2020年8月15日 講義

 

 

第11講 理念と目的

 

1.「観念論者」へーゲル

● エンゲルス『空想から科学へ』

 ・「へーゲルは観念論者であった。つまり、彼にとっては、彼の頭脳のなか
  の思想は現実の事物や過程の多かれ少なかれ抽象的な模写とは考えられな
  いで、逆に、事物やその発展がすでに世界よりもまえになんらかの仕方で
  存在していた『理念』(イデー)の現実化された模写でしかないと、考え
  られたのである」(全集⑲ 203ページ)

 ・つまりへーゲルは、「世界よりもまえに」存在していた理念が現実となっ
  て世 界をつくったと主張する観念論者であるとしている

 ・マルクスも『資本論』のなかで、「へーゲルにとっては、彼が理念という
  名のもとに1つの自立的な主体に転化しさえした思考過程が、現実的なも
  のの創造 者」(新版① 32ページ)である、と主張している

● マルクス、エンゲルスのへーゲル評価により、以後へーゲルは観念論を代表する人物として扱われてきた

 ・しかしその考えが正しいのかが、検証されなければならない

 

2.「観念論的装いをもった唯物論」のへーゲル

● 奴隷の言葉

 ・へーゲルは、フランス革命直後の「自由の精神」のもとで、1818年官僚養
  成機関であるベルリン大学の哲学教授に就職したが、その直後の1819年「
  カールスバード決議」により、一挙に大学内の言論・表現の自由を制限す
  る反動体制に巻き込まれる

 ・「1820年のプロイセンでは君主制と封建諸侯、そして彼らの警察と検閲が
  君臨していた。われらの哲学者(へーゲル─高村)は、すべてを語ること
  を断念しなければならなかった。彼は自分の本当の意見を、印刷とは別の
  手段で表現することを余儀なくされていた」(ジャック・ドント『ベルリ
  ンのへーゲル』3ページ)

 ・そのなかで、へーゲルは大学教授の地位を保ちながら、奴隷の言葉で自己
  の変革の立場を主張し続ける

● へーゲル哲学は、「観念論的装いをもった唯物論」

 ・しかし、へーゲル哲学をよく読めば、奴隷の言葉の陰に、現実世界の分析
  をつうじて社会変革の意図があることを読み取ることができる

 ・そこで、へーゲル哲学は「観念論」ではなく、「観念論的装いをもった唯
  物論」と規定すべきものと考える

 

3.イデア論から理念へ

● 古代ギリシアのイデア論

 ・古代ギリシアの3大哲学者、ソクラテス、プラトン、アリストテレスは、
  初めて人間の理想としての「イデア(真にあるべき姿)」を議論してきた

 ・ソクラテスは、「徳とは何か」「正義とは何か」の問いを発し、「徳」や
  「正義」の真にあるべき姿を問題とし、プラトンはその弟子として事物の
  真にあるべき姿 をイデア(理念)としてとらえた

 ・一般にプラトンは「ただイデアをのみ真実なものと考える」(『小論理学』
  ㊦ 83ページ)のに対して、プラトンの弟子「アリストテレスはイデアを排
  して現実的なものを固守し、したがって経験論の創始者」(同)と考えら
  れている

● へーゲルのイデア論

 ・これに対しへーゲルは、プラトンもアリストテレスも、イデア(理念)を
  「唯一の真実なもの」(同 84ページ)と認めているのであって、プラト
  ンはデュナミス(可能態)としてのイデアを認めたのみであるのに対し、
  アリストテレスはイデアが「本質的にエネルゲイア(現実態—高村)であ
  ること、言いかえれば、端的に外に あらわれている内的なものであること」
  (同 84ページ)を認めているといっている

 ・つまり、アリストテレスは内的な真実であるイデアが外にあらわれでて現
  実とな ることを認めたもの

 ・へーゲルは、アリストテレスのイデア論に学んで、内的なものが外的なも
  のとなる「理念」というカテゴリーを使用して彼の哲学体系を築いている

 ・「内的なもの」とは主観的なもの、「外的なもの」とは客観的なものであ
  り、へーゲルのいう理念とは、エンゲルスのいう主観的なものではなく、
  客観的なものから生まれた主観的なものであり、この主観的なものが、客
  観を変革し、客観になる、というもの

 ・したがって、へーゲル哲学にとって「理念」は最高のカテゴリーとなって
  いる

● へーゲル哲学体系における理念

 ・「人生において真実なもの、偉大なもの、神的なものは、理念によってそ
  うなのである。哲学の目標は、この理念をその真の姿と普遍性において把
  握する ことである」(同㊤ 18ページ)

 ・すなわち「理念や理想は現実性を手に入れるにはあまりにも無力であると
  いうような考え方」(同 70ページ)は間違っており、「哲学はただ理念
  をのみ取扱うものであるが、しかもこの理念は、単にゾレン(しなければ
  ならない—高村)にとどまって現実的ではないほど無力なものではない」
  (同 71ページ)

 ・へーゲルの「理念」は、社会変革を目的とする科学的社会主義の学説にと
  って、欠くことのできない概念となっている

● 理念は真理

 ・へーゲルは、人間は客観的事物の本質を認識するが、本質には本質を規定
  する対立・矛盾があり、その矛盾を解決する真理として理念が生じると考
  えたため、「理念は、単にゾレンにとどまって現実的でないほど無力なも
  のではない」と述べた

 ・すなわち理念とは、現実の分析から生じた未来の真理という唯物論的な真
  理であるがゆえに、必然的に現実性に転化するというもの

 ・理念は、最初は少数者の認識であるが、真理の力によって次第に多数者の
  認識となり、最後は必ず勝利する

 ・日本共産党は、第20回大会で「歴史に対する前衛党の責任とは何か」をと
  りあげ、それは「真理をかかげてたたかうこと」にあり、「真理は未来に
  おいては、いろいろなジグザグはあったとしても必ず多数派になる」とし
  ている

 ・これは、未来の真理としての理念を論じたものであり、理念をかかげてた
  たかうことで、将来は多数派となり、現実となることを述べたもの

● 理念は真理として理想と現実の統一を実現する

 ・へーゲルは「哲学の最高の究極目的」(同 69ページ)は「自覚的な理性
  と存在する理性すなわち現実との調和を作り出すこと」(同)にあり、つ
  まり理想と現実の 統一を実現することにある、といっている

 ・つまり現実の矛盾を解決する理念をかかげることによって、現実を変革し、
  新しい現実を作り出すことが哲学の究極目的だというのであり、科学的社
  会主義の理念論に一致する

 

4.理念と目的

● 人間は目的をもって生産する

 ・人間は生きるために、衣、食、住という物質的生活手段を生産しなければ
  ならない

 ・生活手段を生産するとは、人間が自然に働きかけ、自然を変革することで
  実現される

 ・「人間は普遍的に生産する。動物はただ直接的な肉体的必要に押されて生
  産するのにたいして、人間自身は肉体的必要から自由な状態で生産をする
  し、そしてその必要から自由な状態においてこそほんとうの意味で生産を
  する」(全集㊵ 437) ページ)

 ・人間は自由意志にもとづき、「目的」をもって自然に働きかけ、自然を変
  革する

 ・したがって、目的と理念との関係が明らかにされねばならない

● 目的から理念に

 ・目的とは、客観性との「対立を否定して、それを自己と同一なものとして
  定立する活動」(『小論理学』㊦ 197ページ)である

 ・すなわち、目的は「主観的なものと客観的なものとの対立を含みながら、
  同時 にまたその揚棄でもあるところの概念である」(同 198ページ)

 ・目的は真理を求めるものとして、目的のうちには「概念(真にあるべき
  姿)」が 含まれている

 ・したがって目的を追い求めることは、段階的に、概念の最高の段階である
  理念に到達することになる

 ・こうして、「目的から理念への発展」(同 201ページ)が段階的におこな
  われることに なる

● 理念から目的に

 ・プラトンは「認識される対象には真理性を提供し、認識する主体には認識
  機能を提供するものこそが、善のイデアにほかならない」(「国家」プラ
  トン全集⑪ 482ページ)と述べている

 ・「善のイデア」とは理念のことであり、理念は、対象の真理を示すもので
  あると同時に、対象の下位にあるものの「認識機能を提供する」、つまり
  認識根拠を与える

 ・理念はイデアのなかのイデアとして最高のイデアであるから、認識主体と
  しての人間が真理である理念を認識するとき、その下位に属するイデアや
  目的をも認識する根拠を与えることを明らかにしたもの

 ・つまり理念は真理であるからこそ、その真理のうちに包摂される下位の理
  念や目的を認識する根拠となる

 ・日本共産党は、民主主義的な変革を「理念」としてとらえ、他方「民主的
  改革の内容のすべてではないが、いくつかの目標では一致」(綱領)でき
  る目標を「目的」ととらえている

 ・これも理念が目的の「認識機能を提供する」ものと理解したもの

● 理念と目的の相互媒介

 ・理念と目的は相互媒介の関係にある

 ・目的は理念を生みだし、理念は目的を認識可能にする

 

5.日本共産党のと理念と目的

● 野党連合政権の統一戦線

 ・3回目の野党統一候補でたたかった、2019年参院選をつうじて、次の総選
  挙でアベ政権に代わる野党連合政権を実現しようとの気運が高まっている

 ・2019.8 志位委員長は、これまで共闘してきた諸野党に対し、野党連合政権
  への話し合いを開始しようと呼びかけた

 ・その基礎には、市民連合と5野党・会派が、2019参院選で結んだ13項目の
  共通政策がある

 ・その後、党首会談が、立憲民主、国民民主、社民、れいわ新選組との間で
  実現し、アベ政権を倒し、政権を変え、立憲主義を取り戻すことで基本的
  に一致

 ・日本共産党は、28回大会で13項目のエッセンスとして、「安倍政治からの
  転換の3つの方向」を示す

 ・「3つの方向」とは、第1に憲法にもとづき、立憲主義、民主主義、平和
  を回復する、第2に、格差をただし、暮らし・家計応援第一の政治に切り
  かえる、第3に、多様性を大切にし、個人の尊厳を尊重する政治を築く、
  というもの

 ・野党連合政権の統一戦線結成は、アベ政権を打倒する「目的」であり、「
  理念」との関係が問題になる

 ・なぜ野党連合統一戦線が「目的」なのかといえば、それは日本の「あるべ
  き姿」を示すものではあっても、「真にあるべき姿」を示す理念としての
  民主的変革の統一戦線ではないから

● 日本共産党の理念と目的

 ・日本共産党の理念は、資本主義を乗り越えた社会主義・共産主義の社会の
  実現である

 ・社会主義・共産主義の社会とは、「原則として一切の強制のない、国家権
  力そのものが不必要になる社会、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦
  争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」(綱領)という
  「 理念」である

 ・この日本社会の理念は、日本社会の現状を分析し、その矛盾を解決する未
  来の真理を示したものであるから、国民の多数を統一戦線に結集し、多数
  者革命として実現することができる

 ・この「理念」は、認識主体としての日本共産党に、現状分析として「異常
  な対米従属と大企業・財界の横暴な支配を打破」(綱領)して、独立・民
  主・平和の日本を実現する民主主義革命という「目的」を認識機能として
  提供する

 ・民主主義革命は目的ではあるが、理念から生まれた目的として、より小さ
  い「理念」となり、多数者革命を展望するものとなる

 ・しかし、民主主義革命を実現する統一戦線はまだ結成されていないから、
  さらに民主主義革命を理念として「さしあたって一致できる目標の範囲」
  の統一 戦線も、民主主義革命という理念が認識根拠となって生まれた「
  目的」

 ・参院選の13項目の共通政策をまとめた「安倍政治からの転換の3つの方向」
  という「目的」は、いずれもアベ政権と対決し、アベ政権を打倒するため
  の政策であり、この合意を基礎に野党連合政権づくりで合意すれば、野党
  統一戦線が結成される

 ・いわば日本共産党の民主主義革命という「理念」は、その真理性を発揮し
  て国民に野党連合政権という「目的」を示したもの

 ・理念は真理であるから、その真理性から認識主体に認識根拠を与え、理念
  の範疇に属する内包としての下位の理念や目的にも真理性を与える

 ・逆に下位の理念や目的は、真理性を追求することによって上位に存在する
  真理としての理念に到達し、理想と現実の統一を実現することができる

 ・つまり野党連合政権の統一戦線という「目的」が実現され、真理性を追求
  していけば、民主連合政府から、社会主義・共産主義という「理念」をめ
  ざすことができる

 ・だから理念をもつものは、ブレないで確固不動に活動することができる