2011年3月26日 講義

 

 

第11講 科学的社会主義の哲学 ④
      ──史的唯物論

 

1.史的唯物論とは何か

① 史的唯物論は、弁証法的唯物論を人間の社会に適用したもの

● 史的唯物論はマルクス、エンゲルスの独自の産物

 ・自由な意志をもつ無数の人々からなる社会に法則性を見いだすことは困難

 ・長い間人間の歴史は観念論の「最後の隠れ場所」(全集⑳ 23ページ)

 ・ヘーゲルがはじめて人間の歴史を1つの発展過程としてとらえる

 ・ヘーゲルの歴史観をマルクス、エンゲルスは弁証法的唯物論の観点から発展
  させて史的唯物論を誕生させる

● 人間の社会を連関と発展の見地からとらえる

 ・人間の社会には、政治、法律、経済、道徳、宗教、イデオロギーなどさまざ
  まの要素が存在するが、それらの相互の関係をつうじて社会全体の構造を明
  らかにする

 ・人間の社会には原始共同体から現在にまで至る発展の歴史があるが、その発
  展の原動力は何か、またわれわれの生活している資本主義社会は今後どのよ
  うな社会に発展するのかを考察する

● 史的唯物論は経済学や歴史の研究にとって「導きの糸」の役割をもつ

 ・「唯物論的方法というものは、歴史的研究をするさいに、それが導きの糸と
  してではなく、史実をぐあいよく裁断するためのできあいの型紙として取り
  扱われると、その反対物に転化する」(全集 361ページ)

 ・「われわれの史観は、なによりもまず研究にさいしての手引き」(同 380
  ページ)なのであって、きまり文句で片付けるのでなく、「さまざまな社会
  構成体の存在諸条件が一つひとつ探究されなければならぬ」(同)


② 史的唯物論とは何か

● 史的唯物論は人間が生きるための条件から出発する

 ・「すべての人間存在の、したがってまたすべての歴史の第1の前提、すなわ
  ち、人間たちは『歴史をつくる』ことができるためには生きることができな
  ければならない」(『〔新訳〕ドイツ・イデオロギー』35ページ)

 ・「生きるために必要なのは、とりわけ、飲食、住居、衣服、そしてさらにそ
  の他のいくつかのものである。したがって、第1の歴史的行為は、これらの
  欲求を充足するための諸手段の産出、物質的生活そのものの生産」(同)

●「人間は、彼らの生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意
 志から独立した諸関係に、すなわち、彼らの物質的生産諸力の一定の発展段
 階に対応する生産諸関係にはいる。これらの生産諸関係の総体は、社会の経
 済的構造を形成する」(全集⑬ 6ページ)

 ・物質的財貨の生産には、対自然、対人間の2つの側面がある

 ・対自然―「生産力」(自然を改造し支配するために人間が獲得している社会
  的諸力)。生産力は生産手段(労働手段と労働対象)と人間の労働によって
  規定される

 ・対人間―「生産関係」(生産において結ばれる人と人との社会的関係)

 ・生産力と生産関係の統一としての「生産様式」

● 搾取の存在する社会の「生産関係」は、階級対立と階級闘争

 ・「これらの互いにたたかいあう社会諸階級は、いつでもその時代の生産関係
  と交易関係との、一言でいえば経済的諸関係の産物」(「空想から科学へ」
  全集⑲ 205ページ)

 ・「これまでのすべての歴史は、原始状態を別にすれば、階級闘争の歴史で
  あった」(同) ―人民のたたかいが歴史をつくる

 ・階級闘争の観点により「歴史の真の究極の推進力」が明らかになり、「大き
  な歴史的変化をもたらす持続的な行動を起こさせる動機」(同)がとらえら
  れる

●「社会の物質的生産諸力は、その発展のある段階で、それらがそれまでその
 内部で運動してきた既存の生産諸関係と、あるいはそれの法律的表現にすぎ
 ないものである所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産
 諸力の発展諸形態からその桎梏に一変する。そのときに社会変革の時期が始
 まる」(全集⑬6ページ)

 ・生産力と生産関係の自立的統一は、生産力が発展するなかで、生産関係が桎
  梏となり、生産力と生産関係の排斥的統一、矛盾となってあらわれる

 ・生産力と生産関係の矛盾は社会発展の基本矛盾―それが階級間の矛盾、階級
  闘争となって現象する

●「これが実在的土台であり、その上に1つの法律的および政治的上部構造が
 そびえ立ち、そしてそれに一定の社会的諸意識形態が対応する。物質的生活
 の生活様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。人間
 の意識が彼らの存在を規定するのではなく、彼らの社会的存在が彼らの意識
 を規定するのである」(同)

 ・唯物論では、存在が意識を規定するととらえるのと同様に、史的唯物論で
  は、社会的存在が社会的意識を規定するととらえる

 ・社会における「存在」とはモノを生産する経済的諸関係であり、「意識」と
  は人間の精神活動の産物としての法律、政治および「社会的諸意識形態(道
  徳、宗教、哲学、その他のイデオロギー)」

 ・人間存在の「第1の前提」である経済的諸関係(生産様式)が土台となり、
  その上に究極的に土台によって規定される「法律および政治的上部構造」と
  同じく上部構造に属する「一定の社会的意識諸形態が対応する」

 ・しかし上部構造としての国家は、土台に対して「相対的自立性」(全集
  424ページ)をもち、「生産の諸条件と進行にたいして反作用する」(同)
  のであり、「それはふたつの等しくない力の相互作用」(同)

 ・「唯物論的歴史観によれば歴史において最終的に規定的な要因は現実生活の
  生産と再生産である。……これを歪曲して、経済的要因が唯一の規定的なも
  のであるとするならば、さきの命題を中味のない、抽象的な、ばかげた空文
  句にかえ」てしまう(「ヨーゼフ・ブロッホへの手紙」全集 401ページ)

● 史的唯物論によって、はじめて社会の科学的探究が可能に

 ・唯物論的観点から、社会を土台と上部構造として構造的にとらえ、かつ弁証
  法的見地から土台における矛盾(生産力と生産関係の矛盾、その現象形態と
  しての階級闘争)によって社会が発展することを解明

 ・階級的観点と階級闘争の見地により、社会における必然的、持続的、究極的
  な意志をとらえる「科学の目」をもつことに

 ・問題が「歴史の真の究極の推進力となっている原動力を探究することである
  とすれば、肝要なのは、どんなに卓越した人間であろうとも個々の人間の持
  つ動機よりも、むしろ大衆を、諸民族の全体を、そして各民族においてはさ
  らにその諸階級全体を、動かしている動機である、それも一瞬ぱっと輝いて
  たちまち消えてしまうわら火のような行動へ駆り立てる動機ではなくて、大
  きな歴史的変化をもたらす持続的な行動を起こさせる動機である」
  (全集 303ページ)

 

2.資本主義社会の基本矛盾

① 生産力と生産関係の矛盾による社会発展

● 原始共同体から奴隷制社会へ

 ・生産力が発展して自分の生計を維持する以上のものを生産できるようになる
  と「労働力はある価値をもつ」(全集⑳ 186ページ)

 ・戦争の捕虜は殺されていたのが、奴隷としてその労働力が生かされるように

● 奴隷制から封建制社会へ

 ・奴隷の生産物はすべて奴隷主のもとに

 ・生産意欲がそがれて生産力発展の桎梏に

 ・農奴として土地に縛りつけられながらも、農産物の一部を自己所有とするこ
  とで生産力は発展―封建制社会に

● 封建制社会から資本主義社会へ

 ・剰余生産物が農奴の手許に残ると商品交換が発展

 ・小商品生産者としてのブルジョアジーは、生産力の発展の障害となっている
  封建的身分関係や取引の制限の撤回を求める

 ・取引の自由を求めて資本主義社会に


② 資本主義の基本矛盾をどうとらえるか

●『空想から科学へ』(事実上マルクス、エンゲルスの共著)の基本矛盾

 ・「社会的生産と資本主義的取得」(全集⑲ 210ページ)の矛盾

 ・「この矛盾のうちに現代の衝突の全体がすでに萌芽としてふくまれている」
  (同)

●「社会的生産と資本主義的取得」の矛盾と「生産力と生産関係」の矛盾との
 関係をどうみるか

 ・近代の社会主義は、「生産力と生産様式(生産関係―高村)」(同 208
  ページ)との「思想的反射」(同)

 ・「では、この衝突はどういうものか?」(同)との問いへの答えとして
  「社会的生産と資本主義的取得」ととらえている

 ・「生産力と生産関係」の矛盾が本質であり、「社会的生産と資本主義的取
  得」の矛盾を現象としてとらえたもの

●現象としての「社会的生産と資本主義的取得」

 ・資本主義社会の基本矛盾は、これまでの人類史に例をみない異常な現象形態
  のうちにあることをとらえたもの

 ・一方で巨大な生産力による巨大な富を生産する「社会的生産」

 ・他方で、巨大な富を資本家階級が独占し、貧困と生活苦の労働者・国民との
  階級矛盾は極限にまで達する「資本主義的取得」

 ・資本主義の矛盾を解決する社会主義とは「社会的生産と社会的取得」

● カジノ資本主義における本質的矛盾と現象的矛盾の統一

 ・カジノ資本主義は、資本主義的生産関係が生産力の発展にとって桎梏となっ
  ていることを示すもの

 ・資本も労働力も過剰なのに結合することができない

 ・2008年の「リーマンショック」は、「社会的生産と資本主義的取得」の矛盾
  を示すものであった

 ・「資本主義限界論」に根拠あり

 

3.「ネオ・マルクス主義」批判

●「ネオ・マルクス主義」は、西ヨーロッパにおける革命運動、労働運動の停
 滞から生まれ、日本に輸入される

 ・経済的矛盾は激化しているのに、革命運動、労働運動が発展しないのは、科
  学的社会主義の理論の誤りを示すものとして、「科学的社会主義は古くさく
  なった」と批判

 ・1960年代の後半に西ヨーロッパで生まれ、アルチュセール、プーランザス、
  ジェソップなどが代表的人物。日本には、1970年代に彼らの理論が翻訳、紹
  介され、1980年代にかけて影響力をもつ

 ・日本共産党第18回大会決議(1987)―「政治学、経済学、史的唯物論、歴
  史、哲学上の諸問題などについて、科学的社会主義理論の学問的強化は……
  今日の党建設上の重要な任務」とし、「ネオ・マルクス主義」理論の徹底的
  な研究・批判を提起

●「ネオ・マルクス主義」の国家論とその批判

 ・土台―上部構造を批判し、国家を「階級的力関係の凝縮」とみなす

 ・批判 ①―史的唯物論の土台―上部構造論に代替えしうる科学的歴史観を対置
  しえず

 ・批判 ②―国家を現象としてのみとらえ、不変の本質を否定するもの。国家権
  力の中枢となる軍隊、警察に階級的力関係反映せず

 ・批判 ③―科学的社会主義の国家論は国家の起原をつうじて国家の本質と公的
  強力の必然性を証明しているが、「ネオ・マルクス主義」の国家論は、統体
  的な国家論になりえていない

 ・批判 ④―科学的社会主義の国家論は、人類史の時代区分に重なるが「ネオ・
  マルクス主義」は資本主義国家が資本家階級の国家であることを否定し、そ
  れを美化する

●「ネオ・マルクス主義」の経済還元主義、階級還元主義批判とその再批判

 ・革命運動の長期停滞の原因は、階級闘争による社会発展論という階級還元主
  義にあるという

 ・批判 ①―史的唯物論は「上部構造の全体は、究極において土台から証明され
  るべき」(全集⑲ 205ページ)というものであって、けっして経済還元主
  義ではない

 ・批判 ②―科学的社会主義は土台の矛盾を短絡的に労働運動の発展に結びつけ
  るものではなく、「人数は、団結によって結合され、知識によってみちびか
  れる場合にだけ、ものをいう」(全集⑯ 10ページ)

 ・批判 ③―矛盾は止揚されないかぎりなくならない。不可逆的に進行し、平穏
  な長い日々の後に「20年をひとまとめにした数日」(マルクス)がやってく
  る

 ・批判 ④―史的唯物論の階級的観点にとってかわる社会をみる「科学の目」は
  存在しない

● 結局「ネオ・マルクス主義」は右翼日和見主義に転化した「小ブルジョア革
 命性」にすぎない

 ・チュニジア、エジプトの民主主義革命は、人間解放を求める階級闘争が社会
  発展の原動力であるとする史的唯物論の正しさを証明するもの

 ・エジプトの30年にわたるムバラク政権は18日間の反政府デモで崩壊(「20
  年をひとまとめにした数日」)

 

4.その他の史的唯物論批判の批判

① 岩崎武雄「史的唯物論は、反人間中心主義」批判

● マルクスは、社会には「人間の力を絶対に超越する必然的な法則が存する」
 (岩崎武雄著『弁証法』128ページ、東大学術叢書)と主張するが、そうな
 れば、「人間はただこの自然法則によって押し流されてゆくだけ」(同)で
 あり、「唯物史観の思想においてはほとんど歴史のうちにおける個人の実践
 というものの意義が認められる余地」(同 130ページ)がない、とする

● 自由と必然の関係、言いかえると個人の自由と法則(必然性)との関係を誤
 解している

 ・科学的社会主義は、機械的決定論という宿命論をとるものではなく、弁証法
  的決定論をとる

 ・社会の合法則性、必然性を認めると同時に、その必然性をふまえて必然性を
  揚棄する概念的自由(対象となる社会の真にあるべき姿)を認識のうちにと
  らえ、かつ実践することにより、社会を合法則的に発展させうると考える

 ・科学的社会主義は「反人間主義」どころか人間論を土台としている

 ・人間は自由な存在であり、しかも、形式的自由から、必然的自由、概念的自
  由へと前進していくことにより、より自由になり、より人間らしくなってい
  くととらえ、最終的に人間解放の社会主義・共産主義をめざす


② 階級闘争への懐疑論とその批判

● 平田清明著『市民社会と社会主義』

 ・「単純粗野な階級一元論的社会認識が、これまでの社会主義建設の実践過程
  に多くの災禍をうみだした」(252ページ)

 ・スターリンによるユーゴの除名やチェコ5ヵ国軍隊侵入事件などを例示

● 内田樹共著『若者よマルクスを読もう』(かもがわ出版)

 ・「ヘーゲル法哲学批判」の「ある一つの身分がすぐれて解放する身分である
  ためには、逆に今一つの身分が公然たる抑圧の身分でなければならない」
  (全集① 425ページ)を引用し、この箇所には同意できないだけでなく、
  「階級闘争」という「枠組みそのものに対する懐疑的な態度」(99ペー
  ジ)を表明

 ・スターリン、毛沢東、ポル・ポトの粛正は、この「階級闘争」論のあらわれ
  だとする

● 平田、内田見解は、青年マルクスの表現の未熟さも反映しているが、階級的
 観点と階級闘争論をもつ史的唯物論を「憎悪の哲学」としてとらえていると
 ころに共通点をもつ

 ・階級と階級闘争は、階級社会において必然的に発生する歴史的事実の問題で
  あり、階級闘争は善悪という価値の問題ではなく、事実の問題

 ・階級闘争とは、疎外された人間の類本質の回復を求めるたたかいであり、人
  間らしく生きるためのヒューマニズムの運動

 ・階級闘争の最終的目標である搾取と階級の廃止は、搾取階級を抹殺したり、
  粛正したりすることではなく、搾取階級の所有する生産手段を社会化するのみ


③ ソ連・東欧の崩壊と史的唯物論

1)ソ連・東欧の崩壊は、史的唯物論の誤りを証明したとする見解批判

● ソ連・東欧の崩壊は、社会主義から資本主義への回帰を意味するものではない

 ・ソ連・東欧は「社会主義」ではない

 ・社会主義をめざしながらも変質した原因については別途詳しく考察

● 真の「自由、平等、友愛」の人間解放の社会ではなく、「対外的には、他民
 族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由と民主主
 義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義」(日本共産党綱領)の
 「人間抑圧型の社会」(同)

2)「ソ連・東欧は国家資本主義から私的資本主義に移行」論批判

● ソ連や東欧は、利潤第一主義を本質とする資本主義国家ではない

● 社会主義か資本主義かの二者択一論は正しくない
 ・史的唯物論は「史実をぐあいよく裁断するためのできあいの型紙ではない」
 ・資本主義でも社会主義でもない、独自の階級社会というべき

 

5.階級闘争は人間解放をめざす

● 階級闘争の目的は人間解放、手段は団結

 ・目的は、自由と民主主義という人間的価値を求める人間解放に

 ・手段は「万国のプロレタリア団結せよ!」
 
● 階級(普遍)と個人(個)の対立物の統一

 ・階級と個人は普遍と個の関係

 ・個人は階級という普遍に結集することで個人の尊厳と人間の尊厳を回復し、
  逆に階級という普遍に結集することによって個人としてより善く生きること
  ができる