2012/04/28 講義

 

第1講 科学的社会主義の哲学は
    人類の知的遺産の集大成

 

1.本講座の目的

● 科学的社会主義とは何か

 ・19C前半、挫折したフランス革命の精神(自由、平等、友愛)を求めて
  諸々の社会主義思想誕生

 ・そのなかから、マルクス、エンゲルスによる「科学的社会主義」誕生

●『空想から科学へ』―マルクス「科学的社会主義の入門書」(全集⑲ 183ペー
 ジ)と紹介

 ・科学的社会主義の学説は、哲学を重要な構成要素とする

 ・唯物史観と剰余価値という「2つの偉大な発見」(同206ページ)によって
  「社会主義は科学になった」(同)

 ・唯物史観と同様に弁証法についても論及(「現代の唯物論は本質的に弁証法
  的」204ページ)して、弁証法は弁証法的唯物論であることを示唆

 ・以上から科学的社会主義の哲学とは、弁証法的唯物論と史的唯物論としてと
  らえる

● マルクス主義から科学的社会主義へ

  ・マルクス、エンゲルスが自称した「科学的社会主義」はその後「マルクス主
  義」とよばれるように

 ・スターリンにより「マルクス・レーニン主義」と称され、日本共産党もその
  呼称を使用

 ・日本共産党13回大会で「科学的社会主義」に呼称変更

 ・変更理由―①マルクス、エンゲルス、レーニンの一言一句を金科玉条にすこ
  とは安易な保守主義 ②レーニン以後の世界の革命運動の教訓に学ぶ

● 科学的社会主義の学説

 ・「この学説は、それまでに人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的
  継承者であると同時に、歴史とともに進行する不断の進歩と発展を特徴とし
  ている」(13回大会決定『前衛』400号 50ページ)と規定

 ・後半は呼称変更に伴うものとしてある意味当然。問題は前半部分

 ・マルクス、エンゲルスは自らの学説を上記のように規定せず

 ・レーニンは、科学的社会主義の学説を、ドイツ古典哲学、イギリス古典経済
  学、フランス社会主義(革命的諸学説)の3つの源泉をもつ(「カール・マ
  ルクス」)と規定

 ・レーニン以外に科学的社会主義の学説の系譜や源泉を論じたものなし

 ・「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者」との規定は、
  日本共産党の独自の規定―レーニンの規定への疑問を呈しているようにもみ
  える

 ・となると、科学的社会主義の学説の根幹をなすその哲学について上記の規定
  が妥当することが証明されなければならない

● 本講座は哲学史を学ぶことをつうじて、上記規定の正しさを証明することを目
 的としている

 ・2500年の哲学史上のすべての価値ある理論的遺産の発展的継承者となってい
  るか―たんにドイツ古典哲学の発展的継承者ではなく

 ・ソ連・東欧崩壊の教訓をふまえてその哲学を進歩発展させているか

 


2.未知への挑戦

● 工藤晃著『マルクスの「資本論」とアリストテレス、ヘーゲル』
 (2011.7 85才)

 ・「マルクスの思想にはアリストテレスが深く浸透している。マルクスが自分
  はその人の弟子だというその人、ヘーゲルの哲学にも、アリストテレスが深
  く浸透している。私は、自分自身をふりかえって、高齢になるまでそのこと
  に気付かず、アリストテレス哲学、ギリシア哲学の学習は省略してきた。
  もっと早くそのことに気づくべきだったと後悔した。……おそまきながらア
  リストテレスとヘーゲル『哲学史』を学習するようになった」
  (前掲書2~3ページ)

● マルクスにおける哲学史の探究

 ・ヘーゲル「哲学史」を学んで、「哲学の全史をはじめて理解したヘーゲル」
  (全集㉙ 428ページ)と評価

 ・哲学博士の学位をもつ

 ・博士論文は「デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学の差異」
  (全集㊵)―従来の定説を批判

 ・「聖家族」(全集②)第6章の「フランス唯物論にたいする批判的戦闘」の
  なかで、近代哲学全体を外観―エンゲルスはそのうちのイギリス唯物論の箇
  所を『空想から科学へ』英語版への序言(全集⑲ 545ページ~)で引用

● エンゲルスにおける哲学史の探究

 ・ヘーゲル「哲学史」を学び、「最も天才的な著作の1つ」(全集㊳ 170ペー
  ジ)と評価

 ・『空想から科学へ』第2章で、古代から近代に至る哲学を大きく総括して、
  弁証法的唯物論が誕生したことを明らかに

 ・『反デューリング論』第2版への序文で、「哲学の2500年にわたる発展の成
  果を身につけることを学んでこそ、……狭い思考方法からもぬけだすことが
  できるであろう」(全集⑳ 15ページ)として2500年の哲学史の成果を身に
  つけていることを自負している

● 日本共産党の規定の正しさを推測させるもの

 ・たんなる推測にとどめることなく、その正しさの証明が求められている

 ・しかしこれまで古代哲学の双璧であるプラトン、アリストテレスは科学的社
  会主義の哲学ではほとんど無視されてきた―工藤氏の反省は工藤氏個人の反
  省にとどまらない

 ・ヘーゲルは『エンチクロペディー』「第2版の序文」のなかで、プラトン、
  アリストテレスが論じている「理念の形態」(『小論理学』上49ページ)
  を取り入れることは「哲学そのものの進歩を意味する」(同)と述べてい
  る―それを取り入れることによって「哲学の革新」(同)としての弁証法的
  唯物論を確立

 ・もし科学的社会主義がプラトン、アリストテレスから何も学んでいないとす
  れば、すべての人類の知的遺産の発展的継承ということはできない

● 本講座は未知への挑戦

 ・これまで哲学史の総括をつうじて科学的社会主義の哲学がすべての人類の知
  的遺産の発展的継承者であることを証明した先例はない

 ・その意味で本講座は未知への挑戦

 ・そのことをつうじて科学的社会主義の哲学をより豊かなものに発展させてい
  きたい

 


3.科学的社会主義の立場にたって、
  哲学史をどうとらえるか


① 認識の弁証法的発展の歴史としてとらえる

●「思考にかんする科学(哲学―高村)は、他のすべての科学と同様に、1つの
 歴史的な科学であり、人間の思考の歴史的発展にかんする科学」(全集⑳
 361ページ)

 ・哲学とは真理を探究すると同時に、そのために必要な思考の形式(カテゴ
  リーと思惟法則)を探究する学問

 ・哲学史はより深い、より発展した真理を認識し、そのための思考の形式の発
  展の歴史

● 哲学史をはじめて認識の発展の歴史としてとらえたのが、
 ヘーゲルの『哲学史』

 ・マルクス、エンゲルスがヘーゲル『哲学史』を高く評価した理由もそこにあ
  る

 ・ヘーゲルは「哲学史」を生涯で10回講義―その総括のうえに弁証法的論理
  学を確立―「哲学史の研究こそ即ち哲学そのものの研究」(『哲学史』㊤
  61ページ)

 ・これまでのすべての哲学は何らかの意味で否定され、反駁されているが、哲
  学史は「阿呆の画廊」(『哲学史』㊤37ページ)ではない

 ・「或る哲学を反駁するとは、その哲学の制限を踏み越えて、その哲学の特殊
  の原理を理念的な契機へひきさげることを意味するにすぎない」
  (『小論理学』上265ページ)

 ・「したがって哲学の歴史は、その本質的な内容からみれば、過ぎ去ったもの
  ではなく、永遠で絶対に現在的なものを扱うのであり、その成果は人間の精
  神が犯したさまざまの過ちの陳列場ではなく、神々の姿のまつられてあるパ
  ンテオンに比すべきものである」(同)

 ・「これらの神々の姿は、弁証法的発展をなして次々とあらわれる理念(相対
  的真理―高村)の諸段階」(同)

 ・哲学史上「いかなる哲学も否定されてはいない。否定されたのは、この哲学
  の原理ではなくて、その原理が究極のもの、絶対的規定だとせられる点だけ
  である。……1つの哲学に対する我々の態度には肯定的な面と否定的面との
  2つの面がなければならない。そうして我々は両面を考察する時はじめて、
  1つの哲学を正当に見ることになる」(『哲学史』㊤69~70ページ)

 ・「最も後の、最も若い、最も新しい哲学は、最も発展した、最も豊富な、最
  も深い哲学だということである」(同74ページ)―ヘーゲルは自己の哲学を
  最も新しい最後の哲学と位置づける

● 科学的社会主義の哲学が証明すべきは、それがヘーゲル哲学をも乗り越え、最
 も新しい最後の哲学であること

 ・これを証明することが「それまでに人類が生みだしたすべての価値ある知識
  の発展的継承者であると同時に、歴史とともに進行する不断の進歩と発展を
  特徴としている」ことを立証することになる

 ・「マルクスの学説は、正しいので全能」(「マルクス主義の3つの源泉と3
  つの構成部分」レーニン全集⑲ 3ページ)との規定は、たんなるレーニン
  の直観的感想にすぎない

●「最も発展した、最も豊富な、最も深い哲学」の証明とは何か

①「最も発展した、最も豊富な、最も深い」真理をとらえる

 ・自然、社会、人間のすべての真理をとらえる「最も豊富な」哲学

 ・表面的な真理のみならず、内面的な真理をとらえる「最も深い」哲学

 ・「世界がどうあるか」の真理のみならず、「世界はどうあるべきか」の真理
  をもとらえる「最も発展した」哲学

②「最も新しい最後の哲学」

 ・哲学史上のすべての価値ある知的遺産を含む哲学

 ・すべての価値あるものを揚棄して、より高い立場に発展させた「最も新し
  い」哲学

③ 最も正確で最も豊富な思考形式をもつ哲学

 ・哲学は、真理を認識するために必要な思考形式(カテゴリーと思惟法則)を
  もつ―それがいわゆる「論理学」の対象となるもの

 ・エンゲルス「思考形式、思考の諸規定(カテゴリー―高村)を研究すること
  はきわめてやりがいもあり必要なことである。そしてこういうことを系統的
  にくわだてたのは、アリストテレス以後はヘーゲルだけであった」(全集⑳
  548ページ)

 ・しかし、マルクス、エンゲルス、レーニンもその研究をすることができな
  かった

 ・科学的社会主義の哲学が最も正確で最も豊富なカテゴリーと思惟法則をもっ
  ていることを証明することは、21Cに生きる私たちに残された課題


② 哲学を時代の精神としてとらえる

● 哲学は上部構造

 ・土台である経済的諸関係をイデオロギーのうえに反映したもの

 ・ヘーゲル「哲学史は世界史の核心」(『哲学史』㊦の3 202ページ)

 ・マルクス「およそ真の哲学はその時代の精神的精髄である」
 (全集① 112ページ)

● 哲学の歴史を時代の精神の歴史としてとらえる

 ・なぜその時代にその哲学が生まれたのかを史的唯物論の見地から考察する

 ・岩崎・鰺坂編『西洋哲学史概説』はその観点から叙述されている


③ 科学的社会主義の立場から哲学史を学ぶ

● 1つは、科学的社会主義の哲学は古代哲学、中世哲学、近代哲学の到達点とい
 うことができるか、また現代哲学をふまえても尚その生命力を失っていないか
 ―認識の発展史として、とくに古代哲学のプラトン、アリストテレスから何を
 学んだかが問われる

● 2つは、科学的社会主義の哲学は、21Cという時代をとらえた時代の精神とい
 うことができるか

 


4.本講座の概要

① 古代哲学(第2講から第5講)

● 古代ギリシアのポリス(都市国家)における自由民のもとで、奴隷制社会で
 あったにもかかわらず、哲学は大きく発展

 ・現代哲学にまで至る哲学史上のほとんどすべての問題がギリシア哲学に含ま
  れている

 ・ローマ、ヘレニズム時代には、ポリスの解体とローマ帝国の絶対的支配のも
  とで、哲学は衰退して、宗教の時代へ移行する

● 古代哲学の歴史は、自然哲学とともに始まり、人間哲学として発展する。最後
 にアリストテレスの哲学で国家、社会(経済)を含む世界観としての哲学が完
 成する

● 古代哲学の意義

 ・古代哲学で最も重要なのはソクラテス、プラトン、アリストテレス

 ・人間としてより善く生きるための道徳論を展開

 ・「古代ギリシアの哲学者たちは、みな、天成の弁証家」(全集⑳ 19ページ)

 ・アリストテレスは弁証法の研究者であると同時に形式論理学の完成者でもあ
  る


② 中世哲学(第6講)

● 封建制社会の権力的、理論的な核となったカトリック教会のもとで、哲学は
 「神学の侍女」となる

 ・「スコラ哲学」―教会の教義を合理化し、信仰と知識の一体化をめざす客観
  的観念論の哲学

● 中世はスコラ哲学のもとで哲学の暗黒時代

 ・哲学の関心は真理の探究にではなく、神学に向かう

 ・しかしその中にも積極的な論争もある

 ・信仰と知識との矛盾から近代哲学へ移行


③ 近代哲学(第7講から第12講)

● ルネッサンス、宗教改革により近代に

 ・神から脱却し、人間、自然、社会を科学の対象に

 ・自然科学の発展は唯物論をもたらす

 ・自由・平等の市民社会(現象としての市民社会は本質としての資本主義)は
  自然科学の発展とともに近代哲学の発展をもたらす

 ・近代哲学とは「神からの離脱」と「近代自我の確立」の哲学

 ・そこから認識論の発展と同時に、ヒューマニズム(個人の尊厳と人間の尊
  厳)、啓蒙思想、社会主義思想が生まれ、その到達点が科学的社会主義の
  哲学

 ・同時に資本主義の矛盾は階級闘争の発展をもたらし、変革の哲学であるマル
  クス主義哲学を生みだす

● 近代哲学の意義

 ・ 客観的観念論から脱却し、近代的自我の確立と唯物論へ

 ・自我の確立による認識論への関心の高まりと真理認識の方法としてのイギリ
  ス経験論と大陸の合理論の2つの認識論

 ・ドイツ古典哲学における弁証法の復活

 ・啓蒙思想をへて社会主義思想の発展―社会哲学の発展

● マルクス主義哲学による近代哲学の完成

 ・経験論と合理論の唯物論的統一としての弁証法的唯物論

 ・史的唯物論をもつことによって、社会を科学することが可能に

 ・実践を媒介とする真理の探究と同時に実践による変革の立場

 ・科学的な社会主義論の確立


④ 現代哲学(第13・14講)

● レーニンによるマルクス主義哲学の発展(マルクス主義哲学から科学的社会主
 義の哲学へ)

 ・物質の哲学的意義

 ・相対的真理と絶対的真理

 ・弁証法の核心を対立物の統一としてとらえる

● 現代哲学は、科学的社会主義の哲学を意識し、それを乗り越えようとする

 ・しかし全体としてみると、観念論や不可知論に逆戻りしたり、真理の探究に
  背を向けたりする消極的批判にとどまっている

 ・科学的社会主義の哲学をのりこえる真理探究の「全一的な世界観」は存在し
  ない


⑤ まとめ(第15講)
  ―弁証法的唯物論を永遠の「最後の哲学」とするために

● 現代哲学は、逆に科学的社会主義の哲学が「最後の哲学」であることを証明す
 る結果に

 ・科学的社会主義の哲学を乗り越えようとしながら、それを果たさず

 ・しかし科学的社会主義の哲学への批判をつうじて、科学的社会主義の哲学の
  発展の契機をもたらす

● 発展の契機としての批判を取り込み、ソ連、東欧の崩壊の原因も含めて弁証法
 的唯物論を現代にふさわしく、より豊かに発展させていくことが私たちの課題

● 21Cは変革の時代であり、変革の哲学である科学的社会主義の哲学は、現代
 の「精神的精髄」をとらえたもの