2013/03/23 講義
第12講 近代哲学⑥
マルクス主義哲学(2)
1.社会にかんする哲学
① 史的唯物論批判への反論
● 史的唯物論は人間の実践を否定するとの批判への反論
・史的唯物論は、「人間の力を絶対に超越する必然的な法則が存する」(岩崎
武雄『弁証法』東大学術叢書)と主張することにより「人間はただこの自然
法則によって押し流されていくだけ」(同)で実践の役割を否定するもの、
とする
・しかし、社会における法則性の承認は、社会的諸現象のすべてが、必然的に
決定されているという機械的決定論の立場にたつことではない
・マルクス自身、資本主義の運動法則を暴露することは「生みの苦しみを短く
し、やわらげる」(『資本論』① 12ページ)として、機械的決定論ではな
いことを明らかに
・世界のすべては偶然と必然との統一として存在
・必然性とは、本質(事物の真の姿)または概念(事物の真にあるべき姿)が
外にあらわれたものであり、偶然性とは非本質的、非概念的な外的なもの
・偶然性の外見のうちに必然性を発見することが科学の役割であり、必然性も
また偶然性をともなっているところに必然性を現実性に転化させる人間の主
体的実践が求められる
・人間はまず法則性、必然性を認識することによって一歩自由になる―「自由
とは必然性の洞察」(全集⑳ 1181ページ)であり、これを必然的自由と
よぶ
・しかし、必然性を認識するだけでは、まだ必然性に支配される不自由(「必
然的自由」)
・そこで社会の法則性を認識したうえで、その法則性を揚棄する「概念的自
由」の認識に
・概念的自由を目的とする実践で、社会を合法則的に変革する「弁証法的決定
論」にたつのがマルクス主義
● 階級的観点は個人を尊重しない、階級闘争は「憎悪」の哲学とする見解への反
論
・史的唯物論は「個体概念なき階級概念の集積所」(平田清明『市民社会と社
会主義』252ページ 岩波書店)
・「単純粗野な階級一元論的社会認識が、これまでの社会主義建設の実践過程
に多くの災禍を生みだした」(同)
・階級闘争の目的は、疎外からの人間回復を求めるヒューマニズムの実現であ
り、その手段は被支配階級の団結した力を示すこと(「万国の労働者団結せ
よ!」)
・マルクスは「ブルジョア的生産諸関係は社会的生産過程の最後の敵対的形
態」(全集⑬ 7ページ)としながらも、わざわざ「敵対的というのは、個
人的敵対という意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件からくる敵対とい
う意味」(同)と断り書きしている
② 人間と社会の誕生論
● エンゲルス「猿が人間化するにあたっての労働の役割」(全集⑳)
・ダーウィンの『人間の由来』の5年後の1876年に書かれたもの
● 人間の誕生
・樹上での生活から平地での生活に―直立二足歩行に
・手の自由化―手が労働を生みだし、労働が大きな柔軟性をもつ手をつくりだ
す
・「労働が人間そのものをも創造」(同482ページ)―労働は手と脳を発達さ
せ、言語をつくりだす
・人間は「最も集団的な動物」(同484ページ)であり、「労働の発達は必然
的に社会の諸成員をたがいにいっそう緊密に結びつけ」(同484~585ペー
ジ)、「相互の援助、共同でおこなう協働の機会はより頻繁」(同485ペー
ジ)になり、言語を生みだす
・エンゲルスの言語起原説は、労働による人間関係の濃密化であり、労働一元
論ではないが、そう誤解される危険もあり
・労働と言語的コミュニケーションは、対自然、対人間の区別をもつ―労働は
自己を対象化し(働くよろこび)、言語的コミュニケーションは自己を共同
化する(語り合うよろこび)という本質的区別をもちつつ、相互媒介の関係
にあるとみる尾関周二見解が、エンゲルスの言語起原説を善解したもの
● 社会の誕生
・労働による人間関係の濃密化を言語的コミュニケーションが生産と生活の場
としての社会を生みだす
・「社会そのものが人間を人間として生みだすように、社会もまた人間によっ
て生みだされている」(全集㊵ 458ページ)
・「猿の群れと人間社会とを分かつきわだった」(全集⑳ 486ページ)ものは
「労働である」(同)
・DNAで1%しか違わない人間とチンパンジーの生活様式の違いは、社会を
もつか否かから生じたもの
● 人間と社会の誕生論は、当時としては画期的なもの
・現代においてもその正しさは基本的に承認されている
・真理認識の思惟形式としての弁証法的唯物論の威力を示すもの
③ 国家論
● 中世から近代初期に絶対主義国家誕生
・近代の移行期に、権力分散の封建制国家に対する中央集権的統一国家の誕生
・王(君主)が、封建的土地所有と身分制のうえに何ものにも拘束されない絶
対的権力をもつ―「朕は国家なり」(ルイ14世)
● 王権神授説
・王の権力は神の特別な恩寵によるものとして、キリスト教を利用して補強
・人民の無権利状態を肯定する理論
● 啓蒙思想としての社会契約論
・王権神授説にもとづく絶対主義国家を否定し、台頭するブルジョアジーの理
論として誕生
・「身分から契約へ」という近代の特徴を生かした理論
・国家の起原を人民の合意による社会契約に求め、国家権力は人民に由来する
と主張
・自然法思想を背景に、自由な意志にもとづく契約は守られねばならないとし
て、人民の権利を国家に認めさせようとするもの
・しかし、契約の拘束力は資本主義的な商品交換の発展から生まれたものであ
り、すでに古代ギリシアの時代から存在した国家の起原を社会契約に求める
のはフィクションにすぎない(観念論)
● マルクス主義哲学は、はじめて国家の起原を唯物論的に解明
・モーガン『古代社会』は「まだ国家というものを知らない」(全集㉑ 98
ページ)原始共同体の社会を研究したもの
・そこでは、共同体の構成員全体で共同事務を処理
・「兵士も憲兵も警察官もなく、貴族も国王も総督も知事も裁判官もなく、監
獄もなく、訴訟もなく、それでいて万事がきちんとはこぶ」(同99ページ)
・国家の起原は、階級が誕生し、共同事務を支配階級が独占することに始まる
・それにより共同事務は1つの独自な機関となって社会から分離していく―こ
れが「国家権力の端緒」(全集⑳ 185ページ)
・「社会は、内外からの攻撃にたいしてその共同の利益を守るために、自分の
ために1つの機関をつくり出す。この機関が国家権力である」(全集㉑
307ページ)
・国家は「一定の発展段階における社会の産物」(同169ページ)であり、
「和解できない対立物に分裂したことの告白」(同)
● 同時にマルクス主義は国家の本質を「階級支配の機関」であることを解明
・共同の利益を守るための機関は「発生するやいなや、社会にたいして自立す
るようになる。しかも、一定の階級の機関となり、この階級の支配権を直接
に行使するようになればなるほど、いよいよそうなる」(同307ページ)
・国家が誕生すると上部構造としての政治と法は国家が独占し、搾取し、支配
する階級の支配の機関になる
・階級支配の機関という本質は、警察、軍隊、裁判所、監獄という「公的強
力」(同169ページ)によって人民を支配し、抑圧するところにある
・この本質規定により、奴隷制国家は奴隷主の、封建国家は封建領主の、資本
主義国家は資本家階級の国家であることが解明される
● 国家の本質と現象の対立と統一
・「本質は現象しなければならない」(ヘーゲル)―国家の本質規定はその現
象形態と統一してとらえねばならない
・国家はもともと共同の利益を守るところから出発しながら、階級支配の機関
に転化したもの
・共同の利益実現の現象をもたないと、国家としては存在しえない
・そこから、国家の本質と現象の対立が生じる
・「国家とは、その全構成員の共同利益を実現する仮象をもちつつ、支配階級
の利益擁護のために公的強力を使用する階級支配の機関」
・国家の本質と現象との矛盾を解決することが社会主義国家の任務
・「国家がついにほんとうに全社会の代表者となるとき、それは自分自身をよ
けいなものにしてしまう。……人にたいする統治に代わって、物の管理と生
産過程の指揮とが現われる。国家は『廃止される』のではない。それは死滅
するのである」(全集⑳ 289〜290ページ)―いわゆる「国家の死滅」
・「国家の死滅」論は、国家の本質と現象とは対立・矛盾のうちにあるととら
えることを前提として、その矛盾の解決の理論とすることで、その意義が明
確に
・国家の死滅に至るまで、被支配階級は搾取による人間疎外と、国家による人
間疎外の二重の疎外―人間解放とはこの二重の疎外からの解放
④ 『資本論』における資本主義の運動法則の解明
●『資本論』
・資本主義社会の「経済的運動法則を暴露」(『資本論』① 12ページ)
・資本主義の基本矛盾の解明と社会主義への発展の必然性を明らかにすること
で「思考と存在との同一性」を具体的に論じる
●「剰余価値学説」によって、目に見えない資本主義的搾取の秘密を解明
・奴隷制、封建制では搾取は流通過程で生じるのに対し、資本主義では搾取は
生産過程から生じる
・労働力という商品を、資本は市場における自由な等価交換によって購入―契
約自由の原則
・商品の「価値」は生産に必要な社会的労働時間によって規定される
・「労働力」は、商品としての価値をもつと同時に、それを使用することに
よって新しい価値を生みだすという特別な商品
・『資本論』では労働力の1日の使用が生みだす価値は、労働力の価値の2倍
を生みだすとして計算(「剰余価値」)
・平等・自由な商品交換から搾取が生じる
● 資本の本質
・商品の流通(W―G―W)と資本の流通(G―W―G)の違い―アリストテ
レスの「家政術」と「貨殖術」(第4講)
・資本の流通では、両極の貨幣の量的増大だけが問題とされる
・剰余価値の生産は、資本の運動を「推進する動機とそれを規定する目的」
(『資本論』② 255ページ)
・資本の本質は、剰余価値への「人狼的渇望」(同455ページ)にあり、際限
がない
●「資本主義的蓄積の絶対的・一般的な法則」(『資本論』④ 1107ページ)
・資本は、剰余価値を取得し、蓄積するために、無制限に搾取強化
・一方の側における富の蓄積は、他方の側における「貧困、労働苦、奴隷状
態、無知、野蛮化および道徳的堕落の蓄積」(同1107ページ)
・「トリクル・ダウン」理論(大企業がもうかれば、雇用や賃金が上昇)は、
資本主義的蓄積の法則を否定する誤った理論
● 剰余価値増大の方法
・「絶対的剰余価値」の生産(労働時間の延長、サービス残業)
・「相対的剰余価値」の生産(生産力を発展させて、労働力の価値を低下させ
る)
・個々の資本にとっては、新しい生産性の高い機械の導入による「特別剰余価
値」の生産
・生産力の発展は「競争の強制法則として貫徹」(『資本論』③ 552ページ)
● 生産力の発展競争は「資本の有機的構成」(機械と原材料の占める割合)を高
める
・一方で資本の蓄積の増大につれて、労働者を市場に吸引
・他方で資本の有機的構成の高度化で、資本は労働市場に労働者を吐き出す
・「産業予備軍」という労働者の相対的過剰人口を生みだす
・産業予備軍の存在は、労働力を価値以下のものに切り下げ、資本蓄積の絶対
的条件に
・「ワーキング・プア」の誕生
● 生産と消費の矛盾
・資本主義という「生産の無政府性」のもとでも「社会的総資本の再生産」は
可能―市場原理に基づく需要と供給の調節機能(「神のみえざる手」)
・しかし一方での労働力の価値以下への切り下げと他方での生産力の無制限の
増大とは、市場の需給調整機能を越えて、生産と消費の矛盾を蓄積
・生産と消費の矛盾の一時的・暴力的な解決が恐慌
・恐慌は1825年以来10年に1度の割で周期的にくり返される
● 金融資本中心の資本主義の矛盾
・資本主義は、商人資本(15C〜18C)―産業資本(18C〜20C)
―金融資本(21C)中心の流れに
・生産力の発展のもとで、資本の有機的構成は高まり、「利潤率の傾向的低下
の法則」(『資本論』⑨ 361ページ)
・ある水準まで低下すると、利潤獲得を目的とする資本はそれ以上新たな資本
を投下しなくなる(いわゆるゼロ成長時代)
・資本は投資先を見失い、「資本の過多」に(金あまり現象)
・一方の側の資本の過多、他方の側に労働力の過多がありながら、資本主義的
生産関係のもとでは、両者が結合して生産力を発展させることができない
・生産関係が生産力発展にとっての桎梏に―現代は「社会革命の時期」に突入
・過剰な資本は金融投機に(モノづくりからギャンブルに)
・いわゆる「カジノ資本主義」―しかも勝者は常に金融大資本というインチキ
賭博
・銀行を中心とするマネー・ゲームは、資本主義的搾取に加え、「賭博とペテ
ン」による利潤の略奪に
・「資本主義の腐朽性」
⑤ 社会主義論
● マルクス主義の学説は、科学的な「社会主義論」を重要な柱とする
・資本主義の基本矛盾の解明をつうじて、矛盾の解決としての社会主義を展望
・エンゲルス『空想から科学へ』で、生産力と生産関係の矛盾という本質は、
資本主義のもとで「社会的生産と資本主義的取得の矛盾」(全集⑲ 210
ページ)として現象することを指摘
・「社会的生産と資本主義的取得」(全集⑲ 210ページ)という「事実の
真理」をとらえることで、「社会的生産と社会的取得」という矛盾解決の
「当為の真理」をとらえることが可能に―事実の真理から当為の真理への移
行の問題が論理的に提起されることに
●「社会的生産と社会的取得」の社会主義の必要条件
・一般的にはこれまで社会主義とは①プロレタリアート執権 ②生産手段の社
会化 ③社会主義的計画経済の3条件を満たすものとされてきた
・この3条件は『空想から科学へ』の末尾「プロレタリア革命、諸矛盾の解
決」(同224ページ)から取り出されたもの
・しかしエンゲルスは、この3条件に続けて、これにより人間は、人間と社会
と自然の主人になるとしている
・「必然の国から自由の国への人類の飛躍」とも
・人間解放により人間は類本質を回復し、「必然的自由」から「概念的自由」
に達するとしたもの
・社会主義とは何よりも人間を最高の存在とする人間解放の社会であり、それ
を実現するための3つの条件としてとらえるべきもの
・ソ連・東欧の崩壊は、この人間解放に逆行し、「人間抑圧型の社会」となっ
たところに最大の原因―社会主義とは無縁な存在にまで転落
● プロレタリアート執権論
・「プロ執権」論が社会主義の基本的条件の1つであることは間違いないが、
それが何を意味するのかは必ずしも明らかではない
・「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的転
化の時期がある。この時期の国家は、プロレタリアートの革命的執権以外の
なにものでもありえない」(「ゴータ綱領」批判、全集⑲ 28〜29ページ)
・「この執権そのものは、一切の階級の廃止への、階級のない社会への過渡期
をなすにすぎない」(全集㉘ 407ページ)
・プロレタリアートの執権は、労働者階級を先頭とする階級闘争に勝利するこ
とで実現する権力であり、搾取と階級を廃止する社会主義を実現する任務を
もつことは明瞭だが、その内容は明確にされていない
・マルクスは「プロ執権」を「労働者階級の政府」(同319ページ)とよんだ
り、「人民による人民の政府」(同323ページ)とよんだりしながら、両者
の関係を明確にしなかったところに、レーニンの一面的解釈が生じることに
なった
・「プロ執権」論は、ルソーとバブーフ=ブオナロッティの人民主権論と結び
ついており、人民の「一般意志」の導き手としての労働者階級と結びついて
いる
・ルソーは導き手として、神のような天才的な個人を考え、ヘーゲルは優れた
官僚に求め、マルクス主義はプロレタリアートの政党にそれを求めた
・「プロ執権」とは労働者階級の政党が導き手となって、人民の「一般意志」
を形成し、その実現をめざす「人民の、人民による、人民のための」権力
・プロレタリアートが「国家権力を掌握」(全集⑳ 289ページ)することに
よって「国家がついにほんとうに全社会の代表者となる」(同)との表現に
もそれが現れている
2.マルクス主義哲学は
人類のすべての知的遺産の発展的継承者
● マルクス主義哲学は「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的継承
者」
・まず近代哲学のみならず、古代哲学、中世哲学の「価値ある知識」の到達点
を示すもの
・中世哲学の教訓は、1つに、哲学が真理探究の哲学であるためには、支配階
級のイデオロギーとなってはならないこと、2つに、スコラ哲学は人間の本
質が自由な精神にあることを明らかに
・マルクス主義はその2つの教訓を真っ直ぐに受けつぎ、人民の哲学であると
同時に、主体的な革命の哲学
・次に弁証法的唯物論と史的唯物論という真理探究の武器を手にすることに
よって、自然、人間、社会という「すべての価値ある知識」の発展的継承者
・一言でいえば、人間解放という真のヒューマニズムにたった革命の哲学とし
て、真理を認識し、探究していく人民の哲学
・そこにマルクス主義の永遠の生命・力がある―あとは「そのあらゆる細目と
連関とにわたってさらに仕上げてゆくこと」(全集⑳ 26ページ)のみ
● マルクス主義以降の現代哲学は、マルクス主義と対峙し、対決せざるをえない
運命に
・マルクス主義は、現代哲学の挑戦を受けても、なお「最後の哲学」といいう
るのかが、今後に検討すべき課題 |