2011年9月24日 講義
第17講 ユーゴの自主管理社会主義と
その崩壊 ②
1.自主管理社会主義の成果と
80年代の「経済危機」
① 自主管理の成果
● 1950~1973 の自主管理には「及第点」(ドルーロヴィッチ『試練にたつ自
主管理』1973 267ページ)
・「人間的な面でも、物質的な面でも」
・物質的には後進国から中所得国に
・人間的には「テクノクラートの支配」を許さず
● 人間疎外からの解放による「生産者の自治」
・「モデルにしたくなるような、もっと完全で人間的な社会は見当たらない」
● こうした中間総括のうえに自主管理を徹底する「74年憲法体制」へと前進
② 80 年代の「経済危機」
● 国際的要因
・1973 第1次石油危機
・1979 第2次石油危機と世界的な不況
● 80年代の「経済危機」
・70年代の5%代の成長率は、81~87年に0.8%に急降下
・爆発的インフレ―年率2600%
・南北間の所得格差はさらに拡大→国際的要因もさることながら「74年憲法
体制」に主因あり
●「ソ連型社会主義」へのアンチテーゼとして、3つの基準のいずれについて
も次第に一面的なものに傾斜
2.社会主義的な計画経済をめぐる矛盾
① 下からの計画と上からの計画の矛盾
● 計画経済の真理は、上からの計画と下からの計画の統一に
・「ソ連型社会主義」は上からの計画のみによる限界を示す
・ユーゴも初期には上からの計画と下からの計画の統一
●「74年憲法体制」で下から上への計画作成の原則
・下から上への協議を積み重ねる「協議経済」
―上からの計画を事実上放棄するもの
・国家的見地にたった生産、分配、投資計画の樹立を困難に
② 社会主義的な計画経済と市場経済との矛盾
● GNP成長率
・61~65 6.8%、66~70 5.8%、71~75 5.9%、76~80 5.6%
・ヨーロッパにおける経済最後進国から中所得国に
● 反面で、60年代の市場経済導入により、南北共和国間の経済格差拡大
・官僚主義批判が、社会主義的な計画経済と経済官僚への批判に
・官僚制と官僚主義を同一視する傾向
●「74年憲法体制」のもとで、国家の管理する計画的な「中央投資ファンド
制」廃止
・無政府的な投資は無駄な投資に
・しかもIMFからの各共和国単位での借り入れで資金調達
―二重通貨制で超インフレに
● IMFのゆさぶり
・貸し付けの条件として市場原理の徹底と社会主義の放棄を求める
・「われわれの陣営に止まれ、さすれば……最後まで面倒をみてやろう」
● 市場経済のみに傾斜していった帰結
3.生産手段の社会化をめぐる矛盾
① 生産者と消費者の矛盾
● 生産手段の社会化を「人と人との関係」のみでとらえる
・生産力の発展という「人と物との関係」軽視
・70年代で6%弱の成長率、ただし投資と消費の合計である総需要は社会生
産をたえず7%上回る―外国からの借款と通貨の増発でカバー
● 労働者のなかの生産者性と消費者性の矛盾
・100万の所得をいかに投資と個人所得に分配するかと仮定
・技術革新を重視すると投資70:消費30
・生活を重視すると投資30:消費70 →協議経済のもとでは、40借り入れ
で投資70:消費70で合意形成の可能性大
・経済的損失の責任は誰もとらない
―労働者評議会は経営会議に、経営会議は労働者評議会に押しつけ
・40の財政赤字を通貨の増発でまかなうと 140÷100=1.4 と40%のインフレ率
・40のうち20を外国から借り入れるとインフレ率は 140÷120=1.17 (70年
代のユーゴ)
・外国への元利返済が20だとするとインフレ率は 140÷80=1.75 (80年代の
ユーゴ)→「人と物との関係」が軽視されたために労働者のもつ生産者性と
消費者性の矛盾がインフレ経済に
● 生産手段の社会化とは生産力の社会化と生産関係の社会化の統一でなければ
ならない
・生産関係の社会化は個々の企業に、生産力の社会化は社会主義的な計画経済
のもとに
・国家の計画経済により、投資40:消費60にすればインフレ不要に
② 個と普遍の矛盾
● 社会主義とは、生産者が主人公、人民が主人公
・人民は、個人としての立場と企業の主人公、国家の主人公という立場をもつ
「個と普遍の統一」でなければならない
● 実際には、自主管理のもとで個と普遍の分裂
・生産者は経営よりも労働条件、人事に関心―「個」にのみ一面的に傾斜
・職場規律やモラルの欠如
・逆に「慈善的な独裁者」のもとにある企業は、高い組織効率を達成
・科学的社会主義の政党の主導性は、生産者の経営参加は権利と同時に義務で
あり、個と普遍の統一の面でも発揮されなければならない
4.「プロ執権」をめぐる矛盾
① 連邦と共和国間の矛盾
●「74年体制」は分権化、自由化
・連邦から共和国へ、共和国からコミューンへ
・ジラス、党官僚を「新しい階級」として批判
・1958 共産主義者同盟第7回大会で党の積極的役割否定
●「74年体制」は「緩い連邦制」
・「緩い連邦制」のもとで共和国の権限強化
・国家は事実上共和国・自治州の協議機関に
・共産主義者同盟第10回大会(74)で党の積極的役割を再びかかげるが、人
民の導き手というより各共和国の「調停者」としての役割に
● 80年代の「経済危機」
・南北共和国間の経済格差拡大による共和国間の矛盾拡大
・急激なインフレにより87年からストライキ続発
・国民の批判はこうした事態に速やかに対処しえない共産主義者同盟や連邦政
府に
・1988 「74年体制」を修正するも根本的打開にいたらず
● 90年初の複数政党制のもとでの自由選挙
・90, 89年の「東欧革命」の流れをうけて初の複数政党制のもとでの自由選挙
・選挙の結果、各共和国で民族政党進出
・各共和国の共産主義者同盟も民族色を強め独自の動き
● セルビアとスロベニア、クロアチアとの対立
・セルビアに民族主義的ミロシェビッチ政権誕生
―「コソボ問題」でスロベニア共産主義者同盟と対立
・セルビアは経済格差解消のために連邦強化を求め、スロベニア、クロアチア
は連邦解体を求める
・各共和国の共産主義者同盟も党を無視して独自の動き
・90. 1 ユーゴ共産主義者同盟第14回臨時大会で分裂、解体
② 人民主権と党の指導性の矛盾
●「緩い連邦制」のもとで党の主導性の問題でも人民主権の問題でも矛盾を蓄積
・党の主導性―民族問題での党の統一性が失われると同時に、「調停者」とし
ての人民の導き手になりえず
・人民主権―「人民が主人公」から「民族が主人公」となり、内戦が頻発して
「最も『民主化』が遅れた国」になる(柴『ユーゴスラヴィア現代史』
152ページ)
5.真理は対立物の統一に
● ユーゴ社会主義は「ソ連型社会主義」のアンチテーゼとして3つの基準にも
対立する2つの側面があることを明らかにした功績
・生産手段の社会化―ソ連の党官僚の支配、ユーゴの生産者が主人公
・社会主義的な計画経済―ソ連の極度に中央集権的計画経済、ユーゴの計画経
済と市場経済の統一
・「プロ執権」―ソ連の一党支配、ユーゴの党の主導性と人民主権の統一
● 実践的には「74年憲法体制」のもとで自主管理社会主義もまた一面的なものに
・生産手段の社会化に関し、生産力の発展の問題を軽視
・社会主義的な計画経済に関し上からの計画を軽視
・「プロ執権」に関し、党の理論的主導性発揮されず、人民主権も民族紛争で
形骸化
● 重要なことは「対象を対立した規定の具体的統一として意識すること」
(ヘーゲル)
・社会主義の真理は、3つの基準についても対立物の統一に
・社会主義的計画経済―計画経済と市場経済の統一、上からの計画と下からの
計画の統一
・生産手段の社会化―生産力の社会化と生産関係の社会化の統一
● 科学的社会主義の政党の役割は具体的状況下で、対立する2つの極を明らか
にし、真理はその統一にあることを示して人民の導き手になるところに
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