『科学的社会主義の哲学史』より

 


あとがきにかえて

 本書は広島県労働者学習協議会主催の哲学講座「哲学史の総括としての科学的社会主義の哲学」(二〇一二年四月二八日から二〇一三年六月二二日)の十五回分の講義と、講師と受講生で組織された編集委員会での意見交換を土台に講義録に加筆・修正・整理を加え、「科学的社会主義の哲学史」に改題したものです。「高村是懿著 広島県労働者学習協議会編」との表記には、講師と受講生の「対立物の統一」として本書が生み出されたとの意味が込められています。
 「未知への挑戦」、そう銘打って始まった今回の講座ですが、講義と編集委員会での議論を通じて、まさにその名に相応しい内容のものに仕上がり、編集委員会としては「世界に一つの著作」だと自負しています。
 科学的社会主義の学説は「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的継承者であると同時に、歴史とともに進行する不断の進歩と発展を特徴としている」(日本共産党第一三回臨時大会)と規定されています。しかし、「その規定がどの程度正しいのか」の論証はこれまで誰も行ってきませんでした。そこで本講座では、科学的社会主義の根幹をなす哲学(弁証法的唯物論)において上記の規定の正しさを二千六百年の哲学史を学ぶなかで論証するという目的のもと開講されました。「未知への挑戦」と銘記する根拠は、本講座の目的そのものにあります。
 これまでも「哲学史」と名のつく著作は無数に存在しました。しかし、科学的社会主義の見地から哲学史をとらえた著作は皆無と言っても過言ではありません。本書の大きな特徴はヘーゲルの哲学史を土台に、哲学史を「認識の弁証法的発展の歴史」としてとらえると同時に、階級的観点にたって「哲学を社会の上部構造」としてとらえる見地が貫かれているところにあります。こうした見地を貫くことにより、これまでにない新たな色彩を帯びた「哲学史」を描き出すことができたと考えています。以下では「新たな色彩」を四点だけ紹介したいと思います。
 一つは、古代哲学の双璧であるプラトン、アリストテレスの哲学の弁証法的唯物論への継承・発展です。プラトンの「イデア論」がアリストテレスの「思惟の思惟」(理想と現実の統一)へ引き継がれ、それをヘーゲルが「概念」という独自のカテゴリーに仕上げて、それが弁証法的唯物論に継承されているとの見解は、まさに「高村哲学」の真骨頂を示すものでしょう。
 二つには、一般に「哲学の暗黒時代」と否定的にのみ評される中世哲学への評価です。本書ではスコラ哲学を「イデオロギーとしての哲学」の誕生として捉え、その階級性を告発すると同時にスコラ哲学内部での「対立物の闘争」を解明し、近代哲学への移行の必然性が捉えられています。
 三つには、近代哲学全体の最高の問題が「思考と存在との関係」であることを明確にしたうえで「唯物論と観念論」の「対立物の闘争」の歴史として近代哲学が描かれているところです。そのなかでも特にルソー、バブーフとブオナロッティが哲学史のなかに明確に位置づけられ、社会主義思想の源泉として捉えられたことは、科学的社会主義の見地を貫かなければ果たしえない功績だと思います。
 四つには、現代哲学がマルクス主義への対抗思想のなかで形成されてきた観念論の諸潮流であることが鮮明に描きだされていることです。そして、階級的観点を失った観念論哲学はすべて「解釈の立場」に立ち、「非真理の哲学」、「ブルジョア哲学」に成り下がることが解明されているところです。それは同時に科学的社会主義の哲学が、現代哲学の最高の到達点を示していることをも証明することになりました。
 以上、四点にわたって本書の特徴に対する私見を述べさせていただきましたが、読んでいただければお分かりのように、本書はすべての講義においてこれまでにない一歩踏み込んだ哲学的考察をおこなっていて、読み物としても面白く、またいくつもの新たな問題提起の書となっています。それだけに様々な御批判、御意見が出ることは当然です。ぜひとも広島県労学協にそうしたご意見をお寄せください。大いに議論しようではありませんか。
 本講座のおかげで二千六百年の哲学史の旅に出た私たちが、今こうして旅を終えて言えることは「真理の持つ力は永遠にして、無限」であり、「真理は必ず勝利する」ということです。科学的社会主義の学説は「人間解放の学説」です。そしてこの学説は二千六百年に及ぶ「人類の価値ある知識の発展的継承者」として現代において唯一つ「最も発展した、最も豊富な、最も深い哲学」だということが本講座を通じて見事に証明されました。それは同時に、この哲学を自らの生きる指針にすることこそが「最も人間らしい、最も価値ある、最も生きがいある人生」を歩む道であることをも証明したといえるでしょう。
 今、日本社会は大変深刻な状況にあります。人間同士が様々な対立を煽られては分断され、人間の本質である「共同社会性」は、資本と政府の手によりズタズタに切り刻まれています。そうしたなかで人間の本質と現象は対立し、その狭間で多くの国民の生体が悲鳴をあげているのです。十四年間自殺者三万人超がそのなによりの証拠です。
 しかし、どんなに支配階級が労働者・国民を支配し抑圧しようとも、人間の「真理への欲求」だけは絶対に抑えつけることはできません。そのことを二千六百年の哲学史は教えてくれます。アリストテレスは「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」といいましたが、それは今も変わらぬ真理なのです。
 本書が多くの労働者・国民の皆さんにとっての「明日への展望」を語る導きの糸となることを、編集委員一同心から願ってやみません。

二〇一三年 六月 二二日
  編集委員会を代表して
           宮中 翔

 

 

● 編集委員(アイウエオ順)
 権藤郁男・竹森鈴子・中井勝治・宮中翔・山根岩男・吉崎明夫・渡辺良忠