2016年月日 講義

 

 

第5講 「千丈の堤も蟻の一穴より」

 

1.「千丈の堤も蟻の一穴より」

●「千丈の堤も蟻の一穴より」

 ・ささいなことから、大事にいたってしまうことのたとえ

 ・通常ならば長い堤に蟻のあけた小さな穴は、すぐに流れ込んできた土砂が
  埋めてしまい3000メートルの長い堤を壊すことはない

 ・しかし、蟻のあけた穴が堤の中の一番弱い箇所だとすると、それがきっか
  けとなって堤の全体を崩すことにもなる

 ・事物を変革しようと思えば、その事物の存亡にかかわるその事物の本質的
  な対立・矛盾をとらえなければならない

 ・「頂門の一針」―急所を鋭くつく厳しい戒めのこと

●「蟻の一穴」としての生産力と生産関係の対立・矛盾(実例⑥)

 ・社会発展の本質的な対立・矛盾が生産力と生産関係の矛盾

 ・「乾坤一擲(けんこんいつてき)」──天下をとるか失うか、のるかそる
  かの勝負をかけること

 ・社会とは人間が共同して生産し、生活する場

 ・人間は生活のために、衣食住をはじめとする生活諸手段の生産が必要

 ・生産労働には、複数の人間が協力して自然を改良していくことが必要であ
  り、したがって人間対人間の側面と人間対自然の側面という2つの側面が
  必要となる

 ・生産労働における人間対人間の関係が「生産関係」とよばれ、人間対自然
  の関係が「生産力」とよばれる

 ・生産力と生産関係とは、人間社会を存立させるうえで本質的な対立・矛盾
  である──これ以上に本質的な対立・矛盾は存在しない

 ・その社会が誕生したとき、その社会は生産力に対応した生産関係をもって
  いる──生産力が生産関係を規定する

 ・しかし次第に生産力が発展してくると、これまでの生産関係は生産力の発
  展にとって「桎梏に一変」(全集⑬ 6ページ)し、生産力と生産関係は調
  和的対立から矛盾に転化する

 ・そのとき「社会革命の時期が始ま」(同)り、「経済的基礎の変化ととも
  に、巨大な上部構造全体」(同 7ページ)がくつがえる

 ・つまり生産力と生産関係の矛盾が、社会における「蟻の一穴」であり、こ
  の矛盾が社会発展の原動力となっている

 ・エンゲルスは『空想から科学へ』において、生産力と生産関係の矛盾を、
  資本主義のもとでは「社会的生産と資本主義的取得」(全集⑲ 210ページ)
  としてとらえた

 ・マルクスは『空想から科学へ』を「科学的社会主義の入門書」(同 183ペ
  ージ)として紹介している

 ・エンゲルスの規定は、資本主義の生産力を「社会的生産」、資本主義の生
  産関係を「資本主義的取得」としてとらえたものであり、生産力と生産関
  係の矛盾を資本主義的に表現したもの

 

2.現代日本資本主義の生産力と
  生産関係の対立・矛盾(実例⑦)

● 現代日本資本主義はカジノ資本主義

 ・資本主義とは、商品を生産・販売することによって利潤(剰余価値)を取
  得する「モノづくり資本主義」

 ・資本主義の発展は、不変資本の比重を増やし、可変資本の割合を減少する
  ことで「一般的利潤率の傾向的低下の法則」(『資本論』⑨ 361ページ)
  をもたらす

 ・利潤率の低下は「資本の過多」と労働者人口の増大をもたらし、「モノづ
  くり資本主義」から「マネー・ゲームのカジノ資本主義」に

 ・カジノ資本主義とは、新たな利潤を生みだすことのないゼロサム・ゲーム

● カジノ資本主義は、現代の生産力と生産関係の矛盾

 ・21世紀の資本主義は資本も労働力も過剰なのに、利潤第一主義のもとで両
  者を結合して利潤を生みだすことができずに、ゼロ成長、マイナス成長の
  時代に突入している

 ・「いがぐりも中から割れる」

 ・カジノ資本主義のもとで、資本主義的搾取に加え、マネー・ゲームによる
  収奪によって貧富の格差は天文学的に拡大

 ・カジノ資本主義は、資本主義的生産関係が生産力の「桎梏に一変」した社
  会主義的変革の時期への突入を意味している

 

3.戦前日本の「蟻の一穴」(実例⑧)

● 自由民権運動の発展的継承としての日本共産党

 ・日本共産党は、自由民権運動の発展として、自由と民主主義の擁護・発展
  を旗印として誕生(第3講)

 ・最初の綱領的文書である「27年テーゼ」は、天皇制の廃止、土地改革など
  を主な内容とする民主主義革命をつうじて、自由と民主主義の全面開花す
  る社会主義革命という二段階革命を提示

● 民主主義革命と社会主義革命の対立・矛盾

 ・これに対し、コミンテルンは、レーニンの「ブルジョア民主主義かプロレ
  タリアート執権か」の二者択一を求める路線のもとに、「31年テーゼ」を
  発表し、民主主義革命抜きの社会主義革命を日本に押しつけようとした

 ・日本共産党は、これまでの「講座派」による「労農派」とのたたかいをふ
  まえ、これに抗し、ついに「31年テーゼ」を撤回させる

 ・「講座派」は、「27年テーゼ」を支持したのに対し、「労農派」は絶対主
  義的天皇制とのたたかいという民主主義的課題を軽視し、社会主義革命を
  強調

 ・こうして「27年テーゼ」を発展させた「32年テーゼ」が誕生し、当面の革
  命の第一の任務を天皇制打倒の民主主義革命と位置づけた

 ・これにより日本共産党は、大政翼賛の他の政党とは異なり、自由と民主主
  義を抑圧し、戦争政策を推し進めた絶対主義的天皇制と対決してたたかい
  ぬくことで、戦後歴史的権威を打ちたてることができた

 

4.戦後日本の「蟻の一穴」(実例⑨)

● 戦前権力の崩壊と戦後権力の確立

 ・戦前の日本は、絶対主義的天皇制のもとで、半封建的地主制度と独占資本
  主義が権力を掌握

 ・戦後の日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約と安保条約のもとで、
  絶対主義的天皇制は象徴天皇制となり、半封建的地主制度は農地改革によ
  り解体、独占資本主義は一時解体するも、その後復活

 ・こうして戦後日本は、対米従属と大企業・財界の支配と国民との対立・矛
  盾として展開することになる

● 戦後日本の民主主義革命と社会主義革命の統一

 ・1961年反帝・反独占の民主主義革命をつうじて社会主義革命という二段階
  革命論の綱領採択

 ・「3人寄れば文殊の知恵」

 ・これは1960年「81ヵ国共産党・労働者党代表者会議」で、イタリア、フ
  ランス両党との論争をつうじて、発達した資本主義国での民主主義革命と
  いう戦略方針をかちとったことの成果

 ・ヨーロッパの諸党は、ソ連・東欧の崩壊により、ソ連に追随した社会主義
  革命一本槍の方針に混迷を深め、今日に至っている

 ・2004年の新綱領では、日本独占資本主義と対米従属の勢力から、日本国民
  の利益を代表する勢力に国の権力を移すことが民主主義的変革の課題であ
  ることを明記し、民主的改革の内容を具体的に示すことで、日本の変革の
  展望を示す

 ・社会主義・共産主義の日本では、自由と民主主義をはじめとし、民主主義
  革命が生みだした価値あるすべてが社会主義日本に引きつがれることにな
  る

 ・日本共産党は、自由と民主主義の全面開花こそ社会主義との位置づけから、
  そこに至る第一歩として民主主義革命を重視し、それを当面の「蟻の一穴」
  と位置づけたところから、ソ連・東欧の崩壊による「社会主義崩壊論」の
  大合唱のなかでも、ぶれることなく今日的到達点を築くことができた

 

5.個人の尊厳と人間の尊厳の統一(実例⑩)

●「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」

 ・燕雀とは、つばめやすずめ、鴻鵠とは、ともに大きな鳥

 ・大人物の心の中は小人物には推し量ることができないことの、たとえ

 ・人間は自由な意志をもつことにより、個人の尊厳から人間の尊厳へと羽ば
  たく

 ・憲法は個人の尊厳のみを重視し、人間の尊厳を忘れている──自民党改憲
  案は「人の尊厳」と規定し、個人の尊厳を否定する

● 個人の尊厳から人間の尊厳へ

 ・自由な意志をもつ主体は一個の人格であり、「他の人々をもろもろの人格
  として尊敬」(へーゲル『法の哲学』36節)

 ・人格性は、抽象的な権利能力の主体として個人の尊厳をもつ

 ・人間は、人格の陶冶をつうじて自然的な一個の人格から、社会的な人間の類
  本質に目覚め、人間の尊厳を身につけていく

 ・人間は、階級的意識をもって人間的価値(自由と民主主義)に目ざめ、人
  間解放という人間の尊厳に向かう

 ・「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の個人の尊厳は、
  個人の尊厳をつうじて人間の尊厳を求めるもの

 ・「大器晩成」──大人物になるには長い年月を要すること

● 個人の尊厳と人間の尊厳の統一

 ・人間は、自由な意志をもつ個人の尊厳と人間の尊厳の統一として、人間と
  して完成する

 ・自民党改憲案は、両者を対立のうちにとらえ、後者のみを選択している

 ・個人の尊厳として、個人の権利自由を追求しながら、同時に、人間の尊厳
  として人間の解放を求める共産党員の生き方こそ、人間としての最高の生
  き方となる