2012/11/23 講義
第8講 近代哲学②
17、18世紀のイギリス唯物論と大陸の観念論
1.17、18Cのイギリス唯物論
● ベーコンにはじまるイギリス唯物論は、近代最初の明確な唯物論
・イギリス唯物論はまず認識論における「経験論」
・しかし同時に唯物論は「社会にかんする哲学」を生みだし、社会変革の理論
にならざるをえない
・マルクス「唯物論が必然的に共産主義や社会主義につながることを見ぬくに
は、何もたいした洞察力を必要としない」(全集② 136ページ)
・イギリス唯物論のもう一つの側面は「社会にかんする哲学」としてのイギリ
ス啓蒙思想に
● イギリス啓蒙思想
・「啓蒙」とは蒙(無知)をひらくの意
・啓蒙思想とは、17、18Cのヨーロッパにおける政治革新の思想
・啓蒙思想に2つの側面―唯物論的現実批判の側面と観念論的合理主義の側面
・イギリス啓蒙思想の柱となる自然法(自然権)思想と社会契約論にも、その
2つの側面
・自由・平等の思想は、18Cのフランス啓蒙思想に
・フランス啓蒙思想は、フランス革命に結実し、近代という時代を開花させる
・フランス啓蒙思想は「直接に社会主義に注いでいる」(全集② 131ペー
ジ)
・「近代の社会主義は、……その理論上の形式からいえば、それは、18世紀
のフランスの偉大な啓蒙思想家たちが立てた諸原則を受けついでさらに押し
すすめ、見たところいっそう首尾一貫させたものとして現われる」(『空想
から科学へ』全集⑲ 186ページ)
・その意味でイギリス啓蒙思想は近代の扉を大きく押し広げた
● イギリス唯物論は、認識論における「経験論」、「社会にかんする哲学」と
しての啓蒙思想の2本柱で哲学史に名を残す
① トマス・ホッブス(1588〜1678)
● ホッブスはベーコンの経験論(唯物論)を体系化
・認識の源泉を経験から生じる感覚に
・人間は感覚を言語により抽象化
・「普遍」とは抽象から生まれた記号にすぎないとする「唯名論」の立場か
ら、アリストテレス以来の「実体」概念を否定
・学問とは記号の操作であり、幾何学が模範
→マルクス―ホッブスの唯物論は「感覚はそのはなやかさを失い、幾何学者
の抽象的感覚」(全集② 134ページ)となって、「唯物論は人間ぎらい
となる」(同)
→「知識と観念の起源が感性的世界にあるというベーコンの根本原理を、そ
れ以上くわしく基礎づけることはしなかった」(同)―その仕事はロック
が引き受ける
● ホッブスの啓蒙思想
・『リヴァイアサン』で自然法思想と社会契約論にもとづく国家論を展開
・人間の自然状態は平等であるが、「万人の万人にたいするたたかい」にある
・この自然状態から抜け出すために、平和と安全を目的とする社会契約を結
び、絶対的権力としての国家に権力を譲り渡す―専制君主制の肯定
・しかし、国家権力の根本は人民にあり、国家の任務を平和、人民の安全、福
祉にありとすることで、啓蒙思想の祖に
・ ルソーの人民主権論につながる考えも
② ジョン・ロック(1632〜1704)
● イギリス経験論を確固とした基礎のうえに確立
・経験に由来する認識論を発展させる
・名誉革命の代弁者として、ホッブスの啓蒙思想をより深化させ、18Cのフ
ランス啓蒙思想にも大きな影響
● ロックの認識論(『人間悟性論』)
・人間の心は「タブラ・ラサ(白板)」―デカルトの生得観念の否定
・経験には「感覚」と「反省」の2種類があるとして、「感性」と「悟性(理
性)」を区別
・この区分が、前者を重視する唯物論的経験論と、後者を重視する観念論的経
験論に二分することに
・感覚から単純観念、単純観念が反省によって複合観念に(唯物論的経験論)
・複合観念には「実体」「様態」「関係」の3つがある
・「実体」に神、物体、精神の3つがあるとし、「様態」とは事物の数、時間
的、空間的状態をあらわし、「関係」とは2つの事物の比較から生まれる観
念であり、因果関係がその代表→ロックは「ベーコンとホッブスの原理を基
礎づけ」(全集② 134ページ)、「健全な人間の感覚およびこれにもとづ
く悟性よりほかに、これと異なる哲学などというものはありえない」(同
135ページ)として唯物論のみが正しい哲学とした
● ロックの啓蒙思想
・人間の自然状態は、生まれながらに自由で平等な所有権の主体(天賦の人
権)―所有権絶対の思想でブルジョアジーの利益を直接に代表
・所有権が侵害されると戦争になるので、それを防ぐために社会契約を結ん
で、権力を統治者に信託
・最高の権力は人民にあり(人民主権)、人民は生命、自由、財産を守るため
に権力を政府に信託するのであるから、政府がその目的に反する行為にでる
と人民に抵抗権、革命件が生じる
・アメリカの独立宣言は、ロックの啓蒙思想である「天賦の人権」思想を示す
もの
・ 自由・平等を人間の普遍的価値としていることは評価しうるが、その観念
論的根拠は、唯物論的根拠に置きかえられねばならない―マルクス、エンゲ
ルスの「人間論」の探究に
③ バークリ(1684〜1753)
● 主観的観念論者
・ロックの経験論から出発して主観的観念論に
・レーニン―『唯物論と経験論』(レーニン全集⑭)のなかでロシアの経験
批判論者の先駆者としてバークリを紹介
・ヘーゲル「この観念論の最も悪しき形は、自意識が個別的な又は形式的な自
意識として、一切の対象は我々の表象であるという事を表明する以上には一
歩も出ない」(『哲学史』下の3 6ページ)
● バークリの認識論
・真理の源泉は、経験から生じる知覚
・唯名論の流れを引きつぎ、知覚しえない抽象的なもの、普遍的なものは存在
しないとする
・それにとどまらず、事物が存在するということは色、味、香、形等の感覚、
知覚されることである(「事物が存在することは知覚されること」)とし
て、「物体は感覚の複合にすぎない」とする物体否定論と唯我論に
・レーニン『唯物論と経験論』における主観的観念論の批判
*感覚する人間も生物も存在しなかった時代に地球(物体)が存在していたこ
とを認めるか
*脳(物体)が感覚を生みだしていることを認めるか
*感覚する「私」が存在しなければ、すべての物体は存在しないというのか
・不破氏の定式化
① 人間は自然以前に存在したか
② 人間は脳の助けをかりて考えるか
③ 他人の存在を認めるか(唯我論を否定するか)
④ ヒューム(1711〜1776)
● ヒュームはカントを合理論にもとづく「独断のまどろみ」から目覚めさせ、
理性批判に向かわせた人物
● ヒュームの不可知論
・「経験は、継起する諸変化あるいは並存する諸対象にかんする知覚を示しは
するが、しかし、必然の連関を示さない」(『小論理学』㊤ 163ページ)
として、経験によっては普遍性、必然性は知りえないとする
・その例として、因果法則とは、Aが存在すれば、その後にBが生じるという
「継起する諸変化」(同)を示すのみ―経験はAが存在すれば「必然的に」
Bが生じることまでは教えてくれない
・因果法則を必然性と理解してきたのは「単なる習慣」にすぎない
● エンゲルスのヒューム批判
・経験には「観察による経験」(全集⑳ 537ページ)と「実践による経験」
とがある
・「観察による経験だけ」では、「ポスト・ホック(それのあとに)である
が、プロプテル・ホック(それのゆえに)ではない」(同)のであって、必
然性は証明しえない
・しかし「実践による経験」により、「もしわたしがポスト・ホックをつくり
だすことができるなら、そのポスト・ホックはプロプテル・ホックと同一と
なる」(同)ことで因果法則の必然性を証明しうる
・人間は、実践をつうじて蓋然的因果性から必然的因果性へと前進する
・不可知論という「哲学的妄想……にたいする最も適切な反駁は、実践、すな
わち実験と産業とである」(全集㉑ 280ページ)
・不可知論とは、認識の歴史的制約を絶対化する哲学上の議論にすぎない
2.17、18Cの大陸の観念論
● 唯物論と観念論の対立
・この唯物論か観念論かという「哲学の最高の問題」(全集㉑ 279ページ)
は、「ヨーロッパ人がキリスト教的中世のながい冬眠からめざめた後にはじ
めて、十分に明確な形で提出され、完全な意義を獲得することができるよう
になった」(同)
・近代哲学はイギリス唯物論に始まり、それに対抗してデカルト、スピノザ、
ライプニッツ、ヴォルフの「大陸の観念論」
・「大陸の合理論」は、その本質からして「大陸の観念論」とよばれるべき
● 大陸の観念論は「形而上学」
・マルクスは彼らを「17世紀の形而上学」とよび、ヘーゲルは「古い形而上
学」とよぶ
・「あれか、これか」の立場にたつ「ドグマティズム(一面観)」(『小論理
学』㊤ 143ページ)
● なぜ大陸の観念論は「形而上学」となったのか
・理性にもとづく真理の基準は、ユークリッド幾何学にはじまる数学的方法に
よる「論理的完全性」
・定義―公理―定理―系へと、命題から命題へと論理的な証明により演繹して
いく
・数学的証明に用いられる論理は「同一律(A=A)」と「矛盾律(A≠~
A)」
・したがって理性にもとづく論理的完全性とは、形式論理学的意味の完全性
(同一律の貫徹)
・観念論は形而上学に、唯物論は弁証法に結びつく
● 大陸の観念論の「世界図式論」
・デューリングの「世界図式論」は、大陸の観念論者の図式論を継承したもの
・「現実の世界を思想から、すなわち世界のできるまえからどこかに永遠の昔
から存在している図式……から組み立てるもの」(全集⑳ 34ページ)
・スピノザ、ライプニッツ、ヴォルフがうち立てた壮大な観念論的「世界図式
論」は、現代哲学にみるべき遺産を残していない
・これに対し唯物論に立った近代の自然科学は、宇宙全体の生成・発展・消滅
を量子論で説明し、人間の精神を脳の神経細胞の働きであることを解明し
て、唯物論の優位性を証明
・近代は、大きく大陸の合理論という観念論的「世界図式論」をつうじて、唯
物論的世界観がが勝利していった時代ということができる
① スピノザ(1632〜77)
● 無神論者の危険分子とみなされる
・その汎神論は、キリスト教の人格神を否定するところから、無神論とみなさ
れる
・主著『エティカ(論理学)』も死後やっと出版
・19C前半の「ドイツでは思想界の唯一の支配者」(ハイネ『ドイツ古典哲
学の本質』106ページ、岩波文庫)
・スピノザの合理論は、定義―公理―定理と論理的に演繹する合理主義を徹底
させ、デカルト哲学を発展させたもの
● スピノザの世界図式論
・「実体」―「属性」―「様態」という3つの根本概念にもとづき、世界のす
べてが数学的必然性をもって演繹的、体系的に構築される
・最初の定義は「自己原因(causa sui)」(自らが自らの存在の原因とな
るもの)に始まり、それが実体としての神であるとする
・「実体」とは、デカルトのいうように「その存在のために他のものを必要と
しないもの」と考えると、それは1つしか存在することはできない(デカル
トの3実体論の批判)
・唯一実体としての神は「自己原因」として万物を形成するものだから、キリ
スト教的超越神ではなく、万物のうちに存在する(神=自然、いわゆる汎神
論)
・「実体」としての神には、永遠の本質としての「属性」と、神という普遍の
特殊化した個別としての「様態」(個々の事物)とがある(実体―属性―様
態は普遍―特殊―個別の関係)
・神の2つの属性から有限な精神界と物体界という2つの様態が生まれる
・個々の精神、物体は神の本質的存在ではないから有限だが、神の必然的意志
の発現として必然性によって規定されている(いわゆる決定論)
・スピノザの世界図式論には、①汎神論 ②「思考と存在との同一性」の問題
に初めて論及、の2つの功績あり
・しかし結局は全体として観念論的な虚構にすぎない
● スピノザは近代哲学における「弁証法の輝かしい代表者」
(エンゲルス『空想から科学へ』全集⑲ 199ページ)
・スピノザはその決定論で自由な意志を否定し、汎神論で善悪の区別を否定し
たとの批判あり
・しかし、神と人間とは同一であると同時に区別されており、神の意志の必然
性に対し、人間の意志は必然性のうちにあって自由であると主張したもの―
自由と必然の統一に道をひらく
・また神の意志は「善そのもの」であるのに対し、神から区別された人間の意
志は「善悪の区別として存在」(『小論理学』㊤ 31ページ)
・もう一つの例は「あらゆる規定は否定である(Omnis determinatio est
negatio)」
・「規定する」(決定する、特徴づける)とは肯定と否定の統一―他のもので
あることを否定することによって、そのものがそのものとして肯定される
・ヘーゲルは、「向自有」のうちに否定のモメントが「自由にあらわれ出て」
(『小論理学』㊤ 282ページ)いるという
② ライプニッツ(1646〜1716)
● アリストテレスにつぐ博学者といわれる
・微積分法の発見者として有名
・ロックの唯物論に対抗して、観念論の立場から『人間悟性新論』
・哲学的功績としては、アリストテレスの形式論理学の公理である、同一律、
矛盾律、排中律に「充足理由律」という4つめの公理を付加したことがあげ
られる
・少数の第1原理とよばれる根本原理から一切の命題を導いてゆくという合理
主義をつらぬき、独自の「モナド(単子)論」を主張して、徹底した観念論
的「世界図式論」にたつ
● 充足理由律
・まず真理には永遠の真理と事実の真理とがあるとする
・永遠の真理(理性の真理)とは、理性によって論理的に見いだされる数学な
いし形而上学的真理
・これに対し事実の真理(偶然の真理)とは、経験によってのみ知られ決して
論理的には証明しえない真理
・永遠の真理は、論理必然的に演繹される真理であり、その反対を考えること
はできないから、この真理の認識の原則は「同一律」(ないし「矛盾律」)
・これに対し事実の真理は、その反対も考えうるが、こう考える方が真理であ
ると考える十分な根拠があるというものであるから、この真理の認識の原則
は「充足理由律」(すべて存在しているものは十分な理由ないし根拠があっ
て存在しているという原理)
・ヘーゲルはライプニッツに学んで「根拠(同一と区別の統一)」のカテゴ
リーを生みだす
● ライプニッツの世界図式論
・「ライプニッツ哲学は宇宙の叡智性の観念論」〔『哲学史』㊦の2 196
ページ)
・「モナド論」―「純粋活動として解されたアリストテレスのエンテレケイア
(完成態)であり、自己自身の内における形相」(同197ページ)
・モナドという活動的なイデアを世界のすべての事物の実体と考え、そこから
演繹的に「世界図式論」を展開
・モナドは、デモクリトスの「アトム」と共通するものがあるが、原子は実在
するのに対し、モナドは観念の所産にすぎない
・モナド論は「形而上学的な規定」(同195ページ)にしたがって作られた
「世界の本質についての仮説」(同)であって、けっして証明されることの
ない観念論
・「モナド説は、これまでの哲学者が考えだしたもっともめずらしい仮説のひ
とつである」(ハイネ『ドイツ古典哲学の本質』101ページ)
・このモナド論は、スピノザの実体論批判から生まれたもの
・スピノザの実体論は、無限な神からいかにして有限な事物が生じるのかを十
分に基礎づけえなかったとする
・そこでライプニッツはあらゆる有限な事物のうちに実体が存在すると考える
ことによりスピノザを乗りこえようとして、万物の実体としてのモナドを考
えた
・このモナド実体論という根本原理によって精神、物体の全世界を演繹的に説
明しようとした(観念論的な合理主義哲学の体系)
・モナドとは、単純にして拡がりのない作用する力であり、全世界は多数のモ
ナドの総和から成っている
・最下位のモナドから成るのが無機的自然、より高度のモナドから成るのが植
物界、意識をもつモナドから成るのが動物界、モナドが理性をもつに至ると
精神界となる
・一つひとつのモナドはそれぞれ独立的であり、相互に関係しないが、宇宙全
体を表象することによって予定調和を保っている
③ ヴォルフ(1679〜1754)
●「ライプニッツ・ヴォルフ哲学」
・独断論的合理主義哲学
・ライプニッツの数学をモデルとした演繹的手法を用いて、合理主義をいっそ
う徹底させようとしたところから、「ライプニッツ・ヴォルフ哲学」と称さ
れる
・ヘーゲルのいう「カント哲学以前のドイツにみられたような古い形而上学」
(『小論理学』㊤ 135ページ)とは「ライプニッツ・ヴォルフ哲学」を指
すもの
・それまでの哲学はすべてラテン語であったが、ヴォルフははじめてドイツ国
民に対しドイツ語で哲学を論じ、ドイツにおける哲学の普及に貢献した
● ヴォルフの世界図式論
・同一律にもとづき世界図式論を展開
・神は存在するか否か」の問題提起にはじまり、神による世界創造の立場か
ら、目的論的世界観にたって、すべてを必然性のうちにとらえる
・「ヴォルフの皮相な目的論」(全集⑳ 345ページ)によると、「猫は鼠を
食うために、鼠は猫に食われるために、そして全自然は創造主の叡智をあら
わすためにつくられたというのである」(同345~346ページ)
・「あるものは偶然であるか必然であるかのどちらかであって同時にその両方
ではないとするヴォルフ流の形而上学の無思想性」(同528ページ) |