講義日 1997年1月6日

 

 

ヘーゲル論理学における唯物論と観念論

 

一、はじめに

 広島県労働者学習協議会では、一九九六年一二月から二度目の「ヘーゲル論理学ゼミナール」を開講した。
 私たちは、最初のヘーゲルゼミにあたり、今日ヘーゲルを学ぶ意義を、科学的社会主義の運動論を深めるために、世界の運動の諸法則を包括的に学ぶことに求めた。
 今回重ねてヘーゲルゼミを開講するに至ったのは、「この見地を引き継ぐとともに、ヘーゲルの『論理学』のなかに流れる社会変革のための実践の意義を強調しようと考えた」ためである。
 というのも、最初のゼミの総括として、「ヘーゲル哲学における『概念論』の意義」という小論(『唯物論と現代』第一八号掲載)をまとめ、ヘーゲルのいう「概念」とは、事物の「あるべき姿」を意味し、「概念論」は、「全体として客観的実在の合法則的発展とそれを実現する人間の実践の積極的役割を明らかにしたもの」との見解を示した。今回のゼミでは、この見地を深めてみたいと考えたのであるが、それは同時にヘーゲル哲学における観念論と唯物論との関係をどうとらえるか、という難問につきあたらざるをえないことも意味していた。
 ヘーゲル弁証法は、客観的観念論であり、「神秘的な外皮のなかに合理的な核心を発見するためには、それをひっくり返さなければならないのである」(マルクス『資本論』全集㉓a二三ページ)とされている。「彼には、彼の頭のなかの思想は、現実の事物や過程の多かれ少なかれ抽象的な模写とは考えられなかったのであって、逆に事物とその発展のほうが、すでに世界よりもまえにどこかに存在していた『理念』の現実化された模写にすぎないと、彼には思えたのであった。こうして、すべてのものが逆立ちさせられ、世界の現実の連関がすっかりあべこべにされてしまった」(エンゲルス『反デューリング論』全集⑳二三ページ)。
 カントからヘーゲルにいたるドイツ観念論哲学の主要なテーマは、絶対者をいかに規定するか、におかれた。ヘーゲルのエンチュクロペデーは、絶対者は概念であり、概念の完成態としての絶対的理念が自己展開し、外化して自然となり、さらに自己に還帰して精神となっていくという構成をもつ体系となっている。
 この体系をみる限り、ヘーゲル哲学が「逆立ち」していることは否定しがたいし、「逆立ち」の出発点となったカテゴリーが、「概念」ないし「絶対的理念」ということになる。
 したがって、「概念」を「あるべき姿」ととらえ、「概念論」を全体として実践による世界の合法則的発展とする唯物論的理解は、他方で「概念論」がヘーゲル哲学における観念論の出発点に位置していることをどのような関連において理解するのかの問題に直面せざるをえないのである。
 いまやヘーゲル論理学における唯物論と観念論とが、どのような関連において存在しているのかがヘーゲルの思考方法そのものに即して解明されねばならないし、ひいては、なぜヘーゲルが観念論者となったのか、その発生史を辿って、定有の必然性を明らかにしなければならないのである。
 そのことの解明なくして、今日われわれがヘーゲルを学ぶ意義も明確にはされないだろうと考える。

 

二、ヘーゲル哲学の認識論

 ヘーゲルが、ヘーゲル哲学の全体をつうじて、どのような方法により、何をめざしているのかについては、エンチュクロペディー全体の序文や、序論が参考になる。 
 まずヘーゲルは、エンチュクロペディー第二版への序文において、「私が私の哲学的努力のうちでこれまで目ざしてきたもの、そして今なお目ざしているものは、真理の学的認識である」(ヘーゲル『小論理学』㊤〈岩波書店〉二五ページ)と述べている。いうまでもなく唯物論の認識論は、客観的真理の存在とその認識可能性を承認するところにある。ヘーゲルの哲学の出発点が、かかる唯物論的認識論にあることを確認しておくことは重要である。
 では、哲学はどうやって真理を認識するに至るのか。それは対象を思惟によって考察し、感覚的認識を「思想やカテゴリーに、より正確に言えば概念に変える」(同六五ページ)ことによってである。
 したがって、哲学は、まず客観世界の法則性を思惟によって考察することからはじまる。この限りで、哲学と経験的諸科学とは同じ基盤の上に立つ。「哲学という名称は、経験的個別性の大洋のうちにある確かな基準および普遍的なものの認識、一見無秩序ともみえる無数の偶然事のうちにある必然的なものや法則の認識に従事」するあらゆる知識に与えられており、「現存するものの思想」をとらえるものに与えられる(同七一、七二ページ)。
 しかし、ヘーゲルにとって、経験的諸科学は所与の事実から出発するという点でも、把握する普遍、法則が外的・偶然的な諸事物相互の連関をも含むという点でも、必然性の形式を満足させないものでしかなく、哲学的思惟は、経験的諸科学と「共通な諸形式のほかになお独自の諸形式を持っており、そしてこの独自の諸形式の普遍的な形式は概念である」とする(同七五ページ)。
 したがって、ヘーゲル哲学と経験的諸科学の関連と区別は、次のごとくになる。
「前者は、後者の経験的な内容を無視せず、それを承認しかつ使用する。思弁的な学問(=ヘーゲル哲学)は経験的な諸科学のうちに見出される普遍的なもの、法則、類等々を承認して、それらを自己の内容のために役立てる。しかしさらにまた思弁的な学問は、経験的な諸科学からえた諸カテゴリーのうちへ他のカテゴリーをも導き入れかつ使用するのである」(同七五、七六ページ)。
 この独自のカテゴリーが、「概念」及び「概念論」の諸カテゴリーというわけである。論理学の第一部有論、第二部本質論のカテゴリーは、経験的諸科学のカテゴリーと共通なものであるが、「概念論」のカテゴリーこそ、ヘーゲル哲学独自のものであることになる。
 こうしてみてくると、ヘーゲルが、合理主義の立場にたって、客観世界の諸法則を探究するという、科学主義の立場、唯物論の立場から出発していることは明瞭である。「彼は全くの合理主義者」であって「ヘーゲルのかかる合理主義は、今日、生の哲学、非合理主義の哲学、無の哲学、その他あらゆる形の神秘的観念論の跋扈せる時代に当たって特に強調せらるべきものである」(見田石介著作集補完〈大月書店〉二五ページ)との指摘は、今日も尚有効なものといわねばならない。
 問題はその先にある。それではヘーゲル哲学の独自の形式としての「概念」は一体どのように理解さるべきものであろうか。
 哲学は、「その出発点としては経験、すなわち直接的および機能的意識を持っている。思惟は、経験に刺激されて、自然的意識、すなわち感性的および帰納的認識を越えて自己を自己自らの純粋な境地へ高め、かくしてまずその出発点から遠ざかりそれを否定するような関係をとるようになる。思惟はこのようにしてまず自己のうちに、すなわち経験的諸現象の普遍的本質をなす理念のうちに……満足を見出す」(ヘーゲル前掲書七九ページ)。
 すなわちヘーゲルにとって哲学とは、経験から生じた客観世界を反映する法則性の認識でありながら、同時にかかる客観世界の反映たる「認識を越えて」意識の「自己自らの純粋な境地」である「理念」にいたる認識である。ヘーゲルは、これを「意識における直接性と媒介性」(同八〇ページ)とよんでいる。つまり哲学は、客観世界に媒介されていると同時に媒介を否定する直接性たる認識である。
 したがって、「哲学はその発展を経験的諸科学に負いながらも、目前にあるもの及び経験された事実をそのままに是認するのではなく、諸科学の内容に思惟の自由(先天的なもの)という最も本質的な姿と必然性の保証とを与え、事実をして思惟の本源的な、かつ完全に独立的な活動の表現および模倣たらしめるのである」(同八二ページ)。
 どうやら「思惟の自由」が、ヘーゲルの唯物論と観念論を区別するキーワードになるようである。

 

三、「必然から自由へ、現実から概念へ」

 以上により、概念論の全体とりわけ概念の本性一般を、どのように理解すべきものであるかが、ヘーゲル哲学の本質を理解する鍵となることが予測された。
 ヘーゲルは有論、本質論を客観的論理学と位置づけているのに対して、概念論を主観的論理学と位置づけている。
 では、客観的論理学と主観的論理学は、どのような関連におかれているのか。
 概念は、有と本質とが「その中で没落するとともに保存されている同一性として、両者の基礎であり、真理である。概念は両者の成果であるから、両者は概念のなかに保存されているが、しかし両者はもはや有として保存されているのでもなければ、また本質として保存されているのでもない」(ヘーゲル『大論理学』〈岩波書店〉㊦六ページ)。
 ここにきて、先にヘーゲルが「意識における直接性と媒介性」とよんでいたものが、「概念」を意味していたことがはっきりする。「概念」は、客観世界のカテゴリーとしての有論、本質論が意識に反映したものという意味では、客観世界に媒介された存在であるが、同時に、意識の創造性の産物、つまり「思惟の自由」の産物として、客観世界に媒介されない直接的存在なのである。ヘーゲルは、意識が客観世界を反映すると同時に、客観世界を変革する創造性、能動性をもっていることを強調するために、「概念」というカテゴリーを必要とし、また客観から区別された意識の独自の働きを問題としているところから、「概念論」を主観的論理学として位置づけたのである。「概念が有および本質の真理である」というのは、客観世界が不断に運動、変化、発展するものであることによって、現にある客観世界(有および本質)は、永遠、普遍の真理ではなくて、単なる一時的な仮象にすぎず、客観世界を合法則的に変化、発展させる人間の認識と実践にこそ、真理があることを意味している。 ドイツ観念論における絶対者の探求は、有限者(有限な客観世界)のなかに絶対的真理を見出しうるかを問い続けるものであった。
 ヘーゲルにとって、カント、フィヒテ、シェリングの絶対者観は、絶対者と有限者とを対立してとらえるという点で納得できないものだった。
 「ヘーゲルの考える絶対者とは決して有限者に対立するものではない。それは有限者の彼岸に存するものでもなく、また有限者の根底に自己同一的に存するものでもない。むしろそれは有限者を自己のうちに包みこんだものである。有限者の変化をつうじて絶対者は自己を実現してゆくのである。したがって絶対者は有限者を離れては存しえないのであり、有限者は絶対者の本質的な契機となるのである」(岩崎武雄「ヘーゲルの生涯と思想」『世界の名著・ヘーゲル』〈中央公論社〉三四ページ)。
 すなわち、ヘーゲルにとって、絶対者とは有限者のなかから生みだされるものでありながら、有限者を越える無限者であり、有限者と無限者の統一であった。したがって絶対者は有限者に媒介されると同時に媒介されない直接性である。ヘーゲルは、かかる意味で、絶対者を「概念」、最終的には「絶対的理念」としてとらえたのである。
 では、ヘーゲルのいう絶対者とは一体何なのか。存在論的にいうならば、絶対者とは「神」であるが、認識論的には、「絶対的真理」である。ヘーゲルが、哲学の目ざしているものを、「真理の学的認識」としつつ、論理学の主要なテーマを、「絶対者とは何であるか」の探求においているのも、絶対者を「絶対的真理」と理解してのものに他ならない。ヘーゲルが「哲学の歴史は、思想の対象である絶対者にかんするさまざまの思想の発見の歴史である」(ヘーゲル『小論理学』㊤三六ページ)といっていることにも、それが示されている。 
 ここにヘーゲルの観念論と唯物論という矛盾する世界観が混在する鍵がある。「一般に論理的諸規定全般は、絶対者の諸定義」(同二五九ページ)とされているから、絶対者が「神」を意味するものとする限り、論理学全体は、観念論の体系とならざるをえなくなる。これに対し絶対者を「絶対的真理」と理解するならば、論理学全体は、唯物論的認識論の体系となる。ヘーゲルの場合、この二つの顔をもった絶対者が、様々の段階における論理的諸規定において、時々にその顔をかえながら登場するのである。
この二つ顔のもつ矛盾がとりわけ顕在化するのが、「概念論」である。ここにおいて「神」の別名としての「絶対的理念」が誕生し、ヘーゲル哲学体系全体の創造主となるからである。
 しかし、エンゲルスが指摘するように、ヘーゲルの「体系」は、「無理なこしらえもの」に過ぎず、「こうしたこしらえものは、彼の仕事のわくであり足場であるにすぎない。むだにここに足をとめず、もっと深くこの巨大な建物のなかにはいりこんいってみると、そこには今日でもなお完全にねうちのある無数の宝がある」(エンゲルス『フォイエルバッハ論』全集㉑二七四ページ)。
 「絶対的理念」を、体系の創造者とみるのではなく、「絶対的真理」とみるならば、「概念論」のなかにおける神秘的なものは、皆無に近いといってよいのではないだろうか。レーニンは「哲学ノート」における「ヘーゲルの著書《論理学》の適用」のなかで、全体の叙述の半分以上を概念論にあて、「概念論」を次のように評価している。
 「注目すべきは〝絶対的理念〟にかんする章全体が神についてほとんど一語も述べていないということである。……そのうえ ── この点を注意せよ ── この章全体とくに観念論を含んでいるということはほとんどなく、弁証法的方法をその主要な対象としている。……ヘーゲルのこのもっとも観念論的な著作のうちには、観念論がもっともすくなく、唯物論がもっとも多い。〝矛盾している〟しかし事実だ」(レーニン『哲学ノート』全集㊳二〇三ページ)。
 ヘーゲルにとっても、「概念論」は、主要には客観世界の合法則的発展をめざす認識と実践による絶対的真理への無限の接近を意味しているのである。
 このような理解を裏付けるのが、本質論から概念論への移行における「必然の真理は自由であり、実体の真理は概念」(ヘーゲル『小論理学』㊦一一五ページ)であるとか、「必然から自由への、あるいは現実から概念への移りゆき」(同一一八ページ)とかの表現である。この表現は、「空想から科学へ」の有名な「必然の国から自由の国への人類の飛躍」を思い出させずにはおかない。
 エンゲルスは、人間がこれまで支配してきた自然的・社会的法則を認識し、それを「人間の支配と統制に服」せしめ、人間が自然や社会の「意識的な、ほんとうの主人となる」ことをもって、「必然の国から自由の国への飛躍」とよんでいるのであるが、エンゲルスが、かかる表現をヘーゲル論理学から学びとったことは間違いない。「ヘーゲルは、自由と必然性の関係をはじめて正しく述べた人である。彼にとっては、自由とは必然性の洞察である。『必然性が盲目なのは、それが理解されないかぎりにおいてのみである』」(エンゲルス『反デューリング論』全集⑳一一八ページ)として、小論理学一四七節補遺を引用していることからも、それは明白である(松村訳では「必然は盲目であるとよく言われている。そして、必然の過程のうちにはまだ目的が顕在していないかぎり、それは正しい」)。
 ヘーゲルにとって客観的論理学は、「必然の国」であるのに対して、主観的論理学は、「自由の国」である。客観世界の法則性を認識するにとどまらず、法則性を自在に支配して、客観世界を合法則的に発展させることにおいて、人間は自由となるのである。
 エンゲルスは「自由は、夢想のうちで自然法則から独立する点にあるのではなく、これらの法則を認識すること、そしてそれによって、これらの法則を特定の目的のために計画的に作用させる可能性を得ることにある」(同 同ページ)とのべているが、ヘーゲルも同様に自然と社会の合法則的発展をはかる認識と実践を「自由」とよんでいるのである。
 このように考えるならば、ヘーゲルの概念論に二つの顔があるとしても、主要な顔は、その唯物論的側面にあり、観念論的側面は、単にヘーゲルの哲学体系の枠組みをなすに過ぎないといっても良いものと思う。
 ヘーゲル哲学の根本的な考え方を述べたものとされる「精神現象学」の「序論」において、ヘーゲルは、自己の哲学を「真なるものを、実体としてばかりでなく、まさに主体として把捉し表現すること、これである」(『世界の名著・ヘーゲル』一〇一ページ)と評している。右命題は、真なるもの、すなわち絶対者とは何かに対するヘーゲルの回答であり、ヘーゲルは、絶対者、つまり絶対的真理は、客観世界そのものたる「実体」にではなく、人間の主体的活動による客観世界の変革をつうじて実現されることを強調したかったものと思われる。
 それは、「概念は自分を実現しようとする衝動である。或いは、概念は客観的世界の中で自分自身によって自分に客観性を与えようとし、自分を実現しようとする目的である」(ヘーゲル『大論理学』㊦〈岩波書店〉三四七ページ)として、絶対者たる概念を、合法則的実践をめざす主体的活動の「衝動」としてとらえていることからも知ることができるのである。

 

四、ヘーゲルにおける「理想」と「現実」

 ヘーゲル哲学の「真の意義と革命的性格」を論ずるにあたり、エンゲルスは『フォイエルバッハ論』において、有名なヘーゲルの『法の哲学』の序文から、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」との命題を引用している。ヘーゲル哲学の本質を評価するにあたって、エンゲルスはなぜこの哲学的命題を引用したのであろうか。
 それは、エンゲルスがこの命題のなかに、理性(理想)と現実との正しい関係を見出したからではないかと思われる。
 ヘーゲルは、チュービンゲン時代に、フランス革命に熱狂して「自由の樹」を植え、その下を革命歌を高唱しながら踊りまわったといわれる。
 フランス革命は、一八世紀のフランスの偉大な啓蒙思想の直接的産物であった。エンゲルスは、『空想から科学へ』の冒頭で、ヘーゲルの歴史哲学における次の文章を引用しながら、「それは、ヘーゲルが言っているように、世界が逆立ちさせられた(世界の上に思想をではなく、思想の上に世界をおいた)時代であった」(エンゲルス『空想から科学へ』全集⑲一八六ページ)とのべている。
 「太陽が蒼空に位し、星辰がこれを巡って運行するようになって以来幾久しいが、人間の頭の上に、すなわち思想の上に立ち、思想に基づいて現実界を築きあげるようになろうとは、全くわれわれの夢想だにしないところであった。アナクサゴラスは、ヌース(理性)が世界を支配するということを主張した最初の人であった。しかし、人間はここにはじめて、思想が精神的現実界を支配すべきものだということを認識する段階にまでも達したのである。その意味で、これは輝かしい日の出であった。思惟を持つかぎりのすべての者は共にこの新世紀を祝った」(ヘーゲル『歴史哲学』㊦〈岩波書店〉三一一ページ)。しかし、理性国家は、完全に砕けちった。「要するに、啓蒙思想家たちのすばらしい約束と比較して、『理性の勝利』によって打ち立てられた社会的・政治的制度は人々を激しく幻滅させる風刺画であることが分った」(エンゲルス『空想から科学へ』全集⑲一九〇ページ)。
ヘーゲルは、フランス革命をつうじて、実在的土台を持たない空想的な啓蒙思想によっては社会変革できないことを学んだのであり、啓蒙思想の批判の上にたって、ヘーゲルは自己の哲学を確立しようとする。
 「フランス革命は哲学が元になったと言われ、また哲学が世界智(良識)と呼ばれたが、そういうことも言えなくはない。というのは、哲学は純粋本質性の学という意味で真理そのものであるにとどまらず、またそれは現実界の中に溌剌として生きている真理でもあるからである。それ故に、革命が哲学からその最初の刺激を受けたと言われるとき、それは拒み得ない。しかしこの場合、この哲学は単に抽象的な思惟にすぎなかったのであって、絶対的真理の具体的な把握ではなかった。このことは非常に大きな相違なのである」(ヘーゲル『歴史哲学』㊦〈岩波書店〉三一〇ページ)。
 抽象的な啓蒙思想から、「絶対的真理の具体的な把握」に前進するには、歴史に学ぶ必要があった。啓蒙思想は、頭の中で理性的と考えた思想を、そのまま客観世界に現実化しうると考えたのであるが、それは、歴史をつらぬく法則性と無関係な抽象的思想でしかなかったのである。
 フランクフルト時代の終わり頃になると、ヘーゲルはおぼろげながらも、歴史には法則性があることを認識するに至る。 
 「哲学が提供する唯一の思想は、理性が世界を支配するということ、したがって世界史においてもまた一切は理性的に行われてきたという、単純な理性の思想である。……理性は実体である。すなわち、理性はすべての現実の存在と存立との根拠であり、地盤である。 ── つまり理性は無限の力である。というのは、理性はその根拠や地盤を単に理想や当為として立てたり、現実の外の何処かで、誰れかの人間の頭の中で何か特殊なものとして存在しているにすぎないというほどに無力なものではないからである」(ヘーゲル『歴史哲学』㊤〈岩波書店〉三一、三二ページ)。
 エンゲルスは、ヘーゲルが歴史を支配する客観的な法則性の存在を指摘したことを、ヘーゲルの「画期的な功績」と評価した。
 「ヘーゲルの体系ではじめて、……自然的・歴史的・精神的世界の全体が一つの過程として、すなわち、不断の運動、変化、転形、発展のうちにあるものとして示され、またこの運動や発展の内的な連関を明らかにする試みがなされた。この観点からすれば、人類の歴史は、もはや無意味な暴力行為……の乱雑なもつれあいとは見えなくなって、人類そのものの発展過程として現れてきた。そして、この発展過程が、……あらゆる外見上の偶然性をとおしてつらぬいているこの過程の内的な法則性を明らかにすることが、今や思考の課題となった。
 ヘーゲルがこの課題を解決しなかったということは、この場合どうでもよいことである。彼の画期的な功績は、この課題を提起したことであった」(エンゲルス『反デューリング論』全集⑳二三ページ)。
 ヘーゲルが、「歴史哲学」において、歴史の法則を、絶対者が、自己の本質である自由を次第に実現していく過程とみた限りでは、ヘーゲルが、歴史の発展法則の発見という「課題を解決しなかった」というエンゲルスの指摘には正しいものがある。
 しかし、ヘーゲルの功績が、歴史における発展法則の「存在」を指摘したのにとどまるのかと言えば、問題をヘーゲルの「歴史哲学」の範囲内に限定すれば正しいとしても、「論理学」をも視野に入れると、そう言いきるには問題があるといってよい。
 何故なら、ヘーゲルは、世界を逆立ちにとらえた啓蒙思想家たちと違って、歴史の現実の中から、その発展法則をとらえようとした点で、唯物論的な歴史観を持っていたからである。
 現実から切りはなされた空想の産物たる思想は、無力であるが、現実の中から、その法則性を認識することによって生まれた理想は、現実の自然や社会を変革する力を持つのであり、これをヘーゲルは、論理学の概念論において「理念」とよんだ。
 ヘーゲルは、「理念と現実という二つの規定をとらえて、その区別を動かすことのできない対立にまで高め」るような「考え方を学問及び健全な理性の名において決定的にしりぞけなければならない」とし、「理念は決してわれわれの頭脳のうちにのみあるものでもなく、またわれわれが勝手に実現したり、しなかったりできるような無力なものではなく、絶対的に活動的なものであり、現実的なものである」(『小論理学』㊦八三ページ)とのべている。
 エンゲルスは、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」とする先の命題の意味を「これこそ明らかに、すべて現存するものは神聖だとする宣言」と解する連中を嘲笑し、ヘーゲルの意を汲んで「理性的なものは現実的である」とする命題は、「人間の頭脳のなかで合理的であるものは、どんなに現存する見かけだけの現実性と矛盾していようと、すべて現実になるように定められている」という意味であり、「現実的なものは理性的である」との命題は、「現存するものはすべて滅亡にあたいする」ことを意味しているものととらえた。
 そして、この命題をつうじて、「ヘーゲル哲学の真の意義と革命的性格とは、この哲学が人間の思考と行為とのすべての結果の究極性にたいし一挙にとどめをさしたという、まさにこの点にある」(エンゲルス『フォイエルバッハ論』全集㉑二七一ページ)と喝破したのである。
 ヘーゲルは、理想と現実とを対立物の統一においてとらえた最初の人であり、自然と社会の合法則的発展を哲学的に解明した最初の人であった、といってよい。

 

五、ヘーゲルの発展観

 これに対し、ヘーゲルの発展観を、「みんな萌芽からの発展」であり、「否定面が欠け」ると批判する見解がある(見田石介『ヘーゲル大論理学研究』①一五ページ)。この見解は「概念」を特殊や個別の契機を内包する具体的普遍ととらえ、概念論は、かかる具体的普遍たる有機体(有機的統一体)とその発展を論じたものとする見解と結びついている。概念を有機的統一体と解することには疑問を感じるものであるが、問題は、概念のかかる解釈が、ヘーゲルの発展観を「萌芽からの発展」と解することにひきずられて生じた誤った理解ではないかと思われることにある。
 もともとヘーゲルにとって、「概念」と「発展」は不可分のカテゴリーであり、「概念」の展開が「発展」としてとらえているのであるが、重要なことはヘーゲルが「自然」の発展と「精神」の発展とを区別して考えていることである。
「発展の原理はもう一歩進んだ面、すなわち根底に内的規定、即自的にある前提があって、それが展開して現実の存在になるという意味を含んでいる。……この有機的自然の発展は直接的な、対立のなく、疎外のない形で行われる。概念と概念の実現との間、潜在的にある萌芽の本性と、この本性に対するその現実存在の適応過程との間は、決して中断されることがない。ところが精神の場合は違う。精神の規定の実現過程は意識と意志によって媒介される」(ヘーゲル『歴史哲学』㊤九〇ページ)。
 同様の記述は、「哲学史」にもある。ヘーゲルは、ここでも「発展」を「即自的なものの実在への進展」ととらえ、植物や動物における萌芽からの発展をのべたうえで、次のように言う。
 「ところが精神においては、ちがう。精神は意識である。……それ故に精神の発展は、精神の出発と精神の開示(自己分析)とが同時に精神の自己還帰であるというところに、その特性を持つのである」(ヘーゲル『哲学史』㊤〈岩波書店〉五一ページ)。
 ヘーゲルがいう「有機的自然の発展」と「精神の発展」の区別は、より性格に表現すれば、人間の意識と実践に媒介されない発展と、媒介された発展として区別さるべきものであろう。
 論理学においても、ヘーゲルは概念の発展の二つの形態を区別した。一つは、有機体の萌芽からの発展であり、「理念」のうちの「生命」がそれである。もう一つは、意識と実践に媒介された自然や社会の発展であり、「理念」のうちの「認識」がそれである。
 いずれも即自的な「あるべき姿」が、「あるべき姿」として対自化することを意味しているが、前者は種子から発芽するような調和的発展であるから、「否定面に欠ける」といってもよいが、後者は、客観世界を否定して、「あるべき姿」に変革する発展であるから、弁証法のもつ否定性が強調された否定的発展といってよい。
 ヘーゲルは、「精神」の発展に関し、「精神は自分自身の中において自分に対立することになる。そこで、精神は自分自身を真に自分自身に敵対する障害として克服しなければならない。自然にあっては平穏な生産の形をとった発展も、精神においては自分自身にたいする仮借のない無限の闘争である」(『歴史哲学』㊤九一ページ)とのべている。客観世界の中から、「あるべき姿」を認識し、実践をつうじてそれを客観世界に顕在化させ、客観世界を変革する「精神」の発展は、意識における「あるべき姿」と、現実の「あるべき姿」との「仮借のない無限の闘争」なのであり、決して「平穏な」調和的発展ではないのである。
 小論理学において、ヘーゲルが萌芽からの発展を論じているのは事実であるが、「発展は、すでに潜在していたものを顕在させるにすぎない」としたうえで、「自然においては、概念の段階に相当するものは、有機的生命である」(『小論理学』㊦一二四ページ)として、わざわざ「自然においては」という限定をつけているのは、意識と実践の介在する場合は、同様に解しえないからに他ならない。
 このようにヘーゲルの発展観を、二つに区別してとらえるならば、概念を有機的統一体として理解する必然性も自ずから消滅してしまう。
 ヘーゲルのいう「概念」が、形式論理学でいう「概念」と意味内容が違うのになぜ同じ名称で呼ぶのか、と自問し、ヘーゲルは、次のように回答して、「概念」の意味を具体例で示している。
 「形式論理学で言う概念と思弁的論理学で言う概念との距たりがどんなに大きかろうと、もっとよく吟味してみれば、一般の用語に縁のないものではないのである。われわれは或る内容を概念から導きだすと言う。例えば、財産に関する諸法律を財産という概念から導きだすと言い、また逆にそうした内容を概念に還元すると言う」(同一二三ページ)。
 ここにいう「財産という概念」が、「財産のあるべき姿」を示していることは、疑問の余地がない。ヘーゲルのいう「概念」は、形式論理学でいう「事物の本質的な性質を表現した思考の形式としての概念」と共通点があるから、同じ名称を使用しても問題ないといっているのであるが、仮に概念を有機的統一体として理解するならば、いかなる意味でも形式論理学の「概念」とは共通性を持ちえないのではないだろうか。
 ヘーゲルの概念論は、プラトン、アリストテレスのイデア論を発展させたものであり、「絶対的理念(イデア)」という用語にもそれが示されている。プラトンは、最高のイデアを「善のイデア」とよんだが、ヘーゲルが「善」の実現を「絶対的理念」とよんでいることもそのあらわれである。ヘーゲルは、「理念(イデア)」をプラトンのように客観世界の彼岸にではなく、認識と実践の交互作用のなかで、それ自身過程として実現されていくものととらえている。ヘーゲルは、かかる意味の「あるべき姿」を概念としてとらえ、その概念の完成した姿を「絶対的理念」とよんだのである。
 ヘーゲルはその当否はともかくとして、単なる正しさと真理とを区別している。「真理と言えば、人はまず第一に、或るものがどういう風にあるかを知ることだと思っている。しかしこれは単に意識との関係における真理にすぎず、言いかえれば形式的な真理、単なる正しさにすぎない。より深い意味における真理は、しかし、客観が概念と同一であることである。例えば真の国家、真の芸術作品と言われる場合、そこで問題になっているのは、こうしたより深い意味の真理である。それらは、それらがあるべきものである場合、すなわち、それらの実在がそれらの概念に一致している場合、真である」(同二一〇ページ)。
 概念は「あるべき姿」であり、或るものの定有が概念に一致する場合を、ヘーゲルは真理とよんでいるのである。
 われわれは、ソ連や東欧は、社会主義国家ではなかったと判断するが、これは、社会主義の概念とソ連、東欧の国家という定有との不一致を問題とする判断であり、これがヘーゲルのいう「概念の判断」である。
 見田氏にも、概念をかかる意味でとらえている例がある。すなわち「カントの百ターレルの問題」に関し、ヘーゲルの「有限的な物においては概念と有(存在)とが異なるものであり、……したがって有限的な物は生滅変化をまぬがれないものであるという点にこそ、有限的な物の定義がある」との部分を取り上げ、「概念と定有とが不一致だから、有限なものは生滅変化もまぬがれない。この考えはマルクスもとりいれています」として、、資本論から「貨幣の定在様式はその概念に適合したものになる」という部分を引用しているのである(見田前掲書六五ページ)。
 ヘーゲルにとって「概念」の展開が「発展」である。つまり「あるべき姿」という主観的概念が。顕在化・客観化して「あるべき姿」という客観的概念となったことをもって、主観的概念と客観的概念の統一たる「理念」となる。それは自然にあっては、生命体の萌芽からの発展であり、社会にあっては、「あるべき姿」の認識と実践による客観世界の合法則的発展である。
 また「あるべき姿」は、それが「現にある姿」に発展する必然性を持っているという意味で普遍的であり、客観化によって特殊化するから、特殊や個別の契機を内包している具体的普遍である。具体的普遍は、生命体に特有な形態ではなく、認識の実践による客観化という形態をも有しているのである。

 

六、ヘーゲルにおける唯物論と観念論

 ヘーゲル哲学のもつ矛盾をいち早く指摘し、ヘーゲルの死後、その矛盾が顕在化してヘーゲル左派とヘーゲル右派とに分裂せざるをえない必然性を指摘したのは、エンゲルスであった。
 「ヘーゲルの体系に重点をおいた者は、この二つの分野でかなり保守的であることができた。弁証法的方法を主要な者と見た者は、宗教上でも政治上でも極端な反対派にはいることができた」(エンゲルス『フォイエルバッハ論』二七五ページ)。
 おそらくこの指摘は、「ヘーゲルの観念論に重点をおいた者」と「ヘーゲルの唯物論を重要なものと見た者」に置き換えても、そのまま妥当するものといってよいだろう。
 ヘーゲルは、理性に対する限りない信頼をおき、意識のもつ客観世界の反映的機能を当然としながらも、意識の能動性、創造性にこそ、人間の本質があり、そこに人間と自然との分岐を見た。
 本来「真理の国こそ哲学の故国」であったのだから、ヘーゲルにとって、哲学の目的は意識の創造性により、絶対的真理を無限に探求していく過程にとどめられるべきものであった。
 ただ、この意識の創造性を余りに度はずれに誇張したために、本来絶対的真理の認識にとどまるべき「絶対的理念」が一面では神と同義になり、ヘーゲル哲学の体系の創造者となってしまった。
 その意味でヘーゲルは、客観的観念論者との批判を甘受しなけらばならない。「弁証法的唯物論の見地からすれば、哲学的観念論は、認識の特徴、側面、限界の一つを物質、自然から切り離された、神化された絶対者へと、一面的に誇大に、過度に発達させたものである。観念論は坊主主義である。そのとおりだ。しかし、哲学的観念論は……人間の無限に複雑な(弁証法的な)認識の色合いの一つをとおって坊主主義にいたる道なのだ」(レーニン『哲学ノート』全集㊳三三〇ページ)。
 ヘーゲルの観念論は、唯物論的認識論を度はずれに誇張した観念論である。それは、客観的真理への無限の接近を求めるものではあっても、客観的真理の存在や、それに接近する認識の発展を否定するものではない。その意味から、ヘーゲルの観念論は真理を否定する今はやりの非合理主義や非科学主義の観念論とは区別されねばならないのである。
 その観念論的体系と、それに関連する一つのカテゴリーから次のカテゴリーへの移行時の無理なこじつけを除けば、ヘーゲル論理学は全体として合理主義と科学主義の立場にたった唯物論的な認識論につらぬかれているのであって、今日われわれがヘーゲルを学ぶ意義もそこにあるといってよい。

一九九七年 一月 六日