2008年11月19日 講義
第9講 予備概念 ④
「A客観にたいする思想の第1の態度」⑵
30節 ── 古い形而上学は理性的対象を表象において取りあげた
● 古い形而上学の対象は、魂、世界、神など
・これらの対象は、普遍と特殊という対立物の統一としての「統体」(141
ページ)
・したがって、ほんらい理性でとらえるべき対象
● 古い形而上学は、これらの対象を思惟においてではなく「表象から取り上
げ」(同)た
・思惟されたものとしてではなく、単に表象された魂、世界、神などを「与
えられた主語」(同)とする
・それに悟性的な「あれかこれか」の述語を結合
・述語が適当か否かの基準は表象のみ
31節 ── 判断形式の一面性
● 表象は不確かな規定をあたえるのみ
・理性的対象は「思惟によってはじめて確かな規定」(同)がえられる
● 古い形而上学は、理性的対象を判断の形式でとらえようとする
・判断の形式は、表象された主語を述語となる思惟規定によって示そうとす
るもの
・判断の形式は一面的
● 判断の形式は「具体的なもの」の真理を表現するには適しない
・「具体的なもの」はすべて無限なもの
・有限な事物には判断の形式でもよい
・無限なものの真理は、対立物の統一にあり、普遍と特殊の統一としての推
理の形式が求められる
31節補遺 ── 古い形而上学は対象の表象を前提とするから
自由ではない
● 自由な思惟は、前提をもたない
・ギリシア哲学の思惟は自由
・スコラ哲学は「教会から与えられた」前提をもつから自由ではない
● 古い形而上学も対象の表象を前提にもつから自由ではない
・客観を「できあがったものとして前提」(142ページ)
・現代人はあまりに多くのことを知り、多くの表象をもっているから自由に
なれない
32節 ── 古い形而上学はドグマティズム
● 古い形而上学はドグマティズム(一面観)
・「二つの対立した主張のうち、一つが真理で他は誤謬でなければならない
」(143ページ)とする
● 対立する二つの主張はどちらも一面的 ── 真理は対立物の統一にある
32節補遺 ── 形而上学と弁証法
● 二つのドグマティズム
・古代の懐疑論のいうドグマティズム(広義)── あらゆる定説をドグマテ
ィズムとして否定。弁証法もドグマティズムとする
・古い形而上学のドグマティズム(狭義)── 二つの対立する規定のうち
一方が真理、他方が誤謬であるとする
● 弁証法とは何か
・狭義のドグマティズムを否定し、対立物の統一(統体)に真理があるとす
る
・客観的事物(「具体的なもの」)は、すべて対立物の統一としてのみ存在
する
・対立物の統一とは、一面性の揚棄
● 形而上学のドグマティズムの「頑固」(145ページ)さ
・事物を固定したもの、静止したものとして一面的にとらえるドグマティズ
ムは「意識の日常の活動」(134ページ)の「頑固」な「信念」(同)
・「理性の戦いはまさに、悟性によって規定されたものを克服することにあ
る」(同)
33節 ── ヴォルフの「存在論」批判
● ヴォルフは「有、定有、有限、単純、複合、等々という概念」(同)を「
経験的かつ偶然的な仕方で枚挙」(同)するのみ
・カテゴリーそれ自体の真理性を問題にしない
・真理は判断形式における主語と述語の間の「矛盾の欠如」(146ページ)
にあると考えている
● 概念と、概念の規定性は、対立物の統一
・概念(真の姿、真にあるべき姿)は、特殊と普遍の統一
・「有、定有、有限」などの概念の規定態も同様に対立物の統一
・真理が「矛盾の欠如」だとすれば、カテゴリーに真理は存在しないことに
なってしまう
34節、同補遺 ── ヴォルフの「合理的心理学」批判
● 経験的心理学と合理的心理学
・魂(精神)の「内的本性」(146ページ)を思惟によってとらえようとす
るもの
・「魂の諸現象を経験的に考察する」(同)経験的心理学よりも「高い立場
」(147ページ)
● ヴォルフは、魂の本質を「直接に現存している」(同)物としてとらえた
・精神を物としてとらえる誤り
・精神を内から外に「発現するもの」(148ページ)ととらえず ── 精神の
「特殊性を回避」(147ページ)
・精神の内と外、本質と現象を統一してとらえるべき(経験的心理学は現象
のみ、ヴォルフは本質のみ)
35節、同補遺 ── ヴォルフの「宇宙論」批判
● 自然は必然、精神は自由と、自由と必然を対立のうちにとらえる
・しかし「自己のうちに必然を含んでない自由も、自由のない必然」(149
ページ)もともに真実でない規定
・真理は自由と必然の統一にある
● 善と悪も絶対的に対立するものではない
・ここにいう善とは、人間としての真にあるべき姿
・悪は、単に善の否定という消極的なものであって「独立の存在」(150ペ
ージ)をもたない
・悪は、善の「絶対的な仮象」
36節 ── ヴォルフの「合理的神学」批判
● 神の概念
・「神とは純粋な実在性」
・神の表象に述語を結合するのみ
・神を「生命のない」(151ページ)「空虚な抽象物」(同)にとどめるも
の
● 神の存在証明
・有限な現存世界から無限な神を証明しようとするもの
・有限な現存世界から神を解放しえず
・ヘーゲルは、神を具体的普遍としてとらえることで現存世界から解放する
●「神とは純粋な実在性」と規定しているので、神のさまざまな属性は消失
・有限な世界の諸性質は、有限でありながら無限(神の属性として)という
矛盾
・諸性質を「限りなく量的に増大」して解決しようとするが、矛盾は解決さ
れず
36節補遺 ── 神を悟性によって考察
● ヴォルフは、理性でどこまで神を認識できるか確かめようとする
・しかし、彼は神を「悟性によって考察する」(153ページ)にとどまった
・ 神は「否定性を含まぬ肯定性」(同)「最も実在的な存在」(同)とされ
る
●「規定とは否定である」(スピノザ)
・神を規定することは、否定性をもつものとしてとらえること
・神を「純粋な肯定性」としてとらえることは規定しえないことを意味する
から、「いかなる認識も不可能」(154ページ)となる
・純粋な肯定性は純粋な否定性
● 理性のおこなう神の存在証明
・円環的証明 ── 出発点は帰結を証明し、帰結は逆に出発点を証明する
・根拠が帰結に、帰結が根拠に
●「神は帰結でありながらも同時にわれわれの出発点をなしているものの絶
対的根拠である」(155ページ)── 三位一体論に示される円環証明
● 合理的神学のとらえる神は有限なもの
・特殊を排除した抽象的普遍としてとらえるもの
・しかし「思想のみが存在の本質」(同)とする積極面有り
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