2020年11月21日 講義

 

 

第2講 商品と貨幣

 

[はじめに]

● 矛盾の解決としての発展

 ・前回はリンネルという商品を上着という商品と仮に等価交換するとしたら、
  2つの商品の価値は、相対的価値形態と等価形態という現象形態をとると
  いう「簡単な価値形態」を学んだ

 ・「簡単な価値形態」は、仮定した等価交換ではなく、具体的な商品交換を
  つうじて、矛盾を一つひとつ解決しながらより完全な価値形態に発展する

 ・いわゆる「矛盾の解決(止揚)としての発展」という弁証法であり、事物
  の内の矛盾を解決することによって、事物がより高い段階に発展すること
  を意味する

 ・「運動そのものが1つの矛盾」(全集⑳ 125ページ)であり、「矛盾をた
  えず定立しながら同時に解決してゆくことが、すなわち運動なのである」
  (同)

● 何のために価値形態を論じるのか

 ・1つには、相対的価値形態と等価形態の対立・矛盾をつうじて、商品交換
  が発展し、ついには商品のもつ価値と使用価値の対立という矛盾が解決さ
  れて、貨幣が誕生することを証明するため

 ・2つには、貨幣とは、商品が発展して貨幣となったものであり、その「商
  品貨幣」は価値のない「貨幣章標」にたえず移行する危険性をもっている
  ことを明らかにするため

 ・3つには、「現代貨幣理論(MMT)」は「価値論なき貨幣理論」にすぎ
  ないことを明らかにするため

 

1.価値形態の展開

●「全体的な、または展開された価値形態」

 ・「簡単な価値形態」は、商品交換をつうじて、「全体的な、または展開さ
  れた 価値形態」に展開する

 ・例えば、狩猟民族が毛皮をもって、他の諸民族との間で、ナイフ、弓、塩、
  米 等々と交換する事例である

 ・「展開された相対的価値形態」とは、1枚の毛皮のことであり、それが、
  2丁の ナイフ、1張の弓、10gの塩、5合の米等々という多数の「特殊
  的等価形態」と交換される形態である

 ・しかし「展開された価値形態」は、狩猟民族にとっては、毛皮は他種族の
  すべての商品と交換しうるが、他種族にとっては他のすべての商品と交換
  しうる商品は存在しないという矛盾をもっている

●「一般的価値形態」

 ・そこで「全体的な、または展開された価値形態」は、この矛盾を解決しよ
  うとして、さらに展開されて「一般的価値形態」になる

 ・すなわち「展開された相対的価値形態」と「特殊的等価形態」の関係を逆
  にすると、「一般的な相対的価値形態」と「一般的等価形態」の関係がえ
  られる

 ・つまり、2丁のナイフ、1張の弓、10gの塩、5合の米等々という一般
  的な相対的価値形態にある諸商品の持主は、1枚の毛皮という何とでも交
  換しうる一般的等価物を求めることになる

 ・「新しく得られた形態は、商品世界の諸価値を、商品世界から分離された
  1つの同じ商品種類」(Ⅰ① 120ページ、Ⅱ① 113ページ)、すなわち毛
  皮で表現している

 ・しかし「一般的価値形態」は、すべての商品と交換するためには、毛皮を
  持ち歩かなければならず、重いし、かさばって大変という矛盾をもつ

●「貨幣形態」

 ・そこでこの矛盾を解決すべく、商品世界から排除された一般的等価形態は、
  「貨幣形態」としての貨幣商品となる

 ・貨幣商品の誕生により、すべての商品は貨幣商品を使って他のどんな商品
  とも交換可能となり、商品のもつ使用価値と価値との矛盾は解決される

 ・「一商品が一般的等価形態にあるのは、ただ、その商品が他のすべての商
  品によって等価物として排除されるからであり、またその限りでのことで
  ある」( Ⅰ ① 125ページ、Ⅱ ① 118ページ)

 ・「この特権的地位を歴史的にかちとったのは、特定の商品、すなわち金で
  ある」( Ⅰ ① 126ページ、Ⅱ ① 119ページ)

 

2.商品の物神的性格

 ・商品の価値は、抽象的人間的労働がうみだしたものでありながら、物とし
  ての商品が生まれながらもっている物の属性のようにみえる(商品物神)

 ・とりわけ金は、生まれながらに何でも買える力をもっている物のようにみ
  える(貨幣物神)

 ・このように人と人との関係が物と物との関係のように転倒してあらわれて
  人間を支配することを「物神崇拝」(Ⅰ① 131ページ、Ⅱ① 124ページ)
  とよぶ

 ・貨幣に物神性が生じるのは、人間そのものの社会的関係が生じる商品生産
  社会においてのみであって、1人の人間が生活する孤島では貨幣に物神性
  は生じない

 

3.貨幣

● 貨幣は商品世界の完成形態

 ・「商品世界のまさにこの完成形態—貨幣形態—こそは、私的諸労働の社会
  的性格を、したがってまた私的労働者たちの社会的諸関係を、あらわに示
  さず、かえって、物的におおい覆すのである」(Ⅰ① 136ページ、Ⅱ①
  129ページ)

 ・貨幣は、商品のもつ矛盾を「商品と貨幣」に分化することで解決する、商
  品世界の「完成形態」

 ・「商品の本性のうちに眠っている使用価値と価値との対立」(Ⅰ① 156ペ
  ージ、Ⅱ① 149ページ)は、「商品と貨幣とへの商品の二重化」(同、同)
  によって、解決される

● なぜ金銀は貨幣商品となったか

 ・「金銀は生まれながらにして貨幣ではないが、貨幣は生まれながらにして
  金銀である」(Ⅰ① 160ページ、Ⅱ① 152ページ)

 ・というのも、金銀の諸属性が貨幣の諸機能に適しているから

 ・すなわち、金銀は希少なため、大量の労働で少量の金銀が生産されるとこ
  ろから、少量で高価であること、同じ均等な質をもっていること、少量か
  ら大量まで任意に分割・合成ができること、変質しにくいこと、などの貨
  幣にふさわしい 属性をもつから

● 貨幣の3つの機能

① 貨幣である金は価値の尺度である

 ・価値尺度とは、商品の価値量は、金の量で表現するほかはないということ

 ・「価値尺度としての貨幣は、諸商品の内在的価値尺度である労働時間の必
  然的現象形態である」(Ⅰ① 167ページ、Ⅱ① 160ページ)

 ・「ある1つの商品の金による価値表現は、その商品の貨幣形態またはその
  商品の価格である」(Ⅰ① 168ページ、Ⅱ① 161ページ)

 ・金が価値尺度になるということは、商品の価値量が金の一定の量として表
  現されることによって、その商品の価格も示されるということ

 ・江戸時代の貨幣単位「両」も、金4匁(1匁は3.75g)という重さの単位を
  示すものであると同時に、商品の価格をも示すものであった

 ・すなわち、貨幣は「価値の尺度」であることによって、「価格の度量基準」
  つまり、1円の10倍が10円であり、100倍が100円であるという
  価格を測る基準となっている

 ・しかし流通手段としての貨幣にとって重要なのは「価格の度量基準」であ
  るから、「価格の度量基準」としての貨幣は、次第に「価値尺度」として
  の貨幣から分離してゆく

 ・貨幣は国家が造幣する鋳貨となることにより、「金属重量での貨幣名とそ
  の慣習的重量名での分離を世の習わしにする」(Ⅰ① 177ページ、Ⅱ①
  170ページ)

 ・こうして貨幣名は重量単位から分離されることになるが、「度量比率の不
  変性」( Ⅰ ① 174ページ、Ⅱ ① 167ページ)によって、貨幣名は引きつづ
  き利用されることになる

② 貨幣は流通手段

 ・貨幣は、W(商品)—G(貨幣)—W(商品)という商品流通の媒介者と
  して、「流通手段という機能を受け取る」(Ⅰ① 201ページ、Ⅱ① 194ペ
  ージ)

 ・流通する貨幣の総量は、その社会の諸商品の価格総量を貨幣片の流通回数
  で除した数値によって、一定値が与えられている

 ・「流通手段としての貨幣の機能から、貨幣の鋳貨姿態が生じる」(Ⅰ① 218
  ページ、Ⅱ① 211ページ)

 ・鋳貨とは、金の一定の重量部分を、流通に適するように国家が造幣して鋳
  貨にすること

 ・「鋳貨機能においては、金属貨幣を他の材料からなる標章または象徴で置
  き換える可能性を、貨幣通流は潜在的に含んでいる」( Ⅰ ① 219ページ、
  Ⅱ ① 212ページ)

 ・流通手段としての貨幣は、「度量比率の不変性」を保ちつつ、「価値尺度」
  から分離して、単なる貨幣章票となる

 ・「金の鋳貨定在は、その実態から完全に分離」(Ⅰ① 221ページ、Ⅱ①
  214ページ)し、「相対的に無価値な物、すなわち紙幣が、金の代わりに
  鋳貨として機能する」 (同、同)

 ・「貨幣の章標に必要なのは、それ自身の客観的社会的妥当性だけであり、
  紙製の象徴はこの妥当性を強制通用力によって受け取る」(Ⅰ① 225ペ
  ージ、Ⅱ ① 218ページ)

 ・国家紙幣の誕生により、鋳貨は次第に貨幣商品の本質を失って、商品交換
  の行われる実体経済から遊離した支払い手段としての貨幣章票(貨幣を象
  徴するもの)となり、金本位制から管理通貨制度に、最後は単なる政府の
  信用貨幣となる危険性を有している

 ・信用貨幣とは、政府の債務保証した貨幣であり「支払い手段としての貨幣
  の機能から直接的に生じてくる」( Ⅰ ① 243ページ、Ⅱ ① 236ページ)

 ・不換制のもとでは、流通する貨幣総量は規定されていないから、流通手段
  として機能する貨幣の総量を上回って過剰に発行された貨幣は、すべて市
  場にとどまりインフレーションを引き起こす

 ・そのため、銀行券の独占的発行権をもつ中央銀行は、政府から独立して公
  定歩合の上げ下げにより金融の統制を行うとされている

 ・財政法5条は、政府の発行する公債については、「日銀に引き受けさせて
  はならない」とされて、政府と日銀の役割を明確に分離している

③ 貨幣は蓄蔵貨幣となる

 ・「販売がそれに続く購買によって補われなくなるやいなや、貨幣は不動化」
  ( Ⅰ ① 227ページ、Ⅱ ① 220ページ)し、蓄蔵貨幣となる

 ・蓄蔵された「貨幣は、国内の流通部面から外へ歩み出るとともに、価格の
  度量基準、鋳貨、補助鋳貨、および価値章標という、国内の流通部門で成
  長する局地的諸形態をふたたび脱ぎ捨てて、貴金属のもともとの地金形態
  に逆戻りする」( Ⅰ ① 247〜248ページ、Ⅱ ① 242ページ)

 ・すなわち蓄蔵貨幣は世界貨幣となる

 ・「世界貨幣は、一般的支払手段、一般的購買手段、および富一般("普遍
  的富")の絶対的社会的体化物として機能する」(Ⅰ① 250ページ、Ⅱ①
  244ページ)

 ・世界貨幣は、「つねに、現実の貨幣商品、生身の金銀が必要とされる」
  (Ⅰ① 251〜252ページ、Ⅱ① 245ページ)

● 金本位制から管理通貨制度へ

 ・金本位制から管理通貨制度への移行は、鋳貨機能により、金属貨幣が、紙
  幣という無価値な貨幣章票となることを意味している

 ・金本位制とは、一国の貨幣の単位が金の一定量と結びつけられ、通貨と金
  との兌換が保証されている貨幣制度

 ・兌換とは、政府または発券銀行が紙幣の所持人の請求に応じて、金の一定
  割合で兌換する交換比率を法で定めていることであり、中央銀行は一定の
  金準備を必要とすることになる

 ・金本位制は、1929年の世界恐慌のもとで、主要資本主義国の中央銀行の金
  準備がゆらいできたため、1936年兌換性を停止し、それにかわって、管理
  通貨制度が登場

 ・管理通貨制度とは、銀行券の発行を国家と結びついた中央銀行が独占し、
  国家によって強制通用力を与えられた紙券を金と交換しえない不換紙幣と
  して発効する制度

 ・管理通貨制度のもとで、国際的取引における基軸となる通貨が存在しなく
  なり、各国の通貨の交換比率である国際的為替相場は不安定になった

 ・そこで、第2次大戦後、国際通貨制度の確立が問題となり、1944.7 ブレト
  ンウ ッズ会議でIMF体制を確立(1945年発効)

 ・アメリカが世界最大の経済大国となったことを背景に、国際通貨基金(I
  MF) や世界銀行の設立と同時に、アメリカ・ドル(金1オンス=35ドル)
  を基準に、IMF加盟国の通貨の交換比率を固定化した(1ドル360円)

 ・アメリカは金保有の減少を理由に、1971.8 ニクソン・ショックにより、
  金1オンス=35ドルの交換を停止し、IMF体制は崩壊した

 ・この金ドル交換停止により、世界の貨幣はすべて商品貨幣ではなくなって、
  価値のない単なる貨幣章票となり、国際的為替相場は、固定相場制から変
  動相場制に移行した

●「現代貨幣理論(MMT)」批判

 ・金ドル交換停止以後、この変化に対応する理論として、「現代貨幣理論(
  MMT)」がアメリカのオカシオ・コルテス民主党議員の主張からブーム
  になり、賛否両論がある(民主党のサンダーズは反対)

 ・MMTとは、貨幣を政府の負債であるとみなし、政府は債務がどれだけ増
  加しても、通貨発行で債務の償還が可能だから、政府は税収や債務残高に
  とらわれずに、財政政策の実現が可能であるとする貨幣論

 ・日本では、政府が国債を発行し、中央銀行(日銀)は民間金融機関に買い
  取らせた国債を高値で買いとるという脱法行為により、紙幣を刷って国債
  を買い続け、政府はその紙幣で赤字財政でも財政出動を続けることで、M
  MTに加担している

 ・前英国労働党コービン党首による「人民のための緩和政策」にみられるよ
  うに、MMTを根拠として、富裕層や大企業への増税ぬきに貧困層支援の
  ための赤字財政も可能とする理論も広がりを見せてきた

 ・しかし、国債増発による信用貨幣の乱発は、将来の税収の先取りとして国
  民への大増税をもたらすか、あるいは国債価格の大暴落により円安を生み
  だし、国際的信用を失うと同時に輸入物価を上昇させる

 ・不換制のもとでインフレーションを阻止するには、政府の財政支出は原則
  として税収の範囲内で行い、中央銀行は貨幣の発行・管理と金融政策を担
  当するという、政府と中央銀行との間での明確な役割分担が必要なのに、
  MMTは中央銀行の独立性を否定してインフレーションを引き起こす

 ・また他方で、日銀は異次元の金融緩和からの「出口」が見つからず、仮に
  緩やかでゆっくりとした「出口」を想定した場合、日銀には累計19兆円
  もの損失が発生するとされている

 ・貧富の格差拡大は、資本主義の根本矛盾であり、生産手段の社会化によっ
  てのみ解決できるのであり、MMTの積極財政では貧富の格差は拡大する
  ばかりである

 ・結局「金融の世界にミラクルは存在しない」(建部正義中央大学名誉教授)
  のであり、MMTは「価値論なき貨幣理論」(同)にすぎない