2020年3月21日 講義
第6講 理想と現実
はじめに
・第5講で「事実と価値」の問題を論じた
・それは、ウェーバーの価値の真理を否定する反共主義を批判し、事実を反映
した価値に真理があるとする科学的社会主義の見地を学ぶものであった
・科学的社会主義は、「そのときどきの歴史が提起した諸問題に正面からたち
むかい、社会進歩の促進のために、真理をかかげてたたかう」(20回党大会)
政党として、未来の真理、つまり価値の真理を認めて社会変革に向かう
・この「事実と価値の統一」の問題を言いかえると、「理想と現実の統一」の
問題である
・第6講では、「理想と現実」を主題に学んでいくことにする
1.へーゲルの「哲学の最高の窮極目的」
●「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」
・へーゲルの『法の哲学』の序文の言葉であり、『小論理学』6節において
引用し、解説している
・「理性的なものは現実的である」とは、理念や理想という「理性的なもの」
は現実となる必然性をもっているということであり、また「現実的なもの
は理性的である」とは、本質的な「現実的なもの」のなかに、潜在的に理
念や理想が含ま れていることを意味している
・へーゲルは、「一般の漠然とした考え方にもすでに理性的なものの現実性
を否定するような考え方がある」(『小論理学』㊤ 70ページ)として、2
つの例をあげている
・「その1つは、理念や理想は幻想にすぎず、哲学はそうした幻想の体系に
すぎないというような考え方」(同)
・「もう1つは逆に、理念や理想は現実性を持つにはあまりにもすぐれたも
ので あるとか、理念や理想は現実性を手に入れるにはあまりにも無力であ
るというような考え方」(同)
・つまりへーゲルは、理想は本質的現実のなかから汲み取らなければならな
いのであり、そうした理想こそ必然的に現実を変革する力をもっているこ
とを主張したもの
● 理想と現実の統一
・そのうえで、「自覚的な理性と存在する理性すなわち現実との調和作り出
すことが、哲学の最高の窮極目的」(同 68ページ)だとしている
・「自覚的な理性」とは、理想・理念として存在する理性であり、「存在す
る理性」とは、現実に転化した理性である
・へーゲルは、理想と現実を統一するところに、「哲学の最高の窮極目的」
があるという、変革の立場を示したもの
・そこから、「哲学はただ理念をのみ取り扱うものであるが、しかもこの理
念は、単にゾレン(当為─高村)にとどまって現実的ではないほど無力な
ものではない」(同 74ページ)として、理念を現実に転化する必然性を
有するものととらえ、哲学の最高の概念としている
・へーゲルは、どのようにして理想と現実の統一を哲学の窮極目的と理解す
るに至ったのかが問題
2.へーゲルはアリストテレスから
「理想と現実の統一」を学んだ
● アリストテレスの「無限の功績」
・へーゲルは『大論理学』の概念論の冒頭「概念一般について」において、
概念とは何かを論じた後に、「アリストテレスの無限の功績」(『大論理
学』㊦ 30ページ)を指摘している
・すなわち論理学の諸形式は、「それ自身として真理に適合するもの」(同)
としての考察が必要であり、「この記述を最初に企てたということはアリ
ストテレスの無限の功績であって、この点ではわれわれはこの精神の偉大
さに対して最高の敬意を表さざるを得ない」(同)と語っている
・つまり、アリストテレスは、へーゲルの論理学のカテゴリーのなかでも、
とりわけ「概念(真にあるべき姿、理想、理念)」の真理性をはじめて議
論したものとし て「無限の功績」を認めたもの
●『エンチユクロペディー』におけるアリストテレスの評価
・この評価を証明するものが、へーゲルの『エンチユクロペディー』であり、
論理学、自然哲学、精神哲学を述べたその一番最後に、唐突にアリストテ
レスの 『形而上学』第12巻第7章の次の文章が引用されている
・「この理性は、これからその思惟対象に接触しこれを思惟しているとき、
すでに自らその思惟対象そのものになっているからであり、こうしてそれ
ゆえ、ここで は理性(思惟するもの)とその思惟対象(思惟されるもの)
とは同じものであ る。......したがって、この理性がたもっていると思われ
る神的な状態は、その対象を受け容れうる状態(可能態)というよりもむ
しろそれを現に自ら所有している状態(現実態)である。そしてこの観照
はもっとも快でありもっとも善である」(「形而上学」アリストテレス全
集⑫ 420ページ)
・この文章は、理性、つまり理想は、それを思いうかべるとき、すでに現実
になっているのであり、しかも可能態として現実になるかもしれないので
はなく、現実態として自ら現実になっているのである、という意味
・つまり、アリストテレスのいう最高の理念は、理想と現実の統一であり、
その場合の理想は、現実になりうる可能態としてではなく、現実に転化す
る必然性をもった現実態である、というもの
・へーゲルは、アリストテレスの上記文章をもって、これこそ自分が主張す
る「概念(真にあるべき姿)」だと理解して、「無限の功績」と評価した
ものの、アリストテレスは理想と現実の統一がどのようにして実現される
のかは示していないため、へーゲルの模索が続く
● へーゲルは、アリストテレスの「現実」のカテゴリーに注目した
・アリストテレスは、『形而上学』第9巻第6章において、人間の生き方に
は、不完全な生き方としての「運動」と、完全な生き方としての「現実態
(エネルゲイア)」の2つがあることを指摘する
・「運動は未完了的である、......というのは、ひとは歩行しつつあると同時
に歩 行し終っておりはせず、またかれは家を建てつつあると同時に建て終
っておりはしない」(同 304ページ)
・つまり不完全な生き方としての「運動」は、目的に到達しないかぎり意味
のない生き方
・他方、完全な行為としての「エネルゲイア」とは、それ「自らのうちにそ
の終り(目的)を含んでいるところの運動」(同)であり、「ものを見て
いるときに同時に また見ておったのであり、思慮しているときに同時に思
慮していた」(同)という 運動
・「このような現在進行形と現在完了形とが同時的な過程を私は現実態と言
い、そしてさきの過程を運動と言う」(同)
・すなわち「運動」とは、行為そのもののうちに目的をもたず、目的は行為
の外から与えられるものだから、目的に到達しないかぎり行為は意味のな
い不完全な行為となる
・これに対し現実態(エネルゲイア)とは、行為そのもののうちに目的をも
っており、行為すること自身が端的に目的を実現する行為であり、効率主
義的な行動を求めない人間本来の完全な行為である
● へーゲルは、アリストテレスの「現実性」を「現実性としてのイデア」と
とらえた
・へーゲルはアリストテレスに学んで、アリストテレスのいう「現実態(エ
ネルゲイア)」こそ、人間の最高の生き方と考え、「概念論」の「概念」
を「現実態(エネルゲイア)」として理解した
・「現実がアリストテレスの哲学の原理をなしているにはちがいないが、し
かしそ れは直接的に現存しているものというような卑俗な現実ではなく、
現実性としてのイデアなのである」(同 83〜84ページ)
・つまりアリストテレスのいう「現実」とは、イデア(理念)が「現実態(
エネルゲイア)」となっている人間の生き方
・へーゲルは、アリストテレスの「現実性としてのイデア」をうけて、「理
念はけっしてわれわれの頭脳のうちにのみあるものでもなく、またわれわ
れが勝手に表現したり、しなかったりできるような無力なものでもなく、
絶対的に活動的なものであり、現実的なものである」(『小論理学』㊦
83ページ)としている
・へーゲルは、自らのいう「概念」とは、アリストテレスのいう「現実性と
してのイデア」(同 84ページ)つまり、必然的に現実に転化する理想(
イデア)と考え、アリス トテレスに最大の賛辞を送ったもの
3.へーゲル弁証法は事実をとおして
理念をとらえる
● 問題となるのは、どうやって現実性に必然的に転化する理想をつかみうる
のかにある
・そこに登場するのがへーゲル弁証法である
・へーゲルは現実と概念の関係を必然と自由の関係としてとらえ、「自由は
必然を前提し、それを揚棄されたものとして自己のうちに含んでいる」(
同 116ページ)としている
・そして、「必然から自由への、あるいは現実から概念への移りゆきは、も
っとも困難なものである」(同 118ページ)としている
・つまり、へーゲルは、「必然性」という現実のうちに矛盾を見いだし、そ
の矛盾を「揚棄されたもの」として概念(理想)をつかむことによって、
その概念は合法則的に現実性に転化すると考え、この矛盾の揚棄を「最も
困難なもの」と述べた
● へーゲル弁証法は「概念」から「理念」を生みだす
・へーゲルはさらに、「概念」から「理念」を弁証法的に論じた
・つまり概念とは、客観世界の矛盾を揚棄する「真にあるべき姿」という主
観的なものであるのに対し、理念とは、「概念と客観性との絶対的な統一」
(同 208ページ)として、主観的な概念が人間の実践をつうじて客観化し
たものととらえた
・こうして、へーゲルのいう「理想と現実の統一」とは、客観世界の矛盾を
揚棄(解決)するものとしてまず概念をとらえ、概念をかかげた実践によ
り客観世界を合法的に変革して理念を実現する、というものとなった
・へーゲルのいう「哲学の窮極目的」である「理想と現実の統一」とは、ア
リストテレスとへーゲル弁証法から生まれた社会の合法則的変革を意味し
ている
4.理想と現実の統一は最高の命題
● 科学的社会主義は、へーゲル弁証法を発展的に継承する
・科学的社会主義の学説は、へーゲルが完成した真理認識の方法としての弁
証法を基礎理論としている
・そのなかでも理想にもとづいて現実を変革する「理想と現実の統一」とい
うカ テゴリーは、最高の命題として継承される
・なぜなら、科学的社会主義の学説は、社会変革の理論であり、合法則的に
社会を発展させるのに、現実から理想を取りだし、理想の実践により現実
を変革する「理想と現実の統一」は不可欠だからである
● 理想と現実の統一は、まず現実のうちにおける真理を発見することに始まる
・現在の日本という現実のうちの真理は、資本主義という利潤第一主義の社
会であるということ
・利潤第一主義のもとで資本が蓄積されるにつれて、資本の側に富を蓄積し、
労働者の側に貧困を蓄積する
● 次に、理想と現実の統一は、現実の真理(事実の真理)のうちに矛盾を見
いだす
・現在の日本は、階級間の対立が存在する階級社会である
・階級社会における基本矛盾は、資本家階級対労働者階級、国民との矛盾で
ある
・階級矛盾を政党で示せば、自民党とその補完勢力に対する野党連合との矛
盾である
・日本共産党はそのときどきの政治状況のなかで、どんな課題を中心に階級
間の矛盾が存在するのかを解明する
● さらに、理想と現実の統一は、現実のなかから現実の矛盾を解決する理想
(価値の真理)を見いだす
・日本共産党は、アベ政権の戦争法=安保法制を日本社会の矛盾の焦点とと
らえ、安保法制を廃止して立憲主義を回復する「国民連合政府」という理
想(価値の真理)を提起
・その後の国政選挙における野党共闘をつうじて、安保法制廃止、立憲主義
の回復の国民連合政府という理想は、階級闘争とともに前進する
・現在の基本矛盾は、2019.7の参院選で示された、野党間の13項目の「基本
政策」で解決が示される
・これを踏まえ日本共産党は、28回党大会で、1立憲主義、2格差是正、3
多様性の尊重の「3つの方向」での野党連合政権を提唱
・野党連合政府についての合意の形成は、現在の日本の基本矛盾を解決する
最大の課題となっている
・この理想が実現すれば、日本社会の新しい「理想と現実の統一」が始まる
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