2020年4月18日 講義
第7講 人間解放と個人の全面的発達
1.人間解放
● 社会主義・共産主義とは、人間解放の社会
・人間解放とは、人間を階級社会における人間疎外から解放し、人間を「人
間にとっての最高の存在」(全集① 422ページ)にすること
・社会主義・共産主義とは、人間を搾取し、抑圧するいっさいの諸関係をく
つがえして、人間を人間の本質をもった人間に回復して「最高の存在」に
すること
● 矛盾の解決としての人間解放
・人間解放とは、本来人間がもっている人間としての本質を全面的に回復す
ることであり、それは人間疎外がもたらす一切の矛盾の解決である
・「この共産主義は、成就されたナチュラリズムとしてヒューマニズムに等
しく、 成就されたヒューマニズムとしてナチュラリズムに等しく、人間と
自然との、また人間と人間のあいだの相剋の真の解消」(全集㊵ 457ペー
ジ)である
・すなわち人間の類本質を回復した人間解放とは、「人間と自然との、また
人間と人間」とのあいだの矛盾を真に解消するもの
・「人間と自然」とは、人間と自然との物質代謝、つまり生産力の問題であ
り、「人間と人間」とは、生産をめぐる人と人との関係、つまり生産関係
の問題である
・エンゲルスは、『空想から科学』において、「いままで人間を支配してき
た、人間をとりまく生活諸条件の全範囲が、いまや人間の支配と統制に服
する」(全集⑲ 223ページ)としている
・マルクスは生産力と生産関係の矛盾を社会発展の原動力ととらえ、その矛
盾を解決するものが社会主義、共産主義ととらえた
● 人間解放の社会は全面的に発達した個人をつくり出す
・マルクスは『資本論』のなかで、機械制大工業が独自の資本主義的生産様
式であることを指摘し、次のようにいう
・大工業は「1つの社会的な細部機能の単なる担い手にすぎない部分個人を、
さまざまな社会的機能をかわるがわる行なうような活動様式をもった、全
体的 に発達した個人で置き換えることを、死活の問題にする」(『資本論』
新版③ 850ページ、旧版③ 838ページ)が、それを実現することはできな
い
・生産手段の社会化は、「労働時間の抜本的短縮を可能にし、社会のすべて
の構成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす」(綱領)
・自由な時間を使って「自分のなかに眠っている潜在的な力を十分に発揮し
て、すべての人間が自由で全面的な発展をとげることができるようになる
」
(志位「綱領改定が開いた『新たな視野』)
・社会主義社会において、すべての構成員が、全面的に発達した個人として
「潜在的な力を十分に発揮」してなすべきことは、人間解放を実現するこ
とで ある
・すなわち「今まで人間を支配してきた......生活諸条件の全範囲」を「人間
の支配と統制」のもとにおくこと
・人間の「生活諸条件」の全範囲を規定するのは、生産と分配という経済的
諸条件である
・全面的に発達した人間は、社会化された生産手段を利用して、生産と分配
を「人間の支配と統制」のもとにおく
・したがって社会主義・共産主義の経済においては、生産手段の社会化によ
って、誰が生産手段を所有し、誰にどのように生産物を分配するのかとい
う、生産と分配の問題が、マルクスのいう「さまざまな社会的機能」の中
心となる
・生産と分配の解決は、言いかえると生産力と生産関係の矛盾という社会発
展の基本矛盾の解決を意味する
● マルクスが学んだパリ・コミューンの教訓
・「労働者階級は、......労働の奴隷制の経済的諸条件を、自由な協同労働(
アソシエーション─高村)の諸条件とおきかえることは、時間を要する漸
進的な仕事でしかありえないこと(この経済的改造)、そのためには、分
配の変更だけでなく、生産の新しい組織が必要であること」(全集⑰ 517
ページ)を知っている
・つまり、生産と分配の新しい組織による、生産力と生産関係の矛盾の解決
が必要であること
・「この再生の仕事が、既得の権益と階級的利己心の抵抗によって再三再四
遅らされ、阻止されるであろうことを、彼らは知っている」(同 518ペー
ジ)
・現在の資本主義的な作用を、「『自由な協同労働(アソシエーション─高
村)の社会経済の諸法則の自然発生的な作用』とおきかえることは、......
新しい諸条件が発展してくる長い過程をつうじてはじめて可能になること
を、彼らは知っている」(同)
・つまり、労働者階級が、社会主義建設という「自由と民主主義のアソシエ
ーション」を実現するには、資本主義社会における労働者階級の「既得の
権益と階級的利己心」をうちすてて、生産と分配に関わる「新しい組織」
が必要となるのであり、そのためには「新しい諸条件が発展してくる長い
過程」を必要とするというのである
・それが、生産手段の社会化に伴う生産と分配を変革する、個人の全面的発
達を意味する
2.20世紀の社会主義の実験
● 20世紀は、社会主義の実験が行われた世紀
・マルクス、エンゲルスは、資本主義的生産様式の生みだす搾取と抑圧を解
決するには、「社会が一切の生産手段を掌握する」(「空想から科学へ」
全集⑲ 221ページ)以外にないと考えた
・日本共産党もそれに学んで、「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段
の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である」(綱領)
としている
・1917年のロシア革命に始まり、次いで東欧諸国、中国、キューバ、ベトナ
ムなどが社会主義をめざす諸国となる
・これらの諸国は、マルクス、エンゲルスの生産手段の社会化に学びながら
も、社会的実践をつうじて生産手段の社会化に疑問をいだき、独自の道を
歩むようになっていく
・その結果、20世紀末にソ連、東欧は「人民抑圧型の社会」として崩壊し、
中国も社会主義をめざす国ではなくなり、生産手段の国営化が生産力の発
展の障害になると考えて、外資導入、企業自主権の拡大による市場経済の
導入に踏み切り、その道を拡大している
● 生産手段の社会化から、市場経済の導入へ
・生産手段の社会化とは、生産者が生産、分配の主役として自由な意志で結
合する経済的アソシエーションを実現するという問題
・しかし20世紀の社会主義の実践は、生産手段の社会化は、果たして生産力
を発展しうるのかという問題をつきつけている
・ソ連・東欧の人民抑圧型の社会は国営企業で生産量が発展しなかったとこ
ろから生じた問題
・中国、ベトナムが市場経済の導入に踏み切ったのには、ソ連型社会主義の
経済のいきづまりをみて、生産手段を社会化した公営企業のもとでは、非
効率的であり、競争原理もはたらかず、生産力が発展せず、生産力の発展
のためには市場経済を導入するしかないと判断した
・もし、市場経済をつうじて社会主義の道に進むのであれば、生産手段を社
会化した事業所が、私企業と競争して生き残るほどの生産力を身につける
ことができるのかの問題が、20世紀の社会主義の実験をつうじてつきつけ
られている
・また生産力の発展も「人間と自然との物質代謝を困難にするようなもので
あるなら、それを生産力の発展と呼ぶことはできない」(大谷『図解社会
経済学』23ページ)
● ユーゴスラビアの教訓
・他方で、岩田昌征著『凡人たちの社会主義』(筑摩書房)は、生産手段を
すべて国有化したソ連型社会主義に反対し、人民主権の「自主管理」の経
済を 建設しようとしたユーゴスラビア(ユーゴ)の教訓を語っている
・自主管理社会主義とは、すべての労働者が経営方針、給与問題、住宅配分、
休暇などについて、最終的意志決定者となる「協議経済」を中心とする、
生産力と生産関係の矛盾を解決しようとする社会主義である
・それは、生産手段の社会化を「労働者の疎外のあらゆる形態の終焉を意味
する」ものと理解したもの
・70年代から80年代にかけて、以下の理由により次第に自主管理社会主義は
破壊されてきた
・ある連合労働組織(企業連合体)で「100万ディナールの所得をいかに投
資と個人所得に分配すべきか、が討論されている」(同 42ページ)とする
・つまり、生産と分配との矛盾をどう解決すべきかの問題である
・技術革新を重視して「生産力」をアップしようと思えば、「投資70万ディ
ナールと消費30万ディナール」(同)となり、生活充実のために「分配」
を重視すれば、「投資30万ディナールと消費70万ディナール」(同)と
なる
・しかし全員参加の直接民主制では、2つの問題について、短時間には結論
は出ない
・そこで自己資金の100万ディナールに借入金40万ディナールを加えるなら
ば、投資70万ディナール、消費70万ディナールで簡単に結論が出る
・しかしこれは、生産と分配の矛盾の解決ではなく、矛盾の先送りであって、
全社会的に総支出は必ず総所得を上回り、次第に財政赤字を蓄積していく
ことになる
・1970年代のユーゴは、上記の通り投資(生産)と消費(分配)の合計であ
る総支出は、たえず総生産(所得)を上回り続け、財政破綻に陥ってしま
った
・ユーゴの労働者は、「自主管理」経済のもとで、生産と消費の統一を実現
しなければならないにもかかわらず、消費者の立場を優先することにより、
生産と分配の矛盾を激化させ、「既得の権益と階級的利己心」により、経
済破綻をまねいてしまった
3.生産手段の社会化と個人の全面的発達
● 生産手段の社会化とは、生産力(人間と自然)と生産関係(人間と人間)
の矛盾の解決である
・マルクスは社会主義を「共同的生産手段で労働し自分たちの多くの個人的
労働力を自覚的に1つの社会的労働力として支出する自由な人々のアソシ
エーション」(『資本論』① 133ページ)と呼んで、「自覚的な社会的労
働力」として、 生産と分配の矛盾を解決しようとした
・「自覚的な社会的労働力」とは、労働者階級が社会主義建設の自覚をもっ
て、生産と分配の矛盾を解決することである
・社会主義とは、「治者と被治者の同一」の社会であり、労働者階級はこの
「治者と被治者の同一」の自覚をもって生産と分配の矛盾を解決しなけれ
ばならない
・へーゲルは、真にあるべき社会共同体のもとにおいては、「個人は義務に
おいてむしろおのれの解放を手に入れる」(『法の哲学』第149節)と述
べ、権利と義務の統一をとなえている
● 個人の全面的発達とは、権利と義務の統一を意味している
・真にあるべき国家は、「おのれの強さをおのれの普遍的な窮極目的と諸個
人の特殊的利益との一体性のうちにもっており、また諸個人が同時に権利
をもつかぎりにおいて国家に対する義務をもつ、という点にもっている」
(同261節)
・生産に責任をもつとは、個人が国家の普遍的な目的を実現する義務であり、
分配に責任をもつとは、個人が自己の特殊的利益を擁護する権利である
・社会主義という人民主権の国家では、人民は生産と分配の統一を実現する
ために、権利と同時に義務をもつのであり、それが「全面的に発達した個
人」を意味している
・すなわち、人民は統治の主体として、自ら生産を統治する義務をもつと同
時に、被統治の客体として分配を要求する権利をもつ
・また人民が権利と義務を統一してこそ、「人間と自然との物質的代謝」を
「自分たちの共同の管理」(『資本論』⑬ 1435ページ)のもとにおいて
生産力維持する ことができる
・そのためには、科学的社会主義の政党の主導性もまた問題となってくる
● 科学的社会主義の政党の主導性
・科学的社会主義の政党は、「プロ執権」にもとづいて科学的社会主義の政
党の主導性と人民主権の統一を実現しなければならない
・いちばん重要なのは、科学的社会主義の政党は、社会主義とは人民主権の
国家であり、人民は権利と同時に義務を有することを、国家の理念として
高くかかげ、宣伝して、人民の意志をその理念のもとに統一することにあ
る
・同時に、科学的社会主義の政党として、社会主義的な計画経済に責任をも
ち、マクロ経済の生産計画を鮮明にすると同時に、人民の生命と暮らしを
守る分配計画を示すこと
・そして3つめに、社会主義的な全面的に発達した個人を育成するための教
育を重視すること
・この3つの「長い過程を通じて」、はじめて人民は社会主義を担う全面的
に発達した個人に成長していくことになる
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