2018年10月20日 講義

 

 

第3講 『万引き家族』と豊かさ

 

1.「万引き家族」の解体

● 家族の解体

 ・祥太は、見張り役の幼女が万引きするのを見て、店員の注意を自分に引き
  つけ逮捕され、児童養護施設に

 ・祖母の死体遺棄も発覚、母親が逮捕されて、5年の懲役

 ・誘拐された幼女は両親の元に連れ戻される

 ・こうして家族は解体し、年金詐欺、家族ぐるみの万引き、幼女誘拐も表面
  的には解決する

● 家族は本当の家族ではない

 ・母親は父親と一緒に前の夫を包丁で刺し殺し、地下に埋めて父親と一緒に
  なった

 ・父親は、パチンコ屋で1人暮らしの祖母と知り合い、母親と一緒に祖母宅
  に同居することに

 ・妹は、祖母の前夫が再婚した先の息子の長女であり、家族に不満を抱いて
  いた妹は、祖母のさそいで同居することに

 ・祥太は、パチンコ屋の駐車場の車の中で両親を待っているとき、車の中か
  ら財布を盗もうとしていた父親に見つかり、連れ出された

 ・是枝監督は「万引き家族」は本当の家族ではないが、実の家族以上の絆をも
  っていることを画いている

 

2.「万引き家族」の豊かさ

● 母親と幼女

 ・幼女は、虐待された両親へと同様に、最初は「万引き家族」に対しても心
  を閉ざしている

 ・夕食時、1人でポテトチップスを食べていた幼女は、肉の少ないすき焼き
  のなかに、「お麩」を見て食欲示す

 ・祖母は、「お麩」を食べた幼女を見て、食塩のビンに手を伸ばし、「おね
  しょに効くんだよ」といって幼女に舐めさせ、幼女が顔をしかめるのを見
  て、みんなで笑い、幼女と万引き家族の垣根が崩れる

 ・2ヶ月位して、幼女の親ではなく、保育園の園長が警察に連絡し、テレビ
  で幼女を行方不明と報道、公開捜査に

 ・「万引き家族」はそのテレビを見て、母親は幼女に「ここにいたいでしょ」
  と聞くと、幼女ははっきりと頷く

 ・母親は、家族で海水浴に行くことにし、幼女に黄色の水着を買おうとする
  と、幼女は「あとで叩かない?」と尋ねる

 ・喜んだ幼女は水着を着たまま風呂に。母親はクリーニング店でできたヤケ
  ドの痕を幼女に見せると、幼女も自分の腕のヤケドを母親に見せ、「同じ
  だね」とつぶやく

 ・母親は、幼女が以前に着ていた服を燃やし、「好きになったら、こうする
  の」と言って幼女を抱きしめ、涙を流す

 ・海水浴で、父親、祥太、幼女、妹の4人が手をつないで波に合わせてジャ
  ンプするのを、母親は菩薩の顔で見ている

 ・母親は、絆で結びついた幼女を含む「万引き家族」のなかに、人間的な「豊
  かさ」を見いだしている

● 父親と祥太

 ・祥太は小さいときに父親に連れ去られ、「万引き家族」と一緒に生活して
  いる

 ・祥太は父親から万引きを教えられ、学校にも行けないが、自分で勉強し、
  次第に万引きにも批判的となる

 ・父親は祥太に「ゆりはお前の妹だ」と教え、「万引き家族」の絆を教えて
  やる

 ・父親は祥太と一緒に万引きした釣り道具で釣りをし、家族解体後も祥太を
  家に連れ帰り、一緒に寝る

 ・父親をなかなか「お父さん」と呼べない祥太も、一泊後一人になって「お父
  さん」とつぶやく

 ・祥太は、父親の生き方に批判的ではあっても、父親との絆の強さを自覚す
  る

●「万引き家族」の豊かさ

 ・本当の家族ではない「万引き家族」は、貧乏のなかにあっても、またお互
  いの生き方に批判があっても、豊かな人間関係を築き、お互いを信頼し合
  っている

 ・お互いを信頼しあい、助け合う人間関係が、「万引き家族」に豊かさをも
  たらしている

 

3.豊かさとは何か

● 豊かさとは「物事の満ち足りるさま」(辞海)

 ・ この世の中で、満ち足りないことは無数にある

 ・一番問題なのは、資本主義の基本的矛盾から生じる貧困である

 ・「経済」とは「経世済民」の略語であり、「世を治め人を助けること」

 ・しかし資本主義経済は資本家が富を独り占めにし、労働者・国民の「格差
  と貧困」を拡大する経済であって、本来の経済ではない

 ・そこから、すべての人の命と暮らしを守る豊かさが問題となってくる

 ・資本主義経済は同時に、一人ひとりをバラバラに切り離し、豊かな人間関
  係を破壊する

 ・人間は助けたり助けられたりする人間関係のうちに豊かさを見いだしてき
  た

 ・そこから「万引き家族」のような、人間的な「絆」を求める豊かさが生ま
  れてくる

● 沖縄の求める豊かさ

 ・沖縄は、狭い土地に7割の米軍基地を押しつけられ、平均年収全国最下位、
  離職率全国1位の貧困に苦しんでいる

 ・玉城デニー氏は、「平和で誇りある豊かな沖縄」をキャッチフレーズに、
  史上最高の39万票をとって県知事となる

 ・そこには、「新基地をつくってもわれわれは豊かにならず、尊厳も踏みに
  じられる」(呉屋守將「ひやみかち うまんちゅの会」会長10/7赤旗日曜版)
  として、経済的に自立し、一人ひとりの命と暮らし守る、豊かさを実現し
  ようとしている

 ・玉城デニー氏も「誰一人取り残すことなく、全ての人の尊厳を守り、自立
  と共生と多様性の沖縄をつくる」(10/6赤旗)と豊かさの内容を説明して
  いる

 ・デニー氏の訴えは、基地撤去により生みだされた富が県民のなかに広く行
  き渡って、一人ひとりの豊かな暮らしが守られる豊かな経済をめざすと同
  時に「共生と多様性」の言葉のなかにデニー当選を生みだした「オール沖
  縄」の豊かな人間関係をも含ませている

● 暉峻淑子『豊かさの条件』(岩波新書)

 ・激しい競争の市場経済は、「音を立てて崩れ行く日本の、地底から噴き出
  してくる不気味な地鳴りの音」(はじめに)を生みだしている

 ・経済優先の企業社会は、経済の繁栄をもたらしたが、他方で「人間にとっ
  て真に豊かでいきいきとした社会」(同)を犠牲にしてきた

 ・私たちは、「豊かさへの道を踏みまちがえた」(同)

 ・暉峻は『豊かさとは何か』の続編として、『豊かさの条件』を出版し、真
  に豊かな社会をもたらす互助の関係性をいかに作るか、を論じている

 ・豊かさとは、「安心と安全と信頼できる人間関係」(123ページ)が存在
  することだ、という

 ・それは「経済価値とは違うもうひとつの人間の価値」であり、「心の壁を
  とかし、心をふれあわせ、人と人とが連帯する場をつくりだし、生きる意
  味をあたえる行為」(133ページ)

 ・暉峻は「豊かさの条件とは何か」との問いを発し、それは「人間社会の本
  質を、助け合う互助と互恵の社会」(239ページ)だと回答している

 

4.人間の本質と豊かさ

● 人間の本質が豊かさを求める

 ・人間は、人間の本質にてらして豊かさを求める

 ・人間は700万年近い階級のない社会の歴史をつうじて、「個人としては自
  由な意識」と「社会人としては共同社会性」という、2つの人間の本質を
  生みだしてきた

 ・2つの本質は、バラバラに存在するのではなく、まず人間は人間社会の一
  員として存在し、社会の生みだした富のうえに個人として自由な意識をも
  っている

 ・しかし、人間は階級社会のなかで、この2つの本質を疎外されてしまって
  いる

 ・人間は、疎外された人間の本質を回復するものとして、「豊かさ」という
  理念をつくり出す

 ・「豊かさ」には2つの内容がある。1つは自由な意識を支える安定した経
  済的豊かさであり、もう1つは「安心と安全と信頼できる人間関係」とい
  う社会的な豊かさである

 ・安定した経済的豊かさは、自由な意識の基盤であり、社会的な豊かさは、
  共同社会性から生まれる

 ・この2つの豊かさは、人間の2つの本質と結びついているところから、1
  つの理念として結びつき、豊かさの2つの内容となっている

●「万引き家族」の豊かさの問題

 ・「万引き家族」は、安定した経済的豊かさには目をつぶり、家族としての
  絆をつうじて社会的豊かさを味わっている

 ・母親と幼女の関係も、虐待により心を閉ざした幼女を、母親が少しづつ体
  で結びついて共感力を高め、信頼関係を築いて心を開いていくことで、母
  親も幼女も共同社会性を育てつつあった

 ・祥太は父親の生活に批判的ではあるが、父親が母親と力を合わせて「安心
  と安全と信頼できる人間関係」を築きあげていることに、人間的な豊かさ
  を感じている

 ・つまり「万引き家族」は、家族という生活の場において、「安心と安全と
  信頼できる人間関係」を築いている

 ・しかし「万引き家族」が経済的豊かさと無縁であったことは、結果的に社
  会的豊かさをも破綻せざるをえなかった(家族の解体)

 ・2つの豊かさは、人間の2つの本質と結びついて、切り離すことはできな
  い

 

5.豊かさは、人間解放を求める階級闘争の課題

● 資本主義は、人間の本質を否定する人間疎外を生みだす

 ・資本主義的搾取は、1つには「搾取と貧困」により、個人の自由な意識を
  否定し、2つには「信頼できる人間関係」を破壊して、人間疎外をもたら
  す
 ・したがって人間疎外から人間の本質を回復する人間解放の階級闘争が求め
  られることになる

●「豊かさ」は階級闘争の課題である

 ・私たちが豊かさを求めるのは、豊かさこそ人間解放を実現するものだから

 ・豊かさのもつ経済的豊かさと社会的豊かさという2つの内容は相互依存の
  対立物の統一のうちにあり、この統一のうちに人間解放が実現される

 ・私たちは、この2つの内容を統一した「豊かさ」を階級闘争の課題として
  掲げ続けなければならない

 ・志位委員長は「玉城デニー新知事を支え、誇りある豊かな沖縄を築くため
  にあらゆる力をつくす」(10/1 しんぶん赤旗)と述べた

 ・この言葉には、経済的に安定した豊かな沖縄の意味と同時に、「オール沖
  縄」に示された人間関係の豊かさが含まれているように思う

 ・日本共産党は新基地の建設を許さず、「沖縄の貧困」を解決すると同時に
  基地によりバラバラにされた個人を「共同社会性」にもとづいて結びつけ、
  二重の意味の豊かさを実現しようとしている

 ・この二重の豊かさは、沖縄の統一戦線の基礎をなすと同時に、99%の人々
  を結集する日本全体の統一戦線の理念となる