2013/04/27 講義

 

第13講 現代哲学①
     マルクス主義と反マルクス主義との対決

 

1.現代は資本主義と社会主義の対峙する時代

● 19C後半以降、諸々の社会主義思想はマルクス主義に収斂

 ・産業革命による資本主義の発展とともにその矛盾も激化

 ・雑多な社会主義思想は自然淘汰され、マルクス主義は全ヨーロッパに影響力
  を拡大

● 19C末から20C前半は帝国主義の時代

 ・19C末に帝国主義列強による世界分割完了

 ・20Cに入り、遅れて帝国主義の仲間入りを果たしたドイツ、オーストリ
  ア、イタリアは世界の再分割を求めて、1914年第1次世界大戦に

 ・1917年大戦の最中、ロシアで最初の社会主義革命―20Cを資本主義から
  社会主義へと大きく方向転換させる原動力に

 ・レーニンはコミンテルンを結成して、世界各国の革命運動、民族運動を援助

 ・引き続く第2次世界大戦(1939~1945)は、植民地争奪と民族解放のたた
  かいに―そのなかから東欧が誕生し、戦後、中国、ベトナム、キューバなど
  が民族解放運動をつうじて社会主義をめざす諸国に

 ・一時は世界の人口の3分の1が社会主義をめざす国の国民となり、アジア・
  アフリカの植民地・従属国もすべて独立国家に

● 20Cは資本主義諸国と社会主義をめざす諸国との対峙する時代

 ・哲学的にはマルクス主義にあれこれの観念論がブルジョア哲学として対決を
  挑む時代に

 ・しかし、いずれもマルクス主義の堅陣を突き崩すことはできない

 ・これを明らかにすることが現代哲学の第1の課題

● 20C末から21Cにかけて現代は第2の局面に

 ・20C末、対ソ対決の冷戦時代を経てソ連、東欧の崩壊、中国、ベトナムも
  体制的優位性を示せず

 ・他方、教育、医療で先進性を示したキューバの影響で、20C末から中・南
  米であいつぐ左派政権が誕生、ベネズエラ、ポリビア、エクアドルで「21
  世紀の社会主義」を展望する動きも

 ・こうした第2の局面をとらえて、科学的社会主義の哲学をどう発展させるか
  が問われている―これを明らかにすることが現代哲学の第2の課題

 


2.レーニン(1870〜1924)

① ロシア革命の指導者として、
  マルクス主義を科学的社会主義に発展させる

● マルクス主義を「科学的社会主義」に発展させた功労者

 ・国連憲章における国際紛争の平和的解決、社会権、民族自決権などの諸原則
  の先駆者

 ・ヘーゲル弁証法の研究をつうじて、マルクス主義哲学を一歩前進させ、
  「レーニン的段階」に

 ・スターリンによる「マルクス=レーニン主義」の定式化は自己を権威づけよ
  うとしたものにすぎない

 ・他面で、マルクス主義の源泉と構成部分のとらえ方、「プロレタリアート執
  権論」で問題を残す

● レーニンの哲学的著作

 ・「唯物論と経験批判論」(1909)「マルクス主義の3つの源泉と3つの構
  成部分」(1913)「哲学ノート」(1914~16)「カール・マルクス」
  (1914)など


② レーニンの認識論(「唯物論と経験批判論」から)

● マッハ主義(経験批判論)の不可知論との闘争

 ・マッハ主義は新カント派の一潮流

 ・彼らは存在するものは経験だけであるという実証主義の立場から、意識から
  独立した物質の存在やその認識可能性を否定

 ・経験しうる現象は認めるが、それは「物とは感覚の複合」として認めるとい
  うもの

 ・経験をこえる「物自体」の存在を否定することで絶対的真理も否定

 ・不可知論への反論として、「自然は人間以前に存在したか」「人間は脳の助
  けをかりて考えるか」「ある哲学する個人以外の存在を認めるのか」の3つ
  の質問をつきつけてマッハ主義の不可知論を撃破

 ・実践をつうじて「物自体」は「われわれにたいする物」になる

● 絶対的真理と相対的真理の区別と統一

 ・マッハ主義は現象と物自体とを切りはなし、現象については真理を認識しう
  るが、「物自体」については真理を認識しえないとして、絶対的真理の認識
  を否定

 ・「われわれの知識が客観的・絶対的真理に近づく限度は、歴史的に条件づけ
  られている。しかし、この真理の存在は無条件的であり、われわれがそれに
  近づきつつあることは無条件的である」(レーニン全集⑭ 158ページ)

 ・相対的真理とは、真理と誤謬の統一であり、その対立・矛盾を実践を媒介し
  て止揚することで、相対的真理は一歩ずつ絶対的真理に向かって前進してい
  く―真理認識の基準として実践をとらえる

 ・「マッハにとっては、実践と認識論とはまったく別のもの」(同162ペー
  ジ)

 ・相対的真理と絶対的真理の統一は「人類の生命の無限の持続をつうじてでな
  ければ、完全に実現されることはできない」(全集⑳ 89ページ)

● 物質の認識論的意義

 ・20C初頭の物理学では、物質とは質料(重さ)をもつものとされていた

 ・電子には質料がない(実際には少ないだけ)ことが発見され、マッハ主義は
  「物質は消滅した」として唯物論を攻撃

 ・レーニンは「物質の根源性」を認める唯物論のいう物質とは、自然科学的物
  質ではなく、「認識論的には、人間の意識から独立して存在し、そして人間
  の意識によって模写される客観的実在」(レーニン全集⑭ 315ページ)とい
  う哲学的物質であると批判

 ・現在の素粒子「標準理論」では、光子やグルーオンという全く質料をもたな
  い物質も発見されており、レーニンの定義の正しさを証明

● 哲学の階級性

 ・「ドイツでカントの見解を新カント学派が復活させてみようとし、また、イ
  ギリスでヒュームの見解を不可知論者たちが復活させようとしているのは、
  ……科学的には退歩であり、実践的には、唯物論をかげではうけいれて世間
  の前では否認する、はにかみやのやり方にすぎない」(エンゲルス『フォイ
  エルバッハ論』全集㉑ 281ページ)

 ・エンゲルスが不可知論を「『恥ずかしがりの』唯物論」(全集⑲ 549ペー
  ジ)とやや曖昧な、唯物論ともとれる規定をしたのに対し、レーニンはマッ
  ハ主義の本質を主観的観念論と規定

 ・エンゲルスの評価は認識論における自然科学的物質と哲学的物質とを混同す
  るもの

 ・レーニンは、唯物論と観念論の中間にたつように装うマッハ主義を、観念論
  にすぎないとして哲学の階級性を強調

 ・唯物論か観念論かは、真理の哲学か非真理の哲学か、プロレタリアートの哲
  学かブルジョア哲学かの対立であるとし、すべての中間派は観念論であるこ
  とを解明

 ・現代哲学全体を批判する基準を与えたもの


③ マルクス主義の体系化

●「マルクス主義の3つの源泉と3つの構成部分」(レーニン全集⑲)

 ・マルクス、エンゲルスが試みなかったマルクス主義の体系化に取り組む

 ・マルクス主義を人類の先進的思想の最良なものの正当な継承者ととらえる

 ・その観点は正しいが、その源泉を19Cのドイツ古典哲学、イギリス古典経
  済学、フランスの階級闘争と社会主義論の3つとしたのは狭すぎる

 ・プラトン、アリストテレスのイデア論、プラトンの「哲人政治」、ルソーの
  人民主権論も重要な源泉というべきであり、3つの源泉に限定するのは問題

 ・「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的継承者」というべき

 ・またレーニンは、源泉を3つに限定したところから、一方でマルクス主義を
  「全一的な世界観」(同3ページ)ととらえながら、他方でその構成部分を
  哲学、経済、社会主義と階級闘争の3つに限定する矛盾をはらんでいる

 ・しかし「すべての価値ある知識」を源泉とする以上、マルクス主義の構成部
  分も世界のすべてを対象にした「すべての価値ある知識」から成るものとし
  てとらえなければならない

 ・そうでないと、人間論が除外され、人間的価値としての自由と民主主義が科
  学的社会主義の本質的構成部分から除外されるし、社会主義が人間解放の真
  のヒューマニズムの社会であることも明確にされない

 ・人間としてよりよく生きる問題もあいまいに

● 科学的社会主義は「すべての価値ある知識」を源泉とした「全一的な世界観」
 というべき


④ 弁証法的唯物論の発展(『哲学ノート』から)

● 弁証法の定式化の試み

 ・「カール・マルクス」で4つの要素、「哲学ノート」で16の要素を指摘

 ・定式化の試みは完成せず

 ・しかし、エンゲルスと異なり、弁証法の核心を「対立物の統一」(レーニン
  全集㊳ 327ページ)と規定

 ・さらに対立物の統一に対立物の調和的統一と排斥的統一があることを明らか
  にし、「合致、同一、均衡」(同327ページ)としての統一は一時的である
  のに対し、「対立物の闘争は、発展、運動が絶対的であるように、絶対的」
  (同)とする

● ヘーゲル哲学の本質を、マルクス、エンゲルスと異なり、唯物論的ととらえる

 ・当初、マルクス、エンゲルスのヘーゲル観の受け売りで「絶対的理念とは、
  観念論者ヘーゲルの神学的な作りもの」(レーニン全集⑭ 272ページ)とす
  る

 ・ヘーゲル『大論理学』の研究をつうじてヘーゲルの評価を変える

 ・「概念」を「真にあるもの」(レーニン全集㊳ 185ページ)、「理念」を
  「客観的に真なるもの」(同187ページ)ととらえることで、ヘーゲルの概
  念、理念の意義をほぼ正確にとらえる

 ・最後に「ヘーゲルのこのもっとも観念論的な著作のうちには、観念論がもっ
  ともすくなく、唯物論がもっとも多い。矛盾している、しかし事実だ!」
  (同203ページ)と評価

 ・レーニンの自己批判というべきもの

● 観念論の根拠

 ・「哲学的観念論は、認識の特徴、側面、限界の1つを、物質、自然から切り
  はなされた、神化された絶対者へと、一面的に、誇大に、過度に発達させた
  もの」(同330ページ)

 ・観念論の根拠を、1つは弁証法的思考ではなく形而上学的思考であり、もう
  1つは「物質、自然から切りはなされた」抽象化にあるとしたもの

 ・ブルジョアイデオロギーとしての観念論は、経験から出発する唯物論的認識
  論と接することで真理性を装うことができる

● 資本論の弁証法

 ・「マルクスは『論理学』をのこさなかったとはいえ、『資本論』の論理学を
  のこした」(同288ページ)

 ・「論理学、弁証法および認識論は、……同一のもの」(同)―ヘーゲル論理
  学は全体として認識論であり、客観世界の弁証法を反映した弁証法的認識論
  となっており、『資本論』も同様とするもの

 ・拙著『「資本論」の弁証法』は、このレーニンの指摘を受けて『資本論』を
  弁証法的に読み解くことで、その論理の展開を分かりやすくとらえようとし
  たもの


⑤ レーニン流「執権」論

●「執権」=ソビエト

 ・「執権」を、労働者階級の政党の主導性にもとづく人民主権の権力ととらえ
  るのではなく、特殊ロシア的「ソビエト」と同視

 ・ソビエトは工場のストライキ委員会から発展した統一戦線組織

 ・レーニン流「執権」は、普通選挙も民主共和制も人民主権も否定するカテゴ
  リーに

 ・「ブルジョア民主主義か、それともプロレタリアートの執権か」の二者択一
  として提起し、コミンテルンの基本方針として各国に押しつける
  ―いわゆる「ソ連型社会主義」の原型

 ・スターリンのもとで「執権」=ソビエト=共産党の一党支配=スターリンの
  個人専制に

● レーニン流「執権論」は、ソ連、東欧を「人民抑圧型の社会」に変え、崩壊さ
 せる遠因となった

 


3.新カント主義

● 新カント主義とは、19C後半から20C初頭のドイツに広がったブルジョア
 哲学

 ・「カントにかえれ」を合言葉に、客観世界を主観的意識の産物にすぎないと
  とらえる

 ・エンゲルスと親交のあったシュミットのマルクス主義批判に始まり、ベルン
  シュタインは、プロ執権の否定と階級闘争の緩和を主張し、第2インターを
  新カント主義に変質させる。第1次世界大戦を支持することで、第2イン
  ターと新カント主義は崩壊

 ・価値論と社会科学の法則否定論を柱として、マルクス主義批判を展開


① ランゲ(1828〜1875)

●「唯物論史」

 ・初期の新カント主義を代表する人物

 ・唯物論は自然界では正しいが、精神界では正しくない

 ・精神世界における価値は客観世界とは無関係な主観の産物

 ・哲学史上はじめて、事実と価値の対立を明確化し、以後の新カント主義の価
  値論の土台を築く

● 新カント主義の特徴

 ・カントが感性を受動的能力、悟性・理性を能動的能力ととらえたことをふま
  え、能動的能力の象徴としての価値意識をもっぱら主観の産物とするもの

 ・意識の創造性を一面的に強調することで観念論に

 ・事実の認識から価値の認識、存在の認識から当為の認識が生まれるという、
  ドイツ古典哲学の成果としての「思考と存在との同一性」を無視するもの

 ・事実と価値、存在と当為とは連続性と非連続性の統一の関係

 ・価値の根源には人間の変革能力があり、客観世界を変革の対象ととらえるこ
  とから価値意識が生まれる


② コーエン(1842〜1918)

● カント哲学をさらに観念論化

 ・一切の認識の根源は思惟にあり、時間、空間も思惟のカテゴリー

 ・思惟に媒介されてこそ、経験も確実なものになると主張し、経験のもつ唯物
  論的性格までも否定

● コーエンの思惟は個人の思惟ではなく、論理的な思惟としてのイデア

 ・社会主義をイデア社会ととらえる

 ・搾取と階級のない社会という唯物論的基盤から目をそむけ、空想的社会主義
  に逆戻りするもの


③ ヴィンデルバンド(1845〜1915)と
  リッケルト(1863〜1936)

● カント哲学を価値哲学としてとらえる

 ・『純粋理性批判』は、哲学がもはや世界の模写ではありえず、すべての思惟
  に価値と妥当の基準を与えることにあることを明らかにしたものと主張

 ・事実と価値の対立において、哲学上は価値のみに意義があるとする

 ・反覆する自然には法則が存在するが、1回限りの運動である社会には法則は
  存在せず、ただ価値の存否が問題となるのみ

● 自然科学でも法則のみならず価値が問題になると同時に、社会にも価値ととも
 に法則がある

 ・事実と価値は認識と実践の関係として切りはなしえない関係

 ・自然科学は法則性の探究と同時に、原水爆、遺伝子組み換え、クローン人間
  など、科学も価値観と切りはなしえないことを示している

 ・社会にも自然にも反復継続する現象をとらえる「構造法則」があると同時
  に、1回限りの現象における「発展法則」がある

 ・資本主義下の恐慌は構造法則であり、社会主義への移行は発展法則


④ ウェーバー(1864〜1920)

●「社会科学方法論」

 ・社会科学が科学であるためには、事実の真理の認識にとどまるべきであっ
  て、価値判断が混入してはならない(「没価値論」)

 ・したがって「為すべきこと」を教えることはできないが、「為しうること」
  の意義は教えられる

 ・ユートピアとしての「理念型」にてらして、「為しうること」の意義を判断
  することができる

 ・マルクス主義は「為すべきこと」を教えることで、事実と価値を混同するエ
  セ科学だとする

 ・『資本論』が解明した資本主義の運動法則と社会主義とは、ユートピアとし
  ての「理念型」にすぎず、現実に妥当するものではない

● ウェーバーの見解は新カント主義の到達点

 ・新カント主義は、ブルジョアジーのイデオロギーとして革命の哲学としての
  マルクス主義の史的唯物論や社会主義論を攻撃するところにその本質がある

 ・ウェーバーは経験科学の「没価値論」と社会科学の法則性の否定により、新
  カント主義の到達点を示すもの

 ・事実と価値、存在と当為は実践を媒介にして統一されており、人間から「当
  為の真理」、「価値の真理」を奪うことは、人間が人間として生きることを
  否定するに等しい

 ・ウェーバーの史的唯物論の否定は、人類に歴史があることを否定する非科学
  的見解

 ・マルクスの「社会主義」は「ユートピア社会主義」ではなく、「科学的社会
  主義」

 ・結局ウェーバーは社会を解釈の立場でしかみない観念論

 ・人間はより善く生きるために、価値と当為の真理を探究し続ける