『21世紀の科学的社会主義を考える』より

 


まとめにかえて

 本書は、広島県労働者学習協議会主催の哲学講座「二一世紀の科学的社会主義を考える」(二〇一〇年五月から二〇一一年一二月)の二十回分の講義に加筆・訂正・整理をしたものです。
 これまでの著作は、すべて県労学協編となっていますが、今回は編集委員会での集団的討論をすることができませんでした。一つには講義と並行して出版準備がすすめられたため、受講生を中心とする編集委員会の討論に委ねる時間的余裕がなかったためです。もう一つには本書の三つのテーマの一つである「社会主義論」に関し、日本共産党の社会主義論を論じることになりましたが、この問題では筆者個人の責任で論じることで責任を明確にしておいた方がよいと考えたためです。
 「はじめに」で記したように、県労学協再建以来の問題意識は、ソ連・東欧の崩壊を受け、あらためて科学的社会主義とは何かを探求することにありました。本書はその集大成ともいうべきものであり、本書をもって一応その意図は完結したことになります。四半世紀に及ぶ宿願をようやく果たした思いです。
 本書の特徴をいくつか指摘しておきたいと思います。一つは人間の類本質を「自由な意識 」「共同社会性」「人間的価値」の三つととらえたことです。一般に自由と民主主義は人間にとって普遍的価値をもつといわれていますが、問題はなぜそうなのかにあります。自由と民主主義は「自由な意識」と「共同社会性」という二つの類本質を反映した価値であるところから、普遍的かつ本質的「人間的価値」となっているというのがその回答となっています。
 そして社会主義とは疎外された人間性を回復し、普遍的かつ本質的価値としての自由と民主主義を全面的に開花させる社会であり、したがって科学的社会主義の学説において自由と民主主義はその本質的構成要素をなすことを明らかにしました。
 二つには、社会主義とは何かの問題について、生産手段の社会化、社会主義的な計画経済、プロレタリアートの執権の三つの基準に適合する社会といわれることがありますが、果たしてそれだけでいいのかと問い返したことにあります。社会主義の基本理念は人間を疎外するいっさいの諸関係をくつがえし、人間を「最高の存在」とする真のヒューマニズムにあり、いわゆる三つの基準はその理念を実現する手段としてとらえるべきものと考えました。
 それに関連して社会主義をめざす運動としての階級闘争は「闘争」という言葉のもつ敵対的ニュアンスにも、かかわらず人間性を回復させる真のヒューマニズムの運動であることを明確にしました。それは日本共産党の東日本大震災の被災者救援・復興への組織的かつ系統的な取り組みに象徴されているところです。
 三つには、真理には事実の真理と当為の真理があることを明らかにしました。事実の真理とは「世界はどうあるか」の真理であり、当為の真理は「世界はどうあるべきか」の真理です。政治の世界で問題とされるのは、すべて当為の真理であり、それは「真理は必ず勝利する」といわれる場合の真理です。科学的社会主義の学説は革命の哲学ですから、事実の真理をつうじて当為の真理を探究することをもってその課題とするのであり、この二つの真理を手にする武器が弁証法的唯物論にほかならないのです。
 この見地からマックス・ウェーバーの二元論、つまり存在と当為を峻別し、当為の真理を否定する論理の誤りを指摘しておきました。それは現代においても当為の問題は価値判断の問題にすぎないとして、当為にも真理が存在することを否定する誤った見解の根拠となっているからです。
当為の真理に関連して、人間としていかに生きるべきかという生き方の当為が「人間的価値」とよばれるものであり、そのなかにあって普遍的かつ本質的な「人間的価値」である自由と民主主義を求める生き方こそ生き方という当為の真理であることも明らかにしました。
 四つには「弁証法的唯物論の定式化」の問題に関して、弁証法の基本法則を定式化すると同時に、弁証法が、なぜ真理認識の唯一の方法であり、この道を通る以外には真理に接近しえないのかを、できるだけ分かりやすく論じたつもりです。あわせて客観的弁証法と主観的弁証法との同一と区別の問題も論じておきました。こうした点では他に類書をみないものとなっています。
 また本書全体にわたって随所に弁証法の具体的使用例を紹介し、とりわけ「社会主義論」において意識的に弁証法を使って実践的に弁証法を身につけうるよう工夫してみました。
 ほかにもいろいろありますが、こうした特徴は本書を問題提起の書としています。本書を機に本書への反論、批判を含めて科学的社会主義とは何かの論議が風発することになれば、本書の意図も達せられたことになります。それを大いに歓迎し、期待していることを最後に記してまとめにかえたいと思います。

二〇一一年 一〇月 三日
           高村 是懿