2017年8月19日 講義

 

 

第6講 真理とは何か

 

1.ジャン・ジャック・ルソー(1712〜1778)

● フランスの啓蒙思想家 ジャン・ジャック・ルソー

 ・桑原武夫「有史以来、人間の精神がもっとも大きな影響をあたえた本とし
  て、イギリス労働党の学者キングスレイ・マーチンは『聖書』、『資本論
  』、そしてこの『社会契約論』の3つをあげている」(『社会契約論』ま
  えがき)

 ・放浪生活を送りながら独学で豊かな教養を身につける

 ・38才のとき、ディジョンのアカデミーの懸賞論文に「学問芸術論」で1
  位当選して有名に

 ・『人間不平等起原論』『エミール』『社会契約論』で激しい弾圧を受け
  る

 ・失意と病苦のうちに晩年を送る

 ・死後十数年後の1780年代、『社会契約論』はヨーロッパ中のベストセラー
  となり、フランス革命を準備する強力な武器に

● ルソーの『平等論』

 ・『人間不平等起原論』と『社会契約論』は、人間は自然状態では平等であ
  り、私有財産制とともに不平等となり、社会契約国家(人民主権国家)の
  もとで否定の否定によってより高度の平等が実現されるとする

 ・エンゲルスは『反デューリング論』のなかで、「ルソーのこの書物には、
  すでにマルクスの『資本論』がたどっているものと瓜二つの思想の歩みが
  あるだけでなく、個々の点でも、マルクスが用いているのと同じ弁証法的
  な論法が、多数見いだされる」(全集⑳ 146ページ)と指摘

● ルソーの人民主権論

 ・しかし何といっても最大の功績は、その人民主権論にある

 ・人民主権論は、フランス革命、パリ・コミューンを指導し、20世紀の社会
  主義建設にも貢献

 ・リンカーンの「人民の、人民による、人民のための政治」として定着

 ・その意味で、ルソーは科学的社会主義の源泉の1人ということができる

 

2.「真理のために命を捧げる」

● ルソーの銘文

 ・弾圧は、かえってルソーの真理への愛を高めた

 ・「私はいつも自分自身の利害に反して書いてきた。『真理のために命を捧
  げる』、これが私の選んだ、わが身にふさわしいと感じられる銘文だ」
  (ダランベール氏への手紙)

 ・ルソーはジョルダーノ・ブルーノ(1548〜1600)が天動説を唱え、生き
  ながら焚刑に処せられたことに思いをよせ、「真理のために命を捧げる」
  を生涯のモットーとした

 ・日本でも治安維持法で真理を求める人々の内心の自由を侵し、数十万人が
  犠牲に

● ルソーの銅像

 ・1790.12、フランス革命議会は、『エミール』と『社会契約論』の著者を
  記念して「自由なフランス国民から J・J・ルソーへ、『真理のために命
  を捧げる』」を刻んだ銅像をたてることを決議

 ・1794.4、国民公会はルソーの遺骸を「偉人の殿堂」たるパンテオンに移送
  することを決定

 ・国民公会の指導者ロベスピエールは、その際「おお、なんじ真の崇高なる
  人類の友よ。羨望と陰謀と専制によって迫害されたなんじ、不滅のジャン
  ・ジャックよ。この名誉はまさになんじにこそあたえらるべきものだ」と
  語った

●「真理のために命を捧げる」

 ・ルソーは、真理こそ自分の命を捧げても惜しくないもっとも高貴なもので
  あり、もっとも価値あるものと考えた

 ・それは、ルソーの死後250年経過した現在も人民主権論が燦然と輝き続け
  ていることにも示されている

 ・真理は、真理であるからこそ永遠に不滅であり、いずれは必ず勝利する

 

3.知を愛する

● 哲学とは「知を愛する」(フィロソフィア)こと

 ・「フィロ」とは愛する、「ソフィア」とは「知」―知を愛する学問が哲学

 ・人間の脳は、知を愛し、知ることを欲する

 ・アリストテレス「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」(ア
  リストテレス全集⑫ 3ページ)

● 人間の脳とコンピューターの違い

 ・脳は「柔らかな」情報処理器官。コンピューターは「固い」情報処理器官

 ・脳は不完全な情報に対しても出力することで脳の情報処理能力を高めるが、
  コンピューターは不完全な情報を処理しえない

 ・情報処理器官として、脳とコンピューターは、目的と手段とが逆になって
  いる

 ・つまり、コンピューターは出力を目的として、情報処理のしくみを手段と
  しているのに対し、脳は情報処理のしくみの強化が目的であって、出力は
  その手段であるにすぎない

 ・言いかえると、脳は真理に接近すればするほどその情報処理機能は強化さ
  れ、脳はそれに喜びを感じる

 ・人間の脳は、知を愛し、真理を求めるようにできあがっている

 

4.真理とは何か

● 真理とは、人間の認識が客観的事物の存在の仕方に完全に一致すること

 ・人間の認識は、客観的事物の存在の仕方を知るにつれ、真理に向かって前
  進していく

 ・知を愛する脳は、処理能力を超える情報をも処理しようとする

 ・したがって脳の認知機能からして、個々人の認識は真理と誤謬の統一とし
  て現れる

 ・真理と誤謬の統一としての真理は、相対的真理にすぎない

● 相対的真理と絶対的真理

 ・人類は相対的真理を積み重ねながら、絶対的真理に向かって前進する

 ・エンゲルス「思考の至上性は、きわめて非至上的に思考する人間たちの系
  列をつうじて実現され、また真理たることの無条件の主張をもつ認識は、
  相対的誤謬の系列をつうじて実現される」(全集⑳ 89ページ)

 ・レーニン「我々の知識が客観的・絶対的真理に近づく限度は、歴史的に条
  件づけられている。しかし、この真理の存在は無条件的であり、我々がそ
  れに近づきつつあることは無条件的である」(レーニン全集⑭ 158ページ)

 ・人間は相対的真理をつうじて無条件的に絶対的真理に接近しうるが、絶対
  的真理に到達しうるか否かは人類の生命の無限の持続をつうじて解決され
  る問題

 ・真理はある「一定の条件の下」でのみ真理であり、真理は常に具体的

 ・相対的真理は、その一定の条件のうちに誤謬が含まれている

 ・エンゲルスは、真理と誤謬とは「ごく限られた分野にしか絶対的な妥当性
  をもたない」(全集⑳ 94ページ)のであって、真理と誤謬の「対立をさ
  きほど述べた狭い領域を越えて適用するやいなや、対立は相対的となり、
  正確な科学的な表現としては役に立たなくなる」(同)

 ・相対的真理のもっている誤謬は、一定の条件をより厳しい条件におきかえ
  ることによって取り除かれ、その分だけ真理が広がり、絶対的真理に向か
  って前進する

 

5.2つの真理と弁証法

● 相対的真理から絶対的真理への前進

 ・人間は、世界が「どのようにあるか」の真理を認識するのみならず、変革
  の意識にもとづき世界が「どのようにあるべきか」の真理をも認識する

 ・「どのようにあるべきか」の真理は、相対的真理から絶対的真理への前進
  の契機となる

 ・しかし他方で絶対的真理への接近を防ごうとして、あるべき姿の真理を認
  めない議論があることに注意

● マックス・ウェ―バーの「価値自由論」

 ・現にある姿を「事実」、あるべき姿を「価値」としてとらえ、事実と価値
  を峻別し、事実には真理があるが、価値には選択の自由があるのみで真理
  はない、とする

 ・科学は価値から自由でなければならないとする「価値自由論」

 ・史的唯物論は、社会科学のなかに価値論をもちこんでいるから、科学では
  ない、と批判

● ウェ―バー批判

 ・ウェ―バーの見解は、あるべき姿を現にある姿と無関係にとらえる場合に
  のみ正しい

 ・現にある姿を乗り越えるものとしてあるべき姿をとらえる場合には、ある
  べき姿の真理を問題にしうる

 ・政治の世界はすべてこの真理を問題にしている

 ・事実と価値は無関係ではないし、価値も事実に関係する場合には真理が問
  題となる

● 弁証法は2つの真理を認識する

 ・弁証法は、事実の真理をとらえることをつうじて、価値(あるべき姿)の
  真理をとらえ、絶対的真理に接近する

 ・人間は2つの真理を認識することをつうじて、世界を変革し、絶対的真理
  に接近していく