2010年11月27日 講義
第7講 人間解放論
1.人間解放とは人間の類本質の回復
● 人間解放とは、人間疎外からの人間の類本質の回復
・「より高い社会段階」(社会主義社会)
―「それは古代の氏族の自由、平等、友愛の復活―ただし、より高い形態に
おける復活となるであろう」(1877年モーガン『古代社会』からエンゲ
ルスが引用したもの 全集㉑ 177ページ)
● 類本質の回復は土台と上部構造の全体について問題となる
・2重の疎外からの回復―「人間の完全な回復」(全集① 427ページ)
・政治的改革は「部分的な、たんに政治的な革命、家の柱に手をつけない革
命」(全集① 424ページ)
・土台における経済的解放
―すなわち搾取からの解放―こそ、人間解放の土台をなす
● 自由な意志にもとづく労働は、人間そのものを創造
・「労働は人間生活全体の第1の基本条件であり、しかも、或る意味では、労
働が人間そのものを創造したのだ」(『猿が人間化するにあたっての労働の
役割』全集⑳ 482ページ)
・搾取からの解放は、人間の自由な意志を回復するのみならず、労働を苦役か
ら、人間的よろこびに転化する
・「労働そのものが第1の生命欲求」(全集⑲ 21ページ)に
・社会主義・共産主義とは人間解放の社会
2.「1844年の経済学・哲学手稿」の人間解放論
●「経・哲手稿」はマルクスの諸論文の中で、最も詳細に、人間疎外論と人間
解放論を論じている
① 共産主義とは生産手段の社会化による人間解放の社会
● 共産主義とは、私的所有(生産手段の私的所有)を廃棄することによる人間
の類本質の回復
・「人間的自己疎外としての私的所有のポジティヴな廃棄、したがってまた人
間による、また人間のための人間的本質の現実的獲得としての共産主義」
(㊵457ページ)
・搾取を廃止することで「いやしめられ、隷属させられ、見すてられ、軽蔑さ
れた存在にしておくようないっさいの諸関係を、くつがえ」(①422ペー
ジ)し、人間を「人間にとっての最高の存在」(同)にするのが共産主義
● 共産主義とは人間疎外からの解放としての人間解放の社会
・「共産主義は、否定の否定としての肯定であり、それゆえに人間的な解放と
奪回の、すぐあとにくる歴史的発展にとって必然的な、現実的契機である」
(全集㊵ 467ページ)
② 共産主義は真のヒューマニズムの社会
●「この共産主義は成就されたナチュラリズムとしてヒューマニズムに等しく、
成就されたヒューマニズムとしてのナチュラリズムに等しい」
(同 457ページ)
・ナチュラリズムとは「どれほど人間の自然的なあり方が人間的になっている
か」(同 456ページ)、「どれほど人間が類存在として、人間として、出
来上がっているか」(同)の問題
・共産主義とは、人間を本来の自然的な人間、人間の類本質を発揮する人間と
する、もっとも人間らしい社会であり、したがってヒューマニズムの社会
● 人間の類本質の全面的発揮をもたらすものこそヒューマニズムであり、それ
が共産主義
③ 共産主義は資本主義的矛盾を解決する社会
● 共産主義は「人間と自然との、また人間と人間との間の相剋の真の解消、現
存と本質とのあいだの、対象化と自己確証とのあいだの、自由と必然とのあ
いだの、個と類とのあいだの、抗争の真の解消である」(同 457ページ)
・「人間と自然」「現存と本質」「個と類」のあいだの矛盾の解消とは、人間の類
本質と疎外された人間との間の矛盾の解消を意味する
・「人間と人間とのあいだの相剋」とは階級対立のこと
・「対象化と自己確証」との抗争とは、自由な意志にもとづく労働による生産
物の所有は、自己の対象化による自己の自由意志の確証であるにもかかわら
ず、搾取により生産物は「自己確証」を実現するどころか、自由な意志の疎
外となってあらわれていること
・共産主義のもとで労働過程は自己疎外の場ではなく「自己確証」、自己実現
の場となること
・「自由と必然」とは、生産物の搾取にみられるように、資本主義のもとでの自
由は、必然性に支配されている必然的自由にとどまること
④ 私的所有(生産手段の私的所有)の廃止は人間の全面的な解放
・「私的所有のポジティヴな廃止」(同 460ページ)によって「人間は彼の全
面的なあり方を全面的なやり方で、したがって全体的な人間としてわが物と
する」(同)
・「私的所有の廃止は、あらゆる人間的なセンス(感性―高村)と属性の完璧
な解放である」(同 461ページ)
・「でき上がった社会は、その本質のまったき豊かさを具えた人間、あらゆる
そして深いセンス(感性―高村)を備えた豊かな人間をその社会の恒常的な
現実として生み出す」(同 463ページ)
3.『反デューリング論』(1876. 9~1878. 6)の
人間解放論
① 共産主義とは人間が主人公の社会
・「社会が生産手段を掌握するとともに、商品生産は廃止され、それとともに
生産者にたいする生産物の支配が廃止される。社会的生産内部の無政府状態
に代わって、計画的、意識的な組織が現われる」(全集⑳ 292ページ)
・生産手段の社会化と計画経済は社会主義・共産主義の必要条件だが、商品生
産の廃止による市場消滅論には問題あり(後に詳述)
・「いままで人間を支配してきた、人間をとりまく生活諸条件の全範囲が、い
まや人間の支配と統制に服する。人間は、自分自身の社会的結合の主人にな
るからこそ、またそうなることによって、いまやはじめて自然の意識的な、
ほんとうの主人になる」(同)―概念的自由の実現
・「これまでは、人間自身の社会的結合が、自然と歴史とによって押しつけら
れたものとして、人間に対立してきたが、いまやそれは、人間自身の自由な
行為となる」(同)―自由なアソシエーション
② 「必然の国から自由の国への人類の飛躍である」(同)
・必然的自由の国から、概念的自由の国への人類の飛躍
③ 人間性の全面的開花する人間解放の社会
・「社会の全員にたいして、物質的に完全にみちたりて日ましに豊かになって
ゆく生活というだけでなく、さらに彼らの肉体的および精神的素質が完全に
自由に伸ばされ発揮されるように保障する生活を、社会的生産によって確保
する可能性、そういう可能性がいまはじめて存在するようになったのであ
る」(同 291ページ)
4.資本主義的な人間疎外からの解放
① 経済的アソシエーション
1)利潤第1主義の経済から、くらし優先の経済へ
● 生産手段の社会化による搾取と階級の廃止
・生産手段の社会化により、資本家階級は存在しなくなり、利潤第1主義の資
本主義的生産様式は廃止される
● それによって本来の経済の理念である国民のくらし優先への道が開かれる
・搾取の廃止により、大多数の国民は貧困から解放され、生産力の発展は、国
民の豊かな生活を実現することになる
2)生産手段の社会化により「生産者が主役」(綱領)となる
●「自由な生産者のアソシエーション」(『資本論』① 133ページ)、「自由
で平等な生産者たちのアソシエーション」(全集⑱ 551ページ)
・マルクスは「コンバインドな労働」(資本によって強制的に結合された労
働)と「アソシエイティッドな労働」(自由な意志にもとづき、対等・平等
な関係で結合した労働)とを区別
・協同組合運動の「大きな功績は、資本にたいする労働の隷属にもとづく、窮
乏を生みだす現在の専制的制度を、自由で平等な生産者のアソシエーション
という、福祉をもたらす共和的制度とおきかえることが可能だということ
を、実際に証明する点にある」(全集⑯ 194ページ)
・資本に従属していた「労働者」は、資本家階級の廃止により「労働者」から
「生産者」となる
・生産者にとって労働は苦役から人間的よろこびに転化する
● 経済的アソシエーションのもとにあって、生産者は生産手段を管理し、経営
体の生みだした生産物を、所有、管理、分配する
・生産者による生産物の管理には、社会的控除分(社会保障、医療、教育など
の財源分)と生産者への公正な分配という2つの側面がある
3)生産手段の社会化により、つりあいのとれた計画的な経済発展が可能となる
● 資本主義的な「生産のための生産」という、大量生産、大量消費の浪費型、
環境破壊型の使い捨て経済に終止符が打たれる
● 国民の生活要求に応じた生産、自然環境を保全する「持続可能な発展」とい
う、つりあいのとれた計画経済への道が開かれる
・資本主義的な、生産と消費の矛盾から生じる定期的な恐慌を防ぐことができ
る
・軍需生産、ムダな大型公共事業は廃止され、社会保障、医療、教育への優先
的予算配分の計画経済
② 政治的アソシエーション
●「国家としての国家」(全集⑳ 289ページ)の揚棄
・国家が階級支配の機関としての本質をもっていたのは、「みずから全社会を
代表していた階級の国家」(同)であったかぎりにおいてのみ
・「国家がついにほんとうに全社会の代表者となるとき」(同)、公的強力の
必要性は消滅し、「自分自身をよけいなものにしてしまう」(同)
・国家は「国家としての国家をも揚棄」(同)し、「人にたいする統治に代
わって、物の管理と生産過程の指揮とが現われる」(同 289~290ページ)
・国家は本質と現象という二面性を揚棄し、共同的利益の実現に一本化され、
本質と現象の同一性が定立される
・「国家は『廃止される』のではない。それは死滅するのである」(同 290
ページ)―階級支配の機関としての「国家の死滅」
・社会主義の大局的目標の1つは「国家的統治が社会的な自治に移行すること
(不破『激動の世界はどこに向うか』188ページ)」
―国家による計画経済と「物の管理と生産過程の指揮」まで不要になると
いっていいのか、検討を要する
● 国家と人民との関係は治者と被治者の同一性によるアソシエーション
・人民の、人民による、人民のための政治―治者と被治者の同一性
・マルクスは、「アソシエーション」をルソーの社会契約国家(人民主権国
家)から学んだ(「ユダヤ人問題によせて」全集① 406ページ)
・ルソーの人民主権国家とは、人民の「一般意志」(真にあるべき政治的意
志)を統治の原理とし、各構成員がすべての人々と結びつきながら以前と同
じように自由な「アソシエーションの一形式」(『社会契約論』29ページ
岩波文庫)
・人民は、個人として自由であると同時に平等な主権者として国の統治に参加
する個と普遍の統一(資本主義社会の人間は、ブルジョア的自由、民主主義
のもとで利己的人間)
・「現実の個別的な人間が、抽象的な公民を自分のうちにとりもどし、個別的
な人間のままでありながら……類的存在になったときはじめて……人間的解
放は完成されたことになるのである」(全集① 407ページ)
・階級が廃止されることにより「例外なくすべての社会成員に労働を割り当
て、そうすることによって各人の労働時間をいちじるしく短縮して、社会の
全般的な事務……にたずさわる十分な余暇がすべての人々に残されるように
することが可能になる」(全集⑳ 188ページ)
・労働時間の短縮は、「人間的発達」(綱領)をもたらすのみならず、私人と
公民の統一としての人民を生みだし、人民は主権者として統治に参加するこ
とで人間的に解放される
5.労働者階級の解放と人間解放との関係
① 被支配階級の人間解放は、プロレタリアートの解放をつうじて実現される
●「ドイツ人の解放は人間の解放である。この解放の頭脳は哲学であり、それの
心臓はプロレタリアートである」(「ヘーゲル法哲学批判」全集① 428ペー
ジ)
・労働者階級(プロレタリアート)は、搾取による疎外をつうじてもっとも疎
外された階級であるとともに、最も数の多い階級として被支配階級を代表
し、人間解放のたたかいの先頭に立つ階級
●「革命をおこなう階級は、それがある階級に対抗するという理由からだけで
も、最初から階級としてではなく、社会全体の代表者として登場し、ただひ
とつの支配的階級に対する社会の大衆全体として現れる」(『新訳・ドイツ
イデオロギー』61ページ)
② プロレタリアートの執権とは、労働者階級の政党と人民との関係、
労働者階級の解放と全人民の解放の関係を解明したもの
・「労働者革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級に高めること、民主
主義をたたかいとることである」(『共産党宣言』全集④ 494ページ)
・プロレタリアートが例史上はじめて独立の階級として歴史の舞台に登場した
のは、フランスの1848年「2月革命」
・2月革命のなかで、「ブルジョアジーの転覆!労働者階級の執権!」(全集
⑦ 31ページ)のスローガンが登場
・労働者階級の権力(プロレタリアートの執権)は、すべての被支配階級を解
放する「民主主義をたたかいとる」スローガンとして歴史の舞台に登場
・マルクスのプロ執権論は、パリの労働者階級のつくりだしたスローガンに積
極的意義づけを行ったもの
● パリ・コミューンは労働者階級と全人民との関係を公然と明るみに出した
・ヘーゲルは人民を「定形のない塊り」とよんだ―世論は真理と誤謬の統一
・1872年のパリ・コミューンは、2月革命以来頭角をあらわしてきた労働者
階級の主導性が明確になった革命
・パリ・コミューンは「労働者階級が社会的主導性を発揮する能力をもった唯
一の階級であることが、富んだ資本家だけを除いて、パリの中間階級の大多
数―小店主、手工業者、商人―によってさえ、公然と承認された最初の革
命」(全集⑰ 320ページ)
・マルクスは「それは本質的に労働者階級の政府」(同 319ページ)といっ
たり、「人民による人民の政府」(同 323ページ)とか「人民自身の政府」
(同 335ページ)とよんでいるが、真理は両者の統一にある
・エンゲルスは「パリ・コミューンをみたまえ。あれがプロレタリアートの執
権だったのだ」(同 596ページ)と総括
・プロレタリアートの執権とは、労働者階級の主導性のもとに実現される「人
民の、人民による、人民のための政府」を実現する最も民主的な権力
③ 労働者は組織的に結集してこそ労働者階級となる
●「共産主義者の当面の目標は、……プロレタリアートを階級の結成すること。
ブルジョアジーの支配を打倒すること。プロレタリアートの手に政治権力を
獲得すること」(『共産党宣言』全集④ 488ページ)
・「あらゆる真のプロレタリア政党は、常に階級的政策を、独立の政党へのプ
ロレタリアートの組織化を、闘争の第一条件としてかかげ、プロレタリアー
トの執権を闘争の当面の目標としてかかげてきた」(全集⑱264ページ)
● 労働者階級は独自の政党を組織してこそ被支配階級全体を主導してプロレタ
リアート執権を実現することができる
④ 労働者階級の政党は、科学的社会主義の学説に導かれて、
人民の「一般意志」を形成することにより主導性を発揮する
● 労働者階級の主導性とは、理論的主導性であって、組織的主導性ではない
・科学的社会主義の学説という真理認識の方法に導かれて、人民の「一般意
志」を形成することにより人民のすすむべき道筋を明らかにする
・「一般意志」に導かれて、人民は「定形のない塊り」から主権者へ転化する
・ルソーは、一般意志を形成する「立法者」の「権威」は「暴力なしに導き、
理屈をぬきにして納得させうる」(『社会契約論』65ページ)から生じる
ものであり、「立法者は、あらゆる点で異常の人」(同 63ページ)であ
り、その職務は「特別で優越した仕事」(同)だとしている
・マルクスは『社会契約論』の「抜き書きノート」のなかで、この「立法者」
の箇所に太く傍線を引いて引用している
● マルクスはルソーのいう「立法者」を労働者階級の政党ととらえ、労働者階
級の政党が形成した「一般意志」にもとづく政治をプロレタリアートの執権
論として理解したのであろう
6.科学的社会主義は
真のヒューマニズムにたった人間解放の理論
① 科学的社会主義は、資本主義のもとでの搾取と収奪、
階級を廃止する真のヒューマニズムの理論
● 科学的社会主義は人間を「人間にとって最高の存在」(全集① 442ページ)
にするため、二重の人間疎外からの解放を求める
・搾取と階級による経済的疎外と国家権力による政治的疎外からの解放
●人間を「最高の存在」にするには、「人間をいやしめられ、隷属させられ、
見すてられ、軽蔑された存在にしておくようないっさいの諸関係」(同)をく
つがえさなければならない
・そのために生産手段の社会化により搾取と階級をなくし、国家を階級支配の
機関から、共同の利益実現の機関に変える
● したがって科学的社会主義は人間を解放し、人間の尊厳を回復する真のヒュー
マニズムの理論
② 科学的社会主義は真のヒューマニズムの理論として、
人間の3つの類本質を全面的に開花させる
● 人間の3つの類本質―「自由な意識」「共同社会性」「人間的価値観の形成」
・この3つの類本質は「自由・平等・友愛」を求める
・「自由・平等・友愛」は、土台、上部構造の全体をつうじて実現される
● 土台における「自由・平等・友愛」
・自由で平等な生産者たちのアソシエーション
・生産した富の平等な分配
・生産者たちの計画経済への参加
● 上部構造(国家)における「自由・平等・友愛」
・人民の、人民による、人民のための政治的アソシエーション
・「一般意志」にもとづく政治で、治者と被治者の同一性を実現
・労働時間の短縮による人民の日常的政治参加
・自由・平等・友愛の政治の実現
● 社会的意識形態における「自由・平等・友愛」
・道徳、宗教、哲学、その他のイデオロギーにおける「自由・平等・友愛」の
尊重
・人間の尊厳とヒューマニズムの尊重
③ 科学的社会主義の階級闘争の理論は、人間解放の実現まで続く
● 階級闘争の理論は、疎外からの解放による人間の類本質の回復を求める運動
を理論化したもの
・それは対立物の闘争による矛盾の解決(止揚)という弁証法的真理に根ざし
た理論
・したがって、社会に矛盾の存在する限り、階級闘争(対立する2つの階級な
いし階層のたたかい)はなくなることはない
● 社会主義・共産主義の社会は、階級闘争の否定ないし消滅を意味するもので
はない
・人間解放への道も、さまざまの矛盾を一つひとつ解決していく長い道程
・資本家階級がなくなっても、勤労人民の間の諸階級(労働者、農・漁民、中
小業者)がなくなるわけではないし、新しい階級、階層の登場してくる可能
性もある
・人民解放、自由、平等、友愛実現への道も、社会的矛盾を広義の階級闘争を
つうじて解決し、前進していく道程
・「人民が主人公」とは、人民のたたかいが社会主義・共産主義の社会におい
ても社会発展の原動力であることを意味している
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