2020年10月17日 講義

 

 

第1講 『資本論』をどのような観点で学ぶのか


1.『資本論』学習の意義

● 新版『資本論』の出版

 ・2019.9から、2ヶ月に1回の割合で新版『資本論』が出版されつつあり、
  現在第7分冊まで出版されている

 ・新版は、「『資本論』諸草稿の刊行と研究の発展をふまえ、エンゲルスに
  よる編集上の問題点も検討」(凡例III)して改定されたもの

 ・『資本論』の第1部「資本の生産過程」はマルクスが完成したものだった
  が、第2部「資本の流通過程」、第3部「資本主義的生産の総過程」はマ
  ルクスの草稿をもとにエンゲルスが編集したもの

 ・エンゲルスの編集は見事なものではあったが、研究の発展とともに問題点
  も指摘され、マルクスの草稿を直接読んでみたいとの要請も強いものがあ
  った

 ・1992 MEGA(マルクス・エンゲルス全集)第Ⅱ部門(『資本論』とその準
  備労作)が完結し、その要請が現実のものとなった

 ・「凡例」に「諸草稿の刊行」とあるのは、MEGA第Ⅱ部門の刊行を示し、
  それ以後マルクスの草稿にもとづく「研究の発展」もあり、その結果「エ
  ンゲルスによる編集上の問題点」も明らかにされつつある

 ・こうして、新版にもとづき、『資本論』学習の絶好の時期が到来してきて
  いるので、月1回、前12講で学ぼうと思う

●『資本論』をどう学ぶか

 ・『資本論』研究者である前畑憲子立教大学名誉教授は、「社会に出ても自
  分がどのような歴史的位置にいるかを自分の頭で考えることができる」
  (立教経済学研究第66巻第4号、2013年)ような講義をしてきたと述べて
  いる

 ・不朽の名著である『資本論』を読みこなすのは難しいが、本講座は自分が
  立っている歴史的位置を自分の頭で考えることができるような哲学講座に
  したいと考え、本講座を「『資本論』を哲学する」と題することにした

 ・「『資本論』 を哲学する」とは、マルクスが述べている「弁証法的方法」
  (新版① 32ページ)という哲学的方法を使って、『資本論』を解明する
  ことを意味している

 ・マルクスは、『資本論』の最終目的は、資本主義の「経済的運動法則を暴
  露すること」(新版① 14ページ)にあるといっている

 ・したがって、資本主義の生成、発展、消滅するという運動法則を、とりわ
  けその「必然的没落」(新版① 33ページ)に焦点を当てながら、大きく
  全体像をつかむ講座にしたいと思う

 ・言いかえれば、資本主義におけるどんな矛盾が資本主義の「必然的没落」
  を生みだすのか、の解明である

 ・なお、『資本論』からの引用は、新版の場合は「Ⅰ」、旧版の場合は「Ⅱ」
  とし、そのあとに各版の巻数とページ数をつづける

 

2.『資本論』の2つの矛盾

●『資本論』における資本主義の運動法則としての2つの矛盾

 ・マルクスは、『資本論』において弁証法を使って資本主義の「肯定的理解
  のうちに、同時にまた、その否定、その必然的没落」(Ⅰ① 33ページ、Ⅱ
  ① 29ページ)を明らかにしようとするが、そのなかでいくつもの矛盾を
  明らかにしている

 ・とりわけ重要なのが、次の2つの矛盾である

 ・1つは、資本主義の根本的矛盾を解明して、その矛盾の展開により資本主
  義の必然的没落を解明しようとするもの

 ・もう1つは、「人間と自然との物質代謝」の撹乱という、資本主義の付随
  的矛盾により、必然的没落を解明しようとするもの

 ・マルクスは、「人間と自然との物質代謝」はあらゆる社会形態から独立し
  たものでありながら、資本主義における生産力の無限の発展がそれを撹乱
  するとして、付随的矛盾としてとらえている

● 資本主義の根本的矛盾

 ・マルクスは、『資本論』第1部第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」
  において、資本主義の根本的矛盾を語っている

 ・「一方の極における富の蓄積は、同時に、その対極における、すなわち自
  分自身の生産物を資本として生産する階級の側における、貧困、労働苦、
  奴隷状態、無知、野蛮化および道徳的堕落の蓄積である」(Ⅰ④ 1126ペ
  ージ、Ⅱ④ 1108ページ)

  ・資本主義的蓄積は、資本家と労働者の対立という「敵対的性格」(Ⅰ④
  1127ページ、Ⅱ ④ 1109ページ)をもっている

● 資本主義の付随的矛盾

 ・他方マルクスは『資本論』の全体をつうじて、付随的に資本主義が生みだ
  す「人間と自然との物質代謝」(Ⅰ① 79ページ、Ⅱ① 73ページ)の矛盾を
  論じている

 ・斎藤幸平大阪市立大学准教授は、この点をとらえて、資本主義の本質を
  「人間と自然との物質代謝」の破壊にあるととらえている

 ・斉藤准教授は、マルクスのエコロジーの関係を分析した『大洪水の前に』
  で「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞し、『人新世の「資本論」』
  で、気候変動問題の唯一の解決策は脱成長経済だと主張して、波紋を呼ん
  でいる

 ・マルクスも、第3部第48章「三位一体的定式」において、「人間と自然
  との物質代謝」の矛盾をどう解決するのかについて、詳しく論じている

●『資本論』の2つの矛盾の解決

 ・以下において、2つの矛盾をふまえ、資本主義の「必然的没落」に焦点を
  あてながら学んでいくことにする

 ・その場合、この根本的矛盾と付随的矛盾の関係を、どうとらえ、どのよう
  に解決するのかをつうじて、資本主義から社会主義への道をどう切り拓く
  のかを考えていくことになる


《第1部 資本の生産過程》

[はじめに]

● 何故商品の分析から始まるのか

 ・マルクスは、「資本主義的生産様式が支配している諸社会の富」(Ⅰ① 65
  ページ、 Ⅱ① 59ページ)は、商品を富の要素としているから、「われわれ
  の研究は、商品の分析から始まる」(同)としている

 ・しかし、それだけでは、商品生産は原始共同体から資本主義まで継続して
  いたのであるから、資本主義の分析を商品の分析から始める理由にはなら
  ない

● マルクスは、次のように商品の分析の必要性を述べている

 ・「そもそも使用対象が商品になるのは、使用対象が互いに独立に営まれる
  私的諸労働の生産物であるからにほかならない。これらの私的諸労働の複
  合体が社会的総労働をなす。生産者たちは彼らの労働生産物の交換を通し
  てはじめて社会的接触にはいるから、彼らの私的諸労働の独特な社会的性
  格もまたこの交換の内部ではじめて現われる」(Ⅰ① 131〜132ページ、
  Ⅱ① 124ページ)

 ・つまり生産者たちの私的労働は、商品交換をつうじて「はじめて社会的接
  触」にはいり、交換をつうじて商品の「独特な社会的性格」もはじめて現
  れるのである

 ・「独特な社会的性格」とは、マルクスが例にあげる「20エレのリンネル
  と1着の上着」を交換する場合、交換の尺度となる「同じ大きさの1つの
  共通物」(Ⅰ① 69ページ、Ⅱ① 63ページ)とは何かが問われていること
  を意味する

 ・この共通の尺度とは、リンネルも上着も人間の労働にもとづいて生産され
  ることによって、どちらの商品も価値(交換価値)という尺度をもってお
  り、かつ20エレのリンネルと1着の上着の商品交換をつうじて、両者の
  価値が等しいということが明らかにされる

 ・後に述べるように、資本主義とは、この価値の最大限追求を目的とする生
  産様式であり、この目的を明らかにするために、商品を分析する必要があ
  ったのである

[1.商品の分析]

● 商品の弁証法

 ・マルクスは、「価値理論にかんする章のあちこち」(Ⅰ① 33ページ、Ⅱ①
  28ページ)で、弁証法という「表現様式に媚びを呈しさえした」(同)と
  述べている

 ・弁証法の基本形式は「対立物の統一」であり、マルクスは『資本論』の全
  体を対立する二つの概念の統一として論じている

 ・とりわけ重要なのは、対立物の統一の一形態である「矛盾」であり、その
  矛盾が、「価値理論」である第1部第1篇「商品と貨幣」を中心に、『資
  本論』の全体を貫いている

 ・矛盾とは、相互に排除しあう対立物の統一であって、事物の変化・発展の
  原動力となるものであり、ヘーゲルは「一般に、世界を動かすものは矛盾
  である」(『小論理学』㊦ 33ページ)と言っている

● 商品は質と量の統一

 ・商品は、「質および量の観点から、考察されなければならない」(Ⅰ①
  66ページ、Ⅱ① 60ページ)

 ・商品の「質」とは、商品の「使用価値」であり、使用に値する「有用性」
  をもつこと

 ・同時に商品は、「量」としての「交換価値」、つまり他の商品と一定の割
  合で交換される「相異なる量」をもっている

 ・「使用価値としては、諸商品は、なによりもまず、相異なる質であるが、
  交換価値としては、相異なる量でしかありえず、したがって、一原子の使
  用価値も含まない」(Ⅰ① 70ページ、Ⅱ① 64ページ)

● 労働の二重性

 ・商品のもつ質と量の二重性は、労働の二重性から生まれる

 ・労働力の発揮としての労働は、質的に異なる変形作用をする労働と同時に、
  量的に異なる人間的労働力の支出、という2つの側面をもっている

 ・「前者の場合には、労働のどのようにしてと、なにをするかが問題となり、
  後者の場合には、労働のどれだけ多くが、すなわちその継続時間が問題と
  なる」(Ⅰ① 84ページ、Ⅱ① 77ページ)

 ・変形作用としての労働は、「具体的有用的労働」とよばれ、人間的労働力
  の支出としての労働は、「抽象的人間的労働」とよばれる

 ・1つの労働のうちにおいて、具体的有用的労働は、使用価値を生みだし、
  抽象的人間的労働は、価値(交換価値)を生みだす

 ・これを労働の二重性という

 ・「すべての労働は、一面では、生理学的意味での人間的労働力の支出であ
  り、同等な人間的労働または抽象的人間的労働というこの属性において、
  それは商品価値を形成する。すべての労働は、他面では、特殊な、目的を
  規定された形態での人間的労働力の支出であり、具体的有用的労働という
  この属性において、それは使用価値を生産する」(Ⅰ① 85〜86ページ、
  Ⅱ① 79ページ)

● 商品の「簡単な価値形態」

 ・私的労働から生まれた商品は、商品交換をつうじて、価値という社会的性
  格の本質を顕わにし、かつこの本質の現象形態をうみだす

 ・「商品の価値対象性は純粋に社会的なものであることを思い出せば、それ
  がただ商品と商品との社会的関係においてのみ現われうるということも、
  おのずから明らかである」(Ⅰ① 87〜88ページ、Ⅱ① 81ページ)

 ・20エレのリンネルにも1着の上着にも、商品として同様の抽象的人間的
  労働が含まれており、かつ抽象的人間的労働の継続時間が等しいから交換
  されるのであるが、商品交換においては、リンネルの価値と上着の価値は
  異なった価値形態という現象形態をもつ

 ・「本質は現象しなければならない」(へーゲル『小論理学』㊦ 55ページ)

 ・すなわちリンネルという商品の価値という本質は、「相対的価値形態」と
  いう現象形態にあり、リンネルにとって上着という商品は、リンネルの
  「等価形態」という現象形態にある

 ・これを「簡単な価値形態」とよぶ

 ・20エレのリンネルを1着の上着と交換する場合、「リンネルはその価値
  を上着 で表現し、上着はこの価値表現の材料として役立っている」(Ⅰ①
  89ページ、Ⅱ ① 83ページ)

 ・20エレのリンネルの価値は、1着の上着によって相対的にしか表現され
  ないから、相対的価値形態とよばれ、1着の上着は20エレのリンネルと
  直接交換 可能な価値をもつ商品として等価形態とよばれる

 ・等価形態では、その上着という「使用価値がその反対物である価値の現象
  形態になる」(Ⅰ① 103ページ、Ⅱ① 96ページ)

 ・つまり、リンネルの等価形態としての上着は、上着という「使用価値」が、
  使用価値のままでリンネルという「価値の現象形態」になるのである

 ・これが、商品交換をつうじてあらわれる、「私的労働が……直接に社会的
  な形態にある労働になる」(Ⅰ① 107ページ、Ⅱ① 101ページ)価値の現
  象形態である

 ・つまり、上着はリンネルと商品交換されることにより、上着の裁縫労働と
  いう私的労働が、リンネルの等価形態という「社会的な形態にある労働」
  となるのである

 ・「相対的価値形態と等価形態とは、同じ価値表現の、互いに依存し合い、
  互いに制約し合う、不可分の契機であるが、同時に、互いに排除し合う、
  あるいは対立し合う両極端、すなわち両極である」(Ⅰ① 89ページ、Ⅱ
  ① 83ページ)

 ・つまり価値の形態には、相対的価値形態と等価形態とがあるが、両者は商
  品交をつうじて「対立しあう両極端」という矛盾のうちにあり、切り離し
  て理解することは出来ない

 

2.労働の矛盾と商品の矛盾

● 商品を生産する労働の矛盾

 ・労働の二重性とは、商品を生産する労働の矛盾にほかならない

 ・すなわち、商品を生産する労働とは、直接には私的な労働でしかないにも
  かかわらず、生みだされた商品が社会的な市場で交換されるには、社会的
  労働としての実をもたねばならないという矛盾をもっている

 ・この労働の矛盾が、私的な労働としての具体的有用的労働と、社会的な労
  働としての抽象的人間的労働という労働の二重性を生みだしている

● 労働の矛盾が商品の矛盾として現れる

 ・商品生産における労働の矛盾が、商品の矛盾として現れる

 ・すなわち、商品は、労働の矛盾を反映して、一方で私的な具体的労働の生
  産物としての使用価値をもちながら、他方で抽象的労働を含むことによっ
  てどんな商品とも交換できる社会的労働の物質化としての価値をもつとい
  う矛盾をもっている

 ・この商品のもつ矛盾は、商品が社会的な市場において商品交換の過程に入
  ると、「簡単な価値形態」から「展開する価値形態」に発展し、矛盾が顕
  在化して現れることになる

 ・この交換過程における矛盾が、次回で論じる「価値形態の展開」の問題で
  ある