住友などの軍需財閥を独占資本として復活させるとともに、他方で一時解体した帝国軍隊を自衛隊として復活・強化させます。
 こうして、アメリカと財界いいなりの「自民党政治」が確立し、戦後政治の基本的枠組みがつくられるのです。この自民党政治も平和憲法のしばりによって軍事費を制限せざるをえず、その分国家予算を独占資本の援助につぎ込むことができたこともあって、日本は六〇年、七〇年代に「高度成長期」とよばれる爆発的な経済成長をとげます。
 他方、六〇年安保闘争をつうじて階級闘争も激化し、七〇年代初頭には、東京、京都、大阪をはじめ全国に革新自治体が広がり、地方から乳幼児や老人医療の無料化などの福祉政策が広がります。これを受けて国も福祉政策を重視せざるをえなくなり、一九七三年、福祉元年を自称するようになります。
 いわば、一九七〇年代末には、ケインズ型国家独占資本主義が日本でも完成したのです。もともとむきだしの資本主義は、弱肉強食による激しい貧富の対立する経済体制です。それに対し、税金と社会保障をつかって所得を再配分し、貧富の対立を緩和することによって、資本主義の体制を維持しようとしたのです。

階級構成の劇的変化

 資本主義が発展するということは、一方で独占資本が生産規模を拡大して巨大な蓄積を行うことを意味していますが、そのためには大量の労働者階級が新たに産みだされなければなりません。
 戦後日本の経済発展が劇的に進行したことにより、労働者階級の激増による劇的な階級構成の変化が生じまし
た。
 一九五〇年の労働力人口の構成は、農・漁民四五パーセント、勤労市民一四パーセント、労働者(自営業者)は三八パーセントでした。しかし、政府は、労働力需要をまかなうために、六〇年代から農民を農業から追い出す「労働力流動化政策」を押しすすめ、八〇年には労働者六七パーセント、勤労市民一八パーセント、農・漁民一〇パーセントと、わずか三〇年の間に世界史上にも前例のない階級構成の変化をもたらしました。現在では労働者の人口は八〇パーセントにまで達しています。
 第八講で資本主義の基本的階級は、資本家階級と労働者階級であると(ブルジョアジー) (プロレタリアート)お話ししてきました。民商・全商連の会員の皆さんの階級を考えてみますと、工場、機械、店舗、商品などの生産手段をもって、労働者を使用している場合には、中小資本家ということになるでしょうし、家族労働で自営している場合は、これらの生産手段をもっている場合でも「勤労市民」に位置づけられます。
 勤労市民は農・漁民とともに、階級的には資本家階級と労働者階級の中間に位置する「小所有者階級(小ブルジョアジー)」に位置づけられます。
 資本主義の発展とともに、小ブルジョアジーは「直接に相対立する二大階級に、すなわちブルジョアジーとプロレタリアートに、ますます分裂していく」(全集④四七六ページ)ことになります。日本の労働力流動化政策に示されるように、小ブルジョアジーの大部分は労働者階級という何らの生産手段ももたない労働者階級に転落していくことが、資本主義の発展法則の一つなのです。
 国家独占資本主義のもとでは、中小資本家も勤労市民も農・漁民も、大部分は労働者に近い半プロレタリア層を形成しています。民商では、中小零細資本家と勤労市民とを合わせて「中小業者」とよんでいます。
 中小資本家の大部分は、独占資本に系列化されてその下請け企業となり、独占資本の経済的力関係を利用した下請単価の切り捨てによって苦しめられることになります。
 また勤労市民の多数は、これまで生鮮三品(野菜、肉、魚)の小売業として、地域社会の町づくりの中心を担ってきました。ところがそれまで許可制だった百貨店法が、届出制の大店法にとってかわり、さらには大店立地法などへの改悪により大型スーパーの進出が野放しにされてしまいました。それとともに町づくりを支えてきた小売業者は転廃業を余儀なくされ、商店街はシャッター通りとなってしまい、地域社会の深刻な崩壊が生じています。
 こうして、現代日本の国家独占資本主義のもとにあっては、独占資本は経済と政治の二つの場において、労働者のみならず、小ブルジョアジーをも支配し、抑圧する存在になっており、労働者階級と小ブルジョアジーは、階級的に連帯して統一戦線を結成し、ともに独占資本を相手とする階級闘争に参加せざるをえなくなってくるのです。

「新自由主義」型国家独占資本主義

 一九八〇年代になると、日本の国家独占資本主義は、これまでのケインズ型国家独占資本主義を負担に感じはじめ、アメリカ、イギリスの独占資本と歩調をあわせ「新自由主義」型国家独占資本主義への方向転換をはじめます。それは「小さな政府」をスローガンに、国家機構の縮小、福祉、医療、年金の切りすて、独占資本の税負担の減少を求めるものでした。
 これが中曽根内閣の臨調「行革」路線、つまり土光経団連会長の率いる臨時行政調査会を先頭にする行政改革路線です。この路線を引き継いだのが、小泉「構造改革」路線であり「官から民へ」のスローガンのもとに、福祉、医療、年金などの部門に連続する攻撃が加えられます。
 小泉「構造改革」のもう一つの柱となったのが規制緩和であり、その中心は金融ビッグバン、労働ビッグバンという二つの部門の規制緩和でした。金融ビッグバンは、モノづくりからマネー・ゲームによるカジノ資本主義に動き始めた金融独占資本に、その活動の場を広げようというものであり、三四〇兆円といわれる郵便局の郵便貯金と簡易保険がその対象となり、郵政民営化が強行されることになります。カジノ資本主義の行き着く先が、サブプライム・ローンの破綻に端を発する二〇〇八年の世界的金融危機でした。
 他方で財界の直接の要望から生まれたのが、労働法制の規制緩和です。日本の労働者階級は、戦後の怒濤のような労働運動の発展のなかで、労働者の生活と権利を守る様々の労働者保護法を勝ちとってきました。この資本家階級に対する規制を取り払って、利潤第一主義への飽くなき「人狼的渇望」(資本論』②四五五ページ)を満足させようとするのが、労働ビッグバンです。こうして派遣、偽装請負、契約社員、パートなど不安定雇用が一挙に増大すると同時に賃金破壊が進行し、ワーキングプアからネットカフェ難民までが誕生するようになったのです。
 こうして「新自由主義」型国家独占資本主義は、すべての国民と独占資本との間の矛盾をかつてなく激化させることになりました。
 他方で高まる国民の批判をそらすために、アメリカの強い後押しのもとに、海外で戦争する国につくりかえる憲法改悪が政治日程にのぼってきました。憲法改悪を前面に掲げた安倍政権は、二〇〇七年の参院選での敗北を受けて崩壊しましたが、その後の福田政権、麻生政権も憲法改悪を断念したわけでは決してありません。自衛隊は国民への監視活動を日常化しており、戦争への道は、国民の目と耳と口をふさぐ暗黒政治への道であることが明らかとなっています。
 日本がケインズ型国家独占資本主義の路線を歩んでいる間、労働者・国民のたたかいと、そのもとでの労働者保護政策と福祉政策によって「一億総中流化」といわれる状況もみられました。
 しかし、それからまだ四半世紀しか経っていないのに、現代日本には、貧困と格差の拡大によって「一億総下流化」ともいうべき深刻な事態が生じています「新自由主義」路線のもとで「大洪水よ!わが亡きあとに来たれ!」(『資本論』②四六四ページ) という資本主義の本質がむき出しの形で現象しているのです。
 麻生内閣も、アメリカと財界いいなりの自民党政治をそのまま継承し、基本的に「新自由主義路線」をひきついでおり、いよいよ消費税大増税のもくろみがはっきりしてきました。
 参院選で自公政治ノーの国民の声を一手に引き受けた民主党は、選挙の数ヵ月後には「大連立」の動きをつうじて、自民党政治と同質、同根の政党であることを暴露しました。
 矛盾というものは、それを止揚し、解決しないかぎり、けっしてなくなることはありません。戦後の自民党政治と国民との矛盾は、いまや何ものをもってしても覆いがたくなっているのです。