2018年11月17日 講義

 

 

第4講 『万引き家族』と生き甲斐論

 

1.『万引き家族』の生き甲斐論

●「万引き家族」には、祥太と母親の2つの生き甲斐が示されている

① 祥太の生き甲斐論

 ・祥太は、父親の万引きを手伝いながらも、自分なりに学習し、万引きにも
  批判的であり、生き甲斐を模索している

 ・幼女と共に生活するなかで、祥太は幼女と仲良くなる

 ・祥太は、次第に幼女の生育を自分の生き甲斐とするようになり、万引きは
  させないでおこうと思う

 ・幼女が自分の一存で万引きしようとしたとき、祥太はスーパーの店員の関
  心を自分に引きよせ、幼女を救ってやるが、自分は逮捕される

② 母親の生き甲斐論

 ・母親は、懲役5年の判決後面会に来た父親に対し、「私は楽しかったから、
  こんなんじゃお釣りが来るくらい」という

 ・そこには母親が「万引き家族」の豊かさを実現すると同時に、幼女を育て
  ることに生き甲斐を感じたという意味が込められている

 ・虐待されていた幼女は、当初口もきかなかったが、母親と祥太の優しい態
  度に次第に「万引き家族」に溶け込み、母親にも心を開くようになる

 ・だから母親の逮捕後、警察から幼女が実母のもとに「戻りたい」と言った
  と聞かされたとき、母親は「言うわけない、そんなこと」と断固否定する

 ・母親にとって、幼女を人間らしく育てることは、母親の生き甲斐になって
  おり、また幼女にとっても母親を真の母親として認めようとしている

●「盗んだのは絆でした」

 ・是枝監督は、書き下ろしの「万引き家族」(宝島社)のなかで、「盗んだ
  のは、絆でした」と語っている

 ・資本主義的競争社会のなかで、いろんな共同体が破壊されるなかで、是枝
  監督はつくられた「万引き家族」が家族以上の「絆」をつくりあげ、その
  なかで母親と祥太が家族とのつながりを強めることを生き甲斐としている
  ことを画いた

 

2.生き甲斐とは何か

● 人間は生き甲斐を模索する

 ・「生きていくはりあいや喜び」(デジタル大辞泉)

 ・「現在は経済が人間の自由を奪い、人間社会を破綻させ、グローバルな資
  本に人間が押し流されています。けれどもそれを本来の方向に変えていく
  のは、私たちがどんな人生を望むか、どんな豊かさを実現したいか、とい
  う私たちの意思次第なのです」(暉峻淑子『豊かさへ もうひとつの道』
  (2ページ)

 ・「『甲斐』とは、なにかをするにあたって私たちがあらかじめ期待した予
  測が結果において十分実現したかどうかできまる評価の高低のこと」(島
  崎敏樹『生きるとは何か』35ページ)

 ・「人間は本来ただ未来の視点からのみ、すなわち何らかの形で『永遠の相
  の下』に存在し得るということは人間に固有なことなのである」(V.E.フ
  ランクル『夜と霧』177ページ 霜山徳爾訳)

● 生き甲斐とは何か

 ・生き甲斐とは、第1講で学んだ『君たちはどう生きるか』への回答となる
  ものであり、「どう生き甲斐をもって生きるか」が問われている

 ・『君たちはどう生きるか』では、「人間らしい生き方」「正しい生き方」
  と結びつくとき、本当の生き甲斐となると主張

 ・つまり生き甲斐は、『君たちはどう生きるか』で学んだように、「自分ら
  しく自由に生きる」ことと、「対等・友愛・平等」を身につけるという、
  人間の2つの本質と結びつくことで「人間らしい」生き甲斐となる

 ・生き甲斐は、①未来に対し生きる目的をもつ、②自分の生き方に共感する
  仲間が存在する、という2つの要件から生まれる

 ・「万引き家族」の母親と祥太は、家族的な絆の強さを生き甲斐として求め
  たが、それも「人間らしい生き方」のひとつ

 ・未来に生きる目的がなければ、「人間らしく生きる」ことはできない

 ・人間は生きる目的を失ったとき、生きる希望を失う

 ・また人間は社会的存在であり、自己のもつ生きる目的に共感してくれる仲
  間との共感のなかで、生き甲斐(「居がい」)を感じる

 ・共感してくれる仲間が居なければ、「居がい」を感じない

 ・生き甲斐は、この2つの要件から生まれるから、趣味、芸事、ペットから、
  家族、地域、社会の変革にたるまで、人間社会の全ての現象が生き甲斐に
  結びつく

 ・それだけに、その無限に存在する生き甲斐のなかから、「人間らしい生き
  方」と結びついた本当の生き甲斐を模索することが求められている

 ・生き甲斐は、結果において実現することで、いっそう高い評価を受ける

 

3.生き甲斐をめぐる階級闘争

● 生き甲斐は階級闘争の課題となる

 ・人間は変革の立場にたつ存在として、未来に生きる目的を見いだし、生き
  甲斐を求める存在

 ・「支配階級の諸思想は、どの時代でも、支配的諸思想」(マルクス『〈新
  訳〉ドイツ・イデオロギー』59ページ)であり、支配階級は「人間らしい
  生き方」を否定し、支配を維持・強化する生き甲斐を求める

 ・他方被支配階級は、「人間らしい生き方」を求めて社会を変革しようとす
  る

 ・つまり支配階級と被支配階級とは、「人間らしい生き方」をめぐって対決
  することになる

 ・したがって、生き甲斐は階級闘争の課題となる

● 資本主義の競争社会における生き甲斐論

 ・資本主義の競争社会は、共同体を破壊し、相手を蹴落として競争に勝ち抜
  くことを人間の生き甲斐とする

 ・しかし、競争に勝ち抜く生き甲斐論は、ほんの一握りの人間にのみ実現し
  うる生き甲斐

 ・大多数の人間はふるい落とされ、互いに距離を保ち、傷つけあわないよう
  に気を配る、「脱生き甲斐論」に落ち込む

 ・あるいは「閉じこもり型人間」となり、さらには「人間らしい生き方」に
  生き甲斐を見いだすことに絶望し、「趣味べったり人間」「モノべったり
  人間」となり、いずれも人間の本質に回帰する生き甲斐論に背を向ける

 ・こうした資本主義によって造られた支配階級の生き甲斐論に抵抗し、労働
  者・国民は、人間の本質と結びつく「人間らしい生き方」に生き甲斐の実
  現を求める

 ・それは、家族、学園、会社、地域を変革し、そして社会を、「人間らしく」
  変革する生き甲斐論となって現れる

●「万引き家族」の生き甲斐論

 ・「万引き家族」の祥太と母親は、破壊された共同体のなかで、社会の最も小
  さい単位である「家族」のなかにおける生き甲斐論を選択している

 ・祥太は、「万引き」しながらも、正義感をもって自分も成長し、幼女を導
  くという生き甲斐をもって生きている

 ・母親は、虐待を受けた幼女に対し、人間らしい温かみのある母子関係をつ
  くり出すことを生き甲斐としている

 ・祥太と母親が、破壊された人間関係のなかで、「家族」としてのつながり
  を求めて人間の本質にもとづく人間らしい生き甲斐を求めて頑張っている
  ことは、感動的であり、「万引き家族」の評価を高めている理由だろう

● 労働者・国民の本当の生き甲斐論

 ・『君たちはどう生きるか』が250万部の大ベストセラーになったことは、
  現代の日本において労働者・国民が本当の生き甲斐を求めている証拠

 ・その生き甲斐論は、家族、学園、会社、地域の変革を跳び越えて、社会そ
  のものを「人間らしく」変革することに向かっている

 ・それが「イデオロギーよりアイデンティティー」と主張した「オール沖縄」
  に学んだ市民と野党の共闘に示されている

 ・アイデンティティーとは、アベ政権を打ち倒し、人間の尊厳を守ることで
  の一致であり、人間の本質にもとづく「人間らしい生き方」の生き甲斐で
  ある

 ・この本当の生き甲斐を、日本全土における市民と野党の共闘の全体に反映
  させ、来年の参院選をつうじて国民の多数の生き甲斐を実現しなければな
  らない

 

4.科学的社会主義の生き甲斐論

① 科学的社会主義の生き甲斐論における「目的」は、人間解放のための社
  会変革

 ・生き甲斐は、人間解放のための社会変革という目的と結びついたとき、人
  間の2つの本質の実現をめざす最高の目的となる

 ・しかも社会変革の目的は、アリストテレスのいう「エネルゲイア」である

 ・アリストテレスは人間の生き方や行為のあり方に関し、「エネルゲイア」
  と「キーネーシス」との対置を示した(アリストテレス全集⑫ 303~304
  ページ)

 ・エネルゲイアとは、人間が人間として行うほんとうの行為・行動であり、
  本質的に効率や能率の観念の入り込む余地のない、目的が行為・行動のう
  ちに内在している完全な行為

 ・これに対し、キーネーシスとは、目的に到達することに意味がある行為で
  あって、目的に至る行為の一つひとつには意味のない不完全な行為

 ・人間解放のための社会変革という目的は、そこに至るすべての行為が目的
  を内在している人間としての本来の行為として、現実のものとなるエネル
  ゲイアである

 ・何故なら、全ての行為が階級闘争の一環として人間解放に結びついている
  からである

 ・したがって人間解放のための社会変革という目的は、①最大の目的である
  と同時に、②現実となる人間本来の行為であるという意味で最高の目的

② 科学的社会主義の生き甲斐論における「共感する仲間」は、人間解放を
  求める99%の仲間

 ・「万引き家族」の「共感する仲間」は「家族」という仲間

 ・これに対し、人間解放のための社会変革の「共感する仲間」は、新自由主
  義の犠牲となっている99%の仲間

 ・犠牲となっている99%の仲間は、社会変革のために統一戦線に結集しうる

 ・統一戦線の対象となる仲間は、人間の2つの本質の実現をめざす人間解放
  を求める仲間であり、思想・信条を越えて人間の尊厳を守ることで一致し
  うる仲間

③ 人間解放のために社会変革の統一戦線をめざす科学的社会主義は、最高
  の生き甲斐を与える

 ・最高の目的をもって、99%の人々と統一戦線を結ぶ科学的社会主義の立場
  は、あらゆる生き甲斐のなかで最高の生き甲斐となる

 ・「人間らしく生きる」ことを求める生き甲斐は、「万引き家族」の生き甲
  斐から、科学的社会主義の生き甲斐に至るまで、家族、地域、社会へとい
  くつもの段階を経て発展する

 ・一人ひとりの生き甲斐を人間解放のための社会変革の生き甲斐に発展させ
  るところに、科学的社会主義の役割がある

 ・一人ひとりの生き甲斐は、最高の生き甲斐である科学的社会主義の生き方
  に発展する可能性をもっている

 ・人間の無限の生き甲斐は、結局人間の本質の回復として科学的社会主義の
  生き甲斐論に発展することになるのであり、その生き甲斐論を実現したも
  のが社会を発展させる力となる