2021年5月15日 講義

 

 

第8講 利潤率の傾向的低下の法則

 

《第3部 資本主義的生産の総過程》

[はじめに]

● 第3部は「資本主義的生産の総過程」を取り扱う

 ・第1部、第2部で資本主義の本質を学んだので、第3部ではその本質がど
  のように現象するのかという資本主義の現象形態である「資本主義的生産
  の総過程」が論じられる

 ・したがって第3部では、利潤率低下の法則との関連において、新自由主義
  やカジノ資本主義という21世紀の資本主義の諸現象も論じることになる

 ・『資本論』は、資本主義社会の「経済的運動法則を暴露する」(Ⅰ① 14
  ページ、Ⅱ① 12ページ)ことを最終目的とするものであり、この第3部
  で資本主義社会の「必然的没落」(Ⅰ① 33ページ、Ⅱ① 29ページ)と
  未来社会としてのアソシエーションも論じられる

● 第3部の主題

 ・第1篇から第3篇では、剰余価値という本質の現象形態である利潤と、平
  均利潤率が論じられる。平均利潤率は、生産力の発展のなかで生じる資本
  構成の高度化によって、利潤率の傾向的低下の法則となって現れ、利潤第
  一主義を貫く資本主義にとっては、自己の目的に相反する決定的な矛盾と
  して必然的没落への道を突き進むことになる

 ・第4篇から第6篇では、第1部、第2部で論じた産業資本の生みだした剰
  余価値(利潤)から利潤の配分を受ける、商人資本、利子生み資本と、土
  地所有者の地代の問題を扱う。利子生み資本とは、銀行資本のことであり、
  銀行資本のもとで現実資本と貨幣資本の乖離が生じ、マネー・ゲームの大
  元がつくられる

 ・最後の第7篇は『資本論』の総括である。物神崇拝の克服の問題と、資本
  主義の「必然的没落」からアソシエーションという未来社会への段階的発
  展を扱う

 

1.利潤は剰余価値という本質の現象形態

● 利潤による資本関係の神秘化

 ・資本は利潤の獲得を目的に運動している

 ・「利潤は剰余価値の転化した形態であり、剰余価値の源泉とその定在の秘
  密とを隠蔽し湮滅(いんめつ)する形態である」(Ⅰ⑧ 82ページ、Ⅱ⑧ 79
  ページ)

 ・資本にとって利潤とは、商品の販売価格から、商品生産にかかった費用(
  費用価格)を差し引いたもの

 ・「商品の価値のうち、消費された生産諸手段の価格と使用された労働力の
  価格とを補填するこの部分は、……資本家にとっては商品の費用価格をな
  す」(Ⅰ⑧ 49ページ、Ⅱ⑧ 47ページ)

 ・つまり資本家は、「もともと商品の価値には利潤は含まれていないのであ
  って、費用価格こそが商品に内在的な価値であり、利潤はこの内在的価値
  よりも高く売ることから生じる」(大谷『図解社会経済学』305ページ)
  と考える

 ・資本家にとっては、商品をその価値以下で売っても、費用価格さえ手に入
  れば利潤が得られるという「資本主義的競争の基本法則」(Ⅰ⑧ 64ペー
  ジ、Ⅱ⑧ 63ページ)が得られる

 ・したがって、「商品の販売価格の最低限界は、その費用価格によって与え
  られている」(Ⅰ⑧ 65ページ、Ⅱ⑧ 63ページ)

 ・費用価格と利潤という形態では、剰余価値の本質は覆いかくされ、「こう
  して資本の価値増殖過程の神秘化が完成される」(Ⅰ⑧ 58ページ、Ⅱ⑧ 56
  ページ)

 ・資本が新価値をどのようにして生み出すかは、「いまや神秘化されていて、
  資本そのものに帰属する隠れた素質に由来するように見える」(Ⅰ⑧ 82ペ
  ージ、Ⅱ⑧ 80ページ)

 ・こうして資本家の観念のなかでは、剰余価値の本質を示す剰余価値率(m
  /v)ではなく、資本を神秘化させる利潤率(m/c+v)が支配する

● 平均利潤率と生産価格

 ・資本の有機的構成は、生産部門によって異なる

 ・資本の有機的構成が異なれば、可変資本の割合によって利潤率(m/c+
  v)も異なる

 ・部門間に利潤率の相違があれば、諸資本間の競争により、より高い利潤率
  を求めて、部門間に資本の移動が生じる

 ・資本の移動が自由に行われるなら、競争により利潤率は均等化され、平均
  化されることになる

 ・平均化した利潤率を「平均利潤率」とよぶ

 ・平均利潤を「異なる生産諸部面の費用価格につけ加えることによって成立
  する諸価格、これが生産価格である」(Ⅰ⑧ 272ページ、Ⅱ⑨ 272ページ)

 ・つまり、商品の生産価格=費用価格+平均利潤

 ・「商品の生産価格および平均利潤は、ともに価値法則および剰余価値の法
  則の貫徹形態であるにもかかわらず、価値および剰余価値という本質の転
  化形態として、それらとはまったく異なった独自な姿態をとっている」(
  大谷『図解社会経済学』305ページ)

 ・いわば平均利潤とは、資本家たち全員で取得した総剰余価値を、それぞれ
  の資本量に応じて全員で分かち合う「資本家的な共産主義」(全集㉜ 62
  ページ)である

 ・生産価格と平均利潤率が誕生することにより、後述するように、産業資本
  から生産価格を下回る価格で商品を購入し、生産価格で販売する商人資本
  が誕生し、また貨幣を産業資本に貸してその平均利潤率から利子を分けて
  もらう利子生み資本が生まれることになる

 

2.利潤率の傾向的低下の法則

● 利潤率の傾向的低下の法則の意義

 ・「これは、あらゆる点で、近代の経済学の最も重要な法則であり、そして
  もっとも困難な諸関係を理解するための最も本質的な法則である」(57〜
  58年草稿『資本論草稿集2』557ページ)

 ・「もっとも困難な諸関係」とは、利潤率低下の法則により、「最後には、
  資本の強力的な転覆」(同 559ページ)に至ることを意味する

 ・「これこそは、これまでのすべての経済学を困惑させた難問にたいする最
  大の勝利のひとつなのだ」(「1868.4.2 マルクスからエンゲルスへの手紙」
  全集㉜ 63ページ)

 ・不破氏は、マルクスが1865年の第2部第1草稿で新しい「恐慌の運動論」
  の発見により、資本主義の没落論が大きく変わり、「恐慌は利潤率の低下
  から起きるのではなく、資本の再生産過程に商人が介入することが恐慌を
  引き起こす」(「『資本論』編集の歴史からみた新版の意義」しんぶん赤
  旗 2019.9.23)という「新しい恐慌論」で「必然的没落論」の意義がすっ
  かり変わったと主張している

 ・さらに、不破氏の『「資本論」全3部を歴史的に読む』では、利潤率低下
  の法則を述べた第13章「この法則そのもの」は「輝かしい章」だが、「
  この法則の内的諸矛盾の展開」を述べた第15章は「自分の誤りに気付き、
  そこで展開した理論の主要部分を以後の草稿で取り消した章」(『経済』
  2017.10月号 131ページ)としている

 ・しかしマルクスは、商人の介入という新しい「恐慌の運動論」を発見した
  とする1865年の第2部第1草稿に先立つ「61−63草稿」でも商人資本
  による「流通過程の短縮」を指摘し、また第1草稿の前後を問わず、上述
  のように1858年にも1868年にも利潤率の傾向的低下の法則について、高
  い評価を下している

 ・またマルクスは、第3篇「利潤率の傾向的低下の法則」の第13章と第
  14章とで低下の法則のもつ矛盾を述べ、第15章で「この法則の内的諸
  矛盾の展開」を述べて、第3篇全体を切りはなし難い一体として展開し、
  「利潤率の低下は、利潤の最大化を目的とする資本にとって、自己の目的
  に相反する決定的な矛盾であり、『制限』を意味する」(宮田惟史(これ
  ふみ)駒澤大学准教授『マルクスの恐慌論』665ページ)ことを示した

 ・さらに、利潤率の低下も商人の介入も、恐慌の条件となるのであって、恐
  慌はこれらの諸「条件」と生産と消費の矛盾という「事柄」の結合から生
  じるというべき

 ・関東学院大学・谷野勝明教授は「『恐慌の運動論の発見』と利潤率低下『
  矛盾の展開』論の『取り消し』はあったか」(『経済経営研究所年報』第
  42集)で、「あまりに大胆な見解には不安を感じざるをえない」として全
  面的に不破見解の批判を展開している

● 利潤率の傾向的低下の法則は「二面的な法則」(Ⅰ⑧ 378ページ、Ⅱ⑨
 376ページ)という矛盾をもつ

 ・利潤率低下の原因は、資本が生産力を発展させ、資本の蓄積につれて資本
  の有機的構成を高度化させ、可変資本を減少させるところにある

 ・利潤第一主義を本質とする資本主義的生産のもとでは、利潤率の低下は他
  方で加速的蓄積によって絶対的な利潤量を増大しなければならない

 ・すなわち利潤率低下の法則は、一方では「利潤率の累進的低下の傾向」(
  Ⅰ⑧ 383ページ、Ⅱ⑨ 381ページ)となり、他方では「利潤の絶対的総量
  の恒常的な増大」(同、同)として、「二面的な法則」という矛盾をもつ

 ・利潤率低下の法則のもつ矛盾は、第15章「この法則の内的諸矛盾の展開」
  で展開されて、資本主義的生産様式の歴史的制約性を明らかにする

● 利潤率低下の法則のもつ矛盾は、恐慌とマネー・ゲームを生みだす

 ・「利潤率の低下は、新たな自立的諸資本の形成を緩慢にし、こうして資本
  主義的生産過程の発展をおびやかすものとして現われる。それは、過剰生
  産、投機、恐慌、過剰人口と併存する過剰資本を促進する」(Ⅰ⑧ 415ペ
  ージ、Ⅱ⑨ 412ページ)ことにより、「資本主義的生産様式の被制限性」
  (同、同)を証明する

 ・とくに問題となるのが、利潤率の傾向的低下の法則から生まれる「恐慌」
  と「過剰資本と投機」である

① 利潤率の低下は、恐慌を促進する

 ・第1に恐慌についていうと、利潤率低下の法則のもつ「二面的な法則」と
  いう「抗争し合う作用諸因子の衝突は、周期的に恐慌にはけ口を求める」
  (Ⅰ⑧ 428ページ、Ⅱ⑨ 425ページ)

 ・第7講で学んだように、利潤率低下の法則は、競争戦のもとでの「加速的
  蓄積」と「社会の消費力」は、生産と消費の内的矛盾を外在化させ、生産
  諸部門間の比例性を撹乱させることにより、「資本の過剰と人口過剰の増
  大」という矛盾を生みだす

 ・「資本のこの過剰と人口過剰」は、本来結びつくべきものが分離している
  ことにより、生産と消費の矛盾をさらに拡大し、恐慌を現実化させる

 ・「資本主義的生産は、それに内在するこれらの制限をつねに克服しようと
  するが、しかし、これらを克服する諸手段は、これらの制限をまた新たに
  しかもいっそう巨大な規模で自己の前に立ちはだからせるものでしかない」
  (Ⅰ⑧ 429ページ、Ⅱ⑨ 426ページ)

 ・「資本主義的生産の真の制限は、資本そのもの」(同、同)にあり、資本
  の自己増殖という「制限された目的」(同、同)と「手段—社会的生産諸
  力の無条件的発展」(同、同)とは「絶えず衝突することになる」(同、同)

 ・したがって「資本主義的生産様式が、物質的生産力を発展させ、かつこの
  生産力に照応する世界市場をつくり出すための歴史的な手段であるとすれ
  ば、この資本主義的生産様式は同時に、このようなその歴史的任務とこれ
  に照応する社会的生産諸関係とのあいだの恒常的矛盾なのである」(Ⅰ⑧
  430ページ 、Ⅱ⑨ 426〜427ページ)

 ・つまり、利潤率低下の法則は、恐慌をくり返すことによってさらに矛盾を
  拡大し、利潤第一主義を本質とする資本の自己増殖が抑制されることで、
  「生産の終結点」(Ⅰ⑧ 429ページ、Ⅱ⑨ 426ページ)をもたらす資本主
  義の「恒常的矛盾」をつくり出す

② 利潤率の低下は、資本の過剰生産により、金融投機(マネー・ゲーム)
  を生みだす

 ・第2に、利潤率の低下は、利潤量の増大を求めて必然的に諸資本間の競争
  戦を引きおこし、資本は過剰生産となり、資本は特別利潤を求めて投機に
  逃げ道を見出す

 ・資本の絶対的過剰生産とは「増大した資本が、増大するまえと同じかまた
  はそれより少ない剰余価値総量しか生産しなくなるとき」(Ⅰ⑧ 432ペー
  ジ、Ⅱ⑨ 429ページ)を意味する

 ・資本の過剰生産の「詳しい研究は、利子生み資本などや信用などがいっそ
  う展開される資本のさまざまな運動の考察で問題になることである」(Ⅰ
  ⑧ 431ページ 注3、Ⅱ⑨ 428ページ 注3)

 ・マルクスは信用制度の重要なテーマとして、「資本のいわゆる過多(プレ
  トラ)」(Ⅰ⑩ 841ページ、Ⅱ⑪ 822ページ)の問題をあげている(詳し
  くは第9講で)

 ・信用制度のもとで、過剰となった資本は、大量の貨幣資本を再生産過程か
  ら引きあげてモノづくりから金融投機に回し、経済の金融化としてのマネ
  ーゲームが始まる

 ・とくに、1971年の金ドル交換停止以降、固定相場制から変動相場制に移行
  したため、過剰となった資本は、信用制度のもとで金融投機に回り、カジ
  ノ資本主義の本格的到来を招くことになった

 ・こうして貨幣資本の過剰と経済の金融化のもとで、「一方では、総需要を
  構成する企業投資と家計支出が停滞して国内市場が収縮し、他方では、金
  融機関と機関投資家の手元にますます大きな貨幣資本が累積するという形
  で、現実資本と貨幣資本のアンバランス(貨幣資本の過剰)が極度に拡大
  した」(高田太久吉中央大学教授『金融恐慌を読み解く』269ページ)

 ・しかし、カジノ資本主義は、2008年のリーマンショックにみられるように、
  金融バブルという新たな矛盾を生みだし、それを乗り越える手段は、その
  制限を新しいより拡大された規模で再生産させるものでしかなく、実体市
  場から乖離して、金融市場を膨張させ、株価の異常な値上がりで、貧富の
  格差をさらに飛躍的に拡大した

 ・リーマンショックの過程で、「大手金融機関やヘッジファンドなどの『洗
  練された』リスクマネジメントが金融危機の予測や防止に何の役にも立た
  ないこと、さらに、大手格付け会社の格付けも資産担保証券のリスク評価
  に関してはまったく信頼できないことが明らかになった」(同 270ページ)

 ・「こうして、近年の金融証券化を支えてきた重要な柱が、ことごとく機能
  麻痺に陥り、倒壊した」(同)

 ・結局「『経済の金融化』のもとで、略奪的金融と資産(擬制資本)インフ
  レに依存しながら不安定な『成長』を続けてきた現代資本主義が、もはや
  部分的な手直しや修正では克服できない大きな歴史的限界と矛盾に逢着し
  たことを示しており、その意味で、現代の資本制生産の歴史的限界を表し
  ていると見るほかはない」(同 271ページ)

 ・言いかえると、利潤率低下のもたらした「経済の金融化」は、略奪的な金
  融によって、資本主義の根本的矛盾である貧富の格差をさらに拡大し、「
  現代の資本制生産の歴史的限界」を示している

● 利潤率低下の法則は資本主義的生産様式の歴史的制約性を示すもの

 ・マルクスは、第3篇第15章「この法則の内的諸矛盾の展開」の第3節の
  最後の方に、「資本主義的生産様式の制限は、次のことに現われる」とし
  て、恐慌とマネー・ゲームの2つを指摘している

 ・すなわち、1つは、「労働の生産力の発展は、利潤率の低下を招く」(Ⅰ
  ⑧ 444ページ、Ⅱ⑨ 440ページ)ことで、「生産力自体の発展にもっと
  も敵対的に対抗し、したがって、つねに恐慌によって克服されなければな
  らない1つの法則」(同、同)を生みだすこと

 ・2つは、資本主義的生産様式では、「利潤の生産および実現が停止を命ず
  るところで停止する」(同、Ⅱ ⑨ 441ページ)ところから、利潤率が低下
  すれば「なんらかの特別利潤を確保するための、新たな生産方法・新たな
  投資・新たな冒険における熱狂的な試みによって、思惑と思惑の一般的な
  助長とが現われる」(Ⅰ⑧ 445ページ、Ⅱ⑨ 441ページ)こと

 ・つまり、利潤率低下の法則から生まれる恐慌とマネー・ゲームは、資本主
  義的生産様式が「1つの歴史的な生産様式でしかない」(Ⅰ⑧ 446ページ、
  Ⅱ⑨ 442ページ)ことを示すものとなっている

 ・というのも、利潤率低下の法則は、利潤第一主義を本質とする資本主義的
  生産様式のもとで、くり返される恐慌を節目に、資本の自己増殖が制限さ
  れ、その矛盾を克服しようとしてマネー・ゲームに救いを求めるが、逆に
  マネー・ゲームは貧富の格差をさらに拡大して新たな恐慌の原因をつくり
  出すことにより、資本主義的生産様式は抜け道のない無間地獄に追い込ま
  れることになる

 ・「利潤率は資本主義的生産における推進力であり、そして利潤をともなっ
  て生産されうるものだけが、また、その限りでのみ、生産される」(Ⅰ ⑧
  445ページ、Ⅱ⑨ 441ページ)のであり、利潤率低下の法則のもとでは、
  資本主義的生産様式が 「絶対的な生産様式ではなく、物質的生産諸条件の
  一定の制限された発展 期に照応する1つの歴史的な生産様式でしかない」
  (Ⅰ⑧ 446ページ、Ⅱ⑨ 442ページ)ことが明らかになっている