2020年2月15日 講義

 

 

第5講 事実と価値

 

1.人間の脳

● 脳の総合性

 ・人間の脳は見たり、聞いたり、記憶したり、考えたり、創造したりという
  総合的な複雑な作用をする

 ・20世紀の半ば以降の認知科学(心のはたらきにかかわる現象を「情報」の
  概念をもとにして理解しようとする科学)が明らかにしてきたことは、「
  思考のはたらきとは、多種多様な情報を系列化したり、並べ替えたり、比
  較したり、組み 合わせたり、構造化したり、別の表現に変換し、新しく創
  り出したりする機能」(安西裕一郎『心と脳 認知科学入門』282ページ)
  であるというもの

 ・つまり人間は、感性、知性、記憶、概念、ことばなどを総合して、創造し、
  変革する存在になるということ

● 創造性、変革性は、意識下の情報処理と意識のうえでの情報処理の統一か
 ら生じる

 ・意識下の情報処理の促進と、目標を達成しようとする意識のうえでの情報
  処理とは、相互に影響し合う相互浸透の関係にある

 ・「意識下と意識のうえでの情報処理が上手に統合されているところに、創
  造的人間の際立った特徴がある」(同 286ページ)

 ・意識下の情報処理とは事実を認識することであり、意識のうえでの情報処
  理とは価値を創造すること

 ・つまり、創造性とは、事実と価値の統一としての認識である

 ・したがって、「創造性は、人間の本質である思考の自由から生まれる、最
  も人間らしい心のはたらき」(同 290ページ)

 

2.へーゲル哲学は「脳の総合性」をとらえている

● へーゲルは、人間の認識を「有論」「本質論」「概念論」としてとらえた

 ・人間の認識を事実の認識から段階的に発展して、価値の認識としての創造
  性にまでいたるととらえたもの

 ・有論とは、事物の表面的な現象を認識するものであり、本質論とは、事物
  の奥に隠された本質を認識するものであり、概念論とは、事物の未来にお
  ける 「真にあるべき姿」(理念)を認識する創造的、変革的認識

 ・へーゲルは、「概念が有および本質の真理である」として、事実の認識を
  発展させることで、「真にあるべき姿」という価値(創造性)の認識が可
  能となること、つまり事実と価値の統一としての創造性を認めた

 ・この考えを「概念論」のなかの「判断」論でも使用している

● へーゲルの「判断」論

 ・「判断の諸種類は、同じ価値を持つものとして並列さるべきものではなく、
  段階をなすものと考えられなければならない」(同㊦ 143ページ)

 ・「『この壁は緑である』とか、『このかまどは熱い』というような判断し
  かくださな い者には、非常に貧弱な判断力しか認めないであろう。そして
  ある芸術作品が美しいかどうか、或る行為が善いかどうか、等々というよ
  うな判断をくだす人をはじめて本当に判断のできる人と呼ぶであろう」(
  同)

 ・この考えから、判断を「有、本質、および概念という3つの段階」(同)
  に区分 し、概念という「当為」の判断こそ「はじめて真の価値判断」(
  『大論理学』㊦ 119ページ)であるとしている

 ・エンゲルスは、『自然の弁証法』において、へーゲルの判断論をとりあげ、
  「弁証法的論理学はこれらの形式の1つを他からみちびきだし、それらを
  並列させるかわりにたがいに従属させ、低次の形式から高次の形式を展開
  する」(全集⑳ 531ページ)と述べている

 ・重要なことは、へーゲルが判断には低次から高次までさまざまの判断があ
  るが、そのなかで最も重要なのは、「真にあるべき姿」(理念)をとらえ、
  創造性・ 変革性を示した「概念の判断」だとしていること

 ・「哲学はただ理念をのみ取扱うものであるが、しかもこの理念は、単にゾ
  レン(当為─高村)にとどまって現実的ではないほど無力なものではない」
  (『小論理学』㊤ 71ページ)

 ・つまり、へーゲルは人間の脳の総合的な作用の最高の機能として、人間の
  創造性・変革性をとらえた概念の判断をとらえており、現代の認知科学と
  一致する見解に達している

 

3.「脳の創造性」への哲学的攻撃

● ヒュームの不可知論

 ・ヒューム(1711〜1776)は、経験論から出発しながら、不可知論に陥っ
  た人物

 ・すなわち、経験にもとづく感性・知性こそ知識の源泉だとするが、経験は
  必然性、普遍性まで教えてくれないとして不可知論に

 ・つまり経験が教えてくれるのは、Aの次にBが生じるというだけであって、
  それを因果法則(必然性)としてとらえるのは、習慣にすぎないとして、人
  間の認識 が「感性」から「必然性」に発展することを否定した

 ・人間の認識である感性、知性と必然性、普遍性との間に断絶をもちこむ

 ・エンゲルスは、「観察による経験だけでは、けっして必然性を十分に説明
  しつくすわけにはいかない」(全集⑳ 537ページ)としながらも、「もし
  わたしがポスト・ホック(それのあとに)をつくりだすことができるなら、
  そのポスト・ホックはプロプテル・ホック(それのゆえに)と同一となる」
  (同)として、人間の実践が必然性を証明することを明らかにした

● カント(1724〜1804)のコペルニクス的転換

 ・カントは、ヒュームに学んで認識論をコペルニクス的に転換した

 ・すなわちカントは、すべての認識は経験から出発するが、普遍性、必然性
  は経験からではなく、人間が生まれながらにもっている「思惟の自発性」
  から生じると考えた

 ・人間の悟性は、生まれながらにカテゴリーを有しており、このカテゴリー
  によっ て人間は対象の普遍性、必然性を認識しうるというもの

 ・つまりカントは、人間の認識がもっている感性と悟性の間に断絶をもちこ
  み、感性を人間の受動的・反映的能力とし、悟性を人間の能動的・創造的
  能力とした

 ・このカントの考えは、感性による事実の認識と、悟性による価値の創造を
  別個 のものとして切り離す「新カント主義」を生みだす

● 新カント主義者ウェーバー(1864〜1920)による事実と価値の峻別

 ・ウェーバーは、新カント主義の影響のもと、事実(感性)と価値(悟性)
  とを峻 別し、経験科学は事実のみを問題とし、価値には関与しないとして
  経験科学の「没価値性」を主張

 ・事実には真理があるが、価値には真理はなく、多様な価値観のなかから「
  価値の選択」(同 55ページ)が問題となるのみだとして、経験科学の没
  価値性を主張

 ・この考えは、価値(創造性)を探究することは科学ではないとして、人間
  の創造性を学問の対象外とする

 ・したがって「『唯物史観』というものは、だんことして排斥されるべき」
  (同 69ページ) であり、それは「この雑誌のもっとも本質的な目的のひ
  とつ」(同)

 ・ウェーバーは、唯物史観を、事実と価値を混同しているとして攻撃し、反
  共攻撃の先頭にたつ

 

4.「脳の創造性」からの反論

● 新カント主義の破綻

 ・新カント主義は、第2インターナショナルを修正主義に転換させ、労働者
  階級に階級闘争を否定して改良闘争を押しつけようとして、歴史的に破綻
  した

 ・ウェーバーの「経験科学の没価値論」は、もっぱら解釈の立場から事実と
  価値に間に本来存在しない断絶をつくり出して、科学的社会主義を攻撃す
  ることを狙いとしていた

 ・しかしへーゲルのいうように、人間の認識能力は、事実の判断に始まって、
  段階的に発展し、価値判断に至るのであって、両者の間には何の断絶もな
  い

 ・いわば、人間の認識能力は、事実と価値の統一を実現して、社会変革を科
  学的に実現しうるところにある

● 科学的社会主義の変革の立場

 ・科学的社会主義は、唯物論にもとづいて脳を科学的に解明し、脳が創造性
  を含む総合的作用をもつことを認める

 ・同時に科学的社会主義は、理論的にも弁証法的唯物論を使って、人間の創
  造性・変革性を解明する

 ・すなわち科学的社会主義は、まず現実の分析をつうじて事実の真実を明ら
  かにし、その真実のなかにある矛盾を取り出して、それを解決するところ
  に当為の真理、価値の真理があるとして、事実と価値とを結びつけ、科学
  的に人間のもつ創造性・変革性を明らかにした

 ・こうして科学的社会主義は、価値の真理をかかげて科学的に変革の立場を
  つらぬく

 ・事実と価値は、連続性と非連続性との統一という関係のうちにあり、新カ
  ント主義の「事実と価値の峻別」は、20世紀後半からの認知科学の発展に
  より、すでに完全に時代遅れとなっている

 

5.価値にも真理がある

● 反共攻撃としての「事実と価値」の峻別論

 ・ウェーバーの「経験科学の没価値論」は、今日完全に破綻しているが、し
  かし反共攻撃としては現在もなおその生命力を保っている

 ・支配階級は、政治論議になると、「価値観の多様性」を主張して、真実の
  解明に背を向け、虚偽の事実を振り回して人民を支配する

 ・これは、価値については、真理は存在しないのであり、「価値観の選択」
  があるのみとするウェーバーの見解を引きついでいるもの

● 弁証法は、価値の真理を認める

 ・科学的社会主義は、弁証法を理論的基礎とすることにより、価値の真理を
  認め、事実と価値の統一を訴える

 ・日本共産党は、20回大会で「歴史にたいする前衛党の責任とは何か」を問
  題とし、「それは、そのときどきの歴史が提起した諸問題に正面からたち
  むかい、社会進歩の促進のために、真理をかかげてたたかうこと」(『前
  衛』651号 41ページ)としている

 ・ここにいう真理とは、未来の真理、価値の真理であり、真理には事実の真
  理と価値(当為)の真理という、2つの真理がある

 ・価値の真理は、真理のもつ力によって、「未来においては、いろいろなジ
  グザグはあったとしてもかならず多数派になる」(同)

 ・「その方向が真理にそっているかぎり、たたかってむだなたたかいはない」
  (同 42ページ)

● 真理の単一性

 ・事実の真理も価値の真理も、真理であるがゆえに単一なもの

 ・多様な価値のなかから、単一の価値の真理を発見することによって、国民
  を真理のもとに1つにまとめることができる

 ・科学的社会主義の学説は、真理を追求し、掲げることによって、真理のも
  とに国民の多数を結集することができる

 ・したがって、価値の真理としての「真理は必ず勝利する」ことになる

 

6.野党連合政権の実現は、価値の真理の実現

● 野党連合政権実現への話し合い

 ・志位委員長は、昨年7月の参院選で、13項目で合意して野党共闘を実現し
  たことを踏まえ、8月、野党連合政権実現への話し合いを野党各党に呼び
  かけた

 ・その後、立憲民主、国民民主、社会民主、れいわ新選組と共産党との党首
  会談が実現し、安倍政権を倒し、立憲主義を取り戻すことで基本的に一致

 ・それを受けて、28回党大会決議として、1立憲主義、2格差是正、3多様
  性の尊重の「3つの方向」での野党連合政権を訴えた

● 日本共産党の提案は、そのときどきの価値の真理を体現したもの

 ・日本共産党は、2015.9、安保法制が成立した直後に「国民連合政府」を提
  唱して以来、「野党共闘」から「野党連合政権」へと、次々に共闘の課題
  を提起してきた

 ・それは、いずれもそのときどきの市民の声のなかから「価値の真理」を引
  き出したものであり、真理のもつ力によりその提起にそって時代は推移し
  てきた

 ・「3つの方向」も13項目を整理して発展させた価値の真理

 ・党大会に出席した国民民主の平野幹事長は、「この3つの大きな柱は、日
  本の国を変えていくための大きな指針になるのではないか」と述べた

 ・同じく出席した立憲民主の安住国対委員長は、政権論について「十分話合
  っていける」と語った

● 価値の真理だからこそ、野党共闘を前進させうる

 ・統一戦線とは、価値の真理がもつ力により、国民の大多数を統一しようと
  いうもの

 ・いま野党連合政権は、日本共産党の大会に野党各党の代表が出席し、一体
  感を共にすることにより、大きく前進しようとしている

 ・日本共産党は、弁証法による価値の真理の担い手として、変革の立場をつ
  らぬき、「真理は必ず勝利する」ことを証明しようとしている