『ヘーゲル「精神現象学」に学ぶ』より

 

 

第六講 「C 理性」 ②

「純粋性と外的現実に対する関係とにおける自己意識の観察
 論理学的法則と心理学的法則」

 自然の観察から人間の観察へ

 「C 理性」では、全体として理性とは最高の段階における意識であって、全世界を変革する意識であることを論じています。しかし全世界を変革するためには、まず対象の真の姿を法則としてとらえ、その法則のうえにたって真にあるべき姿を認識することによる合法則的な変革でなければなりません。そこで「C 理性」は「A 観察する理性」として出発し、観察をつうじて概念である法則をとらえようとします。
 前講の「 自然の観察」では、自然の法則性を問題にしましたが、「 純粋性と外的現実に対する関係とにおける自己意識の観察 論理学的法則と心理学的法則」では、人間の観察をつうじて人間の法則をとらえようとします。それは大きく人間の思惟法則としての「論理学的法則」と、人間の行動の法則としての「心理学的法則」とに分けて論じられます。
 以上の見出しの意味をふまえて、テキストに入っていくことにしましょう。

 思惟法則の観察

 自然の観察では、内と外という範疇にとらわれて概念をうちに含む対立物の統一という法則を見いだすことはできませんでした。そこで当時の観察する理性は、自己意識のうちであれば対象を媒介する「自由な概念」(一七八ページ)をもった法則が存在するのではないかと考え、「思惟の法則」(同)の探究に向かうことになります。「観察が自己自身に返り、自由な概念として現実的である概念に向うとき、まず初めに見つけるのは、思惟の法則」(同)なのです。つまり考える存在としての人間自身を観察し、人間の考え方における法則性を探究しようというのです。
 まず「純粋思惟の法則」(同)は、A=Aという「実在のない純粋に形式的なもの」(同)である形式論理学としてとらえられます。それは対象を固定したものとしてとらえる論理であり、「自らに分裂をもたない空しい抽象」(同)にすぎず、内容をもたないように見えます。しかし実際には、このA=Aという「概念は自体的に内容をもっており」(同)、Aという同一のうちにやBなどの区別を含むという内容をもっている、同一と区別の統一なのです。したがって「この場合の形式とは、自らの純粋な諸契機のうちへ分裂して行く一般者に、ほかならない」(同)のです。
 と言っても、この形式論理学のもつ同一と区別という内容は、「観察としての観察にとってのものである限り、見つけられた」(同)内容にすぎないのであって、誰もが気のつく内容ではありません。したがって形式論理学は、鋭い観察者の目が存在しないかぎり「固定したいくつかの規定態」(一七九ページ)をもつにとどまり、「思惟の真理ではない」(同)のであって、これをもって「知の法則と考えられてはならない」(同)のです。
 人間の知は不断に変化するものですから、知の法則とは、「固定した法則」(同)としてではなく、「知の否定性」(同)として示されなければなりません。それが対立物の統一としての「思弁哲学(論理学)」(同)、つまり弁証法的論理学ですが、その詳細を論じるのは論理学の仕事であって、『現象学』の仕事ではありません。
 しかし一言しておくと、弁証法的論理学では、対立する二つの「契機の真理となるものは、思惟する運動の全体、知そのもの」(同)としての対立物の統一です。「思惟のこのような否定的統一」(同)、言いかえると主観と客観の統一は、次の「B 理性的自己意識の自己自身による実現」で論じる「行為的意識」(同)で実現されることになります。
 「行為的意識というものは、他在を廃棄し、自分自身を否定的なものと直観することのうちに、自らの現実をもつという形で、自立しているもの」(同)だからです。すなわち行為的意識とは、概念をかかげた行為によって現実を変革し、主観と客観を統一しようとする意識ですから、概念をうちに含む法則をもつと考えられるのです。この行為的意識の法則を問題とするのが、心理学にほかなりません。

 心理学的法則の観察

 ヘーゲルの時代には、心理学はまだ哲学に付随した学問にすぎませんでしたし、その内容も、個々人の内なる精神と外なる行動との間の法則を行動面から探究しようというものにとどまっていました。ヘーゲルは心理学の課題を「個性の法則を見つけること」(一八一ページ)としています。さらに「この法則の内容をなす」(同)二つの契機として、一つは「個性そのもの」(同)、二つは「環境、境遇、慣習、風俗、宗教など」(同)をあげ、「一定の環境が個性にどんな作用と影響を及ぼすか」(同)の法則性の探究をもって心理学の課題としています。
 その結論は、「個人は、流れこむ現実の流れを、自分のところにそのまま放任するか、それともそれを断ち切って、方向を変えてしまうか、その何れか」(一八二ページ)であるとして、結局のところ「個人の世界は、個人自身からのみ理解さるべき」(同)ものであり、「心理学的必然性は全く空しい言葉」(同)だとしています。まだブラックボックスとしての「心」のはたらきそのものを探究する手段をもたなかったヘーゲルの時代においては、この結論もやむをえなかったというべきでしょう。
 しかし現代の脳科学の研究においては、脳神経科学と心理学との協力は不可欠の課題となっています。というのも、脳神経科学は脳の内から外への働きを探究し、心理学は脳の外から内への働きを探究するものであって、脳の働きの解明は、内と外から総合的に進めていく必要があるからです。現代の脳科学は、内からと外からの多面的な研究をつうじて、「人間らしい心」の解明に向かっています。それはともかくとして、今から二百年以上前にヘーゲルが『現象学』をつうじて脳の働きを全面的に解明しようとし、心理学についてまで論及していることは高く評価されるべきものと思われます。
 最後に、ヘーゲルのいう「個性の法則」と史的唯物論との関係について一言述べておきます。ヘーゲルは、「個性の法則」とは「一定の環境が個性にどんな作用と影響を及ぼすか」の問題であるとし、結局は個人次第だとの結論を引き出しています。これに対して、史的唯物論では「人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、彼らの社会的存在が彼らの意識を規定する」(全集⑬六ページ)という唯物論的な命題をもっており、この命題とヘーゲルの「個性の法則」との関係をどう考えるべきかの問題が生じることになります。
 思うに史的唯物論にいう「意識」とは、主に階級としての意識を論じたものであって、直接個人の意識を論じたものではありません。社会を科学的に観察するうえで、階級的観点は不可欠なものであり、これなくして社会の諸現象を科学的にとらえることはできません。しかし意識を論じるにあたっては、階級としての意識とともに個人の意識をも問題としないかぎり、科学的な意識論になりえないこともまた明白です。その意味では、ヘーゲルが「個性の法則」として個人の意識と環境の関係を論じたことには意義があり、またヘーゲルがそれに関して、環境に対して受動的か能動的かという二つの基準で「個性の法則」を論じようとしたことも適切であると考えます。
 したがって、史的唯物論の観点にたって「意識」を論じようとすれば、「個人の意識と環境とは不可分の関係にあり、個人の意識は、その環境の直接的影響としての階級的意識を土台としながらも、その個人がその環境に対して解釈の立場にたつのか、それとも変革の立場にたつのかによって、具体的に規定されることになる」と言うべきではないかと考えるものです。


「c 自己意識が自らの直接的な現実に対してもつ関係の観察
   人相学と骨相学」

 最初に見出しの意味を説明しておきましょう。いまや観察の対象は、人間の精神と肉体の関係に移行します。「自らの直接的な現実」とは、自らの肉体の意味であり、自らの内的な意識(精神)と外的な肉体との間の法則性を観察しようというものです。それが人相学や骨相学という当時流行していた見解との関係で論じられます。 最後に骨相学をつうじて、観察する理性の頂点としての絶対的精神(絶対的真理)とは何かを知ることになり、観察する理性は、次の「行為的理性」に移行することになります。

 精神と肉体は内と外の関係にあるか

 理性的観察の対象は、個々の人間という「個別性」(一八三ページ)に移っています。観察する理性にとって、「個人は、二重のもの」(同)としてとらえられ、一方では内的な「意識の運動」(同)であると同時に、他方では外的な「個人自身のものであるような現実の固定的有」(同)、つまり肉体としてとらえられます。
 人間は精神と肉体の統一として存在しますが、主導的役割を示すのは精神です。性同一性障害とは、精神的性と肉体的性との矛盾であり、精神的性が肉体的性を否定することでその矛盾を解決しようとします。したがって「その身体は、個人によってつくり出された、個人自身(個人の精神 ── 高村)の表現でもある」(同)のです。
 そこから、内なる精神(意識)が外なる身体として表現されているのではないかとして、内と外の法則性が探究されることになります。最初に取り上げられるのは、内なる意識が器官のはたらきをつうじて「外なるもの」(一八四ページ)となる場合です。「話をしている口、働いている手」(同)などは、「内なるものそのものを、自らにおいてもっている」(同)から、その器官のはたらきとしての「語られた言葉や遂行された行為」(同)という外なるものをつうじて内なるものをとらえうるのではないかが、問題とされるのです。
 現在「ペンフィールドの脳地図」とよばれる、ヒトの大脳皮質の一次体性感覚野の地図というものが作成されています。これによると、人差し指、顔、唇が占める領域が非常に大きく、これらの部分にたくさんのニューロンが割り当てられ敏感な知覚や精緻な運動ができるようになっています。ヘーゲルが、外なるものとして、口、手という器官や表情をあげたのは、この脳地図に照らしても適切なものだったということができます。
 しかし「内なるものが、これらの器官を通じてもつようになる外面性は、個人から分離された現実として」(同)一人歩きするのですから、それを媒介する器官は「内なるものを表現しすぎているとも言えるし、表現しなさすぎるとも言える」(同)ことになります。したがって内なる意識と外なる器官との関係は「あいまい」(同)であって、その間に法則性を認めることはできません。そこで観察する理性は、「外的でありながらも、しかもなお個人自身に即してある通りの内なるものを、なおさがしてみなければならない」(一八五ページ)ことになり、内なる意識と外なる表情、人相との関係における法則性を探究することになります。ヘーゲルが人相術を問題としているのは、当時ラーヴァターという人物が人相術を提起して評判となり、ヨーロッパ的存在になっていた事情もあったようです。
 外なる行為の観察としての心理学においても、また外なるものとしての器官の観察においても法則は発見しえなかったのですから、法則の探究は「外なる形態は、現存する物という状態にある」(同)表情や人相に向かうしかないことになります。確かに、内における喜怒哀楽などの感情が、顔にあらわれているという意味では、外なる表情は内なる意識の表現ということもできるでしょうし、その感情が持続する場合には、人相として固定することもあるかもしれません。
 しかし、官僚の才能の一つは、内面の感情の一切を表情に出さないことにあるといわれるように、顔の表情は、内面のあらわれであることもあれば、「外すことのできる仮面」(一八八ページ)でもあるのです。したがって、ゆれ動く内なる意識のはたらきが比較的固定性をもつ人相にそのまま表れるとするのも、「土台のないもの」(一八九ページ)であり、「その内容は、思いこまれたものにすぎない」(同)のです。
 そこで「人間の真の存在はむしろその実行である」(一九〇ページ)として、内心のはたらきを行動をつうじてとらえようとする考えが生まれてきます。言葉は信用できないが、「個々人は、実行が現にある通りのものである」(同)というわけです。しかし長期間の行動観察をすれば、実行が「個々人の真の存在である」(同)ということもできるでしょうが、問題は一回の行動のみでは「実行が一つの持続する現実的存在であるか、それとも、実行が自らのなかで空しく滅びるような、ただ思いこまれただけの一つの仕事であるか」(一九一ページ)を見分けることは困難だというところにあります。したがってこれもまた思い込みと言わざるをえないのです。
 こうして観察する理性は最後に、骨相学にたどりつきます。一九世紀前半に脳の解剖の研究で成果を上げたガルは、頭蓋の各部位によって脳のはたらきが異なるとして頭蓋マップをつくり、頭蓋骨の形を見れば性格が分かるという骨相学を唱え、一世を風靡しました。その骨相学はともかくとして、ガルの頭蓋マップは、脳の機能局在の研究の出発点となり、一九〇九年ブロードマンが大脳皮質の厚みのちがいなどにもとづいてヒトの大脳を四十三の領域に区分して作成した「ブロードマンの脳地図」は現在でも脳の各部位を示すために使用されています。
 ガルの骨相学は、「精神の意識的な在り方は、頭蓋骨の或る一定の位置で、自らの感情をもつことになるから、この場所は、頭蓋骨の形のうちに、その在り方とその特殊性を暗示している」(一九七ページ)というものでした。
へーゲルは、「たしかに、或る性質、激情などが、或る場所で頭蓋のもりあがりと結びついているという可能性は残って」(一九八ページ)いるが、「この骨によって何かが暗示されるけれども、同じ程度に、暗示されないこともある」(二〇〇ページ)のであって、「骨を意識の現実的定在だと言うのは、理性をまったく否定することだと見なされてよい」(同)と切って捨てます。

 頭蓋論の真の意義は反映的意識から創造的意識への転換にある

 しかし、ヘーゲルの凄いところは、ここからです。「自己意識的な理性の粗野な本能は、頭蓋論をよく見もしないで非難するであろう」(二〇一ページ)が、そうではないといいます。頭蓋論の真の意義は、観察的理性の「向きをかえて」(二〇二ページ)、観察的理性から行為的理性へと転換させることにあったというのです。すなわち頭蓋論の意義は、「精神の現実そのものは物となる」(二〇三ページ)というところにあり、それは「理性の確信が、自分自身を対象的な現実として求めていること」(同)、言いかえると「C 理性」の冒頭で学んだように、「理性は、全実在であるという意識の確信」(一四二ページ)という理性の変革の立場を「観察が言い表わす結果になった」(二〇三ページ)というのです。もう少し詳しくいうと、「精神の存在が骨である」(同)という表現は、「二重の意味をもって」(同)いるのです。
 一つは、「この命題は、自己は物である、という無限判断である」(二〇四ページ)ということです。ヘーゲルのいう無限判断とは、「相反する二つのものが、媒介なしにいきなり結びつけられるような判断」(同)を意味しています。これまで観察する理性は、対象の真の姿を自己のものにしようとする「物は自己である」とする反映論の立場をとってきたのですが、観察する理性の頂点である頭蓋論において、「物は自己である」との命題は逆転し「自己は物である」(自己は物となる)という創造の立場、変革の立場に転換してしまいました。頭蓋論をつうじていまや観察的理性は「自らのはたらきによって、自己自身を産み出そうとする」(同)に至ったのです。
 二つは、頭蓋論は「概念なき観察」(同)の限界を示したものであって、「精神は骨である」との命題は概念に媒介されたときにのみ「自己は物である」という真理となります。つまり「精神は骨である」との命題は、「自己は物である」と読みかえたときにのみ意義を有するのですが、「自己は物である」との命題の意味するところは、自己が「物」の真にあるべき姿(概念)をとらえ、その概念をかかげた実践により、「物」を合法則的に変革するという意味において「自己は物である」ことになり、ここにはじめて変革の立場が示されることになるのです。これが「概念に媒介される」という意味にほかなりません。理性が「自ら全物性であり、また純粋に対象的な物性そのものである」(二〇五ページ)との変革の立場にたつのは、「概念という形をとるとき」(同)だけであり、「概念のみが理性の真理」(同)なのです。
 その意味で「精神が骨である」とする頭蓋論は、概念に媒介されてはじめて「自己は物である」との変革の立場にたつことができるのです。
 「本質的に言えば、概念である理性は、そのまま自己自身とその反対とに分裂しているが、その対立はまさにそのために、そのまま廃棄されてもいるような対立である」(同)。つまり「概念である理性」は、「自己自身(主観 ── 高村)とその反対(客観 ── 高村)」の対立を廃棄し、主・客の統一を実現するのです。このように「精神が骨である」とする頭蓋論には「自己は物である」という深い内容が含まれているのですが、ガルの頭蓋論は概念そのものを知らないため、頭蓋論の真の意義を「知っていない」(同)のです。「この深さとこの無知の結びつき」(同)は、生物の「最高の完成の器官、すなわち生殖の器官と、(最低の器官である ── 高村)尿の器官」(同)の結びつきと同じだと、ヘーゲルは表現しています。

 観察する理性から行為する理性への転換

 重要なことは、「物は自己である」との命題が「自己は物である」との命題に転換する判断を無限に反覆することをつうじて、観察する理性は、理性の頂点としての絶対知とは何かを知るということです。
 絶対的精神とは、概念を媒介にした主観と客観の統一であり、真にあるべき姿の実現です。観察する理性は、対象となる「物」のうちに、まず「真の姿」としての本質を発見することで「物を自己のもの」とし、「物は自己である」ことになります。続いて理性は、自らのうちにおいてこの真の姿を、「真にあるべき姿としての概念」に発展させ、その概念をかかげた実践によって「物」を変革し、「自己は物となる」、つまり「自己は物である」ことを示すのです。いわば、理性は客観を反映する「観察的理性」から出発しながら、真にあるべき姿としての概念を認識する次の「行為的理性」へと転換するのであり、それが「物は自己である」から「自己は物である」という無限判断の意味するものなのです。
 この意味の概念を媒介とする二つの判断を無限にくり返すことによって、「物」を真にあるべき姿にらせん型に発展させて行き続けることが、絶対的精神にほかなりません。その意味で、この概念を媒介とする無限判断は、これまでの主観と客観の統一という「純粋範疇」(二〇四ページ)に、概念による媒介という要素をつけ加え、範疇の「直接(無媒介)態が、媒介もしくは否定」(同)された媒介態に移行することを示したのです。
 ヘーゲルは「F 絶対知」において、そのことを明確に論じています。「この理性の頂点においては、その規定は、自我の存在は物である、という無限判断において言表される」(四四二ページ)として、この無限判断が「理性の頂点」であるとしています。
 「この無限判断は、直接ひびく通りに受け取れば、精神を欠いている、或はむしろ精神なきもの自身である。だがその判断は、その概念から言えば、実際には最も精神豊かなるものである」(同)。すなわち、「物は自己である」と「自己は物である」という、概念に媒介された二つの判断を無限に繰り返すことによる、主観と客観の統一の無限の過程こそ「最も精神豊かなるもの」としての絶対的精神にほかならないのです。
 したがって、「無限判断は無限判断である限り、自己自身を把捉する生命を完結する」(二〇五ページ)ことになり、「意識の経験の学」は、自己から他在へ、他在から自己への回帰という無限の経験をつうじて、無限に真理に接近していく絶対的精神となるのです。

 

三、「B 理性的自己意識の自己自身による実現」

 概念をかかげた社会変革

 見出しの意味は、「理性的自己意識」は、いまや「観察的理性」をつうじて絶対的精神とは何であるかを理解しており、「概念のみが理性の真理である」(同)ことを知っていますから、疎外された階級社会のなかにあって概念を目標にかかげ、自らの行為により概念を実現することで自己自身を実現する「行為的理性」となる、というものです。
 「理性は全実在であるという意識の確信」(一四二ページ)として、全世界を変革の対象としています。「A 観察する理性」では、自然と人間を変革の対象としていたのに対し、「B 理性的自己意識の自己自身による実現」と次の「C それ自体で自覚的に現に在るような個人性」では、社会が変革の対象とされ、ここに理性は理性本来の土俵に上がることになります。
 行為的理性の目標となる真にあるべき社会とは、「自己意識」で論じられた「精神の概念」(一一五ページ)としての「われわれである我と、我であるわれわれとの両者が一つ」(同)という社会であり、ここではそれが「人倫の国」(二〇七ページ)と表現されています。いわば「人倫の国」の回復が行為的理性の目標とされるのです。
 では以上を前提にテキストに入っていきましょう。

 「行為的理性」の目標は「人倫の国」

 自己意識はすでに「概念のみが理性の真理である」(二〇五ページ)ことを知っていますから、いまや理性的自己意識は変革の意識一般ではなく、概念をかかげた変革の確信となっています。「そこで自己意識にとってこの確信は(実践をつうじて ── 高村)真理に高まらねばならない」(二〇六ページ)のであって、「行為的理性」(同)は、概念をかかげて自ら「この実現の一般的な階梯」(同)を歩んでいくことになります。
 最初はまず「自己自身をただ個人として意識し、そういう個人として他者のうちに自己の現実を求め、つくり出」(同)そうとします。つまり、まず自己自身を真にあるべき姿(概念)に変革しようとするのであり、それが「 快と必然性」です。次いで、個人の意識が特殊個人的理性から「一般的理性」(同)に高まりますと、その一般的理性を社会が「絶対的に承認」(同)することを求めて、社会の変革に向かいます。そのとき、その個人は、自己の主観的な概念によって、「すべての人々の自己意識が統一される」(同)べきだと考えるのですが、いずれもその主観性の制限により現実の厚い壁にはね返されてしまいます。それが「b こころの法則と自負の狂気」および「c 徳と世の中」です。
 概念をかかげた理性的意識が実現されたとき、それは「実在的な実体」(同)としての人倫的実体となります。その実現が次の「C それ自体で自覚的に現に在るような個人性」で提起された課題であり、理性が絶対的精神に到達するならば、「これまでの諸々の形式は、自らの根拠であるこの実体のうちに帰って行く」(同)ことになるのです。
 既に「自己意識」を通過してきた「われわれにとっては」(同)、その行為的理性の目標となる概念とは、「われとわれわれの統一」(一一五ページ参照)の社会であることを知っています。「この目標は、われわれにとっては既に生じている概念である。つまり、この目標は、他人の自由な自己意識のうちで、自己自身を確信しており、まさにこの点に、自らの真実態をもっている、承認ずみの自己意識である」(二〇六ページ)。ヘーゲルは、こういう個人と社会の一体化した社会を「精神の概念」(一一五ページ)とよんでいましたが、「このまだ内なる精神を、既に成長して実体となったものとして取り出」(二〇七ページ)したのが「人倫の国」(同)であり、「人倫的実体」(同)としての古代ギリシアのポリスなのです。
 「人倫の国とは、諸々の個人が自立的な現実のうちにありながら、自らの本質が絶対的精神的な統一をもっていることに、外ならない」(同)。ここにいう「絶対的精神的統一」とは、共同体の支柱となる精神、つまり共同体の概念というべきものであり、「諸々の個人」は自立した存在でありながらも、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という共同体の概念を共有することによって、共同体と一体化する存在となっているのです。
 「これらの存在者達は、自ら個別的自立的な存在者であると意識しているが、そうなるのは、自らの個別性を犠牲にし、この一般的な実体を、自らの魂とし実在とすることによってなのである」(同)。言いかえると人倫的実体は、「考えられた法則(おきて)」(同)という上から定められたおきてによってではなく、「民族全体の威力」(二〇八ページ)としての「民族の習俗とおきて」(同)という下から生まれた民族の精神、共同体の概念によって支えられているのです。
 「全体は、全体として個別者の仕事となり、この仕事のために、個別者は自分を犠牲とし、まさにこの犠牲によって、全体の方から、自分自身を逆に支えられる」(同)のであって、文字どおり「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という共同体が、「人倫の国」なのです。そこには「相互的でないようなものは何もない」(同)のであり、「私は他人を私として、私を他人として看てとる」(同)ことになります。
 こうして、「或る自由な民族のうちには、ほんとうに理性が実現されて」(同)おり、この自由な古代ギリシアの民族のうちに、「理性は現在する生きた精神」(同)となっているのです。したがって古代の格言にあるように、「知恵と徳は自らの民族の風習に従って生きるところに在る」(二〇九ページ)ということになります。

 個別者の「人倫の国」の回復をめざす旅

 しかし、古代ギリシアの民族のうちに人倫の国という理性が実現されているといっても、それは「自体的に、つまり直接的」(同)に実現されているだけであって、共同体の概念が構成員に自覚的に意識されているわけではありません。したがって「民族のうちに、直接現存している場合の個別的意識は、(共同体に対し ── 高村)純粋無雑な信頼をいだいている」(同)にすぎません。
 そのため個別的意識が「純粋の個別性」(同)を自覚してくるようになると、人倫的実体への「信頼は失われ」(同)、ポリスという人倫的実体は解体されてしまいます。「そこで、実在となるのは、自分だけで孤立した意識であって、もはや一般的精神ではない」(同)のです。この個人は、「個別者として自己を実現しよう」(二一一ページ)として、世間に送り出され、「おきてや習俗に対抗」(二一〇ページ)することになりますが、その旅は自覚されてはいないものの、「失われた人倫」(二一一ページ)の回復をめざす「人倫的実体の生成過程」(二一〇ページ)の旅でもあるということができます。
 それは、自己自身の本質が人倫的意識にあることを学ぶことをつうじて人倫的実体を回復しようとする旅ですから、一つには「その目的は個別者として自己を実現しようとする」(二一一ページ)旅であると同時に、他方では目の前の「現実を廃棄して」(同)人倫的実体を回復しようとする旅でもあることになります。個別者の行為的理性は、まず概念をかかげての自己自身の変革から出発しながら、次第に社会変革に向かって進んでいくことになるのです。したがって本章は、第二部「D 精神」の「自己疎外的精神」における、疎外からの回復を求める旅に対応する箇所ということができるでしょう。

  「快と必然性」

 こうして理性的自己意識は、まず「個別者として自己を実現しようとする」目的をもって変革の旅に出発することになりますが、最初に変革の対象となる「眼の前の現実」(同)は、自分自身にほかなりません。
 「最初の目的は、個別的存在者としての自己を、自己とは別の自己意識のうちに、意識しようとすること」(二一二ページ)であり、他者との関係をつうじて真にあるべき自己という自己の概念を実現しようとするのです。したがって目に入るのは異性としての他者だけであり、「学、法則、原則などの影は、命なき霧のように消えてしまう」(同)ことになります。「こうして自己意識は人生のなかに跳びこんで、自らを現われさす個性を実現する」(同)のであって、自己意識は、他者との関係のうちにあって「熟れた果実をつみとるような態度で、いのちを受けとる」(同)のです。
 この「自己意識の行為が、欲望の行為」(二一三ページ)にほかなりません。異性との間の欲望の行為にあって、「自己意識は、自己の対象となるものを、自体的には自らと同一の実在と考え」(同)、他者のうちにあって自己を実現することをもって「快」(同)ととらえるのです。
 しかし自己意識は、自己の最初の目的を達成した瞬間に「この目的の実現は、それ自身、目的の廃棄である」(同)ことを思い知らされることになります。というのも、そこに生じているのは、「自己自身と他人の自己意識との統一」(同)という一種の共同体の意識であって、自己実現どころか「廃棄された個別者」(同)だったからです。「快が受けとられるということは、たしかに、対象的な自己意識としての自己自身になったという、肯定的な意味をもってはいるけれども、また同時に、自己自身を廃棄したという、否定的な意味をももっている」(同)のです。
 つまり「快を楽しんでいる自己意識」(二一四ページ)が経験したことは、自己意識の本質をなすものは、「個別性の否定」(同)であり、自己と他者という共同体のうちにおける「絶対的な関係」(同)であることを思い知らされることになります。自己意識の本質が共同体との「絶対的な関係」のうちにあるという意味では、快をつうじて「生命を受けとりはしたが」(二一五ページ)そのためかえって、個別性の「死をつかんだ」(同)のです。
 いまや自己意識にとって、共同体のもつ「抽象的必然性は、個人が粉砕されてしまうような、ただ否定的で不可解な普遍の威力」(同)として現われてくるのですが、しかし「この必然性とか純粋普遍とかいうもの」(同)こそが「自己意識自身の本質」(同)にほかなりません。つまり、自己意識は社会あっての個人であることを思い知らされることになるのです。
 「このように、必然性を自己であると知って、意識が自己に反照するとき、意識はひとつの新しい形態」(同)としての「こころの法則」(同)へと発展していくことになります。

 「b こころの法則と自負の狂気」

 こうして理性的自己意識は、個人の自己実現を目的とするところから抜け出し、社会変革へと向かうことになります。「快」をつうじて、社会共同体のもつ必然性こそ「自己意識自身の本質」をなすものだと理解した自己意識は、自分なりにとらえた共同体の概念を「こころの法則」としてかかげ、その目的を実現することをつうじて、社会を変革しようとします。
 しかしこの段階の自己意識は、社会共同体の概念を全く主観的な自分なりの「こころの法則」としてうちたてたものですから、その法則は「やっと自分だけのものとなっただけであって」(二一六ページ)、真にあるべき姿としての「概念とは別のもの」(同)にすぎません。
 「このこころには、一つの現実が対立して」(同)います。その現実とは、「一方では、個別の個人が抑圧される法則であり、こころの法則に矛盾する世間という、暴力的な秩序」(同)であり、「他方では、この秩序のもとに悩んでいる人間」(同)です。自己意識は、自己のもつ「こころの法則」にもとづいて、この「暴力的な秩序」を破壊し、「悩んでいる人間」を解放しようと考えます。
 だから自己意識は「こころの法則に矛盾するこの必然性を、また、この必然性のために現に起っている悩みを、廃棄すること」(同)を求めます。いわば「人類の幸福をつくり出すことに、自らの快を求めている」(同)のであり、この自己意識にとっては、独りよがりの「直接的で不作法な本質を実現することが、或るすぐれたことを述べることだ、と考えられ、人類の幸福をもたらすことだ、と考えられている」(二一七ページ)のです。
 したがって、この自己意識にとって「こころの法則を遂行する」(同)ことは、「こころが一般的秩序となり、快が、ひとつの絶対的に合法的な現実」(同)に転化し、社会を合法則に発展させるものだと思われています。しかし、目的とされたこころの法則は、「概念とは別のもの」であってたんに主観的な社会変革の目標にすぎませんから、「個人の行為は、現実としては、一般者のものであるけれども、その内容から言えば、個人自身の個別性」(二一八ページ)であって、「行為の結果は特殊なものであり、ただ一般という形式を持っているにすぎない」(同)のです。
 その意味では、こころの法則の遂行は、社会を合法則的に発展させうるどころか、現実の「敵対的超力でさえあるような秩序」(二一七ページ)の厚い壁にはね返される結果となります。そしてこの自己意識は、「この秩序がむしろ万人の意識によって命を与えられており、万人のこころの法則であることに気がつく」(二一九ページ)のです。
 しかしこの自己意識は、どこまでも自己のこころの法則が正しいと言い張って、「万人のこころの法則」に立ち向かい、「狂った自負の狂暴へと」(二二〇ページ)移っていきます。どこまでいっても結局のところ、主観的なこころの法則は「ただ思いこまれたものだけのもの」(同)であり、「日の光に出会うときには、むしろ亡びるもの」(同)にすぎません。「こころの自己は、自らが、むしろ非現実的なものであることを経験する、そして、非現実を、自らの現実として経験する」(二二一ページ)ことになるのです。
 では他方で、現実の秩序となっている「万人のこころの法則」は真理といえるのかといえば、そうではありません。なぜなら「秩序は一つの現実ではあるが、ただこの現実は、自分だけで存在する個人性の、つまり、こころの現実であるに止まるから」(同)です。つまり万人のこころの法則も、個人の特殊なこころの法則を寄せ集めただけの特殊・個別的法則にとどまり、けっして普遍的・一般的な法則ではないからです。
 「この秩序は世の中であり、永続する行程のように見える。ただしそれは思いこまれた一般にすぎないし、その内容は、むしろ個別性を固定させると共に、解消するような、本質なき遊戯であるにすぎない」(二二二ページ)。本来社会の概念となるべき法則とは、現実のうちから取り出され「安定した本質としての一般者」(同)、「内なるものとしての一般者」(同)でなければなりませんが、この内なる一般者は、「まだ全く現実とはなっていない」(同)のであり、現実となった一般者が次に論じる意識形態としての「徳」なのです。
 以上ヘーゲルのいう「こころの法則」を見てきましたが、行為的理性も、「こころの法則」に至って、社会を変革の対象とするところとなってきました。この「こころの法則」でヘーゲルが問題としているのは、社会変革のための「概念」の問題です。社会変革の目的としてかかげられる概念は、主観的な思いつきの法則であってはけっして現実に転化しえないことを主張したものということができます。
 社会変革の理念は、「真にあるべき姿」としての「概念」でなければならないにもかかわらず、「こころの法則」は、まだ「概念とは別のもの」(二一六ページ)であるために、失敗せざるをえなかったのです。またヘーゲルが「万人のこころの法則」に二種類あるとしているのは重要な指摘であって、ルソーのいう「万人の意志」と「一般意志」の区別に相当するものであり、後者が「徳」とされるのですが、詳しくは「c 徳と世の中」で見ていくことにしましょう。

 

 

* コラム * 脳科学と心理学

 先にも述べたように、現代の脳科学の研究にとって、心理学は不可欠のものとなっていますが、そこに至るには心理学の長い歴史があります。
 心理学は、一八七九年ヴントによってはじめて哲学から独立した学問になりました。二〇世紀前半には、パブロフの条件反射の影響もあって、ワトソンの「行動心理学」が大きな影響をもちました。それは直接こころのはたらきを問題とするのではなく、刺激と反応のセットによって間接的に心をとらえようとしたところから「筋肉ピクピク心理学」などと冷やかされました。外的な刺激は独立変数として物理的に測定しうるし、同様に行動も従属変数として測定できるところから、心はその間を媒介する媒介変数にあたるとして、心をとらえようとしたのです。
 これに対し、一九五〇年代後半からコンピューターの発展により、情報処理システムとしての脳の解明と脳機能画像研究が進化し、脳を情報処理機関としてとらえ、脳というブラックボックスの中味を直接研究対象とする「認知心理学」が登場して、実験室内の心理学から実際に使える心理学へと大きく転換することになります。
 認知とは、「見る、聞く、感じる、理解する、記憶する、話す、読む、書く、考える」(仲真紀子編著『認知心理学』一八八ページ、ミネルヴァ書房)、さらには「創造する」という心の働きのすべてを意味しています。認知心理学は、心のなかで起っている認知をいくつかのプロセスに分けて、それぞれのプロセスの働きやプロセスどうしの関係を解明することで、「心」というブラックボックスの中味を研究しようという心理学です。この認知心理学の発展によって、これまで脳のハードプロブレムとされた、自己、意識、自己意識などの問題にも接近することができるようになりました。
 一九七〇年代末に現れた「心の理論」は、「心のしくみや働きを理解するための知識の枠組みを意味」(同一九四ページ)しており、「幼児の持つ心の理論を調べることにより、他者理解や自己と他者の心の区別の発達」(同)を知ることができるようになりました。ピアジェ(一九七〇)は、幼い子どもの認知の特徴が自分の視点でしかものごとをとらえられない「自己中心性」(同一九三ページ)にあり、二歳から七歳頃にかけて「脱中心化により、子どもは自分のものの見方・考え方を対象化することができ、他者の視点をとる(視点取得)ことができるようになる」(同)ことを明らかにしました。
 ウィマーとパーナー(一九八三)は、「誤信念課題」(同一九四ページ)と呼ばれる実験をつうじて、「三~四歳児では心の理論が十分に形成されていないこと」(同)を明らかにしました。五歳頃から、他者の立場でものごとを考える「メタ認知」(同一九五ページ)が芽ばえ、次第に「心の理論」が形成されることが分かってきたのです。メタ認知とは、「外の世界の何かを認知するのではなく、認知そのものを認知する」(同一八八ページ)ことであり、通常の認知よりも「一段上の(メタ)」(同)認知を意味しています。こうした研究をつうじて、対象を認知する「意識」と自分自身を認知する「自己意識」との関係も明らかになってきています。
 ダマシオ(一九九九)は、これまでなおざりにされてきた自己意識について、「対象のイメージが構築されるとともに、認識中の自己感のイメージも構築されると考え」(渡辺茂他『脳科学と心の進化』七一ページ、岩波書店)、「後者は前者のなかに組み込まれている」(同)としました。
 「したがって、意識を検討することは、対象のイメージのなかに、どのようにしてそのイメージの所有者兼観察者という自己感を生みだすのかという問題を検討することになる」(同)と考えたのです。
 現在では、「チンパンジーやオラウータンなどの類人猿では『心の理論』は不完全な形でしかはたらかない」(『知能と心の科学』二二ページ)し、「また類人猿以外のサルは『心の理論』をもたないと考えられて」(同)います。
 さらに現代では「心の理論」から「社会脳科学」への発展がみられます。「心の理論は、一対一程度の少人数の人間関係を主な研究対象として生まれた理論ですが、社会のなかの人間関係を広く扱う場合には、同様の心の働きが『社会的認知』」(伊古田前掲書五五ページ)とよばれ、この「社会的認知」を扱う科学が「社会脳科学」とされています。「社会脳科学と呼ばれる学問は、『心の理論』(一九七八年)、『社会脳の提唱』(一九九〇年)、PET・機能的MRIの登場(一九九〇年代以降)などを画期に発展」(同五四ページ)してきた最新の脳科学なのです。「社会脳科学は心理学の分野から始まり医学や社会科学などと結びつくことで成長してきた」(同)のですから、この社会脳科学に至って脳神経科学と心理学、社会科学が総合した総合科学になってきたのではないでしょうか。脳のもつ最高度の複雑な働きからすれば、それも当然のことといえるでしょう。
 こうして、「人間らしい心」とはメタ認知や「社会的な二次感情」、さらには社会脳を意味することが明らかになりつつあり、ヘーゲルのいう「自己意識」がこれらの「人間らしい心」と重なり合っていることが判明してきています。
 ヘーゲルが、「A 意識」と「B 自己意識」とを区別したうえで、自己意識を(対象)意識より一段高い「真理の故郷に入」(一〇九ページ)った意識として位置づけていることは、現代科学の到達点からして正しい見解ということができます。古代ギリシアの原子論が、今日の原子・量子論の先駆けになったのと同様に、ヘーゲルの『現象学』における「意識の経験の学」は、現代の認知心理学や社会脳科学の先駆けとなっているのです。これも哲学の醍醐味の一つということができるでしょう。