2018年9月15日 講義

 

 

第2講 『万引き家族』と貧困

 

1.「万引き家族」

● 是枝裕和監督の映画

 ・第71回カンヌ国際映画祭最高賞のパルムドールを受賞

 ・文科省が是枝監督を招いて祝福しようとしたのに対し、「公権力と距離を
  保つのが正しい振る舞い」として拒否したことでも有名に

●「万引き家族」の内容

 ・高層マンションの谷間に建っている古い小さな平屋建て

 ・そこに、年金暮らしの祖母、日雇いの父、パートの母親、風俗店で働く母
  の妹、息子の祥太の5人で生活

 ・父親と祥太は、2人1組でスーパーで万引きして、足りない生活用品を稼
  いでいる

 ・コロッケを買って、カップラーメンの上にのせて食事にするのが、万引き
  のごほうび

 ・父親と祥太は、万引きの帰り道、家の外に追い出されている幼女を見つけ
  連れ帰る

 ・幼女には腕に火傷の跡

 ・翌日幼女を連れ戻そうとするが、実家の夫婦が幼女をめぐって、夫婦ゲン
  カをしているのを垣間見て連れ帰り、幼女を誘拐する

 ・祥太は押し入れの中で生活し、父親に「学校は勉強のできない者の行く所」
  と教えられ、学校に行かず自分で勉強している

 ・祥太は、幼女を連れ、幼女を見張り役としてスーパーの万引きに

 ・祖母が亡くなると、畳を上げて地下に埋葬し、年金をもらい続ける

● 現代的貧困をえがいた作品

 ・監督は、「日本が貧困に振れていった時に噴き出した年金詐欺や家族ぐる
  みの万引き事件にも触発されて」(赤旗日曜版、6月10日号)映画をつく
  ったと述べている

 ・しかしこの映画がパルムドール賞を受賞したのには、現代的貧困を扱った
  のみならず、そのなかに豊かさを見いだしたところにある

 ・今回は貧困を取り上げ、次回に豊かさを問題とする

 

2.現代的貧困

● 是枝監督の問題意識

 ・現代はこんなに豊かなのに、他方でまだこんな貧困が残っていることを示
  したもの

 ・しかし現代的貧困は、極端な富の蓄積によって生み出されたものであって、
  たまたま生じたものではなく、富の不平等な分配によって必然的に生み出
  されたもの

 ・それが新自由主義的資本主義の特徴

● 新自由主義的資本主義が貧困を再現した

 ・新自由主義とは、むき出しの強欲の資本主義の復活

 ・マルクスは『資本論』のなかで、「一方の極における富の蓄積は、同時に
  その対極における、すなわち自分自身の生産物を資本として生産する階級
  の側における、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、野蛮化、および道徳的堕
  落の蓄積」(『資本論』④1108ページ)と述べている

 ・もともと資本主義とは、富と貧困とが同時に蓄積される強欲な社会

 ・富と貧困の対立で、矛盾が強まるなかで、国家が介入して富の再配分を実
  現する福祉国家が実現

 ・日本でも、1973「福祉元年」とよぶ福祉国家を指向し、「1億総中流化」
  を実現

 ・1980年代に入り、アメリカ金融資本に「新自由主義」が登場し、一挙に全
  世界に強欲な資本主義が復活し、中間層が没落して「格差と貧困」が顕在
  化する

 ・2007年から2008年にかけてのサブプライムローン危機を期に、アメリカ
  金融資本は、銀行救済の見返りとして新自由主義をかかげてヨーロッパ資
  本に殴り込みをかける

 ・ヨーロッパの「社会的市場経済」に対し、緊縮政策を押しつけ、これまで
  の福祉国家を粉砕して、格差と貧困を拡大する

 ・「格差と貧困」は、現代において解決すべき社会の根本的矛盾となっている

● 日本における新自由主義

 ・1990年代から財界、大企業の求める雇用と賃金の破壊が始まる

 ・1999年 労働者派遣の自由化

 ・2004年 製造業の派遣にまで拡大

 ・2018年 残業代ゼロ法(高プロ)成立

 ・これにより財界、大企業の内部留保は425兆円にもふくれあがり、他方で
  年収200万円以下の労働者は1100万人を越える

 ・「万引き家族」の父親も母親も、非正規労働者

 ・トヨタ自動車 2018.3の決算で内部留保20兆円──毎日1000万円ずつ使っ
  ても、使い切るのに5480年(縄文時代から現代に及ぶ)

 ・他方で労働者全体の4割近くが非正規雇用となり、その8割が月額20万円
  未満の収入

 ・他方で年収1075万円を超える労働者は、残業代ゼロで死ぬまで働かされる
  ことに

● オックスファム「格差に関する2018年版報告書」

 ・オックスファムとは、世界30ヵ国以上で貧困を克服しようとする人々を支
  援し、貧困を生み出す状況を変えるために活動する国際協力団体

 ・報告書では、新自由主義思想が格差を拡大しているとして、「極端な貧困」
  をなくすには、極端な富を終わらせなければならない」としている

 

3.新自由主義とのたたかい

● 重要なことは、富の削減による貧困の打開

 ・新自由主義は、富の蓄積によって貧困を生みだしていることにある

 ・したがって、新自由主義とのたたかいとは、まず国家により金融資本の富
  を削減し、その財源で貧困を打開することにある

 ・全世界を支配するアメリカ金融資本とのたたかいであり、各国でのたたか
  いと同時に、国際的な統一戦線の結成が求められる

● 新自由主義をめぐるたたかい

① オキュパイ運動

 ・2011年 アメリカで「ウォール街を占拠せよ」の市民運動

 ・ウォ—ル街の1%の金融資本が世界の富の50%を独占しているとして、
  「われわれは99%」と主張

 ・1%対99%の主張が全世界に共感を広げる

 ・若者たちの草の根のデモであり、社会変革の展望もなく、リーダーもいな
  い運動

② バーニー・サンダース

 ・2016年 アメリカ大統領予備選に民主党から民主社会主義を標榜して立候
  補したサンダースは、オキュパイ運動を継承して新自由主義とのたたかい
  を訴え、大ブームを引き起こす

 ・サンダースは、オキュパイ運動とは異なり、「1%の富裕層ではなく、わ
  れわれ99%を代表する政府」をと訴え、国政革新を訴える

 ・国政革新を社会主義の展望と結びつけ、アメリカ全体に社会主義を定着さ
  せる

 ・2018年 米中間選挙予備選で、「多数者のための政治」を唱えるサンダー
  ス派は各地で勝利し、民主党内で勢力を拡大

③ ジェレミー・コービン

 ・イギリス労働党は、保守党と2大政党を形成しており、体制内政党にとど
  まってきた

 ・しかし、アメリカ金融資本の緊縮政策の押しつけで、若者層は働いても生
  活できない状況に

 ・コービンは、「社会主義者」を自称し、富の再分配政策を示して新自由主
  義と対決し労働党党首となる

 ・さらにコービンは、EUは新自由主義になびき企業側の利益を優先しすぎ
  ると主張して、EUからの離脱を求める

 ・2017年 総選挙で政治変革を求める若者の支持を得て、労働党は262議席を
  獲得し、保守党を単独過半数割れに追い込む

④ 朴 元淳(パク・ウォンスン)

 ・2011年 ソウル市長選に野党統一候補として当選

 ・「革新(改革)」と「協治(市民統治)」を旗印に、市民と市政の一体化
  を訴える

 ・応能負担の税制と普遍的福祉政策(住宅、仕事、福祉)の結合により、新
  自由主義と明確に対決して貧困解決の運動に取り組んでいる

 ・2017年 文在寅大統領の誕生により、相協力して新しい新自由主義反対の
  国家をつくろうとしている

⑤ 日本でのたたかい

 ・日本では、「極端な富を削って極端な貧困をなくす」という新自由主義反
  対のたたかいは十分ではない

 ・日本共産党は、民主連合政府の経済政策として、「ルールある経済社会」
  を訴えている

 ・すなわち、「大企業の横暴な経済支配をおさえ」、「国民の生活と権利を
  守るルールづくりを促進する」ことを基本とする

 ・具体的には、「大企業・大資産家優遇の税制をあらため、負担能力に応じ
  た負担といった原則にたった税制と社会保障制度の確立をめざす」

 ・「社会保障制度の確立」とは、「国民各層の生活を支える基本的制度とし
  て、社会保障制度の総合的な充実と確立をはかる」こと

 ・結局「ルールある経済社会」とは、所得の再分配の立場にたって、応能負
  担の税制と社会保障の充実を一体としてとらえ、「格差と貧困」を解決す
  ることであり、その対立物の統一が求められている

 

4.平等な社会主義社会

 ・マルクスは、資本主義を搾取にもとづく不平等社会であることを解明し、
  生産手段を社会化して搾取も階級もない自由で平等な社会主義社会を理念
  として示した

 ・マルクス「自由で平等な生産者のアソシエーション」(全集⑯194ページ)

 ・エンゲルスは、マルクスに習い、社会主義を「生産者の自由で平等なアソ
  シエーション(協同社会)を基礎にして生産を組織しかえる社会」(全集
  ㉑ 172ページ)とよんでいる

 ・マルクス、エンゲルスは、「自由、平等、友愛」をかかげたフランス革命
  が政治的な平等しか実現しえなかったのを見抜き、政治的平等に加え、社
  会的・経済的平等を実現するには、階級を廃止する以外にないと考えた

 ・エンゲルスは、「プロレタリア的な平等のほんとうの内容は、階級の廃止
  である」(全集⑳ 111ページ)と述べている

 ・つまり、社会主義の実現する「人間解放」とは、人間の本質である自由な
  意識(自由)と共同社会性(対等、平等、友愛)とを、生産手段の社会化
  を中心にして実現しようというもの

 ・一言でいえば、社会主義とは、「自由と平等」の社会である

 ・日本共産党も、社会主義を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」
  (綱領)としている

 ・日本共産党が「未来社会論の核心」を「人間の自由で全面的な発展」とと
  らえたのは、ソ連・東欧の崩壊が生産手段を社会化しても自由が抑圧され
  ていたことの反省として述べられたものであり、平等を無視したものでは
  ない