2019年6月15日 講義

 

 

第11講 時代を哲学する②

 

1.「プロレタリアートの執権(プロ執権)」

● プロ執権とは何か

 ・「資本主義社会と共産主義社会とのあいだには、前者から後者への革命的
  転化の時期がある。この時期に照応してまた政治上の過渡期がある。この
  時期の国家は、プロレタリアートの革命的執権以外のなにものでもありえ
  ない」(マルクス1875「ゴータ綱領批判」全集⑲ 28〜29ページ)

● 日本共産党の「プロ執権」論

 ・不破氏は、『科学的社会主義研究』(新日本出版社)において、「プロ執
  権」とは何かを研究

 ・「プロ執権」とは、「国家権力の階級的本質」(同40ページ)を示すもの

 ・労働者階級が「文字どおり国家権力の全体を掌握していること」(同)

 ・不破研究にもとづき、第13回臨時党大会(1976)で「プロ執権」と「労働
  者階級の権力」とは同義語であるとして、「プロ執権」を綱領から削除し
  て、「労働者階級の権力」に置きかえる

 ・「資本主義社会が共産主義社会に移行する過渡期には、労働者階級を中心
  に社会主義を支持する勢力がみずから国家権力をにぎり、この国家権力の
  助けを借りて、生産手段の社会化をはじめ社会主義革命と社会主義建設を
  進めなければならない」(前衛400号47ページ)との提案理由あり

 

2.「プロ執権」論の歴史的発展

●「プロ執権」は、20世紀の社会主義の実験をつうじて、科学的社会主義の
 学説にとって最も重要な用語となる

 ・「プロ執権」という独自の用語が、20世紀の社会主義の実験にさまざまな
  解釈を生みだしてきた

 ・しかし、その本来の「プロ執権」は、「プロ執権」の概念を創り出したマ
  ルクス、エンゲルスの「プロ執権」論でなければならない

 ・マルクスは、1850年に「フランスにおける階級闘争」(全集7)で初めて
  「プロ執権」を使用して以来、何度も使用

 ・エンゲルスは、1871年のパリコミューンを経験し、最晩年の1891年に、
  「あれがプロレタリアートの執権だったのだ」(全集⑰ 596ページ)と述
  べた

 ・つまり、パリコミューンには、これまでのマルクス、エンゲルスの「プロ
  執権」論を発展させる新しい体験が含まれていた

 ・その新しい体験を学びとることが重要

● パリ・コミューンの教訓

 ・パリ・コミューンは、パリの中間階級の大多数が、労働者階級をもって
  「社会的主動性を発揮する能力をもった唯一の階級」(全集⑰ 320ペー
  ジ)であることを公然と承認して、多数者の力により「人民による人民の
  政府」(同323ページ)、つまり人民主権の政府を実現したもの

 ・「社会的主導性」とは、労働者階級が中間階級の導き手となること

 ・エンゲルスは、普通選挙によって選ばれた労働者階級が、人民諸階級の
  「導き手」となって人民主権の多数者革命を実現したことを、プロ執権と
  よんだもの

 ・つまりパリ・コミューンは、①労働者階級が普通選挙において人民の導き
  手となったこと、②労働者階級が人民とともに人民主権の多数者革命を実
  現したこと、③労働者階級は自らの政党をもたないために、「真にあるべ
  き」姿を示し続けることができず、敗北したこと、という3つの教訓をも
  たらした

 ・マルクス、エンゲルスは、この教訓に学び、プロ執権を発展させようとす
  る

● パリ・コミューンの経験は労働者階級の政党を求める

 ・パリ・コミューン直後の1871.9 開催の「国際労働者協会(第1インターナ
  ショナル─高村)代表者協議会」で、マルクス、エンゲルスは、パリ・コ
  ミューンにおいて労働者階級が自らの政党をもっていなかったことを問題
  とし、労働者階級はプロ執権を実現するために独自の政党をつくる必要性
  があると訴えた

 ・すなわち「労働者階級が有産階級のこの集合権力に対抗して階級として行
  動できるのは、有産階級によってつくられたすべての旧来の党から区別さ
  れ、それに対立する政党に自分自身を組織する場合だけである」(全集⑰
  395ページ)というもの

 ・労働者階級の政党(科学的社会主義の政党)は、真理認識の手段である弁
  証法的唯物論を使って一般意志に到達し、人民の前に一般意志を示して人
  民主権の「導き手」となる(科学的社会主義の政党の主導性)

 ・エンゲルスは、「ながらくわれわれの最もよい道具であり、われわれの最
  も鋭利な武器であった唯物論的弁証法」(『フォイエルバッハ論』全集㉑
  298ページ)と述べている

● プロ執権は、科学的社会主義の政党の主導性と普通選挙による人民主権の
 統一に発展する

 ・科学的社会主義の政党の誕生により、「プロ執権」論はさらに発展する

 ・科学的社会主義の政党は、弁証法によって社会の矛盾を明らかにし、その
  矛盾を解決する一般意志(真にあるべき姿)を示すことによって主導性を
  示す

 ・「真にあるべき姿」は真理のもつ力によって、人民諸階層を1つに結集す
  る

 ・科学的社会主義の政党は、人民に対し「真にあるべき姿」を示し、普通選
  挙において人民とともに人民主権の政府をめざす

 ・科学的社会主義の政党の誕生により、①科学的社会主義の政党は人民の導
  き手としての主導性を示す、②科学的社会主義の政党は、普通選挙におい
  て人民主権の政府をめざす

 ・したがって、プロ執権は、科学的社会主義の政党の主導性と普通選挙によ
  る人民主権との統一に発展する

 ・しかし「プロ執権」論は、その後の歴史のなかで、科学的社会主義の政党
  の主導性と人民主権との分裂を強めていく

 

3.「プロ執権」論の分裂

● エンゲルスの社会主義の定式化

 ・エンゲルスは、「科学的社会主義の入門書」(全集⑲ 183ページ)という
  べき『空想から科学へ』のなかで、プロレタリア革命の3つの条件として
  ①プロ執権 ②生産手段の社会化 ③社会主義的な計画経済を示す

 ・プロ執権は、その後の歴史のなかで独自の展開を遂げることになる

● レーニンのプロ執権

 ・レーニンは、労働者、兵士、農民のソビエトをつうじてロシア革命を成功
  させた

 ・ソビエトとは、普通選挙制を否定し、それぞれの階級・階層ごとに選ばれ
  た代議員がソビエトを構成し、その代表が地方ソビエト大会、全ロシアソ
  ビエト大会を構成する、というもの

 ・レーニンは、ソビエトをもってプロ執権と考え、プロ執権を「直接強力に
  依拠する権力以外のなにものも意味しない」(レーニン全集⑩ 233ページ)
  として、強力革命に結びつけた

 ・本来のプロ執権が科学的社会主義の政党の主導性と普通選挙による人民主
  権との統一にあったのに、前者のみを取りだし、しかもそれを強力革命に
  結びつけた

 ・レーニンは、1919.3 コミンテルンを結成し、各国の共産党がコミンテルン
  へ加入する条件としてレーニン流の「プロ執権論」の承認を求めた

● スターリンのプロ執権

 ・スターリンは農業の集団化をつうじて、普通選挙制を否定したのみならず、
  レーニン流プロ執権を人民抑圧の機関にまで転化

 ・1936年のスターリン憲法で、ソ連共産党を「すべての社会的ならびに国家
  組織の指導的中核」として位置づけ、プロ執権を共産党の一党支配として
  憲法上位置づける

 ・コミンテルンをつうじて、スターリン憲法のプロ執権論は各国の方針とな
  る

 ・1989年に始まった「東欧革命」は、最初のポーランドで憲法を改正して
  「共産党の指導的役割」条項を廃止し、以後ハンガリー、東ドイツ、チェ
  コスロバキア、ルーマニアなどすべての東欧で同様の運命に

 ・「共産党の指導的役割」条項は、共産党が人民を指導するものとされ、共
  産党が指導し、人民が指導されるという「指導と被指導」の抑圧的関係と
  してとらえられたところから、その条項廃止が東欧革命の共通の課題とな
  った

● ユーゴスラビア(ユーゴ)の人民主権論

 ・ユーゴは、パルチザン戦争に勝利することにより、「自主的な社会主義へ
  の道」を歩みはじめる

 ・それは普通選挙制により、人民主権の政治を実現しようという「人民民主
  主義共和国」

 ・しかしスターリンは、1948年「帝国主義の手先」との口実でユーゴをコミ
  ュンフォルムから破門し、ソ連型社会主義を押しつけようとする

 ・これに対し、ユーゴは「自主管理社会主義」を掲げて独自の社会主義への
  道を歩む

 ・それはソ連型社会主義の「労働者の階級的支配体制」(カルデリ『自主管
  理社会主義と非同盟』37ページ)に反対し、「労働を解放し人間関係を人
  間的にする」(同)という人民主権の社会主義をめざすもの

 ・その立場から「工場を労働者へ」のスローガンのもとに、生産の現場から
  「自主管理」の名で人民主権の政治をめざす

 ・自主管理の単位として、人民が話し合って決定する「協議経済」が実施さ
  れ、すべては下から上へと協議が積み上げられていく

 ・それに応じて科学的社会主義の政党の主導性は後景に退き、人民主権の政
  治が全面に

 ・最後は緩い連邦制のもとで、自主・自立を求める6つの共和国が独自の動
  きを強め、ユーゴ連邦共和国は解体してしまう

 

4.「プロ執権」論の再統一

● 日本共産党の「プロ執権」

 ・日本共産党の現在の綱領には、プロ執権の分裂の歴史をふまえ、プロ執権
  の「科学的社会主義の政党の主導性と人民主権の統一」の立場が貫かれて
  いる

 ・ソ連共産党の「指導的中核」の用語が、党と人民の「指導と被指導」の関
  係を生みだしたことを考慮して、「前衛政党」の表現を削除

 ・規約第2条に、党は「日本社会のなかで不屈の先進的役割をはたすことを、
  自らの責務として自覚している」として、科学的社会主義の政党の主導性
  が示されている

 ・これは党の「不屈の先進的役割」を国民に押しつけるのではなく、自らの
  自覚として認めているもの

 ・日本共産党の主導性とは、「高い政治的、理論的な力量」にもとづく理論
  的な主導性と、「強力な組織力」をもって、「国民諸階層と広く深く結び
  つく」組織的な主導性

 ・日本共産党がめざすのは、普通選挙による「国民が主人公」という人民主
  権国家

 ・人民主権国家を実現するのは、国民自身であり、「国民の合意のもと」に、
  一歩ずつ社会変革を進める

 ・日本共産党は、統一戦線を結成して、「国民の多数の支持」を得ながら、
  国民とともに社会変革を進めていく

● 日本共産党のプロ執権による多数者革命

 ・日本共産党は、プロ執権をつうじて多数者革命をめざしている

 ・そのために、第1に綱領を作成し、日本の社会をどのように変革するのか
  の目標を人民に明確に示している

 ・第2に、多数者革命を実現するために、統一戦線の結成をめざしている

 ・しかし、人民が社会変革の目標に接近するためには、まず当面の一致する
  目標での行動の統一が求められる

 ・いわば、一致点での統一戦線を結成し、その統一行動の積み重ねをつうじ
  て、綱領のめざす社会変革に向かって接近しようというもの

 ・第12講でプロ執権による多数者革命の問題を検討したい

● 科学的社会主義の政党の主導性と人民主権の統一

 ・社会主義革命の真理は「科学的社会主義の政党の主導性」と「人民による
  人民主権の政府」との対立物の統一のうちにある

 ・しかし、ソ連型社会主義では科学的社会主義の主導性のみを一面的に強調
  し、ユーゴでは人民主権を一面的に強調することで、いずれも崩壊の憂き
  目にあった

 ・日本共産党は、20世紀のソ連型社会主義やユーゴの教訓に学びながら、科
  学的社会主義の政党の主導性と人民主権の統一を実現しようとしている

 ・日本共産党の動向は、科学的社会主義の学説の重要な柱である「プロ執権
  論」に再び光をあてようとしている